あの人じゃなきゃ
「ねえ、リョータロちゃんさぁ、最近恋してるでしょ」
抜けるような青空の下、校舎の屋上の一角でいつもの仲間とランチタイムを繰り広げている最中に、唐突にそんな話題をふられる。
前後の脈絡もない奇襲攻撃に、俺は思わず動揺してしまい、飲みかけだったパックの紅茶が一筋、唇の隙間からこぼれて顎を伝い落ちていった。
「あら、図星。アタシの勘は当たるのよ」
ヒロはククッといたずらっぽく笑うと肩にかけていたタオルを投げてよこした。
こんな口調だが、れっきとした男だ。俺の周りはどうも普通じゃないやつが多い。そもそも両親からして普通じゃないし、きっと俺の運命なんだ。
「おおっ。誰にもなびかないみんなのアイドルにも春がきたか?」
長い黒髪をかきあげて興味津々に身を乗り出してくる迫力美人ミソノはまぎれもなく女性であるが中身はどこまでも男前だ。
「どこの人だ?うちのクラスか?」
今日も豪華食材満載の弁当から激うまハンバーグを一切れ俺の口に放り込み、交換条件に情報を聞き出そうとするキョウヤは、どこぞの大会社の御曹子であるらしいがどうしようもなくオツムが足りない残念なやつ。
そして言葉は発せず目をキラキラと輝かせ、オーラだけで俺を追いつめるマキは、見た目は純粋可憐な大人しめの少女であるが中身は様々な妄想でできているオタクだ。
共通しているのはアイドルとか言われてしまう俺とべったりしていて周りからどんなやっかみを買おうと一切気にしない精神の持ち主だということだ。集まるべくして集まった仲間なのかもしれない。
こんなちょっとおかしな友人たちの中にいるのが俺はとても心地よくて、隠し事なんて普段はしないのだけれど、千紘のことはさすがに言えずにいた。
両親が男だということは知られていても、自分もそうですとカミングアウトするのには勇気が必要だ。
ヒロだってオネエ言葉ではあるがオカマでもなければ男好きなわけでもない。
マキはミソノを好きだ好きだといつも言っているけれど、本気で恋心を抱いているわけでもなさそうだ。
だから、男だってことは伏せたのだ。
「だいぶ年上で、ちょっといじわるな人。バイト先の人だよ」
そんな説明でいいだろう。嘘は言っていない。
「大人の女?うっわ、エロいな、リョウ」
「いや、ただの片思いだし」
単純なキョウヤはうまく乗っかってくれたのだけれど。
「タロちゃん、男!?」
ヒロが素っ頓狂な声を上げた。
「あんたのバイト先、男しかいなかったわ」
「え、なんでそんなこと…」
俺が知る限り、こいつらが店に来たことはないはずだ。だから、そこの情報を出したのに。ある程度具体的に告げた方が深く追求されないだろうという心理作戦だったのに。
「リョータロちゃんがどんなところで働いてるのか気になっちゃって、お休みなのを見計らってミソノと一度行ったことがあるの。あんたがいるときだと怒られそうだったからさ」
いたずらを見つかった子供みたいにおずおずと上目遣いに俺を見るヒロ。ミソノは開き直った態度で大きく頷いている。
なんてこったと俺は頭を抱えた。まさかこんなにあっさりと事実が白日の下にさらされるとは。
俺の周りはくせ者だらけだ。自分の浅はかさが泣ける。
けれどこのくせ者たちは、誰一人として俺を変な目で見ることはなかった。
驚きはしたものの、それだけだった。
ただ普通に好きな人を明かしたときの友の反応。
「そうだよ、30過ぎのおっさんだよ。見込みのない片思いしてるよ。悪い?」
そうか、そんな細かいことは気にしない奴らだった。
俺が見くびっていた。
どんな俺でも受け入れてくれる奴らだった。
秘密になんてすることはない。
別に後ろめたいことをしているわけでもない。
ただ人を好きになった、それだけなのだ。
「はあ~、だけどなんでよりにもよってそんな茨道?リョータロちゃんならそれこそ男でも女でも引く手あまた、よりどりみどりなのに」
人の気持ちを汲み取るのが上手なヒロは、俺の思いが伝染したみたいに切なく呟いた。
「俺だってそう思うけどさ、しょうがないじゃん。あの人じゃなきゃ駄目なんだ」
誰よりも俺が一番そう思う。なぜよりにもよってこの人なのかと。
それでも理屈ではないのだ。
千紘に惹かれていく自分の心を制御なんてできない。
「本気なのね」
「残念ながらね」
残念なことに、今さら後には引けないのだ。芽生えてしまった気持ちはもうこんなにも大きい。
「簡単に手に入らないからこそ惹かれんだよなあ。男だね、リョウ」
ガハハと豪快に笑いながらミソノは俺の頭をなでた。ちなみに俺よりタッパがあるミソノはいつもこうして俺の頭をなでくりまわす。ミソノの方がよっぽど男だ。
「私、応援するよ、リョウくん。今度その人見にいってもいい?」
にっこり微笑んだマキの妄想がだだもれてきて青ざめる。そのうち何かのネタにされるに違いない。
「ああーっ、もういいよ。みんなで俺を笑いに来ればいいさ」
「え?何か面白いパフォーマンスでも?」
変わった店だねなんて呟く愛すべきおバカさんを抱きしめて、激うまハンバーグの横にあるこれまたなにげに激うまなミニトマトを一つ我が物顔で自分の口に放り込んだ。
俺は、人との出会いに恵まれている。
<終>
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