第188話 選んだ先の答え

 詰め所へ入ると、こちらに気付いた衛兵が敬礼をして、上官を呼びに行った。

 襲撃のあった夜、朝の会話、呼びに来た衛兵の態度。

 精神的に非常に疲れているが、情報収集なので気合いを入れ直す。

 ついでに、リエル経由での精査も出来るようにしておく。

 そして、待つ事少し――上官を伴って衛兵が戻って来た。


「初めまして。この詰め所を預かるウォーキンスと言います」


「グラフィエルです。初めまして、ウォーキンス殿」


 お互いに握手をして挨拶を交わす。

 ウォーキンス殿は見た目40代前半のちょっと渋めの男性。

 細マッチョではあるが、無駄な筋肉が一切ない、歴戦の戦士に見える。

 ちょっとステータスが気になる所だ。


「ファーグレット近衛騎士団長から話は聞いています。件の彼は、特別室に入れております」


「特別室?」


 話によると、特別室は他の牢屋と違うそうだ。

 どう違うのか尋ねると、特別室の者には枷がされてないとの事。

 通常の牢屋だと、遮音結界だけで、罪人には魔封じの手枷と足枷が付けられるそうだ。

 対して特別室の者は、遮音結界に加え、各種阻害結界が施された部屋になっており、司法取引をする場合に使われる部屋らしい。


「クロノアス卿の嘆願でそうしましたが、彼は大人しいそうですよ」


「ご自身で確認していないのですか?」


「彼の事は、クロノアス卿ご自身が話をなさると聞いておりますので、我々はその他の者達を尋問中です」


「そうでしたか」


 多分、ヴィンテージさん経由で陛下の耳に入って、詰め所の方に根回しをしたって所だろうか。

 ……あ、だから陛下は機嫌が悪い訳か。


 余計な仕事を増やしやがって!――と。


 間違いなく、この後の登城で何か言われるな。

 そんな風に考えながら案内されて歩いて行くと、何故か応接室に通された。


「応接室?」


「はい。話をするにしても、必要な手続きや準備は必要ですから」


 世界が変わっても、お役所仕事は健在みたいだ。

 黙って必要書類に記入していき、最後に署名する。

 特別室での話をするのにも準備が必要だそうで、他愛ない話をしながら待つが、ふと気になった事があったので聞いてみた。


「罪人は、全てこちらの牢屋に入れられるんですか?」


「いえ、罪の重要度で変わりますよ」


 話によると、重犯罪者と軽犯罪者で収容場所が変わるらしい。

 今訪ねている詰め所は、重犯罪者専門の場所らしく、一番軽い罰でも奴隷解放不可の犯罪奴隷落ちで、次が縛り首絞首刑となり、そこから先は全て公開処刑で、色々な処刑方法があるらしい。

