40「三神さんから聞いた話」


 辺見先輩はそれを、霊的治療を施される合間に三神さん本人から聞いたそうだ。三神さんと幻子の為に用意された部屋の真ん中で、辺見先輩は言われるがまま胡坐をかいて座り、彼女の真後ろに三神さんは正座で腰を下ろした。

 辺見先輩は三神さんに促されて上の服を脱ぎ、下着姿になった。肩、肩甲骨、二の腕、背中の各部位に丁寧な手かざしをしながら、三神さんの施術が始まった。

 女子大生の体ペタペタ触れて役得ですね。

 辺見先輩の牽制球のような皮肉に、

「ワシ、性的に不能なんだわ」

 と、三神さんは直球で答えたという。

 辺見先輩は一瞬言葉に詰まり、ふふ、と笑ったそうだ。

「面白くないだろ」

 怒った振りをする三神さんに、優しいですね、と辺見先輩は答えた。辺見先輩の嫌味に対して返事をするなら。それは不能かどうかではなく、助けてやっているワシに対して言うことかーとかなんとか、本来そういった内容であるはずだと、辺見先輩は思ったそうだ。

 だが指摘を受けても三神さんは、少し考え、

「そうかね」

 と、とぼけた返事を返すのみだった。

 だから、幻子ちゃんも無事なのか。

 恐れを知らない辺見先輩がさらに失礼な言葉をぶつけるも、三神さんは怒りも笑いもせず、こう答えたそうだ。

「あの子は特別だよ」

 と。




「未来予知が出来ると、先程も話したことを覚えておるかね。まるで創作じみたお伽話に聞こえるかもしれないが、あの子の力は本物なんだ。かく言うこのワシは、世の中の理を利用して、正しい順序と正しい方法で物事を整理していくのが仕事だ。右に左に逸れる事がないように、滞りなく流れる一本道を作り上げ、物事をあるべき方向へと導いていく」

 

 たとえば?


「以前、田舎の村であったことだ。その村では山から田んぼに水を引いていてな。湧き水を利用した用水路を設けてあったんだ。ある時その水が一切山から降りてこなくなった。干上がったのかと見に行けば、山から村へと続く細い川を、ワシの体の三倍はありそうな大岩が堰き止めていた。山の上から落石でもあったかと見渡すが、そのように大きな岩が木々をかわして、そもそもどこから落ちてくると言うのか、村人は大層気味悪がった。村に水が降りて来なければ田んぼは枯れる。だがクレーンも入り込めんような山の斜面に人力では動かせそうにない大岩。それだけならまあ、不運ですませることも出来ただろうが、村人には思い当たる節があった。人口の減退に伴いいわゆる限界集落となった村は、長年その一帯を守ってきたという神社を他所へ移す計画を立てていたというんだな。要は、管理する者がいなくなる事が目に見えていたことで、良かれと思って隣県への移設を考えていたんだそうだ。だが、あくまでもそれは人目線での考えでしかなく、もともとその辺りに住まう神様が勝手な言い分にお怒りになったのではないか、というわけだ。自分はここを動かぬという意志表示、それが大岩なのではあるまいか」


 へー、なるほどね。で、どうなったの?


「岩の下を掘った。川を掘らせたんだよ。村人からすれば田んぼに水が降りればそれでいい。そこに大岩があり、神様がそこにいたいというならいてもらって構わない。神社の移転は関連会社との契約や将来的なことを見見越した上で、いたしかたない計画ではあった。なのでワシはちょこちょこっと細工して、その大岩に神さんが住んで貰えるように術を施した」


 どうやったの!?


「言えぬよ、それは。ワシにしか出来ん事だから、人に教えたりはしない。だがね、あるべきものをあるべき姿に整えると言えば聞こえは良いが、そういう霊的なまじないや法術といっても、意外なほど人間世界に即した現実的なものなんだ。タネ明かしをすればなるほど、そういう事であったのかと納得してもらる場面にも、まま出くわす。ただ、そういう自然の摂理というものを全く無視できるのが、あの幻子なんだよ。あの子は過去に一度だけ、自分の独断で、悪い方向に未来を変えてしまったことがある」


 悪い、方向……。


「あの子の名誉のためにそれを教えたりは出来ないが、幻子はその事を今でも悔やんでいる。出来ることなら、未来など見たくはないんじゃないかと、ワシなんかは思ってしまうねえ。だがそもそも、自分の見た未来が何故そうなったのか、どのようにすればそこへ辿りつくのかは、あの子自身にも分からないんだ。そう、あの子には一番大切な、未来への過程が見えないんだよ。そして何より、世の中の理を一切無視する力というのは時に運命を切り裂く刃となる。その事をあの子は一番よく理解しているから、本当は、誰にも何も言いたくなんかないんだ。しかし今回の事件に関して言えば、あの子は自分の見た夢の全てを西荻のお嬢に伝えたらしい。だけどそれだって、あの子にとっては苦渋の決断だった。簡単な話だと思うだろう?運命が見えるなら、良い未来へと変えていけばいい、そんな風に理想を抱くかもしれない。だが、経緯を何も知らないまま未来を変えてしまうということは、その者の人生に起こり得た、思い出の一切を消し飛ばしてしまう事に他ならない。人々の未来を大切に考えているからこそ、見えたからと言って、簡単に干渉などしてはいけないんだよ。良い事も、悪い事もあるから人生なんだ。それを乗り越えるのは人生の主役である当人以外ありえない、本当は関わってはいけないんだ。そんなあの子が……君と新開君を夢に見た」


 私……。


「この事件を解決へと導けるのは、ワシでも池脇のでも、西荻のお嬢でもなく、君と、新開くんなんだそうだ」


 新開君。


「だが、そう。何故なのかわ分からない。どうすれば良いのかも分からない。あの子の苦悩も、少しは理解してやってくれるかね」


 幻子ちゃんは、一体何を見たんですか?


「それは……」



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