第147話 守りたいもの

 カケルは、持てる限りの権力と伝手と金を使うことにした。


 まずは、ゴスとラピスを伴ってクレナを緊急出国。身内では、帝国事情に明るいのはラピスぐらいのもの。今回はクジャクがヨロズ屋で留守番だ。


 寝る間を惜しんで、馬で駆けて、ソラへと入る。まずは、王宮に戻って兄弟達に報告を済ませると、早速機動力のある手勢を率いて国境付近へ向かった。帝国がコトリを皇帝の元へ連れて行こうとしているならば、目指すはひたすら西なのである。


 そこへ、とんでもない報せが入ってきた。


「帝国軍が押し入ってきただと?」


 ソラの西側には、隣にあるアダマンタイト国との境界上に、長城と呼ばれる南北に細長く連なる砦と城壁が合体したようなものが存在する。もちろん、その壁には神具が仕込まれていて、不法侵入者には自動的に制裁がなされるようになっているのだが、建築されてから、かなりの年月が経過していた。最近は老朽化した部分からの密入国も増えていると聞くが、軍という大規模な勢力が国内に押し寄せてきたのは、ソラ建国以来、例が無い。


「コトリを無事に手に入れた限りは、もうソラとクレナを踏みにじっても良いということか?」

「帝国は、コトリ姫の価値に気づいていたんだろうな。宝さえ手に入れば、後は武力を持って制圧するだけということなのだろう。でも、こうも用意周到だったとはな」


 ゴスも、カケルと同じことを考えたらしい。とにもかくにも、ソラはまだ帝国へ偵察部隊の一人も派遣できておらず、帝国がどういった規模で、どのように攻め入ろうとしているのか、分からない。


 すると、報告に来ていた男が顔を横に振った。


「いえ、違います。帝国軍は、ソラとアダマンタイト国との関所へ堂々とやってきました。クレナ国王に、帝国製の武器の使い方を伝授するためにやってきたと言うのです」

「だが、実際はただの軍勢なのだろう?」


 ゴスが確認すると、男はしっかりと頷いた。確認できただけでも、千を超える兵がいるらしい。その後、押し問答になった後に、銃火器の連射で押し切られ、その勢いでソラへ入国してしまったということだ。今は、近くの村に雪崩れ込んで、食糧や兵の世話をするための女を要求しているらしい。


 幸い、関所での被害は、検問に当たっていた衛士数名が軽く負傷しただけで、死亡者はいない。しかし、村の各家庭では、神具を使って兵達からの攻撃を交わして凌いでいる状況が続いている。神具は強力な道具だが、元々生活を豊かで便利にするための物のため、戦闘に特化していない上、万能ではない。村が完全に帝国の支配下に落ちるまで、王宮から送る援軍が間に合うかどうかは、非情に微妙なところだ。


「カケル、どうする?」


 ゴスが尋ねる。


「無論、村は奪還する。それにしても、ゴス」

「お前、なんかやる気だな?」

「コトリを拉致するだけに飽き足らず、大義名分も無いのに、我が国にまで攻め入ってくるとは。帝国は、よっぽど俺と喧嘩したいらしいな」


 怒りすぎて、周囲が引くほどの気持ち悪い笑みを浮かべるカケル。ゴスは、やれやれと溜息をつきながら、ぽりぽりと頭を掻いた。


「確かに、これでこっちからも仕掛けやすくなる。先に手を出したのは、あっちなんだから」

「その通り。ここは前向きに捉えよう。これまで開発し続けていた、とっておきの神具を早速実戦へ投入できる良い機会だ」


 そこで、カケルは、王宮で相変わらずの旗振り役を任されているクロガへ状況を伝達。カツにも、国内の要所へ彼の配下達を向かわせるよう依頼した。そして、チグサ。彼女は、コトリのことを考えれば、女手があった方が良いなどと言って、なぜかカケルについてきてしまったのだ。


「ねぇ、兄上」


 チグサは、馬上から声をかけた。カケルは、まだ自分の馬に草をやっている。もうすぐ、次の村へ向かえるはずだ。国境までは、うまくいけば翌日の昼にはつける距離である。


「帝国って、強いのでしょう? 神具で、本当に勝てるのかしら」

「勝てるかどうかじゃなくて、勝つしかない」


 本当ならば、絶対に勝てると言いたかった。だが、カケルはそれを言うことができない。なぜなら、まだ帝国軍をこの目で見たことがないからだ。知っている情報は全て、人伝に聞いた噂話だけ。妹には、なまじ嘘はつくことができない。