 ついでに、裁判を受けれる受けられないに関わらず、重犯罪者は全て今の詰め所になるらしい。

 対する軽犯罪者は、ちゃんと留置所みたいなところがあり、基本的には裁判有りになるそうだ。

 軽犯罪者の場合、大抵は罰金刑か奉仕活動になるそうで、次に軽いのが国外追放処分。

 その後が、刑期を終えたら解放される犯罪奴隷になるそうだ。

 そして、犯罪奴隷にも二種類あって、1つは鉱山奴隷と呼ばれている。

 読んで字の如く、鉱山で奴隷として働くのだが、大体が刑期が終わる前に死んでしまうとの事。

 主に落盤や落石事故で。

 そして、もう1つが奴隷商への払い下げ。

 払い下げの場合、解放には条件がいくつか出来る。

 刑期を終える事は当たり前だが、それに付随して購入金額分を返さないと奴隷解放には至らない。

 但し、解放不可の場合は終身刑と同等なので、どうやっても無理だが。

 ハイリスクで鉱山奴隷での刑期を終えるか、人生の大半を棒に振って払い下げになるか。

 どっちにしても、奴隷落ちする様な犯罪者に対して容赦がない――と言うのが実情だった。

 尚、貴族だけは例外で、一部の犯罪については貴族特権が使えたりする。

 要は、金で解決!なんだが、本当に一部の犯罪にしか使えない特権だ。

 平民と同じ罪状に例えると、殺人罪とかだと特権は使えない。

 軽度の犯罪にだけ使える感じだな。


「俺も冒険者だからなぁ……。色々気を付けないと」


「クロノアス卿の場合、降り掛かった火の粉を払っただけ――と言うのも多いですからな。だからこそ、ギルドなどが間に入るわけですし」


「ギルマスに感謝だな」


 なんて話をしている内に、どうやら準備が終わったらしい。

 ウォーキンス殿が先頭に立って、特別室へと案内してくれた。

 あ、特別室と言っても、地上ではなく地下にある。

 階段を降りて真正面にあり、兵士が二名監視していた。

 勿論、鍵は外からしか開きません。


「こちらです」


 鍵を開け、扉を開けると、そこには床に額を擦り付けて土下座している者が……。




「ご迷惑おかけして、ほんっっっっっとうに、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 八木であった。

 素晴らしき土下座をしていた八木が、そこにいた。

 ウォーキンス殿も俺も目をパチクリさせて、ちょっとだけ驚いる。

 しかし、見事な土下座である。

 仮に土下座検定なるものがあったとして、土下座検定士なる者が居たら、間違いなく準一級か一級を与えられたに違いない!

