まさかり忘れた金太郎:足利山に強制送還されるのが嫌なので、魔神をたおしにい行き申す

ファンタスティック小説家

第1話 平穏への来訪者


「金太郎、いや、年齢的には坂田金時か。そろそろ魔神たおしにいかんかのぉ? ほら、その大斧まさかりもずいぶんと振ってないんじゃないかの?」


拙者せっしゃの名はゴールデン・サカタ、13歳美少女でござる! 決して金太郎だの、坂田金時などよばれた過去などぬぅあーい!」


「……」


 安宿やすやどの地下室、魔力式ランタンに照らされた暗闇のなかで、賢者は頭を抱えていた。

 

 いったいどこで間違えたのだろうか。

 自分は、魔神すらほふれるはずの英雄をなぜ腐らせてしまったのか。


 自責と罪の意識が、賢者の双肩に重くのしかかる。


 彼を召喚して、はじめのうちはよかった。

 英雄にふさわしい力をふるい、人々を助けてくれた。

 

 だが、ある時から彼、別世界より呼びだした英雄・坂田金時さかたきんときは、働かなくなった。

 

 甘えに甘えさせ、ほったらしか結果がこれか。

 金太郎以外の英雄を呼んで、かわりに魔神退治させようと思ったのが間違いだったのだろうか。


 賢者はかつての自分の選択を悔いていた。


「部屋中のお人形や、ポスター、破廉恥な寝床の装飾……いろいろ言いたいことはあるが、まずは金時きんとき、なんじゃ、その格好は……?」


「なんと、賢者殿ともあろうお方が、メイド服を知らぬでござるかー!? これはご主人様にご奉仕するうら若き少女の決戦装備でござる! そなことも知らぬとは、いったいその英知は、なんのためにあるのでござるかぁあ!」


 ミニスカートから、見たくもないパンティをチラリズムさせる金時に、賢者は嫌悪顔を隠さない声で、ストップをかける。


「どうどう、金時。思いだすのじゃ、お主の使命は、魔神を倒すこと。こんなところで似合わない衣装遊びをすることではないのじゃ」


「似合う、似合わないは他人が決めることではないでござるよ。着たいから着る。他者になにを言われようと己を通すこと。拙者から賢者殿にいいたいのはそれだけでござる」


「ぐぬぬ……ッ! 気色悪い格好しおるわりに、イイこと言いおって。いい加減にするのじゃ、さぁ、金時、はやく魔神を倒しにいくのじゃよ!」


「たっはぁ〜っ、何を言っているのか。拙者以外にたくさん英雄を呼んだのではござらぬか。ギルド本部が各国から高名な冒険者も選抜した。拙者、知っているでござるよ、この20年で増えた拙者の後任英雄たちは、みな優秀でござる。

 彼らの能力ならば、魔神なぞ、とるにたらないでござるよ。ん、何故知っているのかって? それは英雄ランキング上位100位までの美男子美少女は、常に把握済みでござるからなぁ! あっはは、ちなみに今夜のおかずはランキング21位の若手実力派英雄『グンタネフ王国の蒼い閃光』キリカ姫でござる。彼女の雷鳴ほとばしる剣筋けんすじに、拙者の股間はさきばしーー」


「先日、魔神の再誕に際して、魔と人間との本格的な衝突があった。そこで、英雄のおおくは命を散らし、そして二度と魔神に立ち向かえなくなった者も多い。頼む、目を覚ましておくれ。おぬしだけが最後の希望なのじゃ、英雄・坂田金時!」


「むぅ……なんだか、まずそうでござるなぁ……これは先走ってる場合ではないと。しかし、拙者には世界の危機を救ってる暇などないのもまた事実」


「いや、んな事実があってたまるかッ!?」


 ブチギレ寸前、目を見開く賢者を押しとどめ、金時はのっそりと立ちあがり部屋をでていこうとする。


「賢者殿、悪いと思いますが、他をあたってほしいでござる。拙者、これからこのメイド服姿を仲間に見せにいかねば、ならぬゆえ」


「待て、待つんじゃ、金時!」


 安宿やすやどをでて街へくりだす金時をおいかける賢者。

 

