幕間 試験判定の後

 ジャバとクッキーからの要請で、いつもの酒場に予約を入れに行く。

 雑用はいつも俺だ。

 一回、きちんと〆た方が……クッキーには無理だな。

 そう思いながら家を出て、少し早めに酒場へ着く。

 相変わらず寡黙なマスターに、いつも通りの部屋を告げて金を渡そうとすると、親指で部屋を指示。

 金は受け取らず、仕事に戻って行った。


(集合の時間にはまだ早いが、誰か来ているのか)


 珍しい事もあるなと思い、部屋へと歩いて行き、扉を開ける。

 恐らく、ジャバが先に来ているのだろう――と思いながら部屋に入ると、そこに居たのはまさかのクッキーであった。

 今日は魔法でも降って来る日なのだろうか。


「相変わらず、時間通り。流石はシャイアスちゃんね」


「お前、本当にクッキーか?」


 いつもの喋り方でない事に驚いた俺だが、そう言えば過去にもあったな。


(確かあれは……依頼主と揉めて、孤立無援になった傭兵派遣団を無事に帰還させた後だったか? いつもと違う喋り方になっていたな)


 帰還したクッキーと、この酒場でジャバと飲んでいた時、精神的に疲れたと言っていた事も思い出した。

 そして昨日は確か、クロノアス卿一団の試験をしていたはずだが、何かあったのだろうか?


(今日のグラフィエル殿達は、確か観光をすると言っていたな。明日、傭兵たちから報告を受け取るが、クッキーが絡んでいるとは思えんし)


「良いから、さっさと座りなさい」


「あ、ああ。ところでジャバは?」


「少し遅れるそうよ。先に始めましょ」


 何度も疑ってしまうが、本当にクッキーなのだろうか?

 女性口調は変わらずだが、変に語尾を伸ばす癖が全く出ていない。

 偽物なのではないかと、本気で疑ってしまいそうだ。


「偽物じゃないわよ。単にそういう気分じゃないだけ」


「……精神的に参ってるのか?」


「参ってると言うより、疲れてるが正しいわね。同時に、嬉しくもあるけど」


「本当に、何があった?」


 詳細を聞こうとするが、ジャバが来てから話すとしか言わないクッキー。

 そして、酒を煽る様に飲み干していく。

 良く見れば、既に酒樽を一つ空けていた。

 一体いつから飲んでいたのだろうか?


「二時間前からよ。少し、思う所もあってね」


「相変わらずの酒豪だな」


 どうやら、かなり早く来ていたようだ。

 足早に席に着き、今日の本題について聞くもはぐらかされてしまった。

 どうでも良い話には答えていた事から、揃うまでは一切本題の話はしない方向らしい。

 全く、相も変わらず頑固だと思う。

 ジャバが来るまでの間、他愛ない雑談をして待つ事1時間弱、ようやく姿を見せた。

 ちょっと遅くないかと言おうとしたが、なにやら疲れ切ってる様子。

 そして、クッキーとジャバが少しだけ視線を交わすと、共に盛大な溜息をついた。

 本当に、何があった!?


「とりあえず、俺にも酒をくれや」


「どうぞ」


「あのクッキーが、いだ……だと?」


 正直、今日は驚きしかない。

 だが、当の本人達はこちらの驚きなどお構いなしに、酒を煽って行く。

 いや、それよりもジャバよ、お前も驚く側だろう。


「おい……」


「先に言っとくけどな、もうこんなんじゃ驚かねぇよ。それよりも驚きの連続だったからな」


「私もそうねぇ……。試験中は平静を装っていたけど、何人かにはバレているでしょうねぇ」


「意外とショックだったってか? 柄にもねぇ」


「だから複雑なのよ。嬉しさはあるけどね」


「お前らだけで分かり合ってるんじゃないっ。で、詳細は?」


 俺が聞くと、二人揃って酒を置き、またも二人揃って溜息を吐く。

 そこまでの事なのか?


