第181話 王族(皇族)の結婚式はヤバかった……

 兄上達の結婚式が終わり、式に参列してくれた貴族達を王都へと送った翌日から、再び地獄の日々が始まった。


「その書類はこっちだ!」


「ぎゃー!! 書類の山が崩れたー!」


「寝るな! 寝たらもう立ち上がれないぞ!」


 クランは以前として阿鼻叫喚が飛んでいる。

 とは言え、支部試験を受けに来た冒険者のおかげでどうにか回っていたりはする。

 結果だけを先に言うと、一発合格者は少なかったが要再試験者はかなりの数が居た。

 今の状態では厳しいが、実地研修とちょっとした勉強で支部入りできる冒険者が大部分を占めたのだ。

 なので、一発合格者を各支部の役職付きに任命して、本格始動するまでの間は本部にて仕事をして貰った。

 その一環として、実地研修の監督官や勉強の教師などもして貰ったのだ。

 どうせ支部が稼働し始めたら、頻度は違えど同じことをするので前倒しで働いて貰ったのだ。

 それは職員も変わらずなのだが、それでも阿鼻叫喚が消える事は無いと言う状態。

 そんな状態が更に半月ほど続き、王家の結婚式まで残り10日までとなったのだが、流石に色々と限界点となった。


「クラマス、これ以上は無理ですよね」


「そうだな。流石にこれ以上の依頼受け付けは不可能だ」


 冒険者達もそうだが、商人も4日前には貴族の依頼を受け付け不可能にした。

 政商ですら2日前にお断りをしたらしい。

 その理由は簡単な話で、輸送時間の問題。

 近隣に珍しい物が無い以上、どうしても遠方から探さないといけない。

 しかし、遠方から探し出すと輸送に時間が掛かる。

 結果、商人たちは1か月前には王国内のみでの商品探しに奔走しており、遠方から探すのは早々に打ち切っていたのだ。

 だからこそ、クランとギルドが地獄を見ていたわけだが、冒険者達も帰還までにかかる時間がある。

 結果、今から引き受けてもどうにもならなくなったのだ。

 問題は、貴族が大人しく受け入れるかだが……。


「納得してもらうしか無いよなぁ……」


「ですね。ただ、どう伝えるかが……」


「素直に話すしか……いや、俺がクラマスなだけに話が拗れる可能性大だな」


「クラマスのゲートは有名ですからねぇ」


 日数があまり無い状況で、依頼をしてくる貴族アホ共の事だ。

 どうせギリギリまで依頼を引き受けて、俺がゲートを使用して輸送問題を解決しろとか言うに違いない。

 我が家を繫栄させる為には、他の者などどうでも良いとか思ってる奴らの為に動くとか、絶対に嫌だね。


「で、どうします?」


「クラマスである俺の判断により、これ以上は不可。現在受けている依頼も、残り5日で破棄。この辺りが無難だろう」


「ゲートの件に関しては?」


「それを含めてだな。ゲートは移動手段としては優秀だが、冒険者達が探索する時間を引き延ばしたりは出来ないんだから」


「探索期間を前面に押し出すのですね?」


「それしか無いな。だからこその5日設定だ」


「各職員に説明へと向かわせます」


 職員たちが依頼を出している各貴族へ説明に向かうが、案の定予測通りの回答をした貴族家が3分の2と言う結果に。

 いや、寧ろ、3分の1はまともだったと喜ぶべきなのだろうか?

 各派閥同士で徒党を組んで乗り込んで来たので、来るたびに同じ説明を何度もして、お帰り頂いたのだが……お前ら、ギルド関連で悪印象を持たれてるって気づいてるのかね?

 彼らの依頼は、今後精査されるだろうなぁ。

 面倒なのはクランもギルドもごめんだしな。

 そして、残った書類を片付けながら、式の始まる日まで過ごした。




 フェルとルラーナ姉上の結婚式当日。

 どうにか回しきったクランの面々は、今日からお休みとなっており、俺は王城の中にある式場へと赴いていた。

 尚、目の下には隈が出来ています。


「ラフィ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。式の間に寝るから」


「はぁ……それは大丈夫とは言わないですよ。お兄様とお義姉様の式なのですから、寝ないでください」


 ミリアに心配され、リリィに怒られる俺。

 今日のリリィに式関連の冗談は通じないらしい。


「いや、冗談だって。最悪、魔法でどうにかするから」


「魔法でどうにかするほど疲れてるんだね」


「ラフィ、治癒する?」


 リアにツッコまれ、ナユからは治癒魔法を行使しようかと尋ねられる。

 今の俺はそんなにヤバい顔なのだろうか?


