恋の伝説(3)
スキーの時間が終わって旅館で夕食を摂り、温泉が引かれている大浴場で入浴した後、私は女子十五人が寝泊まりする大部屋で、由梨と中村さんと一緒にいた。
うちの学校の学区は、女子が少ない地域だ。私たちの学年も女子の比率が少なく、一クラスに男子は二十人ほどいるけれど、女子は十人にも満たない。
だからこの十五人部屋は、隣のクラスの女子と合同で割り当てられた。気心を許している由梨が同じ部屋になって、本当によかった。最近話すようになった中村さんも一緒だし。
「へー! 中村さんも年上好きなの?」
「そうだよー。大学生くらいの大人っぽい人がいいなー。同級生の男子ってちょっと子供っぽいよねー」
「わかるわかる! 恋愛対象として見れないって言うかさー」
中村さんと由梨は、今まで話したことがなかったらしいけれど、もう打ち解けた様子で楽しく会話していた。ふたりとも誰にでも好かれる明るいタイプということもあり、お互いにも話しやすいのだろう。
中村さんが持ってきてくれたお菓子を囲んで他愛のない話をするのは、私もとても楽しかった。
「大人っぽい人かあ。確かに、落ち着いてる人がいいよね」
「でしょ! 心葉も大人の男が合いそうだよね」
彩斗くんのことを私が好きだということは、由梨と私だけの秘密。彼女はもちろんそのことを守ってくれていて、中村さんを交えた恋の話をしていても、私の意中の人のことはおくびにも出す様子はなかった。――ありがとう、由梨。
「あ、結局七瀬さんも誰からも誘われなかったの? キャンプファイヤーの花火を一緒に見ようって」
「え、うん……」
中村さんの問いに控えめに頷く。すると彼女は納得いかないような顔をした。
「なんだー、男子見る目がないなあ。私はてっきり彩斗くんあたりが七瀬さんを誘うと思ってたのに」
「え⁉ なんでそこで彩斗くんが出てくるのっ?」
不意に彼の話になって、私は慌ててしまう。すると中村さんは、きょとんとした面持ちになった。
「え、だって仲いいじゃない、ふたり。昼休みはよく一緒に居るし、隣同士の席でよく話してるし」
「……へえ、そうなんだ。結構仲いいんだね、心葉と彩斗くん」
こっそりと私の方を見てにやつく由梨。「やるじゃん心葉」とでも言っているようだった。
「あ、あれはまあ。やっぱり席が隣同士だと自然と仲良くなるじゃない。ただの友達だよ」
「そうなのー?」
「うん。向こうもそう思ってると思うよ。伝説のことさっき教えたけど、別に私のことを誘う雰囲気は全然なかったし」
「なんだー。つまんないなあ。男女の友情は成立しないと思ってたんだけど、実際あるんだね」
中村さんが本当につまらなそうな顔をして言った。
するとその時、ジャージのポケットに入れていたスマートフォンが震えた。「ちょっとごめんね」と私はふたりに告げて、画面を確認する。
彩斗くんからのメッセージの通知だった。中村さんと由梨が「明日は野次馬気分でカップルの誕生を見届けようね」なんてことを話している隣で、私は息を呑む。
『キャンプファイヤーの花火、誰かと一緒に見る約束した?』
すぐに私は『してないよ』と返事をした。そして次に来る彼の言葉をしばらく待ったけれど、一向に送られてこない。既読にすらならなかった。
急にスマートフォンを見られないような用事でもできたのだろうか。
なんで彩斗くんは、こんなことをいきなり聞いてきたのだろう。もしかして私を誘おうとしてくれたの……?
