『精霊に嫌われた』エルフと『聖霊に愛された』妹(仮)エルフの幻想世界英雄譚

もるもる(๑˙ϖ˙๑ )

序章

第00話:落ちこぼれエルフ

「火の精霊よ!力を貸せ!炎の礫ファイア・ボルト

 目鼻立ちの整った、リーダー格の男エルフの指先にはめた指輪から小さい炎の礫が放たれ、中型の猪の毛と皮を焼く。炎はそのまま猪に引火し、堪らない猪は地面に身体を擦り付けて鎮火させる。


「そこっ!土の精霊よ!力を貸して!」

 ちょっと勝ち気に見える女エルフが精霊を行使すると、地面から鋭利な岩石が隆起し、猪を串刺す。


「次は私の番ですか。風の精霊よ」

 理知的な目をして落ち着いた表情の男エルフが、手を頭上に掲げた後、猪の方に向かって振り下ろす。風の精霊が生んだ風の刃が空を切り裂きながら飛翔し、岩石の槍に突き上げられて、身動きの取れなくなった猪の首をトドメとばかりに切り裂く。


「余裕だな」

「簡単ね」

「こんなものでしょう」

 三人は問題なく、田畑を荒らしていた猪の一匹を屠ると、満足そうに頷き合う。この三人は22歳になる僕と年の近いエルフ達だ。

 リーダー格のエルフはカロン、理知的なエルフはヴェント、勝気な女エルフはアーデ。みんな長老衆の直系の一族で将来有望だと言われている。


 エルフは長命で、ひどい病気や怪我がなければ300歳くらいまでは平気で生きる。だから10歳くらいの年の差があっても、同年代といった感覚でしかない。

 しかしそのせいか、子供の出生率は低く、数年に一人産まれるかどうかだ。だからこそ産まれてきた子供たちは祝福され、大事に育てられる。

 僕達の集落コロニーは150人程度のエルフが暮らしているので、みんなが天寿を全うするとして1年に一人産まれれば人口が減らない計算だ。


「で、お前は何もせず見ているだけか?良い身分だな」

 リーダー格のエルフであるカロンが僕を侮蔑するような目で見ながら言う。


「仕方ないんじゃない?ニクスなんだから」

 バカにしたような表情で、口の端を釣りあげながらアーデが嘲る。


「何のために着いてきたのか。命令とは言え、何も出来ないニクスと同行とは、如何なものか」

 理知的な目をしたヴェントが鬱陶しそうに溜め息をつく。


 そんな風に僕を蔑んでいる三人は、完全に警戒を解き、僕を陥れるのに夢中で、背後に迫る危機に気が付かない。


ウゴォォォォッッッ!!!


 その脅威が三人の真後ろで雄叫びを上げた時には、既に三人は射程圏内に捉えられていた。


フシュゥーッ!!


 口から怒気と共に大量の息を吐くと、成人エルフと同等の巨体を持つ大型の猪が目に怒りの炎を灯しながら突進してくる。


 その猪の武威と気迫に、三人は固まって棒立ちになってしまっている。


「ふっ!」

 僕は短く息を吐くと、一足飛びで猪と三人の斜線軸上に入る。猪は地を蹴り、突然割り込んできた僕を突き飛ばそうと加速していく。


ドガァァァァッッ!!


 僕は猪の突進をまともに喰らって吹き飛ばされる。だけど、三人を巻き込まないように、少し横に位置取っていたので、猪は三人を巻き込まずに脇を駆け抜けていく。


「今の内に!」

 吹き飛ばされながら僕が三人に叫ぶ。

 僕に地の精霊魔法が使えれば、猪の足元に穴を掘って猪の動きを止められただろう。

 水の精霊魔法が使えれば超水圧の水で猪の身体を貫いてよろけさせることが出来たかもしれない。

 風の精霊魔法が使えれば、分厚い皮膚を切り裂いて息の根を止めることが出来ただろう。

 火の精霊魔法が使えれば、火を恐れる獣の性質を利用して怯ませられたかもしれない。


 でも僕は、それらのどれも出来ない。


 元来なのにだ。


 だから僕は自らの身体を盾として彼らを守るしかなかった。僕に与えられたのは、他のどのエルフよりも高い身長と、頑丈で怪我が治りやすいエルフらしくない強靭な身体だけだった。


