昨日か、その前の塵たちへ
響華
木漏れ日の椅子
部室に、封筒が置いてあった。それも人数分。みんなで確認を取って、おっかなびっくりそれぞれ封筒を開けてみると、中には写真が入っていた。
写真。確かにうちは写真部だけども、直前に大会があったとかそういう訳じゃないし、そもそも撮った覚えのない写真である。
こんなことをする人間に、僕は……というか、部員全員に心当たりがひとつあった。
今はもう、写真部からも学校からも居なくなってしまった先輩。どこかミステリアスで、でも晴れの日のような明るい笑顔を浮かべる女性。写真を撮るのが上手で、いつか色んな景色を見る旅に出たいと言っていた憧れの人。言葉もつけずに写真だけ送ってくるなんて、彼女の他に考えられなかった。
……さて、家に帰った僕の前では、その写真が圧倒的な存在感を放っている。他の部員に聞いたところ、一人一人違う写真が送られてきていたらしい。
僕の写真がどんなものかといえば、『木漏れ日の当たっている椅子』だ。それは日常のどこにでもありそうな、それなのに何故か美しさを感じる、そんな一枚。
ただの生存報告として送ってきたものなのだろうか。いやいや、あの先輩がそんなことするだろうか、僕はしないと思う。
じゃあ、単純に綺麗な景色を見せたかった? だったらなんで一人一枚なのか、そうだ、重要なのはここな気がする。
一人に一枚、誰に宛てたものか名前は書いてなかったけど、それぞれの席に置いてあったから誰に渡るかは狙ってやったんだと思う。そもそもどうやって入ったとかは置いとくとする、その位は平然とやりそうだから。
それで、僕に対してこの椅子の写真である。意味、意味……別に先輩と公園に行った覚えもないし、木漏れ日の当たる椅子に座ったとかそんな思い出がある訳でもない。じゃあこういうことがしたかったとか……いや、いやいやいや、先輩をなんだと思ってるんだ僕は。
と、まあこんなふうに、脱線したり妄想したりしながら意味を探していたけれど。
一日、二日、一週間。何もわからないまま時間が過ぎていって、部員の中でも「不思議な出来事だったねー」とか「綺麗な写真だったね、私もあんなふうに撮ってみたい」とか、そんな話題として終わろうとしていた。
ただ、自分は思ったより諦めが悪かったようで、「写真でダメなら実物だ!」なんて思いながら、公園の椅子の写真を撮るようになっていた。
毎日最低一枚。休みで時間のある日は少し遠出して、普段は行かないような遠くの公園へと。せっかくカメラを持っていたので、その途中でなんとなくいいなって思ったものの写真も撮った。自分への贔屓目みたいなものも入ってるかもしれないけれど、部員の中で一番写真を撮っていた気がする。
――しばらくして、部活のコンテストで賞を貰った。この頃にはもう誰もあの先輩の話をしなくなっていたし、僕が毎日写真を撮るのも先輩のことは関係なしに撮ること自体が楽しくなっていたからだと思う。
時間が経つにつれて薄れていく記憶は、それでもどこかに残って、完全には消えないでいる。
解くつもりのなくなった問題は、ふとした瞬間に答えが見つかるものだと思う。それを答え合わせしてくれる人は今はいないけれど。
写真は今もまだ、無くさないように大事に持っている。前までは「これをなくしたら写真を撮る意味はなくなる」なんて思っていたけれど、今は失ってもなんとかやって行けるんじゃないだろうか。
……そういえば、この写真について。部員の一人が出した答えにこんなものがあった。
「この写真はとても綺麗で、繊細で……そして、それ以上の意味は無い。そして、この写真に意味を見出そうと考えることこそが、あの先輩のさせたかった事なんじゃないか」
みたいな、そんな答え。
それっぽいといえばそれっぽいし、そうじゃないともいえる気はする。でも、そうならば、そうして答えに辿り着いたこと自体にも意味は無いんだろう。
今は、ただ、何となく。
奇跡的にあの先輩とまた出会えて、この写真を渡せたら。その時の先輩は、きっと今の自分じゃ写真で切り取りきれないくらい最高の絵になるんだろうなと、そんなことをぼんやりと思うばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます