閑話・元侍女の百合疑惑
いつもお読みくださってる皆様、どうもありがとうございます。
なんと! なろう版のブクマが100になりましたので、記念にSSを書いてみました。
時系列的には、楽師団がソラから帰国してすぐの頃のお話です。
主人公はヤエ。
お楽しみいただければ幸いです。
★明日からは普通に本編にもどって、更新を再開します。
★百合注意報発令中ですが、内容的にそういった要素があるだけで、ヤエがどうこうするわけではありません。なので、ご安心くださいませ。
以下、本文です。
↓
ヤエは、屋敷の丸窓から外を覗いていた。
(まただわ)
ここはクレナ国、社総本山。大きな鳥居をくぐれば、都らしい喧騒から隔絶された静かで厳かな聖域が広がっている。拝殿に向かう人々の流れの中には、今日もあの女の姿があった。
若草色の上衣、金の刺繍が入った生成り色の背子、白い裳。そんな衣を纏っているということは、王立楽師団に属する楽師にちがいない。
今は、夏の終わり。虫の音が美しくなってきたところを見ると、すぐにも涼しくなって秋が訪れるのだろう。つい先頃までコトリがいた社の中にある屋敷にも、萩が飾られるようになった。
(コトリ様、お元気でいらっしゃるかしら)
ある種コトリにぞっこんなスバル程ではないが、ヤエもまた、コトリがいなくなった社での生活が既に懐かしくなっているのだ。
コトリは、そこにいるだけで辺りが明るくなるような、独特の可憐さと華やかがある。特にここ社に滞在中は、かつてのように王女らしい佇まいをしていたので、それはそれは見る者を魅了していたものだ。
さらには、おそらく大陸一だと思われる奏で。遠からず修理から戻ってくるという、ルリ神つきのシェンシャンで弾いたならば、もう人の域を超えた音色になるのではなかろうか。
しかし、次にコトリが社にやってくるのは冬になるだろう。それまでお預けかと思うと、ふと寂しさが込み上げてくるヤエである。
それにしても、なぜあの楽師は毎日のように通ってくるのであろうか。ソラへの遠征から無事に帰還できたことを神に報告し、感謝するだけならば、こうも参り続けるのはおかしい。
まさか、コトリが身分を隠して楽師になっていることや、ヤエがコトリに扮している事が外部に漏れてしまったのではないか。その確証を得るために、信心深いフリをして社へ頻繁に出入りし、何か探っているのであれば大問題だ。
ヤエは、体からすっと血の気が引いていくのを感じた。
こんな時、本来ならば敬愛する叔父、大神官のスバルに相談せねばならないだろう。けれど、もし単に願掛けなどで日々参っている無害な楽師なのだとしたら、コトリの日常の様子などを聞き出すことはできないだろうか。
そうして、魔が差してしまったヤエは、手早く巫女の姿に着替えると表へ飛び出すのだった。
「そこの方」
ヤエの手には箒があった。掃除ついでに話しかけたという体を取ることにしたのである。
「はい」
女は、立ち止まってヤエの方を見る。その者は、最高級の美人ということはないが、整っている方だろう。さすが楽師団にいるだけのことはある。額に描かれた花でんは、少し派手。何となく、話し始めると気さくな女かもしれない、とヤエは思った。
「楽師のお方なのですね」
「やはり、分かりますか」
この反応。どうやら、身分を隠す気はないらしい。となると、隠れて毎日参っているわけではなさそうだ。ヤエは、女の警戒が解けるようにと、笑みを深める。
「私の知り合いが楽師におりますので」
「あら、どなたかしら」
「カナデ様とおっしゃいますの。ご存知?」
女は、はっとして口元を手で抑えた。なぜか酷く困惑している。
「もしかして、私のことを彼女から聞いて、話しかけてらっしゃるんですか?」
急に気弱な声になってしまった。ヤエは、はて、と首を傾げながらも、話が思惑通りに進んでいることに安堵する。
「いえ、そういうわけではございませんが……カナデ様と仲がよろしいのかしら」
「えぇ、今は共に練習することもあります」
(今は、ね……)
少し引っかかりを覚えながらも、ヤエはにこやかな表情を崩さない。
「そうでしたか。最近お会いできていないのですが、お元気そうですか?」
尋ねられた女は、少し考えるそぶりをする。
「はい。カナデ様は夏の間にかなり腕をお上げになってらしたので、首席からもお褒めの言葉をいただいてましたし。それよりも気になるのは、いつもカナデ様といらっしゃる方で……」
「もしかして、サヨ様?」
「そうです。サヨ様ともお知り合いなのですか?」
「えぇ」
知り合いというよりも、元同僚だ。元侍女同士、時たま文の交換もしていたが、サヨ自身がソラへ行っていたこともあり、近頃はご無沙汰になっている。
すると、女は少し俯いて、一歩ヤエに近づいた。
「あの、ここだけの話にしてください」
何か、噂話だろうか。サヨは、今もコトリの右腕だ。念の為きちんと聞いておこうと、女の声に耳を傾ける。
「最近、激しいのです」
「何がですか?」
「相手は、カナデ様ではないのです。あれだけ二人いつも一緒で、身分の差なんて感じさせないぐらい仲がよろしいのに、夜になると別の方と……」
「あの、何のお話ですか?」
女は仄かに頬を染めて、声を潜めた。
「ですから、サヨ様にはお相手がいらっしゃるのです」
ヤエは、サトリの顔を思い浮かべた。清楚系美人のサヨと、いかにも武人らしい逞しさのあるサトリ。似合いの二人だ。
「それが、どうかしたのですか?」
「あ、巫女様もご理解がある方なのですね。ご存知かもしれませんが、お相手はサヨ様の同期なのです。夜な夜な、彼女の部屋を訪れては共に過ごしておいでで。コトリ様はいつも早寝なさるから気づいてらっしゃらないかもしれませんが、たぶん他の楽師は分かっているでしょうね」
ヤエは努めて涼しい顔を貫いていたが、心の中では上へ下への大騒ぎだった。
(え、どういうこと?! サトリ様ではなく、楽師がお相手……つまり、女同士のってこと? それ、もっと詳しく!!)
