第230話 軍飯改革
「……」
「…………」
時は少し流れ、現在王城。
あの内乱の日から、既に5日が経過している。
郊外での戦いが終わった後、野外で一泊してから、ダグレストとの国境砦へゲートを起動して軍を移動させた。
その後、数日は有事に備えてと王城が追い付くまで待機となり、スマホもどきに連絡が入ってから、フェルを送り届けるのと同時に、会議室へと連行された。
そして、いつもの大臣に加え、父とミリアも待っている中での会議となったのだが、誰も何も喋らずに今の状況となっている。
あ、フェルも会議に同席してるからな。
そんな重苦しい空気の中、陛下が口を開いた。
「全く、お主は……」
「…………」
「何かるなら聞くが?」
「…………別に」
子供かっ! と言えるほどに、ものすっごく不機嫌な俺。
事の経緯は既に伝達されているからして、周りの目が痛いってのもある。
だが、何か悪い事をしたわけでもないのに、責める様な視線を向けられるのは非常に不愉快だ。
そして父は、明らかに疲れ切った顔をしている。
お小言でも言われたのかね?
「とりあえずは、ご苦労だったといっておこうか」
「…………ありがとうございます」
「そう拗ねるな。言いたい事はあるが、首謀者の確保に、軍への被害を最小限に抑えた件は、高く評価しておる」
「…………そうですか」
「だがな、ちとやり過ぎだ」
「…………少々、マジでブチ切れたもので」
「わかっておる。だからこそ、お小言だけで済ますつもりというのを、理解してはくれんか?」
「…………はぁ」
陛下の言うお小言。
簡単に言えば、一部兵士と貴族達が、非常に怯えてしまっていることについてだ。
フェルからも聞いてはいるのだが、あの時の俺は、すんっげぇ怖かったらしい。
ヴェルグ、リア、リュールの3名に、過去のブチ切れ案件の聴取まで行っている程に――だ。
まぁ、行った奴に関しては、軽く威圧して黙らせてはいるけど。
ついでに言っとくと、同道していた婚約者3名も怖かったらしい。
但し、怒っていることに対してでは無くて、どこか遠くに行ってしまいそうで怖かったとの事。
後で思いっきり抱きしめられて、ちょっと泣かれて、離れなくなってしまったのだが、それは仕方ないと受け入れていた。
嫉妬の炎を纏う視線に負けずにな。
「それで、何でそこまで怒ったのか、理由を聞きたいのだが?」
「…………嫌です」
「クロノアス卿……」
ザイーブ財務卿が、思いっきりため息を吐きながら疲れていた。
周りの大臣達も、唯我独尊極まれり――的な視線を向けてくる。
そして当然、父上は慌て始め、叱ろうとしてミリアに止められる。
大変に珍しい。
「お養父様、落ち着いて下さい。ラフィ様が怒った理由は分かっていますので」
「分かっているのか?」
「ふむ。聞いてみようか」
父上が不思議そうな顔をし、陛下は興味津々である。
ただ一つ、心の中で言っておく。
俺の怒った理由は、娯楽じゃねぇぞ? と。
口に出して言ったら、中々に大変な事になるから言えんけど。
「ラフィ様はお養父様の、ひいては、全ての地方領主の為に怒り、誇りを守ったのです」
「「はい?」」
陛下と父上、ハモる。
尚、俺も同じ気持ちだ。
ミリアは何を言ってるのだろうか?