 人々の目がある往来を、堂々とつきすすむ男の影で、賢者は冷や汗を浮かべながら羞恥にもだえる。


「考え直さぬか、金時!」

「考えることなどないでござる。あと拙者の名はゴールデン・サカタでござる。間違えぬように……おや?」


 金時の迷いない足がとまる。


 彼の視線のさき、日の当たらない影で小さくなる少女がいる。


 賢者はハッとして、金時と少女の視線上に体をはさみ、両手をひろげた。


「それだけいかぬ! 金時、道徳をわすれた目で少女を見るんじゃない! おぬしは仮にも英雄、だったはずじゃ!」


 黙したまま金時は、賢者の枯れた体をどかし、少女へ大きな手を伸ばした。

 

 やむおえん、ここはわしの攻勢魔術で無理やりにでも……!


 そう賢者が覚悟を決め、懐からぬいた杖に手をかけた瞬間、彼は自身の目を疑った。


「そこなプリチィ、そう、おぬしでござるよ。どうしたでござるか。む、お腹がすいたのでござるか。わかり申した。では、まずはこれを食べるでござる。拙者のお昼ごはんでござったが、特別に可愛いおぬしに差し上げるでござるよ」


 いろいろな恐怖でかたまる少女は、差しだされたおむすびに目を爛々と輝かせて、勢いよく白飯を口のなかに詰め込みはじめた。


 金時は満足そうに少女がお腹いっぱいになるのを見守り、彼女が親のいない迷い子だとわかると、肩にかついで、そのままなれた足取りで神殿へとおくりとどけた。


 一連の手際良い動きを、感嘆した賢者が見守る。


 しばらくのち、神殿からでてくる筋骨隆々なメイドを、ぼーっと見つめる賢者。


 おぬし、やはり英雄じゃなーー。


 賢者は嬉しそうに頬をほころばせる。


「なんだ、まだいたでござるか。はやくあの辺鄙へんぴ魔塔まとうに帰るでござるよ、賢者殿。拙者は仲間たちからの、熱いパンチラコールに答えなければならんのてござるゆえ、忙しいのでござる」


「坂田金時」


 ふざけた空気を一蹴いっしゅうする、厳かな声。


「ゴールデン・サカタでござる」


「おぬし、本当に魔神を倒しにはいかぬのだな?」


「だから、そう言ってるでござる。プリチィで優雅な日々をおかしてまで救う世界など、拙者の脳内ピクシブ辞典には載ってないということ。そんなこと、皆までいわずとも、賢者殿ならばわかるでござろう」


「そうか……では、世界を救わない英雄など、残しておいても仕方ないのぉ。もう、あの山姥やまんばとの楽しい楽しい足利山あしかがやまでの生活にもどってもらうしかあるまいて。もちろん、そこには美少女英雄も、メイドもありはしないだろうがの」


「ッ! 横暴でござる! 拙者が何をしたでござるかぁあ!?」


「何もしてないから今こうなっとんじゃ! たわけ!」


 賢者はしびれを切らしたとばかりに、ふわりと空へ舞い上がっていく。

 金時は歯ぎしりしながら、かつての色気ない、動物たちと相撲すもうするしかやることない生活を思いだす。


「さぁ、行くのだ、金時、いいや、この際、ゴールデン・サカタでも、プリティ・サカタでもないでもいい。とにかく無精髭をそって、まさかりかついで、動物ひきつれて魔神を倒しにいくのじゃ! わしは次の街『ガトラニエ』で待っとるからの! 3日以内に来なかったら強制送還じゃ!」


 そう言って空の彼方へと飛びさっていく賢者を、坂田金時は、絶望を顔にうかべて見送るのだった。

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