「こ、このっ!」

 我に返ったカロンが悔しそうに顔を歪めながら、大量の魔力マナを精霊に捧げる。


焦熱の柱ファイア・ピラー!」

 カロンが精霊を行使して中級火炎精霊魔法を放つ。すると巨大な猪の足元から、数百度を超える焦熱の炎が轟音を上げて立ち昇り、猪を一瞬で焼き尽くす。


「余計なことをしやがって。この、何もできない無様なエルフがっ!」

 カロンが僕を見て悔しそうに顔をゆがませながら言う。


「こ、こんなの、借りだなんて思わないでね。わ、私達だけでも何とかできたんだから」

「あぁ、私は気が付いていたのだが、猪の油断を誘うために気づかないふりをしていただけだ」

 ヴェントとアーデも僕から目を背けて言う。


 みんなが言うように、何もできない僕に助けられるのは恥だという事だろう。まぁいつもの事なのでどうでもいいけど。


 あのサイズ猪の突進をまともに受けた割には、かなり軽傷で済んでいる僕は、何事もなかったかのように立ち上がると、「別に功を奪うようなことはしないさ」と小さく口の中で呟きながら、猪の死体を検分する。


 言うだけあってカロンが放った炎の精霊魔法の威力はすさまじく、猪は完全に炭化していた。僕はかろうじて燃えずに残っていた牙をもぎ取る。これを村に持っていけば、近頃田畑が獣に荒らされているという問題に対しての、一つの証拠にはなるだろう。


「よこせっ!」

 僕が採取した猪の牙を、カロンが乱暴に奪っていく。


「この猪を倒したのは私達だからな!」

 そういって僕を睨み付けると、追従する他の2人と一緒に村に向かって歩き始める。


「お前達も色々あったんだよな。きっと」

 僕は後ろを振り返って猪の死体を一度見て軽く目を瞑り、そう言いながら黙祷を捧げると、先行しているカロン達の感知距離ギリギリの距離を保ちつつ村に戻るのだった。


 村近くになるとカロン達は大声で勝鬨を上げて村に入っていく。村の大人達や子供達がその成果を確認しようと、カロン達の周りに集まっていく。

 最近村の畑や狩場が荒らされており、冬を越えるための食料の備蓄が心許なくなってきていたので、この討伐に対しての村の関心は大きい。


 そんなだから、大きな猪の牙を掲げて帰ってきたカロン達に、多くの賛辞の言葉が贈られる。その言葉を受けて満足そうな笑顔を浮かべる彼ら。


 僕はカロン達の話がようやく聞こえるような距離で様子を見ていると、カロン達は大人達に連れられて村の奥に向かっていく。

 おそらく村長と長老に報告に行くのだろう。


 その様子を見ながら僕は村の隅にひっそりと建てられているボロボロの荒ら屋あばらやに向かう。恐らく僕には賛辞の言葉や労いの言葉は無いからだ。


 僕の住んでいる荒ら屋あばらやは四本の柱と屋根だけで簡易に建てられた小屋だけど、一応その後に、側面となる部分に木の廃材を打ち付けて、雨風をしのげるようにはしてある。


 エルフとして全員が持っている守護精霊の加護を持たないという僕は、凶兆の象徴として、本来は殺されるか捨てられるかされる所だけど、何とか村はずれのボロボロの荒ら屋あばらやをあてがわれて、一応村の範囲内で生活することを許されている。

 僕はそれ以上は望んでいない。望んだところで何も手に入らない事はわかっているからだ。


 僕が荒ら屋あばらやに入ろうとすると、その物陰からひょっこりと年若い女の子エルフが顔を出す。


「おかえり。おにーちゃん♪」

 日の光を眩しく反射する綺麗で柔らかな白金の髪をしていて、ブドウの皮を煮詰めた液で染められた紫色のリボンで両耳の少し上を括って髪を垂らしている。

 エルフっぽくない大きくクリクリした好奇心たっぷりの目が、僕を見上げてくる。鼻筋も通っていて、小さい唇は艶やかな薄桜色。肌は透き通っているかのような綺麗な白色だけど、僕を吃驚させるために隠れてて興奮していたのか、頬に薄っすらと紅が差していた。


