11.里芋はつるりつるりと箸から逃げそうになる
「だけど森岡、あの態度はまずいと思うぜ?」
「何で?」
「何でって…… 何つーか」
高橋は箸を止めて、どう言ったものか考え込む。
昼休み。
おばーさん手作りの弁当を持って、外でお昼。
おにぎりと、今日のおかずは昨日の晩の残りの味噌をつけた里芋と人参の炊き合わせ。
里芋はつるりつるりと箸から逃げそうになるので、あたしは彼らの話を聞きながら、その反面、里芋にも気を取られていた。
一人ではない。松崎と、その友人の小柄で童顔な高橋、それに黙々と箸を動かしている森田がいる。
そして外との境である錆だらけの金網をはさんで、そこには若葉もいた。
「それにさ」
ようやく里芋をつまみ上げる。甘めの味噌をつけて、口に入れたら、ふしゅ、とつぶれた。美味しい……
「変わった奴だよね、彼」
「お前程じゃないよ!」
考えがまとまらないうちに口をはさまれたのが悔しいのだろうか。箸を握りしめた高橋はちょっと好戦的な口調になる。
「それはそーだけどさ。でもこれが生まれつきだったとしても、高橋くん、あんたあたしにそういうこと言う?」
「うっ」
言葉に詰まる。やれやれ。
「ま、安心してよ。生まれつきじゃないって。色一度抜いて、その上に染めてんのよ」
「抜いて、染めて? 変わった女だよなあ」
松崎の感想にうんうん、と高橋もうなづく。
森田は我関せず、と言うように黙々と弁当を食べ続けている。細い目が伏せがちで、開けてるのか閉じているのか判りゃしない。
「けどいいなあ、やっぱり通いの奴の弁当ってのは」
「そーいえば、あんた達、寮だよね。寮で弁当が出るの?」
「食堂で取ってもええけど、よく俺等、外での実習もあるしな。そういう時には寮食のおばちゃんに箱詰めにしてもらうんや。冷めてまうけど。ま、そぉでなくても、あの食堂で昼に食うのは疲れるで」
「あれ、森田くん、関西のひと?」
「や、違う。境には近いけど」
「松阪だったか、津だったか? そのあたりじゃなかったっけ? お前」
「まぁそんなとこや」
ぺこん、と森田はうなづく。
「言葉とかはもぉ、関西管区の方に近いんやけど。それでも東海管区やから、俺が入れる機械関係の高等はここしかないわ」
面倒や、と森田は付け加え、再び黙々と弁当の続きを食べ始める。
「広いんですねえ」
それまで黙っていた若葉が、不意に口にした。
「広い?」
「だって、私今までずっと、あの村にいて、せいぜい隣村か、ものすごく冒険して、豊川の稲荷さんに行く程度でしたもの。それもお正月とか、何か特別な時だけで」
「俺だってそうだよ」
松崎が口をはさむ。まるで金網越しの彼女を弁護するようだ。
「今だからこっちにいるけどさ、若葉と同じだ。ここにいたとこで、学校の近くしか、結局は出ないし。兄貴だって、確かに俺と同じ、ここの高等と、その上の専門出てるけどさ、実際、村に戻ってみりゃ、お前と同じだろ?」
「だって
「うん。だから皆、用事が無ければ、そうそう自分の住んでるとこ以上に出ることなんかないんだよ。だから別に若葉が気にすることないんだ」
「ありがと規ちゃん。でもね、そういうことじゃないの」
じゃどういうことだよ、と松崎は首をかしげる。若葉は少し悲しそうに笑う。判らないかなあ、と。
「まあ松崎、その話はそのくらいにしてだなあ、森岡、お前それで、本当に車で行ってきたのかよ?」
「うん」
「どこにそういう知り合いがいた訳?」
おや、目がぎらぎら輝いてる。あたしはにやりと笑う。
「それは秘密です」
「何だよけち! せっかくの車、く・る・まだぜ?」
「あんなぁ森岡ぁ、こいつは車狂いなんや。だいたい出身が豊田や」
はぁん、とあたしはぽん、と手を打つ。かつては世界のトヨタと言われた自動車産業の町。
今でこそ、特警やお偉いさん達のための自動車だけを、注文で手作業で作るくらいの規模しかないけど、昔は凄かった。全ての行程が機械化されていて、その流れ作業は見事なものだったという。
「じゃあ高橋くん、いつか帰ったら車作るんだ」
「ったりめーだぁ。ガキの頃からしつこく『俺は車を作るんだっ!』と言い続けていた甲斐ありまして、俺はめでたくここにいる訳で」