「ラフィ様、目の下がヤバいのです……」


「シアちゃんも心配ですよね。ラフィ様、大人しくミリアさんとナユさんから治癒魔法を受けた方がよろしいのでは?」


「シアもリーゼも心配し過ぎ。まぁでも、お言葉には甘えようかな」


 流石に見るに耐えんらしい。

 各々に心配する声が出されているので、時間が来るまでの間、治癒魔法を受けることにした。


「ラフィが治癒されてる。珍しい」


「私も珍しい物を見た」


「ヴェルグもリュールも酷くね? 俺だって人間だぞ」


「「え!?」」


「おい……今の『え!?』は流石に傷つくぞ!」


 そして笑いが起こる。

 そして和やかに過ごしながら時間となった。

 メイドに案内され、式場へと入る。

 式場内には、両親、兄弟、兄弟の嫁か婚約者とその子供だけしか参列できない決まりなので、新郎側には王家が参列し、新婦側にはクロノアス家が参列する。

 尚、嫁に行った場合、旦那の立ち位置が優先されるので、エルーナ姉上は式に参列できない。

 代わりに、披露宴では親族としての立ち位置が優先される。

 この辺りの話って、本当に面倒だと思うわ。


「陛下も例外とか作って欲しいよなぁ」


「仕方ないよ。作っちゃうと面倒になりかねないし」


「ティアの言う通りですが、嫁に行った者への配慮は必要でしょうね」


「式の後のパレードとか?」


「そうですね。パレードへの参加は不可能にするけど、式への参列は認めるとかですね」


「今度、陛下と王妃に奏上してみるかなぁ」


「グラフィエル、頼むから止めてくれ!」


 ティアとリリィに奏上の話をすると、横から父上の懇願が飛んできた。

 父上、何時から居たんですかね?


「ラフィ、流石に父上の心労が加速するから……」


「もう少し、父上を労わってやろう」


「兄上達も反対ですか。まぁ、世間話位は許してください」


 その後、少し談笑して時間を潰すと、鐘の音が鳴り響く。

 鐘の音が鳴り響くと同時に、全員が立ち上がり、拍手をして新郎新婦を迎える。

 扉が開き、新郎はタキシードではなく王太子としての服を身に纏い、新婦は豪勢なウェディングドレスを身に着け、これまたお高いヴェールで顔を隠していた。

 その後ろでは、我が家の子供メイドがドレスの後ろを持って、新婦の後ろを歩いている。

 王家の式に仕事とは言え参加できたのは名誉なのだが、本人達からしたら緊張でそれどころじゃないかもしれない。

 一つのミスで首が物理的に飛びかねないのだから。

 王族の結婚とは、国家プロジェクトと同義だからなぁ……。


 新郎新婦が宣誓の儀を行う祭壇へと並び、ヴァルケノズさんが報告の儀を行う。

 普通は枢機卿なのだが、同盟関係もあって教皇であるヴァルケノズさんが行う事になったのだ。


「今、神の元に、神の子らの宣誓を行う」


 ヴァルケノズさんが式の始まりを告げ、俺達は頭を下げる。

 これも伝統らしい。


「汝、フェルジュ・ラグリグ・フィン・ランシェスは、神の名の元、宣誓を行うか」


「はい」


「汝、ルラーナ・フィン・クロノアスは、神に名の元、宣誓を行うか」


「はい」


 式場――いや、祭壇と言うべき場所で、3人の声だけが響く。


「神の子らの宣誓を聞き届けた。汝、フェルジュ・ラグリグ・フィン・ランシェスは、ルラーナ・フィン・クロノアスを妻とすることを神へと誓うか」


「誓います」


「汝、ルラーナ・フィン・クロノアスは、フェルジュ・ラグリグ・フィン・ランシェスを夫とすることを誓うか」


「誓います」


「今ここに、新しき夫婦が誕生した。神の名の元、次代を担う命を育むことを誓うか」


「「誓います」」


「神よ。神の子らの宣誓を聞き届けたまえ。汝らに、神の祝福を」


 そして、誓いのキス。

 この辺りは前世と変わらんのね。


「今、汝らは、神に赦された。神の名の元、健やかなる育みを」


「「神の御心に感謝を」」


 そして拍手が起こる。

 ただ、気になる事が1点。

 許すではなく、赦すと言ったよな?

 何を赦すのだろうか?


