お正月特別話 年末年始の貴族達
これはグラフィエルが成人する年の年末年始の話である。
時間は約半年前の年末年始に遡る。
さて、皆は年末年始をどう過ごしているであろうか?
大学生だった前世の俺は一人暮らしをしていたので、年末に軽く掃除をして、大晦日に正月用の食事を作り置きしたり買ったりして、夕方からは友達たちと年が明けるまでカラオケがデフォだった。
では今の俺は?
それを今から話そうと思う。
年末年始、我がクロノアス家は書類決裁に追われていた。
書類仕事が出来る婚約者達も総動員して、書類の精査と決裁をして行く。
「お館様、急ぎこちらの決裁を」
「ちょっと待て、今こっちの書類を確認中だ」
「ラフィ様、こちらは許可を出していますがよろしいのですか?」
「ちょい待ち。ミリアの確認した奴はブラガスに見せて」
「こちらの書類に不備が……」
「マジで? リーゼが代替案を考えてくれ」
「ラフィ、こっちも危なくない?」
「今終わったから見せて。……げ! なんでこんなのに許可したんだ? よく気付いてくれたリリィ」
「うわー……修羅場だね」
「そう思うならヴェルグも手伝え!」
我が家は現在、決裁書類で修羅場っていた。
年末年始の決裁は地獄だと聞いていたが、まさかこれほどとは……。
さて、なんでこんな事になっているのかと言うと、実は我が家だけの話だけではなかったりする。
この世界でも前世と変わらず、年末年始はお休みする店が多いのも一つの原因だったりするのもある。
年始3日間はどこのお店も休みになると言うのがあるからだ。
もう少し詳しく話すと、貴族は年始3日が開けると、新年パーティーを開かねばならない。
今までの俺は、未成年と言うのもあって見逃されてきたのだが、来年春には成人する。
なので、次の年始は絶対にパーティーをするようにと、父から厳命されていた。
そして、店が閉まっているので新年に注文が出来ない。
店が開く4日に注文しても材料が間に合わない。
そうなると、年末の間に発注しなければならない訳だが、発注先によっては他貴族との争いにもなる。
その為、如何に早く、迅速に決裁を終わらせるかが鍵となる。
なので、我が家だけでなく他貴族も忙しいのが年末だったりする。
その分、年始3日は徹底的に休むのだが。
「お館様、先程の書類ですが本当に宜しいので?」
「何がだ?」
「やっぱり適当に見ておられたのですね。この部分ですが、流石にマズいのでは?」
「なになに? ……おい」
「はい」
「この書類を回してきたクラン職員をこの場に呼べ!」
「使いの者を出します」
なんなんださっきの書類は!
クラン内で年始パーティーは良いが、問題はその費用だ。
なんだよ、白金貨数枚って!
どんだけ飲み食いする気だっての!
流石に却下である。
「商会への注文はですが、そろそろ全て揃えないとまずいですよ」
「マジか……。リリィ、後は何が足りない?」
「この書類と……後はこれとこの数枚ですね」
「うげ。まだこんなにあんのかよ」
「これ、食材だけのリストなんですけど」
「この他に装飾や食器ってか? 金が掛かり過ぎだろう」
「だから他貴族も毎年苦労してるんですよ」
「他国でもこんな感じなのかねぇ」
「どこも同じだと思いますよ? どうですか? 皆さん」
雑談しながら他国との相違を聞いて行く。
ぶっちゃけ、雑談しながらでないとやってられんからな。
「フェリックも似たような感じですよ。父もいつも頭を悩ませていましたし」
「帝国も同じですね。面倒な話です」
「竜王国もです。他国との違いは、必ず用意しなければならない食材と食事がある事でしょうか」
「神聖国も竜王国に近いかもしれません。竜王国の方が種類が多そうですが」
「ん。傭兵国も似たような物。ただ、傭兵国の場合、貴族だけじゃなく、一部の傭兵団も同じことをする」
「何処も同じかぁ……」
一気に気が滅入る雑談であった。
どうやら、この世界のデフォらしい。
そうこうしている内に、クランの職員が顔を青褪めさせてやって来た。