 素人目にも分かる素晴らしい土下座だった。


「えーっと……」


「まだ死にたくないですけど、責任を取れって言うなら取りますんで、どうか話だけでもぉぉぉぉ!!」


「うん。わかったから、とりあえず座ろうか」


 とは言ったのだが、頑なに床に正座して土下座を崩さない八木。

 何度言っても「このままでお願いします!」と言って譲らない。

 と言う訳で、ちょっとだけ強硬手段を取ってみる。


「座らないと話、聞かないけど?」


 言うや否や、俊敏に、無駄な動き無く、椅子へと座る八木。

 余程、話を聞いてもらいたいらしい。

 俺も席に着いて、八木と向かいあう。

 それと、報告義務があるとの事で、ウォーキンス殿と書記官一名も同席する。

 こうして、どうにか話が出来そうな状態になったので、何があったかを聞いて行く前に、一つだけ確認をしておく。


「まぁ、話は聞くんだけど、その前にどうしても確認すべきことがある」


「な、なんでしょうか……?」


 ビクッ!とした八木に、とても良い笑顔で相対する俺。

 書記官が唾を飲む音だけが響く中、俺は次なる言葉を八木に告げる。


「お前さ、俺に隠し事してるよね?」


「ななな、なんのことでせうか?」


 八木、テンパって噛む。

 更には額から汗を流し、俯いて視線を合わせようとしない。

 その仕草で、隠し事があると言ってるようなものである。

 俺は笑顔を崩さずに、再度、八木へ詰問する。


「もう一度言うよ? 何を隠してる?」


「か、隠してないっすよ!」


 態度でバレバレなのに、頑として認めない八木。

 なので、答えを言ってしまおう。


「ステータス、偽装か隠蔽してるよね?」


「…………」


「何も言い返さないって事は、肯定と受け取るけど?」


 俺の言葉に観念したのか、八木はため息を吐いた。

 まぁ、表情はなんでバレたって感じではあるけど。

 なので、今度はこちら側の2人に声をかける。


「ウォーキンス殿、それと書記官殿。申し訳ないが、彼のステータスについては他言無用で、記録にも残さないでください」


「理由をお聞きしても?」


「個人情報なので。あ、陛下には自分が話しますから」


「……まぁ、そう言う事でしたら」



 言質を取ったので、八木にステータスを見せるように促す。

 俺には以前に見せているのだが、同席する二人には初めて見せるので渋ったが、最後には折れてステータスを開示した。

 偽装と隠蔽を取り払った本当のステータスを。


「おまっ! ……はぁ」


「……これは確かに、隠したくなりますな」


 八木のステータスだが、割とえげつなかった。

 まず能力値だが、偽装してた時の二倍近い。

 はっきり言おう。

 勇者(笑)よりも高いかもしれない。

 過去に聖域で見た勇者(笑)の能力値と比べると、3倍近い数値だ。

 だが、そんな能力値よりもえげつないのが、スキルの量と質。

 もうね、この世界最高の暗殺者と言われても疑わないレベルでヤバかったわ。


「レンジャーとか言ってたけど、おもっきし暗殺者アサシンじゃねぇか……」


「隠密レベル7、暗器術レベル7、隠形レベル8、暗殺術レベル10、致命の一撃クリティカルレベル8、毒知識レベル5、気配操作レベル??って、最後のだけ可笑しいのですが……」


 以前見たステータスはリエルが覚えていたので、脳内で比較しているのだが、見事に暗殺系統は隠しきっているな。

 逆に、レンジャーと併用できそうなスキルは全く隠してない事も分かった。

 代表的なのは潜伏だな。

 レンジャーが斥候する場合、潜伏スキルは必須なので、敢えて隠さなかったと見える。

 ただ、ウォーキンス殿の言う通り、気配操作だけおかしなことになってるんだが?

 その事を聞くと、若干遠い目になった八木。


「こっちに来る前でも、良く忘れられたんですよ……」


「忘れられた?」


「ファミレスとかで注文するでしょ? 1時間待っても注文が来なかったり、他に席はあるのに何故か居ない事になっていて相席になったり、呼び鈴鳴らしてもスルーされたり……」


「うん……なんか、すまん」


 八木、異世界に来る前から異能持ちだった事が発覚。

 尤も、某卿みたいにコンビニの自動ドアが反応しない、と言うレベルではないらしいが……。

 つうか、お前もその物語を読んでたのね。

 続きがどうなってるのか、後で聞こう。

 完結する前に転生しちゃったからな。


「しかし、これで本当に全ての能力を開示したのでしょうか?」


 八木が過去の出来事にしょぼくれていたが、ウォーキンス殿の懸念はごもっとも。

 なので、お墨付きを出しておこう。

 最後に八木達と会ったのは皇国だったが、当時の俺は偽装や隠蔽などはちょっと意識しないと見破れなかった。

 だが今は、原初を継いだことにより、偽装や隠蔽を無効化出来る。

 勿論、マナーは大事なので、相手の了承を得るのと同じフルオープンの時にしか発動しないようにしているが。

 ステータスって、個人情報と同義だからな。

 まぁそれに、一々すれ違う人のステータスを覗き見ても仕方ないし、情報過多と言うのもある。

 と言うのを、誤魔化すところは誤魔化して、ウォーキンス殿に説明して納得してもらう。

 反論? そろそろ本題に移りたいから却下します!


