伯爵家公子と侯爵家公女の恋

克全

出会い

第1話

 エルンスト・フォン・リヒトホーフェンは一度屋敷から出てみたかった。

 王家の人質と言う立場や家来から解放されて、一人自由に街を歩いてみたかった。

 そうできれば、心が軽やかになって楽しいだろうと考えていた。

 しかし考えているだけでは物事は進まない。

 機会は自分でつかむものだと決意して、その機会をうかがっていた。

 そして今日、家臣達に勧められて第二屋敷に花見に来たのを幸いに、家臣達を撒いて一人で街を歩くと決意した。

 やると決断すれば、案外簡単にできてしまった。


「わしは今から詩作に興じるから、呼ぶまで誰も茶室に近づけるな」

 側近に厳しく言いつけて席を立とうとすると、

「はい、公子様。

 題目は花を手折るでございますか?」


 いつも軽口を叩くカール・リッター・シラーがそう口にしてニンマリと笑った。

 わしが侍女を茶室に連れ込んでいたずらすると考えたのだろう。

 無礼者と言いそうになったが、誤解させておいた方が安心するし、様子を見に来ないと考えたので、

「そうだ。

 呼ぶまで誰も近づくな。

 誰が呼びに来ても二時間は側にも近づけるな!」

 そう言って、努力してできるだけ嫌らしく見えるように笑ってみせた。


 母屋から離れて死角にある茶室に入り、直ぐに御気手紙を書いた。

「花を求めに街に行く。

 日暮れまでには必ず帰る。

 決して騒がす、重臣達にも知らせるな」

 この手紙を読んで真っ青になる側近の顔を思い浮かべると、内心痛快だった。

 手紙を机に置くと、第二屋敷警備の家臣に見つからないように、素早く庭を突っ切り、裏門を警備している家臣を避けて、ひらりと塀を飛び越えた。


 飛び越えて直ぐにシュプレー川が見える。

 左に行けば繁華街のマイン。

 右に行けばカール橋が見える。

 マインに行きたいが、左に行くよりもカール橋を渡る方が追っ手が掛かった時に見つかり難いと考え、右に向かって歩いた。


 うららかな春の日差しが柔らかく癒してくれる。

 シュプレー川は青く澄み、川鳥が川面に遊んだり、川面すれすれに遊び飛ぶ。

 よき眺めで、それそこ詩句が浮かんでくる。

 一人の自由が心を軽くしてくれて、喜びに叫びたくなる。


 こうして一人で歩いていると、誰もわしを伯爵家の公子だとは気がつかないだろう。

 騎士家の道楽息子と思ってくれれば幸いだ。

 わしは颯爽とカール橋を渡ろうとした。

 ここは左右に繁華街をひかえたマイン橋と違って、人通りも肩が触れ合うと言うほどではない。


(どうしたんだ?)


 高級そうな侍女服を着た二人の娘が、カール橋の手すり際に立ってマイン橋の方をながめている。

 

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