早く既読マークがつかないか、彩斗くんからの返事が来ないか、じっとトーク画面を眺めてしまう。しかし一向にスマートフォンの表示は変わらない。
「さ、心葉行くよ」
急に由梨に名前を呼ばれて、私ははっとしてスマートフォンから顔を上げる。由梨も中村さんもいつの間にか立ち上がっていた。
「え、行くってどこへ?」
「私のクラスの男子の部屋! 消灯時間までなら、自由に遊びに行ってもいいんだって。消灯後に出歩いたら、生活指導の矢田からきーつい説教を食らっちゃうらしいけど」
「トランプしないかって由梨ちゃんに男子から連絡来てさ。ね、七瀬さんも一緒に行こうよ」
「男子部屋……」
由梨のクラスの男子部屋ってことは、彩斗くんはいないだろう。彼からの返信が気になって、トランプを楽しむ余裕はなさそうだ。だから、私はここにいるよって断ろうと思った。
――しかし。
「消灯前は自由に行き来できるって忘れてたよ。男子たち、クラスに関係なくいろんな部屋に遊びに行ってそうだね」
「だねー。ゲームとかも持ち込んでるらしいよ」
ふたりのその会話にはっとさせられる。それなら彩斗くんも、もしかしたら私のクラスの男子部屋にいるかもしれない。会って話せるかもしれない。……直接、さっきのメッセージについて尋ねられるかもしれない。
「ね、早くいこ心葉」
「う、うん!」
由梨に再び促され、私は慌てて立ち上がる。
女子部屋があるのは旅館の三階だけれど、男子部屋は四階にある。私たち三人は一階分階段を上り、男子部屋が充てられているフロアへと向かった。
由梨のクラスの男子部屋に入ってみると、私たち以外にも女子が遊びに来ていた。みんな丸くなって何やら話していたり、カードゲームに興じていたりした。
きょろきょろと辺りを見渡すけれど、彩斗くんの姿は無くて落胆する。うちのクラスの男子部屋から出ていないのかなあ。そっちに行きたいと思ったけれど、さすがにひとりで行く勇気はなかった。
「あ、心葉に由梨じゃん」
私たちの姿を見つけた圭太が近寄って話しかけてきた。圭太は由梨とは違うクラスだけど、彼もここに遊びに来たのだろう。
「ヤッホー圭太、トランプに誘われて来たんだよーん」
「そうだったのか。俺もちょうど対戦してたゲームが終わったところだし。混ぜてもらおうかなあ」
ふたりがそんな会話をしていると、すぐ傍らで四人でトランプをやっている男子達が「お、是非是非混ざって!」と私たちを誘ってきた。
「みんなで何やってたの?」
「大富豪。一緒にやろうよ」
「いいね! やるやる」
由梨と中村さんは、すぐに男子たちの輪の中に入った。
「心葉もやらない?」
「あー……。私、大富豪のルールよく知らなくて」
ずっと前に一度だけやったことがあったと思うけど、やり方をよく覚えていない。だからトランプ組に加わるのに少し躊躇してしまった。
「そうなんだ。じゃあ大富豪一度だけやってから、みんなが知ってるゲームをやることにしよっか」
男子のひとりにそう言われて私は頷く。とりあえず、トランプをやっている人たちの近くで、同じく大富豪をよく知らないらしい圭太と待つことにした。
「心葉、今日のスキーどうだった?」
「うん、久しぶりだったけど楽しかったよー。あ、スキー初めてらしかった彩斗くんに滑り方を教えてあげたんだけど、すぐに上達してびっくりした。運動神経いい人って、あんな簡単に滑れるようになるんだね」
今日のことを思い出しながら私は言う。すると圭太が急に神妙な面持ちになった。
「彩斗って例の転校生……だよな?」
「え、うん」
『例の』と言うのは、きっと私が唯一心を読めなかったという点を指しているのだろう。急に深刻そうな様子になった圭太に、私は少し戸惑った。
「心葉、そいつと結構仲いいんだ?」
「まあ……。クラスの中ではよく話すかなあ。あまり気を遣わなくていい感じでさ」
そう言うと、ポケットに入れていたスマートフォンが振動したような気がして、私は慌てて手に取った。彩斗くんから返事が来たのかもしれない。
「気を遣わなくていい、か……。なあ心葉。明日のキャンプファイヤー、誰かと一緒に見る約束してる?」
圭太も伝説を知っているのだろうか。私が誰かとそんな約束なんてするわけないのに、と思いつつも、スマートフォンの方が気になって、私は「してないよ」と上の空気味に返事をした。
しかしスマートフォンが震えたのは、インストールしていたアプリからのどうでもいいお知らせだった。彩斗くんとのトーク画面を表示させると、私から送信したメッセージはいまだに既読になっていない。
「約束、してないんだ」
「あー、うん」
彩斗くん、一体どうしたんだろう。スマートフォンを見られないくらい忙しいのかな。
あんな気になることを聞いておいて、放置するなんて。蛇の生殺しもいいところだ。気になって仕方ないから、早く返事をください。
「そ、そ、それじゃあさ、心葉。もし、よかったら、俺と……」
「え?」
圭太がいつもと違う様子で何やら言っていることに気づき、私はやっとスマートフォンから顔を上げる。
「何、圭太?」
「あ、あの……。俺とキャンプファイヤーの……」
「心葉に圭太ー! 大富豪終わったよー! 次はババ抜きでもしよっか!」
由梨が圭太の言葉にかぶせるように言ってきた。彼の声が珍しくやたらとか細かったので、何かを言おうとしていたことには気づいていなかったらしい。
「あ、さすがにババ抜きならできるよー」
由梨にそう答えて、私はトランプの輪の中に入る。何故か圭太は、輪の外でがっくりとうなだれていた。私は眉をひそめて、彼にこう尋ねる。
「圭太、今何言おうとしてたの? っていうかトランプやらないの?」
「何でもないっす……。なんか疲れたから、ちょっとひとりでぼーっとしてくる……」
覇気のない声でそう言うと、圭太は窓際まで言って、本当にひとりでぼんやりと外の景色を眺め出した。
「……? 変な圭太」
何か私に言おうとしていたみたいだったけどな。まあ、聞いてもそれ以上言わないということは、たいした話ではないのだろう。
その後私は、隣のクラスの男子達、由梨と中村さんを交えてトランプ遊びに参加した。ババ抜きや七並べをわいわい大人数でやるのは、とても楽しかった。
だけど彩斗くんから返信が来ないことが非常に気になって、一分に一度くらいはスマートフォンの画面を確認してしまった。しかし、彼からの返事はやっぱりなかったのだった。
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