「とりあえず、前段階はこの位だな。さて、本題に入るが、ダグレストからは何人だ?」


 真面目な俺の声に、八木も毅然として応えた。

 どうしても聞いてもらいたい話があるからこそ、出来る限りの情報は話す様だ。


「こっちの方は俺含めて20人です」


「20人? 襲撃者は、暗殺者2名と連絡要員含めて50人は居たはずだが?」


「その事で一つ。もう一人の暗殺者なんですが、俺はダグレストで見た事が無いっす」


「ちょっと待て! 今、ダグレストと言ったのか!?」


 ウォーキンス殿が話に割って入って来た。

 あ、そういや、八木がダグレスト側だと話してなかったわ。

 俺が知ってるからと言って、皆が知ってるわけではないわな。

 失敗失敗。


「ウォーキンス殿。俺は分かっていて話しています。なので、話が終わるまでは聞きたい事を我慢して貰えませんか?」


「クロノアス卿はご存じだった? ……陛下もご存じで?」


「情報を伝えたら分かる筈です。以前に国外追放処分になったダグレストの冒険者と言えば、分かるかと」


「……あの時の! なるほど。納得です」


 どうやらウォーキンス殿も聖域事件は知っている模様。

 納得した様で、暫くは聞き役に徹すると言ってくれた。


「で、話を戻すけど、本当に20人だけか?」


「間違いないです。……そう言えば、俺じゃない暗殺者の狙いが明らかに違っていた様な……」


「ミリアを狙った奴か」


「はい。……確定情報じゃないですけど、話して良いっすか?」


「聞こう」


 八木の話によると、可能性がある国はリュンヌらしい。

 八木は暗殺者でもあるが、諜報員としても活動していて、割と優秀らしい。

 本人ではなく、周りの評価とも付け加えて。

 そして、集めた情報の結果、ミリアが狙われた理由も憶測の段階ではあるが分かった。


「あの国は、独自に神子、御子、聖女を輩出してるんっす。宗教も神聖国由来ではなく、独自宗教が国教になってるんです」


「……神聖国は目の上のたんこぶって事か」


「そうっす。で、当然ですが神聖国の神子は邪魔なわけで」


「だが、今まで行動を起こさなかったのに、何で今更?」


「多分ですが、結婚するからじゃないですかね?」


「はい?」


 八木によると、リュンヌ王国は俺とお近づきになりたいらしい。

 そして、神子、御子、聖女のいずれかを正妻として送り出したいのだと。

 今まで行動を起こさなかった理由は、あくまでも婚約者であり、破談の可能性もあったから。

 しかし、婚姻が現実味を帯びてきたので、短絡的な方法に出たのではないか――と言うのが、八木の推理だった。


「あくまでも、今まで集めた情報を元に推理しただけっすから、実際は分からないっすけどね」


「可能性の一つとしては十分に考えられるか。他には?」


「逆恨みとか? 他とばかり仲良くして、こっちには見向きもしないのか! よし、後悔させてやろう! とかっすかね」


「ありそうで否定できない……。そういや、リュンヌの貴族ってどうなってるんだ?」


 八木に聞くと、その辺りも抜け目なく情報収集しているそうだ。

 尤も、ブラガスに聞いた話と大差なかったが。


「同じリュンヌ貴族とか言ってますけど、伯爵以上の大半は真っ黒っすね。汚職とか可愛い部類で、下級貴族とかだと、泣き寝入り事案も多いっすわ」


「終わってるな。そんな国と仲良くする? ありえねぇ」


「まぁ、ダグレストの上級と中級の法衣貴族も大概っすけどね」


 八木曰く、中央に近い在地領主と上級、中級の法衣貴族も、割とやりたい放題らしい。

 中でも酷いのは、人間狩りって言う遊び。

 言葉だけで、何となく想像できてしまうわ。


「狩猟って野生動物狙いでしょ? それをあいつら、奴隷を買って、わざと狩猟地区に逃がして狩るんですよ。悪趣味に反吐が出る」


「八木に同意。……もしかして、誘われた?」


「はい。勇者一行で誘われました。その時の人物ですが、年端も逝かない子供で……」


「クソだな」


「クソですね。ただ、相手の機嫌を損ねて、自分達に不利益が起こらないようにするために、敢えて参加した後、その子は保護しましたけど」


「出来たのか」


「今は姫埼と春宮のお付きって形で、保護してます」


「……なぁ、八木の話って」


「この3人に関してです」


 そして、八木は話したかったことにようやく辿り着き、一息吐いてから話し始めた。

 八木の話したかった事、それは救援要請だった。


「今、姫埼と春宮は軟禁状態になってます。まぁ、なんでそんな事になったかと言うと、一言で言うなら大根役者だったからですけど」


「そこ、もうちょいKwsk詳しく!」


 二人が軟禁状態になった理由の一つとして、先に上げた保護した子供の事が原因だったそうだ。

 そして、八木達を縛っている者が、ちょっとだけ例の魂縛を発動したのだが、女性陣二人の演技がド下手で、魂縛できていない事がバレてしまったと言う。

 そして、原因を突き止める為に、来栖に魂縛を発動したところ、普通に縛れたから、さぁ大変!

 原因究明の為に軟禁状態になったと言う。

 ……あれ?阿藤は?


