第82話 国盗りへ

 カケルが、組織の新しい名を提案した。

 すると、ユカリが連れてきたソラの者も反応を示す。


「紫は、ユカリとも呼びます。良い名ではないかと」


 サヨも、やっと顔を上げた。


「紫の色は、主の好きな紫陽花の色でもあります」

「サヨ様、ここでは皆、彼女のことは分かっていますよ」


 カケルに言われて、サヨははっとした。途端に、ユカリと目を合わせる。


「コトリには、折を見て会いたいと思っています。私には、妹の味方をせねばならない理由がありますから、その辺りもお話せねばなりませんね」


 ユカリには何か事情がありそうだ。サヨは小さく頷くに留めた。


「かしこまりてございます」


 ユカリと会わせるとなると、この新たな組織のこともコトリに知らせなければならないだろう。できれば知らずにいてほしいと願っていたが、状況が切迫している。しかも相手が元王女ともなると、拒否することもできないだろう。


 その後は、名を正式に紫とすることが決まった。そして、いよいよクレナ王家に対する蜂起についても言及されるのである。


「最近、我らと呼応してくれそうな村が増えてきた」


 ハトは、クレナの各地で王家への反発が強まっている話をした。ユカリは、ソラでは自国の王家に対する不満は噴出していないが、同じくクレナに対する不信感や、よからぬ噂は大きくなっていると説明する。


「ちなみに、暁はソラ王家黙認の組織でした。ですから、クレナ王家を倒すことに、少なからぬ力添えがあるかと思います」

「それは、本当なのか?」


 ユカリは、ハトに向かってにっこりすると、袖口から何かを取りだした。金属製の薄手の札。サヨは息を呑んだ。


「確かに、真のようですね」


 その表面にあったのは、ソラ王家の紋だ。


「ソラには、まともなシェンシャン奏者がほとんどいません。土地への奉奏は完全にクレナ頼りでしたが、今の御代になってからはそれも叶わなくなってきました。それ故、ソラ王家は、私達に期待をかけているのです」


 これに、カケルが補足する。


「そもそも、クレナ王家がどうして力を持ってるのか、皆様はご存知ですか? 答えは、シェンシャンと神気を握っているから。楽師団こそが、国の一番の宝なのですよ。だから、それに匹敵するものをつくれば、全ての前提が覆る。ソラはもう、クレナに蔑ろにされることもなければ、過剰に頼ることもなくなる。完全に自立します」


 つまり、ソラは強い国になる。クレナ王家の言い値で神具を安売りすることもなくなるだろう。ソラから売り渋りすることだってできる。


 すると、クレナ王宮に神具が供給されにくくなる。さらに、地方で独自に奉奏されるようになれば、楽師団の存在がなくとも人々の生活は潤うようになるので、ますますクレナ王家の存在意義がなくなっていく。今以上に、兵役に応じない、税を納めないといった事が増えていくだろう。


 つまり、クレナ王家は完全に弱体化するという筋書きだ。


「それじゃ、地方との連携がかなり必要になってくるね。中途半端に力の持った組織が乱立したら、まとめるのが大変そうじゃないか。それはどうするんだい?」


 チヒロの質問に答えたのは、ゴスだった。


「そこは、コトリ様にもご協力いただきたい」

「姫様には危ないことをさせたくはありません」


 すぐさま言い返したサヨは、すっかりいつも通りになっている。ゴスは、その剣幕に驚くこともなく言葉を続けた。


「こちらも商人同士の伝手で、様々な情報が手に入っております。どうやらコトリ様は、最近社総本山の火を通して、各地の社と何らかの伝達ができるようになられたようですね?」

「それは、あたしの村の神官でも知ってる話だよ。今じゃ、クレナでもソラでも、社に関わりある人は、こぞってコトリ様を崇めてるみたいだね」


 チヒロにまで肯定されてしまった。サヨは、コトリから聞かされた社での出来事がここまで広まっているとは思いもよらず、うろたえるばかりである。ミズキは、さりげなくサヨの背中に腕を回した。


「サヨ。皆は、お姫さんを取って食おうってわけじゃない。既に全土へ影響力を持っている姫さんに、ちょっと喋ってもらいたい事があるだけだよ。『もはやクレナ王家の時代は終わった。これからは、紫が取って代わるんだ』ってな」

「そんな……確かに、王には退場いただきたいわ。でも、この国はどうなるの? それにソラだって、他人事ではないでしょう? コトリ様の力は、ソラにまで広がっているのだとしたら、ソラの民まで紫に……」


 サヨは、最後まで言い終えることができなかった。カケルが、サヨの目の前に突然茶碗を置いたからだ。少し苦味ばしった香りが、サヨの鼻先までふわりと立ち上ってくる。


「ソラ王家にも事情があるみたいですよ。王宮が魔窟であるのは、どこも同じなのです」


 どういった事情なのか。サヨはすぐにでも問正したかったが、できない。カケルは商人とは思えぬ程の威厳と威圧をもった笑みでサヨを見据えているのだ。

 ミズキは、何も言えずにいるサヨに代わって口を開いた。


「要するに、今あるクレナとか、ソラとか、そういう国の枠組みに囚われる必要はないんだな。それでいいと思う。欲しいものが手に入るならば、方法は厭わない」


 ハトも続く。


「我々は、もっと人間らしく、真っ当な生活をしたいだけだ。そしていずれ、シェンシャン弾くのが神事じゃなくて、ただの娯楽になる日が来るといいな。そのために、新しい国みたいなのができるのは、悪いことじゃない」


 サヨは、ひたすらに震えていた。

 それでは、まるで、国盗りではないか。


 貴族の娘として、王家ありきの生き方と常識を、骨の髄まで叩き込まれてきた。現王には叛意を持っていようとも、国自体を潰したいと考えていたわけではない。そもそも、国が無くなるという事は想像がつかない。足元が崩れて、どこまでもどこまでも落ちて、堕ちていくような感覚。


「そんなわけで、サヨ。コトリ様への説得を頼む」


 サヨは、ミズキの声に頷く以外の選択肢を見つけられなかった。そうだ。ここにいるのは、目をギラつかせた猛者達。強い信念と、力、そしておそらくは大きな秘密をそれぞれ抱えて立っている。


 今更、身の丈に合わぬ危険な所へ足を踏み入れてしまったと気づくも、もう後戻りはできないサヨであった。


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