『マスターは変な所に気が付きますよね』


『そう言うって事は、何か知ってるな?』


 リエルはイメージで頷いた後、説明を始めた。

 その内容は、前世でも聞いた話。


『原罪を赦すって意味ですが、マスターならわかりますよね?』


『性善説と性悪説か?』


『も、ですね。簡単に言えば食物連鎖です』


『他者の命を奪わなければ生きていけないってやつか』


『生物が生きるには、必ず必要な物ですから。後は三大欲求でしょうか』


 生きる為に命を奪う、育むために性を行う、健やかなる為に眠る。

 どの生物にも当たり前のようにある事だが、その事に赦しを乞う必要性があるのか?


『ありませんよ』


『おい』


『必要無いですが、この世界ではそれが当たり前なのです。神に赦されたから、子を授かれると』


『面倒な話だな』


『人は何かに縋らないと生きていけませんから』


 この世界だと、絶対不変の神に縋る訳か。

 縋る事を否定はしないが、流石にやり過ぎ感が否めない。


『マスターはそれで良いと思いますよ。原初ですし』


『神が神に縋るのは可笑しいってか?』


『上位神に下級神や中級神が縋るのなら可笑しくないですよ。ですがマスターは、縋られる方ですので』


 そいや最上級神よりも上だったわ。

 前世の記憶にある現代社会の部分と神格持ちだからこそ違和感に感じる訳か。


 思考加速でのリエルとの会話を終わり、二人の祝福に戻る。

 そして、問題はこの先のパレード。

 実は、式とパレード、そしてパレードの内容は、各国によって異なっていたりする。

 ランシェスでは式>パレード>披露宴の順で行われるが、帝国だとパレード>式>披露宴の順だったりする。

 まぁ、式が先か、パレードが先かってだけの話だが、問題はパレードの内容が更に各国で分かれる。


 帝国の場合は、新郎新婦のみでパレードを行うが、竜王国の場合だと各家の両親を二台目の馬車に乗せて行ったりする。

 神聖国は新郎新婦に加え教皇が先導したり、フェリックだと同じ馬車に両家を乗せたりと様々だ。

 では、ランシェスは?

 パレードの先頭は軍務卿と軍務閥幹部が護衛で入り、二台目に新郎新婦、三台目に両家の親族となっている。

 そして、その親族についてだが、両親と兄弟しか乗れないと言うルールもある。

 姉妹は基本嫁に行くので、両親の籍から完全に外れるからだ。

 兄弟でも外れる事は多々あるが、男ならば爵位を得る可能性は十分にあるので、顔見せと言う意味も含まれている。

 王家の縁戚の子弟であると大々的に紹介して、側室や妾の推しかけ紹介を分散させる狙いもあった訳だ。

 まぁ、大抵は王家に集中するから意味が無いらしいが、やらないよりはやった方がマシらしい。

 若干減るらしいから。


 そしてもう一つ。

 王太子の結婚式は、一種の国家プロジェクトである。

 パレードを大々的に豪勢に行う事によって、国の予算は潤沢であり、この程度では微塵も揺るがないと、他国に対して牽制する意味もある。

 だからどの国も予算はケチらない。

 ケチりはしないが、超過もしないがな。

 因みに、興味本位で陛下に訊ねたら……うん、結構ヤバかった。

 普通に黒金貨数枚が動くレベルだったわ。

 日本円に関すると――数百億の国家事業。

 それが20年~30年に一度行われるのだから、税収とかもヤバいんだろうな。


「グラフィエル、手を振ってやらんか」


「ラフィは現実逃避かい?」


「兄貴、そりゃ仕方ないと思うぞ。あれを見たらさぁ……」


 何故、パレード関連を思い出していたのか?

 それは、婚約者達の笑顔のせいでもあった。

 いや、怒ってるわけではない。

 でもな、威圧はあるんだよ。

 兄上達が俺に向けた言葉は、その様子を見ていたからなのだが、見てたなら助けて欲しいと思う。


「助ける? ムリムリ」


「夫婦喧嘩は犬も食わないって言う位だぞ? 他人の夫婦関連なんざ余計に干渉できないっての」


「兄上達の薄情者!」


 パレード用の馬車の上で話しながら、国民には顔に出さずに愛想を振りまくクロノアス三兄弟with父上。

 陛下と王妃は、俺達のやり取りを楽しんでいる模様。

 楽しんで頂けて何よりですよ……全く、本当にね!


