終わったからチョコパフェ。

「……で、これは何だ」


 彼はあたしに問いかけた。

 目の前のテーブルには、巨大なパフェ・グラス。


「何って…… チョコレート・パフェだよ。知らない?」

「いや、名前くらいは…… じゃなくて! どうしてこんなものが、俺の前に、あるんだ?」


 掘り起こした事件が解決を見たので、あたしはしばしの休息と、ケガの治療もかねて、関東管区にある「自宅」に戻っていた。

 そこは決して広くはないけれど、女の子一人が住むには充分すぎるところだった。

 久野さん――― 雅之に言わせると、ここは「綺麗すぎる」そうだが、普段めったに足を踏み入れないのだから仕方がない。いない時には、「越境生」のための管理人が掃除してくれているのだし。

 そして今は夜である。夜も夜。午後九時。きっとあの村で、若葉あたりはもう眠ってるだろう。

 大きな窓。昔むかしに建てられた「マンション」のなごり。その窓からのきらきらと輝く夜景が「売り」だったらしい。

 今は夜景はない。目の前に広がるのは、黒々とした、夜の旧都地区だった。

 関東管区に戻ってきてから、事件を「掘り起こす」だけが仕事なあたしは既に休暇だったが、彼には特警への報告だの何だのの仕事が山とあった。

 今もその真っ最中である。そんな彼をいつもの様に強引に呼び出したのだ。例のごとく、「恋人ですけど」と言って。


 でもまあ、まんざら間違いでもないしー。


 案の定彼は、ちゃんとやってきた。さすがに関東管区の旧都地区だったから、車ではなく自転車で、蒸し暑いこの地方の夜、汗だくになっていたけど。


「こないだの『ごほうび』」

「『ごほうび』?」

「早くスプーンつけないと、溶けるよ。暑いんだから」


 エアコンなどという気の利いたものはこの管区にもまずないのだ。差し向かいになったあたしは、お気に入りの綺麗な藍の和紙のうちわをぱたぱたとやっている。


「や、その」


 ふうん? もしかして甘いもの嫌いだったかな? でもまあいいや。


「あのおっさんはねー、こーやってあたし達が事件一つ掘り起こすたびに、普通の生活費の他に、何かしら一つ『ごほうび』くれるの」

「そう首相のことをおっさんおっさん呼ぶなよ…… パフェなのか? それが」


 いまいましそうな顔をしつつ、それでも彼はおそるおそるスプーンを口に運ぶ。


「お?」


 にやり、とあたしは笑う。


「わざわざラムレーズンを選んだんだよー。あたしの好みだったらとろーり甘いバニラだもん」


 そうなのだ。今回のリクエストは、500ccの入れ物に入った三種類のアイスクリームなのだ。バニラとチョコチップとラムレーズン。

 夏だし。暑いし。アイスクリームはどうやらあたしは大好きのようだし。


「アイスなんてさー、今じゃあ高級洋風料理店にしかないじゃない。冷凍庫が普通の家にないから、そうそう買い置きもできないからって。おっさんのコネで、…じゃなく、口ききで、銀座の『煉瓦街』の料理長に三種類作ってもらったんだよ」

「『煉瓦街』! 俺の安給料じゃ絶対行けねーぞ…」

「だから味わって食べてよ! 今日中でないと保冷箱の氷が溶けてしまうんだから。ラムレーズン!」


 もっともさすがに、あたしの舌が知ってる「ラムレーズン」より大人な味になってたけどね。ラム酒が多い多い。

 だから彼を誘ったのだ。


「だけどまだ三種類ってことは」

「あ、あとの二種類は、東海管区へ送ってもらった」


 どうせ一度になんて、食べられやしないし。


「送ったぁ?」

「あの村にもさあ、アイスクリームを冷やすくらいの場所は増えてもいいと思うのよ」


 彼は肩をすくめる。確かあのあと、松崎兄にも今回の事件の事情を聞いていたはずだ。


「じゃあせいぜい、味わわせてもらおっか」

「そうそう」


 あたしもパフェに手をつける。

 このデコレーションは自分でやったのだ。何となく、できるような気がしたので試したら、できた。

 なかなか手つきがいいじゃん、と自画自賛したりして。料理はできないくせに。


「ところでさつき、お前次はどこ行くの?」


 突然何を聞くのよ!


「やだー。無粋ーっ」

「無粋ってなあ」

「それは秘密なのだ! 何たってお仕事だもんね」

「お前なあ」


 くす、と笑って立ち上がると、あたしはテーブル越しの彼に身体を伸ばした。


 ぺろ。


 アイスがついた唇を、舌でなめる。


「おい」

「ちゃんと、助けが欲しい時には、呼ぶから」


 だから、心配しないで。あたしはあんたを頼りにしてる。

 仕方ないな、と今度は苦笑した彼があたしのあごを持ち上げた。



 今でも深い森はあたしの中にある。

 気がつくと足を踏み入れてしまうことも多い、どうしようもない深い闇の。

 それは消えることはないのだ。あたしがあたしである以上。

 だけど今は、出ようと思えば、いつでも出られる。

 出口は、すぐそばにあったのだから。

 道を探しても出られなかったはずだ。

 光が見えたら、そのままその手を上に伸ばして。

 誰かがいる、その胸が天国。

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あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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