第240話 伸ばした手は振り払われる

「我々ダグレスト軍は、悪魔に洗脳された国を、民を解放する! 王族は最早、悪魔の言いなりである! 善なる我々が、民を、国を、世界を救うのだ!」


 勇者(笑)の訳の分からん前口上が始まっている。

 つうか、前口上ってこんなんだっけ?


「あれは、いつもの病気っすよ」


「自分に酔うってやつか」


「酔うだけなら、マシなんっすけどねぇ」


「ああ、悪癖ってやつか」


 傍にいる八木と話しながら、伝令が来るのを待つ。

 と言うか、良くあんなこっ恥ずかしい事を堂々と言えるものだ。

 俺? 羞恥で死ぬわ。

 八木も同じなのか、何とも言えない表情をしている。


「昔から、思い込みだけは激しい奴っすからねぇ。来栖の頭ん中じゃ、ラフィさんは完全に悪魔っすよ」


「前は邪神とか言ってなかったっけ?」


「来栖にとって、大差ないんじゃないっすかねぇ。実際は別物っすけど」


 どうでも良い話をしていると、伝令が戻って来た。

 そして、陛下からの許可も下りたようだ。

 いや、ちょっと怒ってる臭い?


「クロノアス卿の好きなようにしろとの事です。ただ、ランシェスの顔に泥を塗るなとだけ伝える様にと」


「前口上は誰が?」


「ブリッグス侯爵様が。ただ、相手の前口上が通常と少し違うので、どう返すべきかと考えておられる様でした」


「じゃ、出鼻を挫く方向で行くか」


「何をするつもりっすか?」


 八木がこれでもかと、ジト目の横目で問うてくる。

 いや、ちゃんと前口上はするよ? 但し、こっちは大分違うやり方で行くけど。

 そして、前口上をお願いするのだが、ブリッグス侯爵は少しだけ頬を引くつかせた。

 その言葉を聞いていた八木、ミリア達と、全員が苦笑いしている事で、察しが良い人は分かると思う。

 陛下から好きにやれとのお墨付きも頂いているので、侯爵は反対も出来ずに、溜息を吐いて出て行った。

 相手の前口上による舌戦に赴いたわけだが、簡単に言えば馬鹿にしての舐めプ発言をさせに行かせたのだ。

 当然、後で陛下からの小言が飛んだのは言うまでもない。


「我々ランシェスは、非道な行いをしてきたダグレストに対し、確固たる意思を以て、この戦に望んだものである! 暗躍に暗殺、果ては内政干渉と反乱の増長、感化できるものではないっ!」


「それこそ言い掛かりである! 我々は、悪魔による洗脳と邪神の申し子からの解放を手助けしたに過ぎない! 現実を見よ! 魔物すら、我々に味方したでは無いか!」


「そちらの言い分には証拠がないでは無いか! 対するこちら側は、数々の証拠が挙がっている! 最早言い逃れなどできまい! そして、勇者(笑)よ! 貴殿がランシェスで行った犯罪履歴もある! 当時の概要も記された証拠がある以上、貴殿の言葉の何を信じよと言うのか!?」


 不毛――その一言に尽きる。

 この前口上に何の意味があるのだろか?


「慣習ですから」


「じゃ聞くけど、先に慣習破りしたのはダグレストだよな? 付き合う意味があるのか? ミリア」


「無いですよ」


 おや? ミリアにしてはぶっちゃけたな。


「無いですけど、相手が何を言うのか気になりませんか?」


 あ、違う、これめっちゃ怒ってる。

 顔はめっちゃ笑顔なんだが、完全に作った笑顔だ。

 それも、相当怒ってる時のやつ。


「あの方、相当面白い事を言いますよね。さしずめ私は、悪魔に拐された可愛そうな女性でしょうか? それとも、魅入られた? 若しくは普通に、悪魔の伴侶でしょうか?」


「ラフィさん、怖いっす」


「言うな、八木。俺もちょっと怖い」


「うふふ」


 ミリアさん、ガチオコです。

 もし止めて無かったら、率先して殺りに行きそうな雰囲気まである。

 ……今回は、八木に感謝しかないかもしれない。

 先に八木からの決断を聞かされていたからな。

 そんなガチオコミリアをよそに、前口上は進んで行くのだが、ちょっと怪しい言葉遣いになってきているな。


「俺の行動は全て、神の御意志によるものだ! 恥じる事など何もない!」


「寧ろ恥じない事を恥じるべきだろう! 己の犯罪を正当化しようとする行為、感化できかねる!」


「犯罪ではない! その証拠に、俺は神剣授与されている!」


「それが神剣だという証拠は!? 汝らが主張は、全て己の都合が良いように話しているだけでは無いか! そもそも、慣習破りはどう説明するのだ!?」


 前口上合戦、まだまだ続くようである。

 これだけで一日終わるんじゃね?