 そんな女の子エルフが元気にお迎えの挨拶をしながら僕の腰に抱き着いてくる。


「ルーミィ。また僕の所に来たら、お父さんとお母さん、村の人たちに怒られるよ」

「うぅん。いいの。村の人達が間違っているんだもん。いっつも村やみんなを守っているのはミスティおにーちゃんなのに!それなのに村の人達はミスティおにーちゃんをバカにしたり、いないものとしたりして!本当にみんな大嫌い!!」

 ルーミィは僕の腰に顔をゴシゴシと押し付けた後に、抱き着いたまま顔を上げて僕と視線を合わせるとハッキリと言う。


 確かに僕は村の一番外に住んでいるのもあり、何かあったり一番先に被害にあうので、毎朝みんなが起きる前に見回りをしたり、夜は獣が徘徊する気配がある場合は、寝ずに襲撃に備えたりしている。

 基本的には自分の身を守るためなんだけど、結果村の番人的な動きになっているのかもしれない。


「今回の件だって!ミスティおにーちゃんがいたから、この程度の被害で収まっているのにっ!私の時だって、おにーちゃんがいなかったら……」

 そう言うとルーミィは目を伏せて、涙を溜めてしまう。


 ルーミィは村長の息子夫婦の子供で12歳になるまだ年若いエルフだ。しかしその潜在能力は村一番かもしれない。なぜならばルーミィの守護精霊が規格外すぎるからだ。


 ルーミィが生を受けた時に、降り立った精霊の属性は光。それだけでもとても稀有な存在であり、将来高位の精霊術士になれる事が約束されたようなものであるのだが、それだけではなかった。


 普通の精霊はエルフのように耳のとがった男性か女性の姿を形どっており、基本的には裸だが、足元から胸にかけて渦が巻きついている。炎の精霊は炎の渦が、風の精霊は風の渦が、水の精霊は水の渦が巻き付いている。土の精霊は少し特殊で裸ではなく全身岩の鎧で覆われたような容姿をしている。


 だがルーミィに降り立った光の精霊は衣服をまとっていた。真っ白で所々赤い縁取りがされた上衣と真っ赤な袴をまとい、全身から神々しい光を発っする人型の精霊だった。

 そしてその守護精霊は、驚く両親に向かって、自分の呼び名は光巫女メイデンだと名乗ったらしい。

 そう精霊が名乗ったのだ。普通の精霊は人語は解せない。人語を解せる精霊は聖霊と呼ばれ、精霊を束ねる王が稀にそれに昇格する。


 ルーミィは精霊どころか聖霊に愛されて産まれてきた、将来が期待されるエルフなのだ。


 そんなルーミィは非常に物覚えもよく、あっという間に言葉や世の中の仕組みを乾いた砂が水を吸うように覚えていった。村の中にある大体の物事を5歳の時にはすべて理解してしまったルーミィが村の外に興味を持つのも当然の事であった。


 そして事件は7年前に遡る。


 理知的で行動的なルーミィは5歳の時に村の外への興味を抑えきれずに、村の外へ出てしまったのだ。


 村の外は危険な事も多いが、色々な木々や生物がいて、驚きに満ちている。ルーミィは村の中では決して得る事の出来ない貴重な経験に目を輝かせながら、どんどん森の奥にと分け入ってしまった。

 村の庇護と精霊の守護により、今まで全く危険な目にあったことのないルーミィは、何の危険も感じずに、危険な猛獣の領域に足を踏み込んでしまったのだった。


 そして運の悪い事に、その踏み込んだ領域にいた猛獣は小さな子供を出産したばかりの熊であった。出産後、子供を守る熊の獰猛さは、森の中のありとあらゆる猛獣の群を抜いている状態だ。


 そんな熊の縄張りに、当時5歳にしかならない小さなエルフが立ち入れば、その結果は火を見るよりも明らかだ。


 当然、我が子を守る為、重要な食料にする為、親熊がルーミィに襲い掛かる。


 守護精霊がとっさに強力な光を放ち、熊の目を眩ますが、驚いて恐怖に支配されてしまったルーミィは腰が抜けてしまい、その場に尻餅をついたまま何もできなくなってしまった。


 そこに、眩しさから回復した親熊の鋭い爪が襲い掛かる。


ズシャァッ!!