「阿藤は、縛られて増長した来栖の監視役になってます。まぁ、阿藤も元鞘になりかけてますけど」


「皇国での反省は無意味だった?」


「あの後、一時期までは普通に反省してたんです。ただ、時間が経つと増長し始めて……」


「3人共、苦労してんのな」


 いや、姫埼と春宮の八木に関する扱いは、割と雑だった気がする。

 多分、一番気苦労が絶えないのは八木なんだろうなぁ……。


「まぁ、なんだ。お疲れさん」


「ははっ、ありがとうございます。あ、それと、あの剣についてなんすけど……」


「魂縛に原因不明の状況が出てきてしまったから、二重三重で縛りに来たんだろ?」


「全くもってその通りっス!」


 八木は更に付け加えて、剣が破壊されるのも織り込み済みだと話した。

 そして、呪剣に封入された力で殺せれば、万々歳と言うシナリオだったとも。

 仮にシナリオ通りだった場合、ランシェスも八木もどうなろうと知った事ではない――と言い切っていたそうだが、八木が感じた限りでは、手足の一本でも取れたら程度の話し方だったそうだ。


「八木は完全に捨て駒扱い……。俺に殺される事も視野に入れて――か」


「だからこそ、賭けに出れたんっすけどね。まさか、裏で繋がっているとは考えてないでしょうし」


「いや、そこは考えていたと思うぞ。相手の思惑から外れた点は、全て生け捕りにした事だろうな」


「裏の口封じも兼ねて? 容赦ねぇなぁ……」


 八木が遠い目になる。

 まぁ、捨て駒扱いで、処分込みだったと聞かされたらそうなるか。

 そして、遂に八木は核心部分を話し出した。


「色々と話してきましたけど、賭けに出た理由は分かってくれたと思います」


「そうだな。……そして、八木の賭けに出た理由は、姫埼と初宮と保護した子供の救出、あるいは、ランシェスへの亡命の手助けか」


「はっきり言います。後者です。そして、春宮達だけではなく、来栖や阿藤もお願いしたいんです」


 八木は視線をそらさず、だが、一縷の望みとでも言う様な視線を俺に向けた。

 対する俺の答えは……。


「悪いがNOだ」


「どうして!?」


 想定してない言葉だったのだろう。

 明らかに動揺し、今にも掴み掛ってきそうな八木。

 説明しないとわからんかぁ。

 ……いや、一度は説明してやるのが筋か。

 説明した後の答え次第だと、動くからな。


「良いか? 一回だけ説明してやる。俺にだって優先順位があるんだ」


「それは……」


 言い淀む八木に対し、俺は話を続ける。


「俺の優先順位の一番は、家族と親族。家族の中には、我が家の使用人も含まれる。次に自分の命。そして、クランや仲間だ」


「俺達は、仲間では……いえ、どんな理由があっても、暗殺しに来た人物を仲間とは思えないですよね……」


 明らかに落胆した八木に対し、俺は首を振った。


「素直に話をしている時点で、八木は仲間だと言えるだろう。考えた末で、この方法しか思いつかなかったのは仕方ないと割り切っている」


「っ! じゃあ!」


「良いか? 俺は仲間と言った。じゃあ、来栖は俺にとって仲間と言える行動を取っていたか? 阿藤にしてもそうだ。元鞘になるならば、仲間と言えるのか?」


「二人は助けるに値しない、と?」


 俺はただ無言で返す。

 肯定も否定もしない。

 来栖と阿藤に関しては、値とかそう言う話では無いのだから。


「なんで、何も言ってくれないんですか?」


 八木は縋るような目で、俺を見続ける。

 だが、下を向いて俯いてしまった。

 どうやら、俺の本心は伝わら無かった様だ。

 なので、更に説明をしてやろう。


「来栖と阿藤だけどな、好きとか嫌いとか、そう言う問題じゃないんだ」


「無関心って言いたいんですか?」


「無関心なのは確かだが、事はそう言う話じゃない。俺はさっきなんて言った? 優先順位の話をしたよな?」


 八木は必死に考えている様だが、答えが見つからないのだろう。

 両手で頭を抱え、机に両肘をついて唸っている。