「もうすぐ終わりますよ。反論できなくなってきて、支離滅裂な事を言い始めてますから」


「確かに、話のすり替えはやってるな」


「それよりもっすね、ラフィさん、あの剣って神剣なんっすか?」


 八木の質問の意図が分からん。

 神剣なんて、この地上にある訳がないだろうに。

 なんて考えていると、後ろから見知った気配が。


「メナト?」


「やぁ。なんか、不穏な言葉が発せられたからね。念の為、確認しに来たよ」


「セブリーは?」


「…………あそこ」


 メナトが差す指の先に見えたのは、同盟軍に混じったセブリーの姿だった。

 あいつ、マジで何やってくれてんの!?


「まぁまぁ。セブリーがあそこにいるのには理由がちゃんとあるからさ」


「理由?」


「地味に怒ってる」


 メナトによると、不穏な発言を聞いた後、直ぐにジェネスへと連絡を取って発言を確認し始めたそうだ。

 そして、俺に対する不敬な発言のオンパレードに、セブリーは怒り心頭との事だった。

 つうか、もしかして、NGワードが存在してる?


「あるよ。我々神々からの授与に関しては、直ぐに監査が入る。世界のバランスを崩しかねないからね」


「俺は?」


「授与とは言ってないから。途中からは……ねぇ」


「あー……まぁ、な」


 神からの贈り物とも話してないし、仮に話していたとしても身内だけだからなぁ。

 若しくは、誓約を吞ませた上での発言とか。

 途中からは原初になってるし、授与よりは創造になって来るだろうからな。

 なんて考えていると、遂に前口上の終わりが始まった。

 こっからが、俺の考えた台詞だ。


「ならばどちらの言い分が正しいか、決着をつけようでは無いか! そこの勇者(笑)よ! 貴殿が悪魔と断じる者は、中央の後方にて待っているぞ! そこまで辿り着けるか、高みの見物をさせて貰うと、言付かっている!」


 お? 勇者(笑)の表情がちょっとだけ赤くなっているな。

 名指しされて恥ずかしいのかな?


「まぁ、貴殿には無理だろうな! 中二病勇者(笑)であるからな! はっはっは!」


 最後の口上だな。

 ついでに口裏合わせで、全軍に笑ってくれとも話してある。

 その言葉通り、全軍が大爆笑してくれている。

 おや? 真っ赤な顔を通り越して、表情が抜け落ちたな。


「仕込みは上々だな。八木」


「中途半端はしないっすよ」


 お互いに拳を作って、軽くぶつけ合う。

 ただ、気になる事が一点……阿藤の姿が見えない。

 職業的に、潜むのには慣れていない事を考慮すると、魔道具か?


