眠れる国の少女

うらら

第一章 静かな町

第1話 一人の初日

 おかしい、と気づいたのはまどろみの中で変な夢を見たからか。

 陽が上っているのを感じているのに、外からは鳥の声が聞こえるだけからか。

 重い瞼を開き白い光に包まれる。視界が晴れるといつも通りの自分の部屋が見えてくる。

 何ら変わったところもない、普通の景色だ。ただ、静かすぎる。

 下の階で聞こえる母の声も、外を走る車の音も。何もかもが聞こえない。

 ゆっくりと体を起こす。壁にある時計は昼の十時を指していた。

 学校、と焦ったが今日は土曜日だと言う事に気づく。一つため息を着いた。


 あれ、誰もいない。

 リビングに行くとそこに母の姿はなかった。電気は消されたまま、前の晩に予約していた炊飯器には炊き上がったお米がある。

 誰も手をつけてない、と言うことは何か急ぎの用事があったのか。それでも、リビングにある母のスマホは充電器に繋がれたまま。

 両親の寝室へと向かう。暗くされた室内のベッドには父親、母親、二人とも寝ていた。

 何だ、普通に寝てるだけじゃん。


「ちょっと、土曜なのに寝すぎじゃない?」


 母親の体を揺らす。それにしても父はともかく早起きな母が起きていないのは変だ。揺すっても揺すっても母も父も起きる気配がない。

 きっと疲れているんだろう、とそのままにしておくことにした。

 簡単なものでもいいから朝食をとリビングへと戻った。冷蔵庫を開け、真っ先に昨日の夕飯の残りを見つけた。

 炊飯器からご飯をよそい、椅子へと腰掛けた。

 しばらく音がないまま食べていたが、流石に少し寂しくなってしまったのでテレビをつけた。しかし流れたのは、この時間に放送されているであろう旅番組の軽快な音楽ではなく、ザーッと言う雨の音にも似たあの音だった。画面はモノクロの砂嵐画面。

 え、どこも放送されてない?

 口をモゴモゴさせたまま、テレビの裏側から繋がるアンテナのケーブルを見る。しっかりと挿さったままだ。もしかして、とスマホでストリーミングの放送を開く。それもテレビと同じように砂嵐だった。

 一瞬にして背筋が凍った。もしかして、東側が攻めてきたのかと身構えてしまう。


 長きに渡る東と西との戦争が終わったのが十歳の頃。それまで毎日空襲警報が鳴り止まなかった。

 ある日突然その恐ろしい空襲警報が鳴らなくなった。父が言うには戦争が終わったのだと。ニュースでは戦争終結、和平条約成立、国交改善、などと言う文字が毎日見るようになった。何となく、あの恐ろしい日々を過ごさなくて済むんだと喜んだ覚えがある。

 そんな終わったはずの戦争が始まろうとしている? 嘘でしょ?

 あの頃の恐怖は今でも私を蝕んでいる。

 パイロットの顔が見えるほど近づいた戦闘機、軍隊基地に落とされる爆弾、どれもこれも見たくない。

 恐怖が体を支配し、勝手に震えだす。おぼつかない足取りでまた父と母の部屋へと向かった。

 父と母は未だ眠ったままだ。口元に当てた手のひらにかすかに息がかかっていた。

 少しだけ恐怖が和らぎ、ため息をついた。ベッドの淵に腰掛け父と母の寝息に耳を傾けた。戦争があった小さい頃も怖かったらこうやって両親の部屋に来てたな、と思い出しふふ、と小さく笑った。

 ポケットに入れていたスマホを取り出した。時計は昼の十一時を指していた。


 テレビとインターネットテレビが放送されてない時点で、国に何かあったのは確かだ。それを確かめる手立てはSNSだけ。

 スマホでツゥイッターを開く。タイムラインはいつも通り動いているようで少し安心した。が、最新情報を読み込まない。いくらリロードしても新しいつぶやきは更新されてこない。

 ネットは通常通り繋がるのに、つぶやきはいくら試しても更新されていなかった。

 やっぱり、何かあったのね。

 同じ西国に住む友達に片っ端から電話をかけていった。しかし、誰も出ずまた焦りと恐怖が体を支配し始めた。

 大丈夫、大丈夫よ。私はあの時の私じゃない。

 ベッドの下に隠されたフルーツナイフを取り出す。これは両親がもし何かあったらこのナイフを持って出て行きなさいと言われたものだ。まさか本当に使う日が来るとは。

 少し苦笑いを零し立ち上がる。何が何でも、私は家族を守ってみせる。


 外に出ると静まり返った街並みが私を出迎えた。

 車通りも多い道路だが、ここまで車が通らないのは初めてだ。と言うか、人ひとりも歩いていない。

 近くのコンビニは煌々と蛍光灯の光が点いていた。人がいるかもしれないと入ってみたが、誰もいない。ただ軽快なBGMが流れているだけだった。


「誰かいませんかぁ?」


 店中に響き渡るほどの大声で言ってみたが返事はなかった。恐怖に震える体を抑えながら店中をゆっくりゆっくり歩いていく。

 いつもは閉まっている従業員の控え室のドアが開きっぱなしだ。恐る恐る中を覗いてみると、小さなデスクに突っ伏している店員がいた。


「あの、大丈夫ですか?」


 肩を軽く揺すってみたが返事はない。耳を傾けると微かに息遣いが聞こえた。

 この人も寝ているようだ。死んではいないと確信してホッと息をつく。

 何かに攻撃された跡も争った形跡もない。ただ、寝ているよう。


 その後、自分の行動範囲にあるコンビニやスーパー全てを片っ端から調べてみても、誰も彼も寝ているばかりだった。

 しかも皆揺すっても叩いても起きたりはしない。少し機嫌悪そうに唸る人はいたけれど起きずじまいだった。

 簡単に推測できるのは、隣国の東国が何らかの宣戦布告かもしれないと言うこと。それだとしたら国の緊急放送が流れるはず。

 もし国のトップたちもがこうして寝てしまっていたら?

 このまま、東の軍隊が攻め込んできて一瞬で壊滅状態になるだろう。

 その東の軍隊の攻撃もないと言うことは東国の宣戦布告ではない?

 色々と考えてしまって少し頭が痛くなってきてしまった。起きてから一度しか食事をしていないため、お腹の音がさっきからとてもうるさい。一旦家に帰ることにしよう。


 陽が傾き、街をオレンジ色に染めていく。静寂の中、鳥の鳴き声だけが聞こえていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る