「先に言っておくわよ? シャイアスちゃんも溜息が出るだろうから、酒を煽りなさいな」


「だな。あれは軽く悪夢だわ」


 二人してまたも酒を煽る。

 そして、試験の結果と判定の話になった。

 ジャバ自身に疑問があったのだろうか? 先に判定の話からする様だ。


「先に聞いとくぞ。クッキーの判定だけどよ、甘いんじゃねぇのか?」


「ん? 今回は全員分の試験をしたのか? 俺が聞いてる話と違うんだが」


 ジャバが疑問をぶつけ、俺は聞いてる話と違うと話すが、クッキーは黙したまま語らず、酒を煽り続けて行く。

 そうして沈黙が続く事数分、遂にジャバが耐えられなくなったようだ。

 問い詰めようとして声を荒げようとする直前、クッキーが口を開いた。


「言っとくけど、判定は厳しめよ。従来よりもね」


「は?」


「すまん。話が見えん」


 クッキーの言葉に驚くジャバであったが、全く話が見えん。

 どういう事だ?――と聞く前に、更に言葉を続けて来た。


「今回は色々と複雑だからねぇ。更に依頼って形になってもいるし、手順も踏んでいない。これだけ言えば察するでしょ?」


「……それで、あの結果だってのか?」


「正直、驚きよねぇ。私も驚いたもの」


「判定した張本人が言うのかよ」


「大まかな判定は私だけど、当然、サブマスも観戦はしてるわよ。それと、何名かの実力者たちもね」


「陰から観戦ってか? 後でクロノアス卿に何か言われそうだな」


「問題無いわよ。だって、それも織り込み済みだろうし」


 そう言ってから、樽から酒を掬うクッキー。

 見れば二つ目の樽も半分が消えていた。

 何時の間にそこまで飲んだのか……。


「飲まなきゃやってられないのよ。今後も含めて――ね」


「そっちの話は後でするとしてだ、どのくらい厳しめだったんだ?」


「三倍以上は厳しめね。普通の試験なら、全員がワンランク上でしょう」


「話しが見えんから、結果を聞かせて欲しいんだが?」


 再度、結果について尋ねると、クッキーが話し始めた。

 どの様な戦い方で、どの様な結果になったかを聞いて行くにつれて、頬が引くつくのを自覚はするも止められない。

 適時ジャバが観客側の視点で捕捉を入れてくるが、正直、右から左だった。

 無視や放置をしていたわけではないんだが、心と頭の整理に時間が掛かってしまったのだ。

 だからジャバ、拗ねてヤケ酒するな。


「…………以上よ。それで、どう思ったかしら?」


「お腹一杯だ……」


「そのお腹一杯なのを、ひたすら観戦していた人もいるのだけど?」


「ジャバ、お疲れ」


「今更なっ。ホンッットっ、今更なっ!」


「で、お前の感想は?」


「お腹一杯通り越して胸焼けしてたよっ!」


「戦友としての腐れ縁は長いが、新たな一面を知った気がするよ。お前って、苦労が寄ってくる体質だったんだな」


「うっさいわっ」


「しかも、その苦労を好んで背負い込むドМだったんだな」


「マジでうっさいわっ! 後、ドМじゃねぇっ!」


 ジャバを弄って、どうにか心の平穏を取り戻す。

 しかし、苦労を背負い込んで、俺とクッキーに弄られ、これで雑用もこなし始めたら、本当にドМの疑いが出そうだな。

 本人ジャバは絶対に認めないだろうが。

 しかし、先に厳しく判定していたと聞いていて、この結果だからな。

 国だけでなく、冒険者ギルドとしても頭が痛いだろう。

 戦力の一点集中化が始まっている……いやまて、もしかして……。


「クッキー」


「なにかしら?」


「今回の判定、わざとか?」


「…………」


「黙秘は肯定と取るぞ」


「シャイアス、どうしたんだよ」


「ジャバ、このギルマス、マジでやらかしてるぞ」


「だからなんの話だよっ」


 俺がもしや――と思った部分、それは彼の国に関連付けてだ。

 もし、近々動くと見ているのならば……。


「敢えて過小評価して、相手の油断を誘うつもりか?」


「ふぅ……敵わないわね。まぁ、それだけじゃないわね」


「俺にも説明――」


「移転も視野に入れるつもりか?」


「それはないわ。でも、上位ランカーの試験場所は……ね」


「てめぇらだけで話を――」


「ついでに、傭兵から職業軍人の斡旋もか? 愛国心が必要だろう?」


「住めば都よ。帰属意識が出来るなら、問題ではないわ」


「だから――」


「彼が承諾するかね?」


「渋々かしら。条件は出しそうだけど」


「おい――」


「…………各国も、そのつもりで動く?」


「恐らくね。彼はいくつものえにしを得たわ。切っても切れない程の繋がりね」


「……準備は必要か」


「ええ。ジャバ、聞いていたわね」


「…………」


「「ジャバ?」」


「どうせ俺はのけ者だよ……」


 我が腐れ縁の戦友は、地味に拗ねていた。

 ただな、大事な話だから詰めておきたかったんだよ。

 そもそもの話、クッキーがバケモノたる所以は、何も戦闘能力だけじゃない。

 伊達や酔狂で長年の間、ギルドマスターを務めあげてるわけではないからだ。

 クッキーが就任して10年以上経つが、この男の最も怖い部分は、各国の王にも劣らぬ情報収集能力と、最悪と最良の選定。

 そして、先見の目と頭の回転の速さだ。

 ジャバもそれをわかっているからこそ、苦言は言っても解任させるつもりは無いのだろう。

 少なくても、後10年は任せるだろうな。


(ただ、クッキー然り、クロノアス卿然り。強者と言うのは、どっか頭のネジがぶっ飛んでるのだろうなぁ)