「阿藤に要注意だな」


「袂を分かった可能性もあるっすよ」


「それはない。良く考えてみろ。あの二人には魂縛が発動しているんだぞ」


「……後方待機っすか?」


「勇者(笑)を前線に一人で送り出してか? 普通は逆だろう」


 拳を突き合わせたまま考えるが、答えは出ない。

 注意しながら、事を進めて行くしかなさそうだな。

 それから間もなくして、魔法と矢が飛び交い、ダグレスト正規軍との戦闘が始まった。

 敵軍は鶴翼の陣を敷き、右翼と左翼の丁度中心部分に勇者(笑)と精鋭と見られる兵士を配置した布陣。

 対するこちらは、包囲殲滅を避ける為に魚鱗で対抗。

 中央第二陣が、敵右翼左翼に対応しながら押し潰す作戦だ。

 問題点を上げるとすれば、腐っても勇者スペックの相手を一時はする中央第一陣だろう。

 少数精鋭で向かってくるのだから、一個師団の相手は出来るという事だろうし。

 ……と、初めは思ってました。


「ええ……」


「あの、ラフィ様……」


「言うな、ミリア。俺もちょっと困惑してる」


 少数精鋭と聞こえは良かったが、蓋を開けてみたら、勇者(笑)以外は直ぐに命を落としていた。

 いやほんと、何しに配置されたのか分かんねぇ。

 だがこれで、八木がやりすくはなったか。

 そう考えて、八木の決断を見ることになった。





 ◇◇◇◇




 俺は疾走する。

 早く接敵すれば、それだけ被害が少なくなるだろうから。

 来栖は、なんだかんだ言っても、やっぱり勇者スペックだ。

 一般兵相手だと、全く歯牙にもかけないだろう。

 その考えの元、中央最前線へと向かう。

 だが、中央が押しているのだろうか? 来栖についていた兵士の死体を見かけ、通り過ぎる。

 こちらの損害は軽微? 来栖のスペックに負けていない? その考えは、接敵する直前で間違いだったと気付かされた。

 前に進むにつれて、味方の死体が目立つようになってきたからだ。

 多分、俺が知っている時の来栖よりは確実に強いだろうと確信して、直ぐに接敵した。


「……八木」


「久しぶり。なんか、やさぐれたなぁ」


 来栖がこちらに気付き、こちらの兵達を数人斬り飛ばした後、名前を呼んできた。

 それに対する俺の返答は、かなり軽かったと思う。


「八木殿! お任せしても?」


「大丈夫ですよ。こちらは受け持ちます。来栖を避けて進んでください」


「はっ! ご武運を!」


 伝令と思わしき兵士さんが、敬礼しながら去って行ったんだけど、指揮系統を混乱させるなら、普通に狙う筈なんだけどな。

 まぁ、簡単には通さないけど。


「それで、俺になんのようだ?」


「単刀直入に言うぞ」


 剣を抜き、切っ先を来栖に向けて告げる。


「降伏勧告だ。今すぐ武装を解いて、軍門に降るんだ。そうすれば――」


 ――命だけは助けてやれる。

 その言葉を言おうとして、笑い声で遮られた。


「はははっ! 面白い冗談だな、八木。お前も洗脳されたんだろ? 今、俺が解放してやるよ」


「聞け! お前とラフィさんの力の差は歴然だ。月とスッポンと言って良い位、差が開いてる。気付いてるんだろ?」


 俺の言葉が気に障ったのか、来栖は両刃剣ツヴァイヘッダーの切っ先を俺に向けて来た。

 どうしても、武装解除はしないつもりか?


「俺が最強だ。あいつは悪魔で、邪神の手先なんだぞ? なんでそれが分からない」


「違う。ラフィさんの力は、確かに逸脱したものだと俺も思う。だが、洗脳なんて力はないし、邪神の手先でもない。それは証明できる!」


「どうやって?」


「一緒に旅している時に、その手先に襲われたからだ」


 嘘は言っていない。

 それらしいのに襲われたのは事実だ。

 姫埼と春宮も、共にいたから証言も取れる。

 だが来栖は、それを鼻で笑って否定してきた。


「ふん、それだって自作自演だろう。良いようにされてるのはお前だろう?」


「違う! どうしてわかってくれないっ。俺達が戦うのは、本物の邪神の手先に良いように利用されてるだけだぞ!」


「だから?」


「え?」


 こいつ、今、なんて言った?


「だからなんだ? 邪魔するなら、そいつも俺が斬れば良いだけだろう?」


「お前、何言ってんだ?」


 もし、姫埼と春宮が邪魔をしたなら二人も斬るって言ってるのか?


「この世界は、俺が主役の、俺が幸せになる為の世界だろう? 春宮も姫埼も、あそこにいる悪魔の婚約者達も、全部俺のだろう?」


「本気で、そう言ってんのか?」


「勿論」


 ダメだ……来栖は現実が見えていない。

 多分ずっと、妄想の中で生きている。

 でも、いつからだ? この世界に来てから?


