#15
「『ハルト』には、ずいぶんと先手を打たれたようだな」
「はっ……申し訳、ありません……」
「いやいや、我々AHC上層部としても森坂くんと同じ心境だよ」
「つい先ほど、我々も『ハルト』に太い釘を打たれたよ」
「釘、ですか?」
「『結晶体』の量産技術、という釘がな」
「!? あれは『ハルト』でも不可能だと言っていたのでは!?」
「ああ、本来の意味の『量産』ではないようだがね。これが資料だ」
ピッ
「……金太郎飴?」
「ハルトもそう言っていたな。日本人ならお馴染みだそうじゃないか」
「最近は知らない人もいますが……しかし、なるほど……」
「原理はさっぱりだがね。ある方向に沿って刻んでも、それぞれが同様の機能・性能を維持するなど」
「わかりました、当基地にて実験いたします。グランザイア博士なら結晶体組成そのものの御専門ですから、そう時間はかからないでしょう」
「ああ、頼む。それで、君をこのAHC定例会議に呼んだ本題だがね」
「本題? 結晶体量産の件ではないのですか?」
「それだけなら、直轄軍総司令部経由で指示を出すだけで済む。まあ、キンタロウアメはついでだ」
「はあ」
ピッ、ピッ
「これは……海軍の空母でしょうか?」
「先日、正式に某国より供与を受けてね。最終的には……これで『ヒューム』本拠地を急襲する」
「!? それは、どういう……」
「詳しいことは、君の端末に送付した『特務プラン』を参照してほしい。概要をひとことで言うなら……短期決戦だ」
「短期?」
「今のところ、我々AHC管轄圏もヒューム支配圏も市民生活に支障はない。だが、少しずつ弊害が出ている。最も大きい要素は、貿易だ」
「貿易……石油とかでしょうか?」
「そうだな。どちらの圏域にも資源は潤沢にあるのだが、もともとグローバルで取引されていたエネルギー資源や工業製品の流通が滞っている」
「数年単位で流通変革を起こせば落ち着くのだろうが、その数年間の市民生活は不便を強いられる。低所得層には特に大打撃だろう」
「いわば革命政権であるヒューム側は、それも変革のためにやむなしとするだろうが、我々の方はそうはいかない」
「もっとも、この事態はヒューム側も想定していなかったことだから、苦戦を強いられるのは確かだろう。徐々に内戦状態となる可能性さえある」
「……だから、ヒューム支配が完全に定着しないうちに首謀者を倒す……ということですか」
ピッ
「これは……!?
「そうも言ってられないのだよ。これでも、人道に配慮した作戦だと思うがね。世間一般の目を考慮して、時期的にもカムフラージュしている」
「確かに、彼らの役割は『フェザーズ』の制御を奪って無効化することですが……。しかし、それこそハルトが……あっ」
「そう、太い太い釘を刺されてしまったからね。それに、極秘裏に公海経由で本拠地に移動するから、通信網が使えない。侵攻時と同じ対応は厳しいだろう」
「本拠地……大西洋上の、
ガタッ
「極秘作戦のため正式な辞令は出せないが……森坂真那少佐、君を本プランの特務司令官に任命する」
「……拝命いたします、
◇
ハルトから森坂さんの顛末を聞いた私は、大変申し訳ないが、苦笑いするしかなかった。
「森坂さん、若ハゲにならないかな?」
『女性はその確率が低いと聞いたことがあるよ』
「冗談よ。
『直接的にもずいぶんとイジメたみたいだからね』
「反省してるわよ。それで、『武藤輝夜』って人の方は?」
『彼女自体はシロだね。少なくとも「同調者」ではなかったよ』
「……つまり?」
『彼女を更にけしかけた人物がいたんだ。モリサカさんの同期と知って、特ダネを掴んでこいって。そして……真っ黒。なぜかそばにあった『結晶体』センサーをこっそり使ったら、「レベル5同調者」の反応が出たよ』
ピッ
あの武藤って人に接触した『同調者』、その人物のプロフィール一式。ハルトが調べ上げたそれからは、清々しいまでにわかりやすい『意図』が感じられた。
「……へえ。ねえ、ハルト、どう思う?」
『僕は君から生み出された「君の一部」だよ。同じ結論になると思うけど』
「そうだけどね。しっかし、なるほどねえ、これは酷い」
何が酷いって、
「確かに、ヒューム侵攻が成功してもしなくても別に構わないよね、この人」
『そうだね。でも、だからこそ、短期で決着をつけなければならない』
「正体の暴露を含めてね。たとえ……
え? いや、私別に死なないよ? 私が本来の『ハルトの中の人』=『ヒューム・グランザイアの継承者』を暴露してでもってことだよ!
「そうそう、『ヒューム・グランザイア』を名乗っている総帥の正体は、どんな仮定が成り立つ?」
『世間一般には、映像配信やTV中継でしか出てこないから……
「通称『三賢者』だっけ? 総帥補佐官たちは本人が人前に出ているのよね」
ヒューム侵攻時にTVで生演説していた者たちだ。チャンネル中継ネットワークの都合上、3人で分担したらしい。総帥の映像でビデオ録画しとけよとも思ったのだが、記録映像が事前に漏れるとマズいとかそういう理由でそうしたようだ。
『そうだね。そういう意味では、その三賢者の誰か、あるいは3人全員で作り上げたり維持したりしている可能性があるね』
「でも、ヒュームさん以外に作れるものかな? 『結晶体』の素性さえわかっていないみたいだし」
『もしくは、あらかじめグランザイア教授が作り上げて、それを流用したか、あるいは……』
「……暴走、した? 昔のSF映画みたいに」
『暴走の余地はないと思うのだけれどもね』
「そうよねえ」
繰り返すが、私が作り上げたAI『ハルト』は、いわば私の心の一部分である。もし、同じ原理でヒュームさんが自身を模倣したAIを作り上げたとしても、勝手に意思をもって人々を支配しようなどとはしないだろう。ヒュームさんとコミュニケーションがとれなくなった時点で、何もしなくなる。いずれにしても、三賢者と呼ばれる『ヒューム』首脳部がおとなしく従うとも思えない。なにしろ、承認欲求……自己顕示欲が強いらしいから。成瀬くんがAIの指示に従う? ぷげらである。
「……ちょっと待って。さっきの『同調者』のプロフィール、もう一度見せて?」
『これかい?』
ピッ
「……うわあ」
『なにか、気になったのかい?』
「これよ、これ」
トン、トン
『……なるほどね。ヒューム側の情報がないから調査はできないけど、仮定を組み合わせてシミュレーションしてみるよ』
「よろしくー。……はー、そういうことですかい」
そういう、ことかあ。
なんだかな。
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