私の彼氏はVTuber。ただし中の人はいない。

陽乃優一

第一章「間違っても、夜な夜なその造形を作り込んでいるJKなどではない」

#01

 ちゅん、ちゅん


 ブンッ―――


『カスミ、そろそろ起きる時間だよ』

「んっ……ハルト、あと、5分……」

『また、そんなこと言って……。昨日みたいに、クセ毛のまま登校するつもりかい?』

「……それは、いや……」

『ほら、カスミ、今日はいい天気だよ』


 しゃっ


「んっ! ……まぶし」


 がばっ


「ふあああ……。おはよ、ハルト」

『ああ、おはよう、カスミ。ほら、早く着替えて』

「んもう、ハルトって、小さい頃のお母さんみたい……」

そう作った・・・・・のは君だろう? ほら、僕は向こうを向いてるから』


 ―――ブンッ


「別にいいんだけど……まあ、まじまじと見られてもイヤだけど」


 そう言いつつ、パジャマを脱いで制服に着替えていく、私―――御子神みこがみかすみ。そして、先ほど私を起こしてくれたのは、VTuberのアバター、『ハルト』である。モニタとカメラ越しに語りかけてくるだけでなく、カーテンを含む部屋の各種電子機器も制御してくれる。


 もっとも―――中の人は、存在しない。ハルトを動かしているのは、その造形と同じく、私が丹精込めて作り上げた人工知能プログラム、いわゆるAIである。



 最初は、その容姿……整った顔にサラサラの黒髪、スラッとした中肉中背のスタイルと、私の趣味をこれでもかとつぎ込んでモデリングしたものを、モーションキャプチャーとボイスチェンジャーを組み合わせて、私自身で動かしていた。


 『ハルト』と名付けたそれは、正直言って、ほとんど自己満足のために創り出したものだ。だから、家族にも友達にも、ハルトを見せていない。というか、万が一にも知られたら……黒歴史確定である。一生、ネタにされ続けることは間違いない。末代までの恥、というやつである。


 と、いうのも。


「みんなー、おっはよー!」

「おはよう、霞。今日も元気ねえ。朝はパン何枚?」

「今朝は卵かけご飯だったよ! 丼ぶり二杯!」

「食べ盛りの小学生男子じゃないんだから……。あ、それは小学生男子に失礼かな」

「なにをー。みこちん美琴はぐりぐりの刑だー! ぐりぐり」

「やめてー」


 というキャラなのである、このは。学業成績は中の下、でも体育だけはバッチリ、部活は中学から高2の今もバスケまっしぐらの、典型的な体育会系女子でもある。短めの髪型と相まって、周囲には、いわゆるボーイッシュみたいな扱いである。


 そんな私が、実は小さい頃からコンピュータに関心があり、その機械の中に『理想の彼氏』を実現することに邁進していたなんて……黒歴史以外の何者でもないではないか。表向きの私は、そんな内向き傾向の趣味の反動なのかもしれない。我ながら、残念過ぎる性格なのは自覚しているが、もう後戻りできないところまで来ている。


「もう、朝から教室でこんなことばかりしてたら、彼氏なんてできないよ。霞、かわいいのに」

「彼氏なんて要らないもーん。私は、元気に楽しく過ごせていたら、それでいいもーん」


 現実の彼氏が要らないのは確かだ。私の理想を具現化した容姿と性格を備えたハルトがいれば、私は満足である。子孫を残す生命体として失格? そんなのは他の人にお任せである。


「よせよせ、田町たまち。御子神に色気とか、期待するのも疲れるだけだぜ」

成瀬なるせくん、いきなり現れて、霞をバカにしないで! というか、色気とか変なこと言わないの!」

「そうだそうだー、みこちんのいうとおりだー」

「おい、当事者の御子神が他人事っぽいぞ?」

「それでもダメ!」


 こんな感じで言い合ってるみこちん田町美琴と成瀬くん……成瀬なるせ桃矢とうやだが、実はお付き合いしている。ふたりとも私と同じクラスで、高1の頃から熱々のカップルとして校内でも有名である。ちょっとばかしワイルドな成瀬くんと、清楚な感じのみこちんは、もっぱら『美女と野獣』と評判である。


「そうだよ、成瀬。御子神さんだって女の子なんだから」

井上いのうえ、お前もそれ微妙に御子神をバカにしてないか?」

「そんなことないよ。僕は正直に言っただけだから」

「ありがとー、井上くん! でも、私はお付き合いはNOだよ!」

「ちえっ」


 井上いのうえ新太あらた。イケメンで成績も良く、スポーツもひと通りできるという、如何にも女子にモテるタイプである。というか、実際にモテる。ワイルド系な成瀬と仲がいいのも、そっち系の女子にバカウケである。


 ただ、とても軽い。ナンパ気質であるというのもあるが、身長体重も小柄で軽い。それが、ほとんどの女子にいろんな意味で人気があるのだが……私の趣味ではない。私は正統派なのである。ハルトのように。ハルトのように!


「じゃあさ、御子神さんは、どんなタイプの男の子が好きなの?」

「ハルトのように!」

「即答かよ。いや、井上も何回同じこと訊くんだよ」

「いやあ、そろそろ好みが変わっているかなあと」

「そんなことないもーん。あ、今日のお昼も、みんなでスマホ中継見ようね!」

「また俺たちも見せられるのかよ……」


 元々VTuberとして私が動かしていた『ハルト』にAIを組み込んだのは、こういうこと……単独でライブができるようにするためでもある。はっきりと言及してはいないが、ハルトの中の人は、時間に余裕がある大学生か自宅警備員引きこもり……という体である。間違っても、夜な夜なその造形を作り込んでいるJKなどではない。イメージは大切である。視聴者にはもちろん、私自身のためにも。

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