「俺は死んだって、何度でもコンテニューし放題だからな。魔物は勝手にリポップされるし、モブだって勝手に生き返るだろう?」


「本気で、そう思ってんのか?」


「何度も言わせんなよ」


「ふっ、ざっけんなっ! 今お前が斬った兵士達が生き返ってんのか!? 現実を見て言えよっ!」


 思わず大声で叫んでしまう。

 だが、同時に理解もした。

 来栖は妄想の世界で生きてるんじゃない。

 全部、ゲーム感覚でいたんだ。

 だから認めない……認められない。

 自分自身が絶対の存在だと思い込んでいるから。


「もう一度言うぞ? 降伏しろ。助命だけはしてやるから」


「嫌だね。俺は全部手に入れる」


「来栖、現実ってのは甘くないんだよ。ここはゲームの世界じゃない。皆が一生懸命に生きる世界なんだ」


「いや、ゲームさ。だって俺の手に、神剣もあるんだし」


 思い込みの激しい奴だとは思っていたけど、ここまで石頭だったとは思わなかった。

 召喚前の世界でも、なんでもそつなくこなしてモテる奴ではあった。

 でも、善悪の判断と命の重さは分かっていると思っていたのに。


「一つだけ、聞かせてくれ。この世界に来たからそうなったのか、前からそうなのか」


「俺は何も変わっていない。変わったのはお前達だ。そう……俺を裏切ったお前達なんだよっ!」


「来栖……」


「だからさ、あの悪魔の目の前で、全員犯してやるんだよ。あの悪魔の手足を斬り飛ばして、達磨になった目の前で奪ってやるんだっ。そうだ、あいつ……あいつが全てを奪ったんだ……。俺の立場も役割も……。そうだ、俺は正しい、間違ってないっ!」


 狂ったように、同じ言葉を繰り返す来栖。

 多分、ラフィさんにも聞こえている。

 あの人は地獄耳だからな。

 きっと今すぐにでも、手を下したいと思っているだろう。

 本陣から殺気プレッシャーが飛んできているしな。

 手を出さない理由は……多分、俺と約束したから。


「くる――」


「俺は悪くない……俺が正義……俺は正しい……俺が最強……俺が、俺が俺が俺が……おれがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 もう駄目だ。

 精神の均衡が崩れてしまっている。

 ……覚悟を決めろ、八木宗太。

 今ここで、友だった者を葬って、安らかにしてやることを!


「残念だよ、来栖」


「があぁぁぁぁぁ!!」


 前に見た、強制限界突破者みたいになってしまった来栖。

 今、楽にしてやる。

 もう、言葉は届かない。

 差し出した手は、振り払われたのだから。





 ◇◇◇◇




 八木が来栖を説得していたが、やっぱり無駄に終わったか。

 まぁこれは、俺の予想通りだったな。

 予想外だったとするならば、使い捨てにした事だろうか?

 認めたくはないが、来栖はそれなりの実力は持っている人物だ。

 Bランクでは、手も足も出ない程に強くなっている。

 SSなら、楽には勝てないだろうが、負ける事も無いだろう。

 だから不思議だったのだ。


「ここで使い潰すのか」


「ラフィ様?」


 来栖を見て思い出す。

 以前にもあった、あの薬を投与された者の事を。


強制限界突破フォースィングリミットブレイクを使っているとは」


「それは確か、ラフィ様が八木さん達と救出作戦の帰還時に遭遇したという――」


「ああ。あれは精神汚染がついて回る。いや、浸食か」


 来栖は、ダグレスト内でも上位戦力のはず。

 もし俺が黒幕なら、この場での使い潰しなど悪手だ。

 そうなると、潰さざるを得ない何かがある?


