7.特警と管区警察

 特警は、管区を越えた事件や、現在の鎖国政策に反する者を取り締まる組織だ、とあたしは聞いている。

 似た様な組織が、ずいぶん昔にもあったらしい。思想弾圧のための悪名高い特高、というのがその同じ名前の集団だったと言われている。一方で国体護持のために外部からの危険思想を食い止めた機関とも言われている。

 現在のものはそこまで大仰なものではない。

 確かに政策に反する者を取り締まるという点では変わらないが、事件の件数も、深刻さも決して当時の比ではない。

 だいたい通称を変えているあたりでも判る。違うものだ、という意識が、当の組織の人々にもあるのだろう。

 それに何と言っても、その時代のような影響力がない。

 管区の中に閉じこめられ、周辺情報しか耳に入ってこないで過ごしている人々にとって、彼らの行動には現実味がないだろう。

 そもそも、地方分権が強力に推し進められてしまっている現在、中央政府の力なんて、どの程度のものなんだろう? 

 先週知り合ったばかりのあの学級で、現在の内閣総理大臣の名前をちゃんと言える奴がどれだけいるだろう?

 そんなこと知らなくても、生活はできる。誰が総理だろうが、その上の誰かさんであろうが、そんなこと知らなくても、日々は変わらなく続いていく。大切なのは、緑の田畑がきちんと毎日毎日育っていくこと。

 そのために村は存在し、子供達も働き、あの学校へと学生は学びに来る。

 実際、あの学校の彼らときたら、実によく勉強していた。

 あたしは「越境生」という名目のためか、教師に抜き打ちで指されるようなことはなかったが、機械工学や生物科学が中心の全教科、皆実に熱心だった。

 一人だけそうでなさそうな奴もいたけど。

 自分の学んだことが、そのまま、帰ってからの自分と皆の生活につながるのだ。当然と言えば、当然だろう。


 あたしは。


 ……


 ……特警は、管区警察と仲が決して良くない。それは彼の話を何かと聞いても判ることだ。

 どちらかと言うと、管警が特警をいじめている、という印象がある。

 判らなくもない。管警にしてみれば、特警というのは、自分達に比べ、実に弱っちい組織であるくせに、自分達には絶対にない特権があるのだ。

 自動車の使用と、管区を越えた行動の自由だった。

 それはたかだか一介の越境生などとは比べ者にならない行動の自由と言える。


 このおじさんがねー。


 ちら、とあたしは相変わらず一生懸命にハンドルを握る彼の横顔を見る。


「で、お前は何で俺にこうやって走らせてるんだ?」


 へ、と考え事を中断させられた頭は、なかなかすぐには戻らない。数秒して、やっと彼の質問の意味を理解する。


「ああ、東永村とうえいむらへ向かっている理由わけ?」

「そうだよ。いきなり呼び出して、いきなり車に乗り込んできて、さあ東永村へ行きましょう、じゃ訳わからねえよ」


 それはそうだわ。あたしも思う。それで止まりもせず、走っているこのひともこのひとなんだが。


「それともお前、今俺の追ってる仕事、感づいてるんじゃないだろうな?」

「そうだと言ったら?」


 彼は数秒、黙る。


「知るわけないじゃなーい! だいたいあたしだってね、昨日よーやくあんたがこの管区にいるって知ったんだから」

「それはそうだろうが。だけど東永村ってのは、お前がいる尾張方面よりはこっちの東三河だろ」

「何、東三河で今事件追ってるの? あ、豊橋港方面で、また何か密輸か何か」

「守秘義務!」


 まったく、とぶつぶつと口の中で反論をしているらしい。


「いい加減、お前の正体教えろよ、さつき」

「今はだめ」

「今は、か?」

「そう、今は」


 彼は黙る。これは本気だ、とさすがに判るらしい。


「判ったよ。で、話を元に戻そうぜ。何で俺達は東永村へ向かっている?」

「ちょっと、ね。事件らしいの」

「事件」

「村人が、まるごとすっかりいなくなっちゃったんだって」

「へ」


 きぃぃぃぃぃぃ、と音を立てて、彼はいきなり車を止めた。あまりの勢いの良さ、思わず前のめりになって、あたしは安全ベルトに胸と腹を押されて「ぐえ」。


「あっぶないじゃないの」

「お前なー…… それを先に、言えよ!」

「何、心あたりあるの?」

「ない! だけど事件じゃないか」

「だから大変だって言ったじゃない」

「言ってねえって言うの!」


 そうだっけ。思わず空をあおぐ。

 先日の若葉の話した内容を、あたしはかいつまんで話した。

 若葉は、と言えば、あたしの部屋に、とりあえず同居している状態だ。

 一応、今日も出てくる時に誘ってはみた。だがその方法が方法だったので、怖がってしまって、結局あたし一人だ。

 どうも彼女は車が怖いらしい。あんな恐ろしい速さのものの中にいるなんて、棺桶の中にいるようだ、という意味のことを言っていた。

 まあそれはそうだろう。

 彼女に限らず、この時代に生きてる一般人の普通の反応だ。

 久野さんにしても、特警に入る時、車への適性を相当検査されたらしい。まあ走る凶器だもんね。当然か。

 車は、ガソリンが貴重なものである以上、許可されない限り乗ることができない。

 鉄道にしても、人間を乗せるためのものではない。あくまではそれは管区内の荷物を輸送するためのものだ。

 だから皆、縁が薄い。下手すると、一生乗らないで過ごす可能性もあるくらいだ。


「じゃあ事件。それでいい?」

「お前どうしてそう緊張感ないの」

「あってたまるものですか」


 言い捨てる。所詮あたしの、あたし自身の事件じゃあないんだから。あたしはあたしにとっての「事件」以外であたふたする気はない。これっぽっちもない。


「でお前、その村の様子を確かめに行こうって言うんだな?」

「そーよ」

「だったら最初からそう言えよ……」


 そんな疲れた声を出さなくとも。


「だからあ、忘れてたんだってば」

「前もそんなこと言ってなかったか?」

「あたしもそろそろ老化かなあ…… お肌の曲がり角は過ぎたしい」


 ほっぺたに両手を置いて、精一杯の可愛い姿をとってみせたら、彼は「ぐえ」と吐き気をもよおしたまねをする。

 失礼な奴だ。

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