 俺には傭兵団を率いるので手一杯だと、今更ながらに思う。

 多分俺は、ジャバ程の才覚も無いのだろう。

 かたや冒険者ギルド本部に君臨し続けられるクッキー。

 かたや傭兵国王に君臨し続けるジャバ。

 そして、己が才覚のみで数多の絆を紡いで来たクロノアス卿。

 ほんと、お前らが眩しく見えるよ。


「シャイアスちゃん、そんなに卑下しなくて良いと思うわよ」


「そうだな。あの曲者揃いの団を纏めてるんだ。誇って良いと思うぞ」


 二人の言葉に、思わず驚いてしまう。

 顔に出ていたのだろうか?


「シャイアスちゃんは、自分を過小評価し過ぎなのよ。昔からの悪い癖ね」


「そうだぞ。俺は恋も結婚も負けてんだから、自信持て……あれ? 励ましてるはずなのに涙が……」


「ほんと、二人はブレんなぁ……」


「「そうしでもしないと、責任ある立場はやってられないっ!!」」


 最後の言葉に、思わず大笑いしてしまった。

 本当に、良い腐れ縁だと思うよ。


「そうそう。言い忘れてたけど、リュールちゃんはSSに昇格してるからね」


「…………クッキー、今、なんて言った?」


「リュールちゃんはSSになってるわよ」


「……冒険者ランクも、娘に追い付かれるのか」


 嬉しい反面、悔しさと悲しさも出てくる。

 やっぱ俺、凡人なんだなぁ。


「あのね、シャイアスちゃんは気にし過ぎなの。あんたの娘が団の経営出来ると思う?」


「…………無理だな」


「なら、これ以上ウジウジするのは止める事ね。それよりも、娘の幸せを邪魔する奴らをどう料理するか考えなさい」


「あれだな。クッキーって教育者だよな」


「あ、俺も思うわ。普段の言動があれだけどよ、長所は褒めて短所は注意するんだよな」


「褒めても何も出ないわよ?」


「ギルマス引退後は、教師をやれば良いんじゃないか?」


「生徒、泣かないか?」


「その懸念があったか」


「あんたら……褒めるか貶すか、どっちかにしなさいよ」


 その後は、少し他愛もない雑談を交えてから本題へと移る。

 尤も、俺に出来る事は決まってるがな。


「良い? グラフィエルちゃんからの要請があるまでは、先行独断は禁止よ」


「知り合いへの声掛けはしておくとして、国軍を動かすかだろうな」


「無理だな。あのクソ国家への備えがいる。弱みは見せられん」


「要請があったら?」


「無いわね。だって、頼めば動く国はあるのだし」


「それでも、他国の軍を招きはしないだろうよ。なんだかんだで愛国心はあるのが分かる」


「内乱はそれでも良いだろうが、国家間の戦争はどうだ? 同盟軍として、受け入れると思うのだが」


「だから、私と冒険者なのよ」


「クッキー、お前……」


「冒険者の不文律を破るつもりか?」


「傭兵と冒険者を両立出来るのが傭兵国よ。後は、言わないでもわかるでしょう?」


「裏技だな」


「クッキーだからこそ、出来る――な」


「勝負の分かれ目は、時間ね」


 その後も、話を詰めて行く。

 体裁をどれだけ整えられるかもカギだな。

 後は彼の国の王が承諾するかだろうが、恐らく承諾するだろう。

 なるほど……厳しめのランク判定は、ここまで織り込み済みな理由があったからか。

 実績があれば、後でいくらでも上げれるしな。

 そうなると、我々の役目……いや、クッキーの役目はおのずと見えてくる。


「回すか?」


「必要無いわ。代わりに――」


「わかった。ジャバ、調整できるな?」


「また面倒な話を――。はぁ、不幸だ……」


「この戦争が終わったら、本気で癒してくれる嫁を探せば良いだろう」


「あー……、その事なんだがな……」


 こうして、夜は更けて行く。

 しかし、クロノアス卿も大変だな。

 大人たちの悪巧みの巻き添えになるのだから。

 少しだけ同情して、酒の肴にすべく酒を注ごうとして気付く。


「あれ? なんか空樽が4つに増えてるんだが?」


 クッキー、一人で3樽空けていた。

 ほんと、この男はマジで化け物だわ。

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