 勝手な行動を後悔するルーミィの柔らかい首筋に、獰猛な熊の鋭い爪が吸い込まれたかと思った瞬間、大きな影が間に割って入り、熊の爪を受け止める。


「よかった。間に合ったよ」

 僕は左腕で熊の爪を止めながら、首だけ後ろを向けると、小さな女の子に笑いかけて安心させる。とはいえ僕は四白眼と言われる凶相なので、怖がるかもしれないけど。


「大丈夫。僕が何とかするから」

 そういって熊と相対する僕。だけど熊の爪を受け止めた左腕は、熊の爪が深く突き刺さっており、ポタポタと血が垂れていた。

 この左手は、しばらくまともに使えなさそうだ。そう思った僕は痛む左手で鯉口だけ切ると、右手だけを使って腰に佩いた剣を抜く。

 わずかに反った片刃の長剣が、日の光を反射して輝く。


ガァァァァッッ!!


 獰猛な叫び声をあげて、両手を振り上げ襲ってくる熊。僕は背後にいる女の子を守るべく、巻き込まないように勇気をもって前に踏み込む。熊の必殺の間合いになるが、贅沢は言ってられない。

 凶悪な左右の二振りを、体捌きで左右に避けると、柄の先端であるカシラで熊の顎を痛打する。


 熊があまりの痛みに仰け反り、手で顎を押さえながらこちらを睨み付ける。両手が顎に添えられて、がら空きになった胴に、僕は薙ぎ払いの一刀を入れる。わずかに反った片刃の剣の鋭い刃が、熊の分厚い毛皮を切り裂き、肉を切断する。そして続けざまに左肩の根元に向けて、紫電のような突きを放つ。


 急所を狙って殺してしまう事も出来ないわけではないが、この熊は自分の縄張りに入ってきた無作法なエルフを襲ってきただけの事。エルフの領域に向こうから入ってきたわけではない。

 悪いのはこちらなので、なるべく殺したくはないと甘いことを考えながら、僕は剣を抜くと震えているエルフの女の子の所まで下がり、熊に剣を向けたまま制止する。


グルグルグルゥゥゥゥゥ


 熊は痛む腹や肩を押さえて唸りながら、こちらの様子をうかがっている。


 すぐに襲ってくる気配がないので、僕は剣を腰に佩きなおすと、動く右手を広げながら肩を竦めて見せる。攻撃の意思がない事を熊に示す為だ。


 熊はしばらく警戒姿勢のまま僕を見ていたが、やがて鼻を鳴らすと、痛む身体を庇いながら、僕達に背を向けて去っていく。


「ふぅー。良かったぁ」

 僕は熊が立ち去るのを見て安堵の溜息をつきながら、地面に座りこむ。


「君も、あの熊も無事でよかったよ」

 僕がそう言いながら女の子に笑いかけると、女の子は目いっぱいに涙をためて、僕の胸に飛び込んでくる。


「怖かった!怖かったよぉっ!!」

 僕の首筋に抱き着きながら、大声をあげて泣く女の子。僕はこんなに可愛い女の子を助けられた事に、少しだけ誇らしい気持ちになりながら、動く右手で女の子の背中をさする。

 残念ながら左手は熊の一撃で、神経が逝ってしまったようで、まともに動かせない。鯉口が切るだけでも動いてくれて助かった。


「お、おにーちゃん。その手……」

 一通り涙を流した女の子が、僕のブラリと垂らした左手に気が付いたみたいだ。左手の怪我は相当に深く、いまだに指を伝って血がポタポタと垂れている。


 それを見た女の子が両手を僕の左手に向けると、精霊にお願いする。


「光の聖霊、光巫女メイデン。おにーちゃんの傷を癒して」

 女の子の呼びかけに答えたのか、女の子の手から生まれた光の球が僕の身体に触れようとする。


パシュゥッ!