「王太子殿下万歳! フェル殿下バンザーイ! 殿下妃バンザーイ!」


「ランシェス王国バンザーイ!」


 国民たちの声を聞き、その声に応える様に手を振るフェルとルラーナ姉上。

 そんなパレードは数時間をかけて王都を一周。

 そして、王城へと帰りつき、披露宴が開始される。



 披露宴開始前、新婦のお色直しが行われている待ち時間中に、貴族家同士で立ち話を行う。

 最後の披露宴は、貴族であれば参加可能な形を取っているのだが、絶対的なルールも存在する。

 その一つが、参加できる人数だ。

 親族以外の貴族が参加できるのは、当主、当主婦人、跡取り、娘のみ。

 男で長男以外の参加は認められていない。

 そして、いつもは慣習で行われる紹介もしてはならない。

 そういう話は後日にして下さいと言うのが、王家の披露宴である。

 もし破ったら……まぁ、良くて村八分かな。

 陛下が怒った場合は知らん。

 改易は無いとは思うが……。


「皆様、大変長らくお待たせしました。新郎フェルジュ殿下と新婦ルラーナ殿下妃の御入場です」


 進行役の言葉に、全ての貴族が扉の方へと顔を向ける。

 入場と同時に盛大な拍手が響き、フェルに手を取られたルラーナ姉が共に披露宴会場に姿を見せ、用意された席へと座る。

 二人が座るのを確認した後、陛下が飲み物を配るように指示するのだが、そこでざわめきが起こる。

 会場に運び込まれた物――そう、ドリンクスライムである。

 ある種、伝説の生き物なのだ。

 全員がこの場で殺すのかと考えている様だが、その辺りの話は陛下にきちんと話してある。

 メイドがスライムの隣に複数のグラスを置くと、スライムは触手を伸ばしてグラスの中に飲み物を注ぐ。

 それを見た貴族達は、またも声を上げる。


(まぁ、珍しいわなぁ)