「あ、戦闘が始まりました」


「ほう、どれどれ」


 ミリア達は驚いて後ろを振り向くが、俺は気付いていたので、八木の戦闘を見ながら声をかける。


「陛下、危険ですよ」


「心配はないと思うがの」


「魔法が飛んでくるかもしれませんし、矢が飛んでくるかもしれません。後方でお待ちになられた方が良いのでは?」


「お主がいるのにか? ありえんだろ」


 ちっ、嫌味で言ったのに、軽く流された。

 流石は陛下と言うべきか、それとも本気でそう思っているのか。

 俺だって万能じゃないんだけどな。

 実の所、今すぐにでも来栖をボゴりたいのだから。


「お主が相当怒っておるのはわかるが、その殺気をどうにかしろと言っておくぞ。後方にいる護衛部隊は勿論だが、婚約者達も気が気で無いのだぞ」


 陛下の言葉を聞いて、初めてミリア達を見た。

 脅えは無い……寧ろ、心配そうな目で見られていた。

 それと同時に、冷や汗をかいているのも確認した。

 どうやら、相当な殺気が漏れていたみたいだ。


「……ふぅ、確かに反省ですね」


「で、あろう。それで、どうなのだ?」


「勇者(笑)対八木ですか? そんなもの、結果は分かり切っていますよ」


 俺は裸眼で、陛下は片手で持てる望遠レンズで戦況を俯瞰。

 ついでに言うと、メナトも裸眼で戦況を俯瞰している。

 尚、陛下はメナトがこの場にいる事については、何も聞かない方向らしい。

 つうか、聞ける雰囲気ではない。

 メナトもそれなりにキレかけているからな。

 動かない理由はただ一つ、俺が動かないから。

 一番怒るべき人間が動いていないのに、神である自身が先んじて動く事は出来ないと自制した様だ。

 これが他の神ならば、多分動いてると思う。


「メナト、サンキューな」


「おや、素直に礼とは珍しいね」


「まぁ、な」


 怒っていた事にもそうだが、一番はこちらの意図を汲んでくれたことに対する礼だ。

 俺は八木と約束を交わしている。

 メナトはその事を知らないはずだが、こちらの意図を汲んでくれたのだ。

 礼は必須であろう。


「それで、宗太とはどんな約束を交わしたんだい?」


「知らないのか?」


「その場にいないからね。知りようもない」


「嘘つけ。知ろうと思えば知れるくせに」


 とは言うが、何も調べていない事には感謝かもしれない。

 なので全員に、ここで改めて説明しておく。

 これも八木と取り決めていた事だ。

 もし、説得が不発に終わって、戦闘状態になったら、その時に話そうと。


「八木との取り決めは二つ。一つは、説得に成功した場合には助命と魂縛の解除」


「もう一つは……説得に失敗した場合だね?」


「ああ。説得に失敗した場合、その全ては八木が責任をもって処理をする。但し、八木が負けるか死ぬまでは、一切の手出し無用」


「それはまぁ、思い切った事だね」


「八木なりの決意と、責任の取り方だろう」


 無理を言うのだから、その後始末は自分で付けるという決意と、己の命を使った責任の取り方。

 はっきり言って、後者に関してはクソ食らえであったが、八木が引かなかった。

 だから、俺からも条件を出してはいる。


「死にかけたら、問答無用で介入する。任せたい仕事もあるしな。それが二つ目を認める条件にした」


「矛盾してないかい?」


「してないな。俺は八木に死んでほしくないのだから。だから、死にかけ=負けと判定すれば良い」


「曲解に聞こえるけど、間違ってもいないか。なら私も、少しだけ協力しようかな」


「神は不介入……既に介入してるか」


 セブリーが暴れまくってるからな。

 敵陣形の一部は、既に被害甚大みたいだし。

 おっと、八木の戦いに集中しよう。

 今回は真正面から戦うようだが、実力的に負けはなさそうだな。

 実力的には、な。


「流石は宗太だね。上手く攻め込んでいる」


 来栖は力任せに攻めてきているのだが、所詮は理性無き獣と同じである。

 受けきれない力は流せば良い。

 八木も正にその通りで、左に構えた小剣で上手く受け流していた。

 対する右手には短剣が握られている。

 普通は逆だと思うかもしれないが、これにもきちんとした理由がある。

 その理由をメナトは、瞬時に見抜いてきた。


「あの短剣、ラフィの手製だね? 効果は……属性剣じゃないのか」


「遠目で良くわかるなぁ。ま、半分は正解」


「ラフィ様、半分ですか?」


「そ。理由は……見てたら分かるよ」


 小剣で受け流しに徹していた八木だが、ここで反撃に移った。

 小剣でいなした後、がら空きになった胴に、左肘を縦に打ち込む。

 鳩尾にクリーンヒットして、来栖がよろめく。

 その隙を逃さずに接近して、相手の懐に入って、強めの掌底――からの無拍子による連撃。

 来栖のボディへのダメージの蓄積は計り知れないだろう――が、今は獣同然である。

 すぐさま態勢を整えて斬りかかるのだが、馬鹿の一つ覚えである。

 直ぐに同じ様に対処されて……あ、今度は無◯破が炸裂した。


