33.「学校には、出てくるんだろうな?」
「それにしても、皆よく助かったなあ」
しみじみと高橋は言った。
大事をとって、とあたしは豊橋の病院に三日ほど入院することになった。
その回りに、まだ汚れも落としきれていない男どもが帰還するから、と見舞いにやってきた。
看護婦さんに見つかったらどやされてもおかしくないくらいだが、どうせまたこのまま自転車で戻るんだし、と彼らはせいせいしたものだった。
「おかげでほんまものの車に触ることもできたしー。やー、終わり良ければ何とやら、だなあ。感謝するぜ、森岡」
本当に嬉しいのだろう。さっきからずっと高橋は笑いっぱなしだ。
「や、でも皆大したケガもなくて良かったなあ」
「お前ずいぶん無茶してたくせに!」
遠山は森田に向かって顔をしかめた。
「何、何やったの?」
「あん?」
いつもの調子ではぐらかそうとしたので、代わって遠山が答える。
「何か銃声が聞こえなかったか? お前等、子供と一緒に行ってから」
「あ、あの時」
「あの時は本当に心配したんですよ!」
若葉は強い調子で言う。帰還してからこのかた、表情が一気に明るくなった。
それもそのはずだ。彼女の愛しい婚約者が、戻ってきたのだから。
彼女はあたしと一緒に病院まで車に乗ってきてくれた。車なのに大丈夫か、と問いかけると、そんな場合ではないでしょう、と強気だった。
元々はそういう強気の子だったのかもしれない。
ただ、その強気の元がいなかったから、落ち着いた子に見えていたのかもしれない。まあでもそれはいい。
彼女は車の中で言った。
「三人で、顔合わせた時に、言ったの。はっきりと」
松崎の好意はとても嬉しいし、自分も好きだけど、やっぱり自分にとって、弟のほうは、きょうだいみたいなものにしか思えない。
「で、松崎はどう言ったの?」
「仕方ないよな、って」
ふうん、とあたしはうなづいた。
まあ実際、仕方がないのだ。どれだけ自分が力を尽くしたところで、当の婚約者が目の前に現れただけで、それまでの沈んでいた表情が一気に生き返るのだから。
つまり、そういうものなのだ。
「あの時こいつ、手に持ってた簪を、銃持ってた奴の手に投げつけたんだ」
「げ」
思わず目を丸くする。
「それもちゃんと刺さってるんだから、凄いよなあ。俺お前のこと、見直したぜ」
「偶然や。持ち主が、端正こめて削ってはったから、上手くいったんやで」
ごけんそん、と高橋は友人の背を叩く。
「けどよく俺がいるとこ、判ったな」
「遠山がいるとこへ行ったんやない。子供のとこに行こう思うたんや」
森田はぼつんとつぶやく。
「子供はちゃんと、生きるべきなんや」
「でも、俺達だって、ガキだぜ」
へへ、と遠山は笑う。
「親父さんは、どうだった?」
ここで問いかけるのはどうか、と思ったが、あえてあたしは聞いてみた。
「ふん。爆破については知らなかったらしいぜ。安心したけどさ」
「安心か?」
松崎は怪訝そうな顔で問いかける。
「まあな。特警に捕まったなら、まあ政治家生命も終わりだろうけどさ。仕方ねーよ。でも、な」
遠山は苦笑する。
「爆破を知ってるとこだったら、俺は奴に何してたか判らんよ」
それは笑っていう所じゃないでしょ。
「ま、いいか」
「何が『ま、いいか』だよ。だいたい森岡、俺だってお前に聞きたいことあるんだぜ?」
「な、何よ」
思わずあたしはベッドの柵に身体を寄せる。
「お前あん時、英語? かよ。判ってたみたいじゃないか」
「本当か?」
松崎まで。
「あ、それにさつきさん、あん時、何か訳判らない言葉、喋ってなかったかしら?」
……
どう言ったものだろう。ごまかすには、今回は手札を出しすぎた、と反省することこの上ない。
「ま、そのくらいにしておいてくれないかなあ」
開いていた扉から、久野さんが顔を出した。あら、という顔をして、若葉が会釈をする。
「ちょっとこいつに話があるんだけど」
「はいはい、私たちもう帰らなくてはなりませんので」
ええっ、と唐突な言葉に高橋は声を上げる。そしてその腕をしゃあないやろ、と森田が引っ張っていく。
「ほら行こうぜ」
松崎も若葉と一緒に病室から出て行こうとする。
「森岡」
何、とあたしは遠山に問い返す。
「学校には、出てくるんだろうな?」
あたしは黙って、笑顔で手を振った。彼はそれ以上問いかけなかった。彼もまた、手を振り返した。
もうあの学校には出ないことを、彼は気付いたのだろう。
久野さんを残して全員が出ていくと、扉が閉まった。
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