 俺は見慣れてしまったが、初めて見る者には驚きしか無いだろう。

 詳しい話を聞きたそうな貴族が多いとは思うが、王家の披露宴では下手には聞けない。

 そんなもどかしさを抱えながら、陛下の挨拶が始まる。


「皆の者、今日は良く参列してくれた。今日は珍しい物を用意したので、祝うと同時に楽しんで行くが良い。……では、乾杯!」


 陛下の挨拶が終わり、乾杯の音頭と共に給仕以外の全員が飲み物へと口を付ける。

 そして、フェルたちへの挨拶に移る。

 陛下への挨拶?フェルたちの後だな。

 今回の主役は二人なのだから。

 尚、ミリア達も式が終った後は別室で食事を取っているぞ。

 今、この会場に居るのは、リリィ、ティアの2人のみ。

 ランシェス貴族で娘でも、婚約者が決まっているので控えた訳だ。

 一応言っておくと、参加は自由だぞ。

 常識的な話になれば、婚約者が居る貴族家の娘は参加しないが。

 リリィとティアは参加せざるを得ない立場だから要るだけに過ぎないのだよ。

 王女と公爵家令嬢だからな。


「ラフィ君?」


「ん? どした?」


「えーと……なんか上の空だなって」


「そうか? お、これ美味いな」


「無理してませんか?」


「リリィ迄……。無理って何を無理してるんだ?」


「「…………」」


 ちょっと疲れ気味ではあるが、無理はしてないんだよなぁ。

 強いて言うなら、ちょっと眠い位か。

 肉体的にも精神的にも、ちょっと疲れてはいるからな。


「椅子に座る?」


「そうしようかな。二人も座るか?」


「ティア、ラフィを頼みますね」


「リリィ?」


「ラフィの負担を少し減らしてきます」


 そう言って、リリィは貴族達の中へと混ざって行った。

 残された俺とティア。


「ラフィ君は休もうね」


「任せきりで良いのか?」


「適材適所かな。私よりもリリィの方が立場は上だから」


「なるほど。今日は甘えさせてもらうよ」


 今、あの貴族達の中に混ざるだけの気力は無いからな。

 出来るなら避けたいが、避けるのは不可能なので、出来るだけ気力を回復させときたい。

 全員の挨拶が終わるまでに、どれだけ回復できるかが鍵だな。


「こちらをどうぞ」


「ありが……なんでナリアがこの場にいる?」


「王妃様からお館様専属給仕を任されました」


「……」


「ら、ラフィ君、少し落ち着こうね」


 文句を言いに行くとでも思ったのか。

 ティアが宥めてくるが、別に怒ってはいない。

 ただな、こっちに連絡位はしろって思っただけだ。

 ナリアの雇い主は俺なのだから、その辺りは無視するなと言いたいだけ。

 後で陛下に苦言は言っておくか。

 まぁ、二人揃って驚かせたかったのだろうが。

 ナリアに給仕され、ティアに面倒みられながら、偶に話しかけてくる貴族に対応して、時間は過ぎて行く。

 そして、ようやく親族の挨拶となる順番がやって来た。


「殿下、姉上、ご結婚おめでとうございます」


「ありがとう、クロノアス卿」


「ありがとう、ラフィ」


 尚、親族の中でも俺は一番最後だった。

 多分、兄上達の件を知ってるフェルの計らいだと思う。


「殿下には、私手製の馬車を贈らせて頂きます」


「うん」


「姉上には、こちらを」


「綺麗なネックレスね。でも、意外だったかも」


「質素過ぎて――ですよね。実はですね、ちゃんと理由があるんですよ」


 そう、ちゃんと理由があるのだ。

 フェルと結婚すると言う事は、確実に敵が増える事を意味する。

 フェルが――ではなく、姉上自身の敵が――。

 このネックレスは、謂わば防衛装置なのだ。


「こちらのネックレスですが、異常検知、異物排除、防御結界、浸食無効、呪術無効、呪術反射、再生治癒を施してあります」


「クロノアス卿、もしかして……」


「殿下の御子を育むのですから、用心に越した事は無いかと」


「ラフィ……ありがとう……」


 涙を流して喜ぶルラーナ姉上。

 フェルも感謝の意を込めて頷く。

 続いて、フェルに贈る馬車の説明を行う。


「殿下に贈る馬車ですが、一部改良いたしました」


「陛下よりも凄そうだね」


「はい。防衛機構を強化し、半要塞化出来る仕様でございます」


 俺の言葉にざわつく貴族は放置して、更に説明を続ける。

 フェルに贈る馬車についてだが、陛下と同じ防衛機構は同等の物にしてある。

 馬車内部に結界装置を施しており、食料と水さえあるならば、一ヶ月は籠城できるのだが、それに加えて攻撃機構も搭載したのだ。


「御身に何かあれば統治が揺るぎかねません。次代の王は殿下なのですから」


 ここで敢えて、俺はフェルを次代の王として忠誠を誓うと公言する。

 あくまでも、ランシェス貴族であるならばと言う条件は付随するがな。

 そして、この言葉に反応する貴族達。

 腹黒い彼らからしたら、面白くは無いのだろう。

 誰も、その言葉を口にしていないのだから。


「わかった。有難く受け取らせてもらおう。ところで……」


「兄上達の武器についてですか? 申し訳ありませんが、材料が不足しておりまして」


 これは半分本当で半分嘘である。

 今、材料が無いのは本当。

 だが、調達できないのは嘘である。

 姉上に贈った祝いの品には、二つの精霊石が使われているからな。

 白色の精霊石と黒色の精霊石――光と闇の精霊石を使った物を贈ってあるのだ。

 贈ったネックレスの根幹部分の材料は、裏技を使って用意したからな。

 大精霊に頼んで用意して貰った、高純度精霊石なのだ。


「兄上達と同じ機構の武器であれば、後日贈らせて頂く事は可能ですが……」


「いや、それについてなのだが、依頼をしたい。卿は贈り物をしたのだから、この先の話は私の我儘だ」


「承知しました。ご依頼、承りました。しかし、先程も言いましたが材料が……」


「それはこちらで用意しよう」


「承知しました」


 少し長めの挨拶となったが、これにて挨拶は終了。

 披露宴は問題無く進行して行き、夜の色が濃くなった頃に終了となった。

 披露宴は問題無く進行したと言ったが、実は俺には問題が浮上していたのを言っておく。

 それは、貴族達の目である。


「流石クロノアス卿ですな。ご両親もご兄弟も鼻が高いでしょう」


「いやはや、次代の事を考えての贈り物とは。卿には敵いませんなぁ」


 そう話すのは、こちらに好意的、又は敵対する気は無いと白旗を上げた貴族達だ。

 その中には、貴族派閥の貴族も多少混じっている。

 要は、切り崩しに成功したのだ。

 対して、視線で射殺せそうな目を向ける貴族。

 こちらは――余計な事をしやがって!と、明らかに敵意のある視線を投げかけていた。

 ただ、その中に王族派の中の強硬派が数名と中立派閥が入っていたのは解せなかったな。

 中立派閥はまだ良い。

 そこまで強い貴族でもないし、派閥も弱小だからな。

 問題は強硬派貴族。


(しくじったな。強硬派の……それも、軍務閥貴族か。こちらから歩み寄るか、それとも……)


 思案をするが、貴族達の闇は深いし、腹の中は真っ黒な貴族が大多数だろう。

 武力はあっても、駆け引きでは負ける可能性がある。

 この辺りは王家に相談だな。

 フェルもそうだが、陛下も王妃も気付いているし。


 こうして、王家の結婚式は幕を閉じた。

 色々な思惑を残しながら……。

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