だがしかし、フェルだけは何処か納得した顔をしている。
「お養父様は、長年の間、領主として頑張ってこられたと思います。ですが、先の行為は、両親の頑張りを踏みにじる行為だったのです」
「「なんと!」」
「勿論ですが、陛下の面子も保たれる行為です」
「ほう?」
おや? 陛下が面白そうな話だ、早よ話せって顔をしている。
だけど、不敬にならないか――いざとなったら、メナト辺りでも呼んで黙らせるか。
セブリーとメナトは、まだ帰って無いしな。
という訳で、ミリアの好きにやらせてみよう。
「各国ともですが、領主の任命と領地の分配は、王が采配しています。極論にはなりますが、勅命に近いものだと、私は思います」
「それで?」
「陛下から任された土地を豊かにして、国に利益を与える。代わりに、国法に加え、領法を制定できる権限を持てるといえます」
「ふむ……」
「加えて、制限はありますが、小国の主とも言えるでしょう。ですが、あくまでも民は、国の宝とも言えます」
「なるほど、読めたわ。つまりは我が国ならず、全ての領主の誇りを守り、同時に、各国王の威厳も守ったと」
「はい。ですが、その原動力となったのは、紛れもなくお養父様、それとお義兄様方の事があったからだと」
陛下はミリアの話に納得したように見える。
いや、納得したというよりは、そっちの方が都合が良くて、話がやりやすい――と考えたみたいだ。
だって誰からも分かりづらい様にではあったけど、めっちゃ悪い顔してたからな。
美談で上書きするつもりなのだろう。
まぁ、恐怖の象徴よりも、美しき家族愛の方が世間には受け入れられやすいからな。
後は、各国への根回しと言った所か。
特に帝国と皇国へのだろうな。
「良く分かった。だがな、あんまりやり過ぎないように」
「…………ワカリマシタ」
陛下の言葉に、適当で返しておく。
そんな俺の返事に何か言いたそうな大臣達ではあったが、陛下の溜息によって止められる。
言ってはいるが、どうせ変わらないと諦めているのだろう。
そして、そんな陛下と大臣達とは打って変わって、違う反応の人物が3人いる。
一人は父上。
ミリアの話を聞いて感動したのか、号泣している。
「ぐらふぃえる~」
「ちょ、父上っ、抱き着かないでください! あっ、鼻水出てるぅっ。きったなっ!」
陛下に対する俺の返事は、父上は右か左に聞き流した……いや、聞こえて無かったのかもしれないが、ひたすらに感動して、ちょっとだけ親バカが発動してるかもしれない。
そして残る二人。
ミリアとフェルだが、お互いに視線を交わし、周りに分からないようにサムズアップしあってた。
いや、陛下だけは地味に気付いてたな。
だが、この二人の行動を見るからに、裏で繋がっているみたいだ。
(ミリアとフェルが直通で話せる回線は無かったはずなんだけどな……)
少しだけ思案して、可能性を探る。
今の行動からして、絶対に裏で落し所を話し合っているのは間違いない。
しかし、どうやって話し合ったのだろうか?
その答えは、少し考えたら分かる話だった。
フェルとミリアは繋がって無いが、フェルに繋げられて、且つ、ミリアとも繋がっている人物が一人だけいるからだ。
その人物の名は――。
(ルラーナ姉か……。情報が届いた時点で、直ぐに動いた? いや、王家の動きが分からないと、動きづらいよな。……あー、あの人か! それなら、辻褄が全部合うわ)
最後に出てきたあの人――リアフェル王妃である。
貴族の動き、そこから来る陛下の考え、最善策をそれとなく伝える――と、ここまでがリアフェル王妃の考えで策。
そして、ルラーナ姉も情報を集めてから、ミリアに接触して、フェルに繋げる。
二人での入念な打ち合わせ中に、王妃と王太子殿下妃が陛下に進言する。
進言内容は、一度話を聞いて、良案なら乗るべきとか言ったに違いない。
……陛下も分かってたな?
その考えの元、フェルに笑顔で視線を送る。
サッと逸らされる。
ミリアに横目で視線を送る。
目を合わそうともしない。
陛下に笑ってみる。
視線は外してこない。
あれ? ……あ、これ違うわ。
視線を外さないようにしてはいるが、実際に見ているのは、俺の後ろにある扉。
なんという高等技術を駆使してくるのだろうか!
いや、全員ギルティじゃねぇか。
誰にも分からないように、溜息を吐く。
後、いい加減、父上がウザい。
「父上、いい加減ウザいです」
「そ、そんなっ!」
父上、四つん這いになって項垂れる。
とまぁ、少しだけいつも通りな感じで進み、報告は終盤へと差し掛かる。
「――以上ですな。国王派だけの損害だけ見るならば、人的被害も含めて軽微。民の被害もほとんど無し。建物の損害は少しありますが、国庫内で補填可能です。まぁ、文官系貴族家には少々被害がありますが、想定内ではあります」
「ふむ。しかし問題はそこでは無いな」
「はい。反乱貴族など、正直どうでも良いのですが、問題が無いわけではありません」
「地方領主の損失と領民の大量死亡か。クロノアス卿に聞きてぇんだけどよ」
「何ですか? 軍務卿」
「全員の死亡は確認したんだよな?」
「しましたよ。より精度の高い魔法で」
軍務卿は何が言いたいのだろうか? いや、何か疑われている?