 何かがはじけるような音がしたかと思うと、光の球が拡散してしまう。


「え?どうして?」

 女の子は不思議そうな顔をして、もう一度やってみるが、結果は変わらない。


「いつもは、いつもはうまくいくのにっ!」

 再び目一杯に涙を貯めてしまう女の子。


「ありがとう。でも僕はから、効かないんだ」


?もしかして、おにーちゃんって、ミスティっていう名前のおにーちゃん?」

「うん。そうだよ。まぁみんなからはニクスって呼ばれてるけどね」

 ポリポリと頭を掻きながら、女の子に答える。


「そっか。おにーちゃんがミスティおにーちゃんなんだね。でも、みんなが言っているのと全然違うの」

「いや、みんなの言う通りだと思うよ。精霊魔法は使えないし、顔つきも怖いしね」

「うぅん。違う、全然違うの。ミスティおにーちゃんはとっても強いし、優しくて怖くないの。だってさっきの熊さんを殺さないで帰ってもらってたもん。村の人の誰にもできないような事なの」

「違うよ。倒すだけの力がないだけさ。……さてと、ここは危ないから、早く村まで戻ろう。立てるかい?」

 そういって僕は手を差し出す。女の子は僕の手を取ると立ち上がり、スカートに着いた砂をパンパンと払う。


「えーっと?」

 僕は歩きだそうとして、女の子に声をかけようと思ったんだけど、女の子の名前がわからなかった。


「私はルーミィだよ。よろしくね、ミスティおにーちゃん♪」

 言い淀んでいる僕に気が付くと、零れんばかりの明るい笑顔で僕に笑いかけて、僕の指をぎゅっと握ってくる。村ではいないものとして扱われていて長い間、握ってもらえなかった指先が、暖かく柔らかい手で包まれる。


「あ、あぁ。ありがとう」

 僕は久しぶりの人の温かさに涙を堪えきれず、目から溢れ出させてしまう。傷ついた左手が動かないから、拭う事も出来ずに頬を伝い落ちる。


「ご、ごめん。みっともないよね」

「ううん。大丈夫。これからはルーミィが味方になってあげる。だからもう大丈夫。一人じゃないよ」

 年甲斐もなく10歳も離れた女の子に励まされて、僕の凍っていた心が少しずつ溶けてくる。今まで諦めていた感情が少し目覚めて、その感情の揺れで再び大量の涙が零れ落ちてしまう。


「うん。ありがとう。この後、またあんな未来が待っていたとしても、今のルーミィの言葉だけで僕は救われたよ。僕はこの後もしっかりと生きていける」

「ううん。あんな未来っていうのは絶対に来ないよ。だって、これからはルーミィがおにーちゃんを支えてあげるんだからっ!」

 力強く宣言するルーミィを心強く思いながら、僕はルーミィを連れて村に戻るのだった。


「おぉ!ルーミィ!無事だったか!!」

 僕が村に近づくと、入り口付近を捜していた長老衆の直系の一人である村長の叔父であり、カロンの父であるグウェンが駆け寄ってきてルーミィの無事を見て安堵する。

 長老衆とはかなりの年齢を重ねた3人のエルフの事で、その直系はかなりの発言力と実権を持つ。村長もその中から選ばれる事が多く、ルーミィの両親の親である今の村長もその直系の一人だ。

 そのグウェンは僕を睨み付けると、暴言で罵ってくる。


「貴様か!ルーミィをそそのかして危険な目に合わせたのは!ニクスの癖に!」

 目に相当な怒りを宿して、矢継ぎ早に問いかけてくる。そんな様子に僕は茫然となり、反論できないでいると、更に暴言を重ねてくる。

 そしてその声を聞きつけた村の人達が集まってくると、ルーミィを守るように僕とルーミィの間に入り、恨みと怒りのこもった視線で僕を射抜いてくる。


 またか。また僕はこうやってあらぬ疑いをかけられて、追い詰められていくのか。何にも変わらない現実に絶望の鎖で心が雁字搦がんじがらめになっていく。


「やめてっ!」

 僕がうつむいて変わらぬ現状に諦めかけていた時、みんなに揉みくちゃにされていたルーミィが大声を張り上げて皆を制する。


「仮にミスティおにーちゃんがルーミィをそそのかしたのなら、なんでルーミィを無事に村に送り届けてくれるの!?おかしいじゃない!!それにミスティおにーちゃんはニクスじゃない!ルーミィを命を懸けて守ってくれた優しいおにーちゃんだよ!!」