「しっかし、えげつねぇなぁ」


「そうだね。実力差も明らかだ。いつでもトドメはさせるはずなんだけど……」


「ん? んー……あ、メナトは勘違いしてるわ」


「勘違い?」


 メナトは八木の攻撃方法と痛めつけ方がエグイと思っている様だが、俺はそれに付随して更にエグイと思ってる。

 対処法として予め八木と話していたのだが、強制限界突破フォースィングリミットブレイクを使われた場合の、元に戻せるかもしれない方法をだ。

 可能性は限りなく低いとも話しているのだが、大前提の部分がある。

 限界突破持ちが強制限界突破フォースィングリミットブレイクを使用した場合、精神強化がなされているので、狂戦士バーサーカー化程度で止まっている場合がある。

 但し、来栖は魂縛を強制付与されており、発動されていた場合、精神浸食もされているだろうと予測を立てた。

 限界突破自体が、精神は肉体を凌駕する! という部分が無いわけではないので、分の悪い賭けだが可能性はある――と、結論付けていたのだ。

 そして、実力差と身体の痛みを基軸に、一時的に意識を浮上させるという作戦にもなっていた。

 問題はその線引きであるが、立てない程に痛めつけても、意識が浮上しなかったら失敗とも言ってある。

 八木は徹底して、来栖を追い込むことを決めているから、諦めるまでは同じ事を繰り返すだろう。

 それが、俺がエグイと言った理由だ。

 以上の話に加え、時間制限もある。

 強制限界突破フォースィングリミットブレイクの薬を服用して10分、これが意識を浮上させる限界点。

 魂縛による精神浸食を考えると、その後は不可能だと結論付けて話してもあった。


「だから、一般兵とかだと、一撃で戦闘不能か死亡するかもしれない攻撃を叩き込んでる」


「……覚悟が決まると、八木って強くなり過ぎないかい?」


「肉体は精神から――なんて言葉もあるからな。八木の場合、それが如実に出るタイプなんだろ?」


「なるほどね。ところで、もうすぐ10分経つんじゃない? 相手はもう戦闘不能みたいだけど……唸ってるね」


 メナトの言う通り、来栖は両膝を地面について、どうにか倒れないように剣で身体を支えている状態だった。

 にも拘らず、口から出る言葉は獣の唸り声と変わらない叫び。

 これはもう……無理だな。


「声をかけに――」


 ミリア達に作戦失敗を告げてくると言いかけた所で、八木から膨大な魔力が溢れ始めた。


(そうか……。俺が言わなくても、決断したんだな)


 溢れていた膨大な魔力は、数秒後には八木が持つ短剣へと収束されていった。

 そう、俺が渡した短剣に。


「ちょーーーっと、聞きたいんだけど、良いかな?」


「却下。今、忙しい」


「忙しいで済むレベルじゃないから言ってるんだけどね」


 メナトからの圧を華麗にスルーして、質問もスルーしようとしたが失敗。

 まぁ、言いたい事は分かるので、結末を見届けてからにして欲しいものだ。

 そんな中、八木の短剣に収束され、形を成した魔力の刃が、来栖を両断した。

 魔力剣の当たった身体の一部は完全に消失しており、両腕と両足だけが残されていた。

 振り下ろした剣を薙いで魔力を散らし、佇む八木。

 十数秒、その状態でいた八木は、左手に持つ小剣に魔力を集め、来栖の持っていた剣を真っ二つに折って、本陣のあるこちらへと歩き出した。

 その八木を待つ俺達は、戦場の推移を確認する。


(来栖が苦も無く倒された報告が伝播して行ってるな。両翼とも当たりが弱くなっているし、逃げ腰だ)


 横で見ていた陛下が、伝令に指示を出している。

 一気呵成に追い立てて、その後に降伏勧告を出すのだろうが、早々上手くいくかね? 腐っても国軍なのに。


「行かなければ、行くまでやるしか無かろう。まぁ、徹底抗戦は無いだろうがな」


「3割ですか」


「うむ。既に敵軍は1割以上の被害を出しておる。こちらも被害は出ておるが、相手程ではないからの。更に士気も下がってしまうとなれば――」


「降伏せざるを得ない――ですか。……向こうの指揮官が優秀なら、そうするでしょうね」


 そんな話をしている内に八木が戻って来たが、やはり顔色は最悪だった。

 精神的疲労と負担が、これまでになく高いのだろう。

 だから、敢えて軽口で労う。

 お前は間違っていない、最善を尽くしたんだ――と、思えるように。


「八木、おつ」


「軽いっすねぇ」


「重い方が良いなら、そうするけど?」


「そっちでお願いするっす」


「おけ。で、どうだったんだ?」


「推測通りっすね。飲むのを止められていたら、結果は変わったと思うっすよ」


「そか。それで、八つ当たりをしに行くか? 陛下からの許可は取ってやるぞ」


「事態が悪くならない限りは、休憩でお願いしたいっすね。ただ……」


「黒幕が出てきたら、殴りに行くんだろ?」


「え? 普通に殺しに行くっすよ? 来栖が味わった苦痛分の上乗せして」


 結果はどうあれ、元仲間だったので情はあるのだろう。

 同郷の同級生でもあったのだし。

 ん? そういや、阿藤は?