「疑いたくはねぇんだけどよ、俺達は見てねぇからな」
「疑う余地があると?」
「個人的な意見なら、疑ってねぇよ。実力は折り紙付きだしな。ただ、外野を納得させる材料としちゃぁな……」
「軍務卿、そこは僕が保証する――と言う事で、納めれないかな?」
フェルが俺の後押しをすると言って来た。
これには軍務卿も唸る。
俺としては有難い話だし、軍務卿としても悪くは無い。
但し、フェルのデメリットが高すぎる。
「フェル、敵を増やし過ぎる結果に繋がりかねんぞ?」
「お言葉ですが陛下、私は戦場に立っていた人間です。軍務卿が後ろに立つよりも説得力はあります」
どちらも引かないのだが、ここで内務卿から手が上がる。
「今の話に関してですが、問題無いと思います」
「「どういう事だ?」」
陛下とフェルがハモる。
今日は良くハモる日だな。
「今回の内乱ですが、借りが出来た貴族家が多いです。そこを逆手に取りましょう」
「借りは返させず、黙らせるのか。……上手く行くのかな?」
「殿下のご懸念ですが、貴族の習性ですよ。長い物に巻かれるのは」
「そういうことかい。内務卿も人が悪いな。だが、軍閥は乗るぜ」
「財務も乗りましょう。復興財政がマシなのは、卿の尽力があってこそですしな」
軍務、財務、内務が手を組む。
法務も、首謀者が大量捕縛出来て仕事は忙しいが、民の留飲を下げれるのは僥倖だと乗って来た。
外務は俺に頭が上がらないので、初めから賛同。
残るは商務だが……。
「乗りますよ。ええ、抑えますとも……。だから、おいしい話しください」
「直球だなぁ。まぁ、なんか思いついたら、話には行きますよ」
「なんか、クロノアス卿に頭が上がらない人ばっかりだね」
「戦争は強者が強いからの。正直、余も頭が上がらんかもな」
陛下の言葉に、俺はチャンスだとみた。
そこで、砦で待機中に改善したい事を見つけたので、ここで一気に畳みかける事にする。
「陛下、一つお願いがあるのですが?」
陛下、すっごく嫌そうな顔をする。
財務卿も何かを感じ取ったのか、嫌そうな顔をする。
とても良い感をしてると思うよ。
でもね、絶対に引かない用件だから覚悟して貰おう。
「とりあえず、言ってみよ」
「軍の食事の改善です」
俺の言葉に、軍務卿が喰いついた。
これで、軍務卿はこっちの味方だな。
後、商務卿も味方につけよう。
「医食同源って言葉、知ってますか? 贅沢な食事は論外ですが、最低限の食事も論外だと思います」
「…………具体的には?」
「飯がマズすぎる」
「はぁ……。当然、改善点は用意してあるのだろう?」
「勿論です」
現在の軍の食事は、ぶちゃけると塩スープに黒パン、それと適当な一品となっている。
質より量の食事なのだが、これでは士気も下がるのではないかと考えた。
なので改善としては、せめて味付けくらいは真っ当にしようという提案だ。
具体案は、味噌、醤油、砂糖の導入。
それと、調理軍人の育成である。
ただ後者は、直ぐには難しいだろう。
なので、とりあえずは調味料を揃える所から始める。
「黒パンは百歩譲りましょう。本当はたまにが良いですけど」
「財政を考えてくれないと困るのだが?」
「だからですね、竜王国を巻き込もうかなぁと」
「…………お主は何を言っている?」
「まぁ、聞いて下さい」
まず、竜王国が持つ味噌と場湯の製造技術を買う。
初期投資は掛かるだろうが、長い目で見ればペイ出来る費用だ。
次に、今回の内乱で職を無くしたり、被害甚大の地域もあるだろう。
いや、反乱貴族の領地は、間違いなく被害甚大で、困窮者が確実に出ると思われる。
現在調査中ではあるが、分かっているだけの調査でも反乱貴族領地の男手が、ほぼ全滅しているという報告も上がってきている。
爵位も領地も没収になるだろうから、そこを上手く使う事を提案してみた。
「没収した領地は、破棄か直轄領でしょう。でしたら、後者を取って上手く使いましょうよ」
「武功によっては、領地を与えねばならんのだが?」
「直轄領で、それなりに整備された場所があるかと。どうせ長い目で見るのが条件なら、金の卵は確保して、銀や銅の卵を与えれば良いのでは?」
「…………ふむ。だが、竜王国が素直に頷くとは思えんが?」
「そこも手を打ちますよ。商務卿も乗って来るでしょうし」
「ほう?」