 立ち位置が変わると、こうも分からないものなのかと思うが、時間が無いので答えを言う。


「来栖はな、俺にとって敵なんだよ。そして、つるんでいる阿藤も敵として見た方が早い。俺は俺の大切な者達への安全マージンを取らないといけない」


「来栖と阿藤は見捨てろって事ですか?」


「八木が助けたいなら、助ければ良いさ。但し、俺は手を貸せない。阿藤に関しては未知数な部分もあるが、来栖に関しては危険だと考えているからな」


「…………」


「姫埼、春宮、保護した子供。この三名だけならば、手を貸す。俺が譲歩できるのは、ここまでだ」


 八木はひたすら悩んでいた。

 俺の手を借りて、確実性を取るか。

 それとも、単身で全てを掴みに行くか。

 どっちにしても、八木は罪悪感に苛まれることになるだろう。

 だから、少しだけ選びやすいようにしてやる。

 どっちの選択を取っても、自分が自分でいられるように。


「人生なんてな、取捨選択だらけなんだ。正解なんて無い。IFの話をしても仕方ないんだ。だから今、最善だと思う方を選ぶしかないんだよ」


「グラフィエルさんも、あるんですか?」


「あるさ。大切な人を失いかけた事が……。いや、実際には一度失って、戻ってきたが正しんだが。他にもある。獣人と亜人関連とかな」


「強いっすね……」


「強くはないさ。今でも、もっと良い方法があったんじゃないかと思う事はある。でもな、過去は変えられない。学ぶ事はあっても、変えられないんだ。なら、自分が選んだ選択で、より良い未来に辿り着くと信じないとやってられない。だからこその、優先順位なんだ」


「でも、俺は……」


「八木の優先順位で良いんじゃないか? それが最良だと信じて進めば良い。例え、俺と袂を分かつことになっても――な」


 俺の言葉に八木は俯き、考え込む。

 何やらブツブツと言っているが、敢えてスルーしてやるのが優しさだろう。

 それから少し待って、八木が顔を上げた。


「一つだけ、聞いて良いですか?」


「答えられるなら」


「グラフィエルさんが自分の立場だったら、どういう選択をするのか気になって」


「それに意味は無いと思うが……。まぁ、俺なら全てを取りに行くかな。ただ、状況次第にもなる。緊急性が高いと判断すれば、確実な方を選ぶ。俺は八木が、どの程度の緊急性だと思っているか分からないから、これしか言えないな」


「そうですか。答えてくれて、ありがとうございます」


 どうやら、八木の中で答えは出たようだ。

 だから最後に、一言だけ。


「縋っても良い。媚びても良い。後悔をしても構わない。でも、止まるな。それでも! と歩き続けろ。今が幸せだと言える様に」


「……はい!」


 そして八木は、再び床に土下座した。


「クロノアスさんの力を、俺に貸してください!!」


 そんな八木に、俺は椅子から立ち上がって、手を差し出す。

 そして、再度確認する。


「その選択で良いんだな?」


「姫埼と春宮は、今直ぐに動かないと危険ですから。でも、俺一人じゃ、誰かしか助けられないから」


「……わかった。手を貸そう」


「ありがとうございます!」


 八木は両手で俺の手を掴み、立ち上がる。

 その顔には、罪悪感があった。

 でも、何処か吹っ切れた様でもあった。

 出した答えが、正解か不正解かは分からない。

 でも、確実に二人の仲間を救える道を、八木は選んだのだ。

 なら俺は、その選択に報いてやるだけだ。

 八木の選んだ選択が、最良である様に――とな。


「足りない情報があるから、今後も情報提供よろしく」


「何でも喋りますよ!」


 その言葉通り、八木は何でも喋った。

 そして、八木達を召喚し、魂縛を用いた人物も判明した。

 邪神の欠片の持ち主であり、俺に敵対した人物。


(必ず報いは受けさせてやる。待ってろよ。ダグレスト王国宰相、ラスガステ・フィン・ドーレルン)

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