第148話 新たな神具と目撃情報

 チグサが率いることになった手勢、精鋭部隊は、夜通し街道を駆け抜けた。強行軍だったが、翌朝には現場へ到着。村は、意外にも余裕をもって持ちこたえていた。


 この村に限ったことではないが、ソラでは家庭に一人は神具師がいる。故に、適当に火の神を降ろしたり、雷神を降ろしたりした家財道具を放り投げ、じわじわと帝国兵の気力と戦力を削り続けることができるのだ。


 死体の山を覚悟していたチグサ達だが、代わりに目撃したのは、疲弊した帝国兵の姿。村人が繰り出す神具による攻撃は、帝国軍の想像をはるかに上回るものだったらしく、犠牲になってしまった兵も多いようだ。


「あれは、治療院かしら」

「はい、チグサ様。負傷した兵は、あの納屋へ運び込まれているようです。そして、あちらの小屋には食糧があり、兵達の食事をまかなっているようですね」


 遠目の神具で偵察をするチグサ達は、じっくりと村を観察している。


「もしかして、私達が来なくてもどうにかなったのかしら?」

「とんでもございません。村人の家々も、直に食糧が尽きるでしょう。何せ、外に出ると帝国兵がいるのですから。これは、消耗戦。どちらが先に倒れるか、という戦いです。これに決着をつけるのは、やはり我々のような第三者です。あそこを見てください」


 チグサと話す、精鋭部隊の男は、治療院近くの別の小屋を指さす。


「あちらは、現在帝国軍が武器庫にしているようです。まずは、あそこに水を入れますね」


 もちろん、水の神を降ろした神具を発動させてのことだ。帝国軍が持っている銃と呼ばれるものは、水に弱い。


「さらに、食糧庫を燃やせば、もう帝国軍に後はないわ」

「その通り。ですが」

「これでもまだ、帝国軍をやっつけたことにはならないの?」

「はい」


 男は眉を下げて頷く。帝国兵は厳しい調練を乗り越えて、ここまで派遣されている者ばかり。当分の間は、飲まず食わずでも生き延びることができる上、生きるために死に物狂いで村人を襲うだろうという話だった。


 しかも、今は総勢千名だが、さらに援軍がやってくる可能性がある。実際、帝国が、どれだけの軍勢をこちらに差し向けるつもりになっているのかも把握できていないが、これ以上増えると、さすがに村人とチグサ達だけでは太刀打ちできなくなってしまうだろう。


「じゃぁ、どうすれば」


 声を震わせるチグサ。しかし、説明する男には、まだ余裕があった。


「大丈夫です。もう、攻めたりしたくなくなるような、決定的な打撃を与えましょう。もちろん、神具を使って」

「え、こちらも槍隊や弓隊を増員して、ということではないの?」

「そういった方法もありますが、おそらく帝国軍の特殊な剣隊には力負けしてしまいます。ですから、神具を使うのです。神具は、神の力を使っています。彼らは、我々の神の存在を信じていませんから、世にも奇妙な超常現象のように映るでしょう」


 既に神具を使った戦闘は行われているが、火種や稲妻による攻撃というのは、帝国軍のもつ銃火器や特殊な鉱石を使った剣がもたらす効果と同等。おそらく、意表を突いたものにはなっていない。


 しかし、突然身体の力が入らなくなる、視界が悪くなる、何も無い所から大量の水が押し寄せてくるといった事は、おそらく経験がないはずだ。


「なるほどね。彼らの思想や技術で説明がつかない原理を目の当たりにすると、怯えてくれるかもしれない。それは、さらに大きな力をソラが秘めていることを示すことにもなる」


 男は、物分かりの良い王女に笑みを返した。


「そうです。我々はもう、勝ったも同然。堂々と討ち返しましょう」


 その時だ。突然、空から舞い降りてきた青い鳥が、チグサの持つ扇の上に留まった。


「ぬるいな。勝てると思う時ほど、兜の緒を締めんや。思わぬところで思わぬ矢を受けるのは世の常。心してかからんと、いつまでも義理の姉はやってこんぞ?」

「その声、テッコン?」


 しわがれた人語を発した鳥は、それこそ人の如く笑ったように見えた。


「カケルからの急ぎの文を見てな。こちらも、あいつに負けじと、いろいろ試してた神具があったんや。えぇ機会やから使ってみたけど、どうや? なかなか便利やろ?」

「え、テッコン、今どこにいるの? 鳥になってしまったということ?」

「馬鹿言うな。普通に、自分とこの工房におるわ。鳥の首輪見てみ。それが神具。仕組みは、また今度教えたるさけ、楽しみにしときな」


 チグサは、ひたすら驚いている。遠くの人間と話ができるなど、前代未聞だ。兄、カケルも天才肌だが、やはりテッコンはそれよりも格上かもしれない。


「それにしても、さっき飛んでたら、怪しい女見つけたで」

「女?」


 チグサは、まさか、自力で逃げ出したコトリなのではないかと期待に胸を膨らませる。だが、テッコンは違うと言った。


「あちこちで、カケルを探して歩き回ってるみたいなんや。確か、イチカって名乗ってたなぁ。たぶん、そのうちチグサのところにも行くやろから、相手したげな。何せ、コトリ姫専属の密偵らしいで。それと」

「まだ、他にも変な人がいらっしゃいますの?」

「そう焦りなさんな。もう一人は、ミズキとかいう男や。あれは、ここよりも西におる。さっき、まちがって隣の国の方まで飛んでしもた時に見つけたんや。ほら、以前瓦版で紫の頭やとかいうて、絵姿載ってたやろ? あの、女みたいに綺麗な兄ちゃん。まず、間違いないで」


 チグサは、頭痛がし始めた。目新しい神具に、変な目撃情報。何をどこから手をつけて、捌いていけば良いのやら。


「やっぱり、戦なんて大嫌いよ」


 結局、そこに行きつくのである。


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