「阿藤って、あの戦場にいないよな?」


「いないっすね。気配を探ったっすけど、それらしいのは無かったっす」


「どこにいるんだ? 後方?」


「さぁ? まぁ次は、失敗しないっすよ」


 そう言って八木は、天幕へと歩いて行った。

 もう一仕事あるかもしれないので、回復に努めるそうだ。

 そして、全てが終わったと同時に、メナトが詰め寄って来た。


「さて、ラフィ。八木が持つ二振りだけど、流石にやり過ぎだと言わざるを得ないんだけど?」


「まぁ待て。今回だけの特別仕様だからさ。あと一回で、両方壊れる」


「言い訳は聞くよ」


 メナト、地味に怒っていた。

 それもそのはずで、俺が八木に与えた二振りは【剪定と禊】という、神々が裁定を下す神器の劣化複製品レプリカだったからだ。

 因みに、劣化部分は回数制限を施してあるってだけなので、他は神器と変わらない。

 使用者の力量によって変わりはするが、紛れもない神器なのだ。

 そりゃ、メナトも詰め寄りたくなるわな。

 でも、謝らんよ? 必要だったのだから。


「はぁぁぁぁ…………。必要なのはわかるよ? 魂縛の断ち切りに必要だからね。でもっ、一言相談ぐらいはあっても良いよね?」


「メナト、圧がすげぇし、顔も怖いんだけど?」


「当たり前だよっ! ほんっとっ、原初ってのは毎度毎度っ――」


「ゼロと一緒にすんな。世界の理には、ギリ触れてねぇんだから」


「触れてたら、もっと大問題だよっ!!」


 その後、メナトからのお説教を右から左に聞き流しながら、戦況を確認する。

 だが、思ったよりも早く、相手側から白旗が上がった。

 敵損耗率、およそ2割弱。

 対するこちらは、1割弱。

 ほぼ二倍差をつけて、野戦陣地での戦いは終結した。

 ……したのだが、問題はこっからだった。


「捕虜、およそ20万。兵站が足りん」


「あ、もしかして……」


「頼めるか?」


「はい……」


 翌日、陛下から呼び出され、運送業が確定した。

 それも、あっちこっちと飛び回る方向で。

 当然、商人や領主との交渉役も必要なので、まだ話の分かる貴族数名――皆、むさいおっさん――を引き連れてだ。

 ある種、罰ゲームである。

 そんな状況だからして、ダグレスト王都が目の前にあるのに足踏みをする羽目になってしまう。

 因みに、皇国と帝国も似たような感じらしい。

 両国も兵站が足りないので、更に俺が動くはめになってもしまった。

 これ、来栖の呪いじゃねぇよな?




















 天幕内、八木は上を見上げる。

 ラフィの計らいで、数日は一人で使う事を許可された天幕で。


「あのアホ来栖、最悪の道を選びやがって……」


 一人愚痴るが、不思議と涙は流れなかった。

 多分、心のどこかで、今回の結末を望んでいたか、分かっていたのかもしれない。

 そう八木は、一人思っていた。


「まぁ、ムカついてはいたけど、殺したいとは思っていなかったんだけどなぁ……」


 これは本心ではある。

 だが心の何処かに、死んでくれて安堵した気持ちが無いわけではなかった。

 護りたい同郷の者が居るし、そう遠くない未来には、護りたい家族も出来る。

 いつ何時、報復に来るかもしれない人物を野放しには出来なかったと、今更ながらに思ってしまった。


「俺も意外と現金で、薄情だったって事かな……」


 まぁ、自分の気持ちは良い。

 でも、姫埼と春宮はどう思うのか。

 同じ同郷の者として、嫌われたくはない。


「ははっ……。俺、マジ最低」


 ぼーっと一人、天幕を見上げていると、勝鬨の声が聞こえて来た。

 どうやら、こっちの勝利で終わったみたいだ。


(仕事、しないとな……)


 しかし、身体は動かない。

 いや、動かしたくない。

 正直、夢であって欲しいと願いながら、スッと目を閉じる。

 次に目覚めたのは、姫埼と春宮からの電話が来てからだった。

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