へへへ、と高橋は頭をかく。ええよなあ、と森田ものんびりと首を何度も振る。
「別にあたしはいーんだけどさ、向こうさんがそうそうあたしにちょくちょく会いに来れる訳じゃないからねえ。仕事とかー、忙しいしー」
「でも私も気になるな。だってさつきさん、あの送ってきてくれたひとと、ずいぶん仲良さそうに喋ってたし」
「若葉あんた、見てたねっ」
ごめんなさあい、と彼女はくす、と笑う。可愛い子の笑い顔はいいものだ。
「何だもう男が居たのかよ」
不意にそんな低い声が、再び頭上から響いた。喋っていたので、背後から近づいていた奴に気付かなかったのだ。うーん、不覚。
「おや、遠山くんもお外でお食事?」
「ああそうだ。悪いか?」
「悪くないわよ。どーぞ」
おい森岡、と男ども三人はあたしを止めようとする。
「いいじゃない。五人が六人に増えてもそう変わる訳ではなし」
「それはそうだが……」
「だったらお前ら、どいてろよ。俺は森岡に話があるんだ」
「遠山!」
高橋が反応する。ふむ、導火線も短いらしいな。
「別に話はいいけれど。車の話だったら、今してたとこだよ。何を、あんたは聞きたいの?」
「車で、どこに行ってたんだ?」
「この子のお家があるとこ」
箸で金網越しの若葉を指し示す。ん、と若葉は目を細める。
「あんただって、あの時の騒ぎ知らない訳じゃないでしょうに。ちょっとしたつてがあったから、一週間などと言わず、一日で往復しましょう、と思っただけだよ」
「ふうん。それで何か収穫はあった、って訳か?」
「残念ながら」
無くはないけれど、まだ疑問は形になっていない。はっきりしないことを口にはできないのだ。
「でも何でそんなこと、聞くの?」
「そーだそーだ。俺だったら判るよね、森岡」
まああんたならね、とうなづくと、高橋はほれほれ、遠山に向かって手を振る。
「うるせぇよ高橋! だいたいお前も部外者だろ!」
「そう言ったら、あんたもあたしも部外者だよ。当事者なんていうのは、若葉ちゃんと、まあせいぜい、そこの松崎くんくらいだってば」
「じゃあ何でお前、足を突っ込んでるんだよ」
遠山は顔をしかめる。
「うーん? 成り行き」
なりゆきぃ? と遠山は決して濃くはない眉を寄せた。基本的には薄い顔だから、突っ張りたいのは判るけど、いまいち迫力が足りない。
「成り行きだよぉ。だって、ねえ。道で知り合うなんて、そんな楽しい偶然、成り行き以外の何ものだって言うのよ」
「成り行きで、車なんか出させるのかよ」
「いけない?」
遠山は頭をかかえた。若葉は口に手を当てて、はらはらしながらあたしを見ている。
「だってさ、どこの管区にだって、どんな成り行きでどんな大きな爆弾が埋まってるか、なんて判らないじゃない。そうゆう成り行き」
あたしはそう言ってにやりと笑う。嘘は言っていないのだけどね。
「だから遠山くん、あんたも何を本当に知りたいのか、言ったんなさい」
「そんなものはねえよ」
言いながら、遠山はそれでもその場に座って、弁当を広げだした。
長めの髪、いー加減に着た制服。懐かしい感覚。
懐かしい。そう思うことは大事だ、とミキさんは言っていた。
あなたがそう感じたものを一つ一つ、きちんと自分の中で整頓するの。そうすればきっとそれはあなたにとっていい道しるべになるはずよ。
染め続ける赤茶の髪。小指だけ長く伸ばした爪。料理は苦手。あたしはこうゆう「同級生の男子」が好みだったのだろうか?
違うよな、と再び里芋と格闘しながら、心の中でつぶやく。絶対違うよ、と自分に言い聞かせる。何か違う。どっちかというと、あたしはもっと濃い顔の方が好きだ。
だけどどこか、それは「懐かしい」。
「じろじろ見てんじゃねえよ」
「だーれがあんたに」
松崎と若葉はそんなあたし達のやりとりに困っているようだった。高橋は大急ぎで弁当を食べ終えると、じゃまた後で! と言い残して風のように走り去っていった。
そして森田は変わらず黙々と食事を続けていた。
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