 チグサとて、腕の良い神具師だ。神具の強さ、素晴らしさ、柔軟性。様々な面を知り尽くしている。それでもなお、神具に自信が持てなくなる。それぐらい、帝国という存在は凶悪だった。


「もし。そう、これはもしもの話よ? もし、帝国がソラを占領してしまったら、どうなるのかしら? 案外、暮らしが悪くならなかったり、するのかしら?」


 もし、そうなってしまえば、一番に飛ぶのはチグサを含めた王族の首だろう。しかし、ソラ王家は民あっての自分達であることを理解している。やはり、気にかかるのは残された民の生活なのだ。


「そもそも、帝国って、そんなに悪い国なのかしら。うまく、共存することって、できませんこと?」


 どうか、頷いてくれ。そういう願いを込めた目で、チグサはカケルを見下ろす。しかし、カケルは、馬が食む草を見つめたままだった。


「そうだな、それが一番だ。でも、少なくとも帝国はそういったことを望んでいない。今回の攻撃がその証拠だ」


 もう、始めから対話の道は閉ざされている。これは歴とした事実であった。


「帝国の思想は、とりあえず制服したいという独占欲だ。そこに民の幸せは含まれていない。それは、人が無意識のうちに拠り所にしている何かを、根こそぎ奪うものだ」


 カケル達を含め、ソラには基本的に神具師が多い。つまり、神、つまり先祖への感謝を忘れないし、技や知恵、想いといったものを代々引き継ぎ、古きも新しきも大事にする心をもっている。神の力を借りて、暮らしを改善し、皆で仲良く暮らそうという思想だ。自分達の土地と同様、そういった思想というものは、世代を超えた原始的な共有財産でもある。


「俺は、帝国がソラの財産を今後も大切にしてくれるとは思えないし、できるはずがないと思う。やはり、何が何でも、屈することはできないんだ」


 チグサは、争いの知らないところで大切に育てられた王女。戦など血なまぐさい事に忌避感を持っているのは、無理はない。そういった者の視点も、確かに大切だ。しかし、相手が悪すぎた。根本的な価値観が異なる。話し合いができないならば、別の方法で決定的な打撃を与え、退却させるしかない。


「コトリ様をお迎えしにいくにも、帝国軍を先に片付けねばなりませんね」


 チグサが言うと、カケルは悔しそうに地面を蹴った。馬も少し驚いたようだが、すぐに慰めようと、鼻先をカケルに押し付けにいっていた。


 それを見たチグサは、深呼吸をし、悪しきを祓うかのごとく、手をパチンと大きく叩く。


「分かりました。今の手勢を率いて、先に村へ向かいましょう。指揮は、私がとります。兄上は、先にコトリ様を追ってください。でなければ、どんどんソラから離れてしまいます」


 実は、帝国の紋章が入った怪しい馬車が超高速でソラの街道を走り抜ける様が、あちらこちらで目撃されているのだ。コトリは既にソラを出て、さらに西へ向かっていると思われる。


「だが、一応俺が王なんだ。こんな時ぐらい」

「今更です!」


 チグサの声は容赦なかった。いつも、王の影武者をクロガに押し付けているのだから、事実故に言い返すこともできない。


「それよりも、コトリ姫を皇帝に盗られてしまう方が、よっぽど王として大失態じゃありませんか? しっかりと仕事してきてください」


 つまりは、恋愛感情ではなく、仕事として、堂々と帝国へ行ってこいと背中を押しているのである。カケルはチグサの意図を汲み取って、小さく肩を竦めた。


「いつも、すまない」

「兄上の、王としての考えや姿勢はよく分かりました。そのお心に賛同したいので、ちょっと手を貸すだけです」


 チグサは、照れ臭そうにそっぽ向くと、そのままパタパタとカケルの従者の方へ走っていった。今後の予定の変更を告げるためだ。


 こうして、クロガは王宮で、カツは配下と共に各地を飛び回り、チグサは国境近くの村で、それぞれ力を尽くすことになった。


 カケルは、帝国軍を交わしてアダマンタイトへ密入国するため、問題の村を大きく迂回する道を行く。途中、テッコンに文を出した。


『昔から酒好きのテッコンへ。


近所の酒場も良いだろうが、落ち着いたら王宮へ来てほしい。ありあまっている高級酒を思う存分飲ませてやるから。


代わりに、弟子や知り合い、ありとあらゆる神具師、職人へ情報を流してくれ。帝国がすぐそこまで迫っている。国内では、既に帝国の奴らが大勢潜伏しているかもしれない。警戒を怠らず、神具を使って有事に備えてほしい。


でも、無理しすぎて死ぬなよ? 遠からず、絶対に、俺のコトリと会わせてやるからな。楽しみにしてて!』


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