第145話 決裂

 雪の残る道を駆けていく。ヨロズ屋が使っている隠された道を使い、クレナからソラへ密入国して二日。初めてのソラを、一人旅していく。


 綺麗に整地された田畑。小さな村でさえ、竪穴式住居ではなく、しっかりとした木造の家屋が立ち並ぶ。子ども達も、露天で物を売る女も元気だ。市場も活気がある。さすが神具師国であって、摩訶不思議な道具もよく見かけた。修行中の者としては、大変心惹かれるものがあるが、今は先を急ぐ身だ。


 馬は途中で売ってしまった。激しく消耗させてしまったので、完全に駄目になる前に手放した。丁寧に世話して、ろくに干し草を食わせてやるようなこともできていなかったので丁度良い。何より、慌てて出てきたあまり、金目のものが何もなく、食うにも困ってしまったのだ。一頭手放してしまったことは、後々マツリに謝っておこう。


 ゆっくりと長閑な田舎を歩いて街道を進む。地図なんて気の利いたものは無いので、道行く人に、西側へ行きたいとだけ言って適当に歩いている。紫と思しき人間と合流できれば、多少動きやすくなると思っていたが、あいにくそんな偶然はまだ起きていない。


 その時、ふと背中がざわついた。


「お前が紫の頭か?」


 気づけば、背後から体を貫くような殺気と共に、短刀が首元に添えられている。


 ミズキはニヤリと笑った。


「そうだ。ミズキと言う。わざわざ出迎え、ご苦労だな」


 ちょうど、人気のない里から離れた山道だった。あっという間に、兵と思しき長身の男達に囲まれる。ミズキは余裕たっぷりにそれらを見渡した。


「せっかく名乗ってやったんだ。そちらも一応名乗ったらどうなんだ? 帝国さんよ」


 すると、少し離れた木の影から誰かが歩いてやってきた。肩で風を切るような、独特の風体の優男。服装は、ソラの庶民と同じような衣の上から、他の兵士と同じ黒マントを羽織っている。


「俺は、セラフィナイト。面白いね、君。まるで、我々が来るのを待っていたみたいじゃないか」


 ミズキは小さく笑った。セラフィナイトの言う通りだったのだ。確かに、アテもなく歩き続けてはいた。しかし、これを狙ってのことだった。


 ミズキは、自身の価値の高さを理解している。紫の頭。これは、帝国にとって目障りな存在にちがいない。遠からず、接触してくると考えていたのだ。紫で集めた情報によると、融和路線の対話を求めてくる可能性もあったが、サヨが攫われた時点で一触即発の状態になっている。


 セラフィナイトは、すっと手を差し出してきた。握手しようとしたのだ。だが、ミズキはそれを訝し気に睨んだだけで、鼻で笑った。


「敵同士が手を握り合って、何をする? こちらからの用件は、とりあえず一つ。サヨという女を返してもらおうか」

「コトリちゃんではなく?」


 ミズキは、セラフィナイトの言い方に、おもわず吹き出してしまう。


「そちらは、誰かが適当に助けにいくだろう。だが、サヨは俺の妻だ。勝手に連れていかれては困る。長期の別居は、夫婦不和の元だからな」


 セラフィナイトは、まだミズキとサヨの関係について知らなかったようだ。一瞬驚いていたが、すぐに考え込むようなそぶりをする。


 なぜなら、コトリを積極的に取り返しに来ない理由に思い至ったからである。


「なるほど。やはり、あちらが本物で、こちらは偽者だったのか」


 この問いかけは、完全にミズキの反応を見るためのものだった。だが、ミズキは片眉を上げただけ。


「本物も、偽者もない。姫さんは、姫さん。元々一人しかいない」


 内心ミズキは焦っていた。自分の表情一つで、囚われているコトリの待遇が悪くなるのではないかと。何とか、偽者かもしれないという匂わせも維持したいので、言葉選びは慎重だ。

 セラフィナイトも、読み切れらしくなったらしく、降参したように軽く両手をあげる。


「わかった、わかった。あの子については、もういい。それで、サヨちゃんの話だけど」


 ミズキは、あらんばかりの殺気を放った。なぜ、サヨがこんな呼ばれ方をされねばならぬのか。どう考えても、この男は好きになれそうにない。


「そう怒らないでよ。とりあえず、取引しよう? たぶん分かってると思うけど、ソラとクレナは遠からず帝国の領土になる。その時、君の組織、紫は帝国に協力してくれないかな? その方が、より早く、より安全に新しい体制が軌道に乗る。それを約束してくれるなら、一両日中には、サヨちゃんを君のところへ戻してあげるよ」

「それは、紫が帝国の犬になれということか? それで、二国の民は本当に救われるのか?」


 セラフィナイトは、首を傾げる。


「救われる? そういう問題じゃないよ。帝国に染まるの一択しかないから。ならば、少しでも楽に染まった方が、お互い良いんじゃないかなと思って譲歩してるだけ」


 ミズキは、何を言っても無理だと思った。これが大国の思い上がりなのかと呆れてしまう。ここ、極東の二国は、調べた限り、かなり他国とは異なる文化と歴史を持っている。それが、こんな軽い調子で染まる、染まらないなどと議論すること自体おかしすぎた。


「帝国は、何も分かっていないな」

「それは、こちらの台詞だよ」

「シェンシャンと神に守られし二国は、帝国のものになんかならない。もちろん、紫もだ」


 セラフィナイトは、もう耐えきれなくなったのか、声に出して笑う。


「ここの人達って、本当に馬鹿だよね。確かに、そういう奇跡はあるって噂があるけれど、偶然的な自然現象とかでしょ? ここまで遅れてる文化ってのも、ある意味めでたいよ」

「俺達を馬鹿にするな。自分がよく知っているものと違うというだけで、軽んじると痛い目に遭うぞ!」


 ミズキは言い返したが、あっという間に兵がやってきた。両手に枷をつけられてしまう。


「先に自分の心配をした方が良いんじゃない?」


 セラフィナイトは、つまらなさそうに言うと、先程隠れていた木陰へ戻っていく。ミズキは、兵達に連行されて、近くに合った馬車の荷台の端に身体を括りつけられた。


「落ちるなよ?」


 兵の一人がそう言うや否や、馬車は超高速で走り出す。ミズキは悔しさのあまり、強く唇を噛みしめた。


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