 ルーミィのあまりの剣幕に周りの村人たちが静まり返る。


「だ、だが、この村でこんな事をするのはニクスしかいない!精霊どころか聖霊に愛されたルーミィを害する者など、この村にいるはずはない。害する者がいるとすればニクス以外にあり得ないじゃないか!!」

 グウェンの息子であり、最近頭角を現してきた若いエルフのカロンが声を荒げて反論する。カロンは長老衆の直系であり、優秀な事もあって次代の村長候補として期待されている存在だ。僕を陥れることによって信望を集めようとしているのだろう。


「ミスティおにーちゃんが一度でも村に害を与えたことがあるの?」

 その反論を聴いて、急に冷静さを取り戻したルーミィが冷たい声で問い質す。


「ぐっ……ニクスは存在自体が罪悪だ!エルフなのに事自体がな!!」

 再びそう揶揄するカロン。


「へー、そう。でも私は知っているんだよ。ここ2年で起きた村の様々な問題。それを誰が起こしたのか。そしてそれを誰が全部被って大事おおごとにせずに収めたのか」

 ルーミィみんなの輪から出ると、冷たい目で若いカロンを睨む。そして僕の方にやってきて、僕を守るかのように立つ。


「今回の一件は、ルーミィが勝手に森に入ったことが悪いの。そしてルーミィが熊に襲われていた所を、ミスティおにーちゃんが助けてくれたの。みんなに迷惑をかけて心配させたのは、すべてルーミィのせい。ごめんなさい」

  僕の目の前で頭を下げて謝罪するルーミィ。僕に向いていた怒りの矛先を全部自分一人に向けて、僕の冤罪を晴らそうとする。


「ぶ、無事だったか。ルーミィ!はぁ、はぁ……」

 そこにルーミィの無事の知らせを受けて走ってきた両親が、息も切れ切れで到着する。


「で、でも。今言った話が、本当なら、ルーミィには罰が必要、になるな」

 ルーミィの両親は僕に優しい視線を向けながらルーミィに言う。村長の息子夫婦であるルーミィの両親は、僕の両親の家の隣に住んでいて昔から親交が深かった。

 僕がこんな形で生まれてきてしまい、僕の両親が苛烈な選択を下した後も、僕のことを心配してくれている村では数少ない味方だ。


「とにかく、それは明日協議するとして……ミスティ君、助かったよ。ルーミィを救ってくれた事、本当に感謝している」


 ルーミィの両親がそこで僕にお礼を言った事で、僕にかかる変な冤罪の雰囲気は薄れていき、村人は熱が冷めたのか解散していく。

 そして、グウェンとカロンが憎々しげに僕の事を睨み付けると、地面を蹴りつけて去っていく。


 僕はルーミィの罰というのがとても心配になったが、僕に何ができるわけもなく項垂れていた。せっかく僕に救いをくれたというのに、僕は何も返せない。


「ルーミィは大丈夫だから、胸を張ってミスティおにーちゃん。それで、また会いに来てもいい?」

 目を輝かせながら僕に聞いてくるルーミィ。とても頷けないなぁと思っていると、ルーミィの両親が態と視線を外す。

 僕はそれを見て、ルーミィに頭を縦に振ると、ルーミィが嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして、くるりと回ると両親の元に掛けていった。僕はそれを見送ると、僕にあてがわれたボロボロの荒ら屋あばらやに戻り眠る。次の日の判決を気にしながら。


 そして次の日にルーミィの判決が決まる。村の決まりを破って勝手に外に出たというのが主な罪状となり、村の奥にある樹齢1000年を超す精霊樹の元で5年間謹慎するという事が決まった。

 精霊樹の元には精霊術士として訓練する広場や祠があるので、謹慎とは言うが、精霊術士としての訓練を励むという内容になるのだろう。


 そうして5年の月日で、ルーミィは元から与えられていた才能をさらに開花させ、村では並ぶ者のいない精霊術士へと成長するのだった。

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