竜王国への対応は、言ってしまえば高級ブランド化である。
ランシェスに伝える製造方法は、あくまでも三流品。
一般家庭が使う安価商品用のみとする。
竜王国には、料理店や下級貴族家に下ろす二級品と、高級料理店や上級貴族家に下ろす一級品と、王家が使う最高級品を担当してもらう。
「それと、製造量に制限を掛けます。足りない分は、竜王国から輸入とすれば――」
「相対的には落ちた様に見えるが、実際は軍で消費する量があるから変わらない。あくまでも、軍用の調味料と言う事か」
「その通りです。それと、あくまでもランシェスと竜王国での取引なので、仲介はしますが交渉は外務卿にお任せですね」
「表舞台には出ないか。悪くない」
陛下も乗り気になった。
ただ、釘も刺された。
あくまでも俺が関与するのは、竜王国への提案と、交渉のテーブルを用意するまで。
それ以降の交渉は外務省に任せる事だと。
勿論、了承する。
だが、失敗はして欲しくないので、発破は掛けておくことにする。
「もし失敗して、竜王国から輸入しか出来なかったら、外務省はずーっと、財務省からチクチク嫌味を言われるでしょうね」
「そうだな。当然言うな」
財務卿がこちらの意図に気付いて、全力で乗っかって来た。
外務卿の反応? 言わなくても分かると思うが?
「絶対にっ、御免だっ! 意地でも成功してやるわ!」
ヤル気マシマシになった。
いや、交渉で相手を落とすなら、殺る気とも言えるか?
まぁ、どっちでも良いか。
それともう一つ。
「出来れば、稲作もしたいですね。多少の男手は必要ですが、女性でも出来なくは無いですし」
「…………なるほどな。お主、存外に優しいでは無いか」
「何の事でしょうか?」
ちっ、やっぱバレたか。
自分の欲もあるが、裏の意味もやっぱ気づかれるわな。
そう、これは一種の救済処置である。
領主に罪はあれど、徴兵された領民たちの家族には罪などない。
男手が消えた以上、女性だけでも回せる職は必須だろう。
子供がいる家もあるだろうし、早急な対策は必要だ。
尤も、ダグレストと戦争中ではあるので、どこまで対策できるかはわからないが。
「ザイーブ、調査をさっさと済ませる様に。フェル、前線から執務入りをせよ」
「「はっ」」
「内務卿は、貴族家がどれだけ減ったかを早急に纏めて上げるのだ」
「承知しました」
「法務卿は、戦争終結後に刑の執行を直ぐに出来るように整えよ」
「承りました」
「外務卿は、竜王国との交渉を纏めよ。出来る限り早くだ」
「了解しました」
「軍務卿」
「はっ!」
「王太子に変わり、余が前線へと出る。近衛との連携を密とせよ」
「直ぐにでもっ!」
「さて、グラフィエルよ。お主にもある」
「何でしょうか?」
「余の副官として来るのだ。グラキオスは、王太子の補佐を任せる」
「分かりました」
「お帰りをお待ちしております」
以上を以て、会議は終了となり、ダグレスト戦へ望むことになった。
ただ一点、陛下に誤算が出来てしまった。
王族なので、他の者とは違う食事をと提案されたのだが、陛下はその提案を蹴って、兵士たちと同じ食事を取ったのだ。
で、その結果だが――。
「まずい……」
「ですよねぇ」
「お主の言った意味が良く分かった。軍務卿!」
「はっ」
「王都にいる外務卿と財務卿に伝えよ! 早急に竜王国との交渉を纏めよ! と。財務卿には、多少の目減りには目を瞑る故、もう少しまともな調味料類を前線に送れと伝えよ!」
「ははっ!」
そしてまた、食事を一口。
「うむ、まずいっ! なんとかせい、クロノアス卿」
「無茶ぶり過ぎません?」
「金は後で払うから、調味料を出してやってくれ。これでは兵士の士気も上がらぬ」
「徴収しないのですね」
「今そんな事をすれば、総スカンだの。どうせ、お主が提供しておったのだろう?」
「あ、バレましたか」
「わざわざ、元の食事を作らせおったな? まぁ、軍食の現状はわかったが」
「分かって頂けて何よりです」
「わかったから、早う出せ」
こうして、軍食に関しては陛下とわかり合ったのであった。
因みに、財務卿と外務卿は陛下からの伝令に泣いていたらしい――と、フェルから連絡も来たことだけ言っておく。
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