第126話 そういう間柄

 近頃のサヨは、逞しい侍女ならぬ側近になったような気がする。コトリは心からそう感じつつ、白い息を吐いていた。


 まだ雪の残る庭だ。誰ぞが作った雪うさぎを眺めながら、火鉢の傍でサヨからの報告を聞く。


「徳妃様がお隠れになったのは、やはり正妃様が関係していたようです。どうやら、王になかなか顧みられない悲しみは、たくさんの酒を飲めば忘れられる上、身が清らかになるなどとおっしゃって、お勧めになっていたとか」

「そんなことを」


 サヨは菖蒲殿の手の者を王宮に潜り込ませて調べていたようだ。コトリとて、酒の飲みすぎは人の心身を蝕むことを知っている。ユカリの母にあたる徳妃とて、それぐらいの知識はあるだろうに、正妃は余程うまく唆したのだろう。


「なぜ、そんなことを。今更、父上の寵を競ったところで、何になりもしないでしょうに」


 コトリは眉をひそめる。


「おそらくは、そういった理由ではありません。私の推測の域を出ませんが、やはり、アヤネ様の敵討ちかと」

「母上の」

「えぇ。最近になって、在りし日のアヤネ様にお仕えしていたという侍女が見つかったのです」

「まぁ」

「かなりお年を召した方で、現在闘病中のようです。周囲に隠れるようにして、正妃様と親しくしてらしたとか。文のやり取りも多かったようです」


 これも、サヨが苦労して掻き集めた証拠の一つだ。香山の関での一件で、正妃を味方と見なして良いと見抜いたサヨだったが、やはりコトリを守る以上、後一歩の確証が欲しかいところ。そこで、王宮の侍女時代の伝手と、菖蒲殿の情報網を使って、アヤネについて改めて調べていたのだった。


「そういえば、そうね。母上は字が上手くないからと言いながらも、よく文机に向かっていらしたわ」


 コトリは懐かしむように目を細める。そんな穏やかな表情を見ると、サヨは苦労が報われたと感じられた。


「正妃様が味方だと考える理由は、もう一つあります。王が王宮に不在の今、どうやら正妃様の主導で、集められていた工芸品を元の持ち主や元の村へ戻す動きがあるようなのです」

「あら。それは、ワタリ兄上のご存知のことなのかしら?」

「仔細は分かりませんが、今、ワタリ様も香山の離宮にいらしているとか」


 実際は、不機嫌な王が周囲に当たり散らして手に負えないため、所謂壁役としてワタリが都から派遣されているのだ。王の侍従達にそれを提案したのは正妃だという噂だが、これについてはどこまでが真かはサヨにも不明なのである。


「では、邪魔建てする方もいらっしゃらないし、動きやすいわね」

「はい。姫空木殿は、工芸品を各地まで運搬するのも担ってくださってますし、着実に紫の中でも目立つ勢力になっております」


 どうやら、正月明け早々に、正妃がミズキに接触していたようなのだ。サヨは、それが少し気に食わないと思っている。紫に貢献している筆頭は菖蒲殿のはずだ。その地位を奪われてはならない。


「でも、サヨはまだまだ思うところがあるようね」


 長年の主従関係だ。やはり、サヨの思いに気づいてしまうコトリである。


「えぇ、少し」


 正直に言うと、コトリはサヨを励ますように微笑んだ。


「当然だわ。徳妃様の追い詰め方などを見れば、やり口が酷いもの。正妃様も、父上を見限っているという意味では手を取り合えるのでしょうけれど、やっぱり相容れないのだと私は思うわ。それに」


 ここでコトリは、自らの扇で口元を隠し、ニヤリとする。


「サヨは、絶対に正妃様なんかに負けたりしないわ。紫を率いているミズキ様も、そう思っているはずよ。菖蒲殿のサヨが、一番だって」


 サヨとミズキは、相変わらず仲が良い。時々視線だけで、コトリの分からぬ内容を会話していたりもする。


 しかしコトリは、あくまで紫の代表である少女と高位貴族の娘の、清き親愛と友情であると未だに信じ込んでいたのだ。


「え、姫様。それをいつから……」


 対するサヨは、大慌てである。コトリをカナデと呼ぶことすらできない。顔を真っ赤にし、あまりにも動揺しているので、コトリの方が驚いてしまった。


「え、ミズキ様とサヨは、ずっとそういう間柄ではなかったの? だからこそ、今の紫があるのだと思うわ」

「いえ、あの、ずっとというわけではないのです。私自身、自覚したのは比較的最近のことで」

「そうだったの? あまりにも仲が良いから、私、少し妬いていたぐらいなのよ」

「いえ、私は姫様が一番ですから!」


 はにかむサヨに、コトリはさらに畳み掛ける。


「いいえ、サヨ。あなたもそろそろ私から独り立ちなさい? いつまでも私に尽くしてくれなくていいの。ここはもう王宮ではないのだから」

「ですが」

「友に、私以外の大切な人がいないのは、いつまでも縛っているようで辛いのよ。そうだわ。ミズキ様と私、部屋を交代しようかしら?」

「へ?」


 サヨから変な声が出た。それすなわち、サヨとミズキが同室になってしまう。


「私も楽師となってから、一通り自分のことは自分でできるようになったから、心配はいらないわ」


 確かにその通りなのだが、サヨは魚のように口をパクパクすることしかできなかった。同室になれば、毎晩ミズキに寝かせてもらえなくなるかもしれないなんて、まさか話すわけにもいくまい。


「いえ、お気遣いは結構です。夫婦にはなりましたが、全ては王を討って、姫様がソラ王の元へ輿入れされてから……」

「サヨ?」


 コトリから、すっかり表情が抜け落ちている。その手は、しっかりとサヨの腕を握っていた。


「ごめんなさい。聞き間違えでなければ、あなた、夫婦って言ったかしら?」

「え? あの」

「え?」


 ようやく二人は互いの勘違いに気づき、サヨは隠していた大きな秘密について、洗いざらい話すことになったのだった。


 そしてコトリが、ミズキが朴訥な田舎出身の美少女ではなく、まさかの男性であったことに卒倒しそうになり、婚姻の祝もさせてもらえなかったと憤った結果、部屋を交代するという提案を撤回することになったのは、自然な流れである。


 そうこうしている間に、やや陽が傾き始めた。コトリとサヨが、無事に仲直りをした頃、部屋の扉を叩く音がする。


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