「いえ、別に責めているわけでもなければ、見下しているわけでもないのです。そういった楽師は他にもおりますし」
「そうなのですか」
楽師団に、もっと清純な印象をもっていたヤエは、もはや片言になってしまう。
「えぇ。入団前からそういった関係を持っている場合は、お相手を侍女として鳴紡殿に招き入れる方もいらっしゃいます。もちろん、サヨ様のように入団後に良い方と巡り合ってということも稀ではありません。何せ女所帯ですから、発散の場が無いのですよ」
正直、そんな内部事情は知りたくなかったヤエである。
「てすが、あくまで秘事にしなければなりません。サヨ様のあのお声は……女である私でもお腹の奥がキュッとするような思いがします。どうにか声が漏れていることを伝え体のですが、私から言うと棘があるかもしれませんし」
つまり、知り合いであるヤエから事実を伝えて忠告してほしいということであろうか。ヤエは、なぜこんな話を聞いてしまったのだろうと遠い目をしている。
「それから、もう一つ。これは噂なんですけど、最近とある玩具が流行っているそうなの。もしかしてサヨ様は、それをお試しになったのかしら。王宮の妃様は、それを体内に留めるあまり体調を崩して薬師を呼んだとか聞きましたし、あまり無理しますと奏でにも影響しますでしょ?」
「……そうですね」
「そういうわけですので、機会がありましたら是非にお伝えしてさしあげてください」
「……はい」
ちなみに、ヤエの方がサヨよりも侍女として後輩にあたる。そんな立場でこんな内容を伝えられようか。無論、無理だ。
いや、それよりも大きな心配事ができてしまった。
楽師団は女ばかりなので、何も間違いなど起きはしないと安心して、大切な主を送り出したというのに、実際はとんでもない性癖の人間が潜んでいるなんて。
コトリは美しい少女だ。いつ、標的になってもおかしくない。
(サヨ様は本当に何をしてらっしゃるのかしら?! 菖蒲殿の娘であり、サトリ様がいらっしゃるにも関わらず、別の女に手を出すなんて)
しかし、はたっと気づくのだ。入団後、サヨはたった一人でコトリを守っている。相当な心的負担がかかっているのだろう。対する自分は、身内が取り仕切る社という空間で、のびのびと王女の豪華な衣を纏い、悠々自適に過ごしている。
急にきまりが悪くなってきた。
「えぇ、必ずお伝えしますわ」
ヤエは、サヨに文を書こうと心に決めた。離れていてもコトリのためになることをしたいので、できることがあれば何でも言ってほしいと申し出よう。
そして、サヨの趣味にどうこう言うつもりはないが、コトリには悟られないように細心の注意を払うよう進言するのだ。
「ところで、お名前をお伺いしても?」
女が言った。今のヤエは巫女の姿なので、まさか神官筋の高貴な出だとは思わず、気軽に尋ねてきたのだろう。
初対面の相手に、こんな猥談にも近いものをする女だ。たいしたことない相手だろうと踏んで、ヤエは本名を名乗る。
「ヤエさんね。私はナギ。以前、ある方の楽器を傷つけてしまった時に、良い助言をしてくださった方がいらしてね、その償いというわけでもないのだけれど、できるだけ社へ通うようにしているのです」
「そのような事情だったのですね」
「はい。また見かけたら声をかけてください。ヤエさんとは話が合いそうだわ」
おそらく、合うと思っているのはナギだけである。ヤエは、次こそコトリの話が聞きたいと思いつつ、曖昧に頷いた。
それから数日後。サヨは、ヤエからの文を読んで顔から火が出る思いをし、ミズキの部屋へ殴り込みをかける勢いで訴えに行った。しかし、案の定からかわれ、いつものように女として可愛がられてしまう展開になったのは言うまでもない。
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