普段は呼び出しなどしないから、尚の事、何かやらかしたのではないかと思っている様だ。
実際にやらかしてはいるんだがな。
「あ、あの……」
「この書類だが」
「あ、年始パーティーの」
「そうだ。クラン年始パーティーは良いとして、この金額は何だ?」
「えー……それはですね……」
「何で白金貨数枚になるのか、話を聞こうじゃないか」
俺からの追及にたじろぐ職員。
他の皆はこの話を聞き流しながら、書類を片付けて行く。
出て行く暇すら惜しい程、書類が膨大だから仕方ない。
普段なら皆、話の邪魔にならない様にと出て行くのに、出て行かないのがその証拠だ。
そして、口籠っていた職員だったが、逃げられないと悟ったのか全て話し始めた。
「じ、実はですね、幾つかの決裁が降りてこなくて、クランの運営に支障が出ていまして」
「ブラガス」
「この書類ですね。はっきり言いますが、無くても回せますよ」
「だ、そうだ」
「し、しかし実際には、支障が!」
「その書類は? 持って来たなら、考慮するが?」
そう言うと黙り込む職員。
ふむ、支障が出ているのは噓っぽいな。
ただ、全てが嘘ではなさそうな感じにも見える。
「本当のことを言えば、考慮できるが?」
「…………」
「話さないならこれまでだな。年始パーティーは却下で」
「わ、わかりました。全て話します」
話を聞くと、支障一歩手前らしい。
どうやらギリギリで回していたのが悪かったみたいだ。
だが、ブラガスが良い顔をしてないんだよなぁ。
「ブラガス、何かあるのか?」
「支障一歩手前なら、流石に何か手を打ちますよ。ただ、あながち嘘でもないのは否定できない部分がありまして」
「つまり、まだ何か隠していると?」
「はい」
「はぁ。さて、最後通告だ。全て話せ。話せないなら、この話は終わりで、パーティーは却下だ」
俺の最後通告に観念したのか?職員は泣きながら話始めた。
その話によると、船員がやっぱりかと言うような内容だった。
簡単に言えば、とある上席が横領しようとしていたわけだな。
で、職員はうまく引き出せなければクビと脅されていたわけだ。
「私にも家族が居まして。もうどうにも出来なくて」
「支障の話は?」
「そこは本当です。但し、二歩手前が正解ですが」
「うまい事やりやがったな」
「ええ。地味に真実を混ぜ込んでいる分、質が悪い」
「問題は、横領しようとしていた証拠だな」
「証人だけで良いのでは?」
「それだと弱い。今回は見せしめとして徹底的に潰す」
「直ぐに集めます」
「その必要はない。正直に話したお前に、一つ頼みたいことがある」
「な、なんでしょうか?」
「そう脅えるな。お前に罰を与えるようなことはしないと誓おう。なんなら、誓約魔法でも使おうか?」
「い、いえ! 自分にできる事なら何でもやります!」
こうして、このクソ忙しい年末に要らんことした奴のお仕置きが決まった。
とりあえず、申請書類は許可を出しておく。
但し、実際にでた出費を直ぐにこちらへ回す様にと手配しておく。
大晦日にはお仕置きを敢行予定だ。
新年初日から職無しになるお仕置きだから、相手には応えるであろう。
「憲兵にも連絡に行ってくれ。家宅捜索もするから」
「以前からしていたと?」
「可能性の話だな。ああ、それと、スペランザ商会にも話を通しといて」
「お館様も鬼ですな」
「今回は徹底的にやるからな」
とりあえず、クラン関係は終わり。
引き続き、年末年始の決裁へと戻る。
書類決裁から二日、大晦日前にどうにか書類決裁を終わらせることに成功する。
マジで疲れた……執務室で手伝ってくれた皆も、疲れのせいか爆睡中である。
毛布を被せ、起こさない様に部屋を後にする。
尚、ブラガスは通常運転だった。
「終わったなぁ」
「はい。それで次ですが……」
「……ちょっと待て。次って何だ?」
「別室でお仕事があります」
「……腹減ったから、食べながらで良い?」
「仕方ないですね。重要書類でも無いですし、問題ありません」
と言う訳で、俺とブラガスは食堂で残っていた書類を捌く。
そして、最後の書類……これ、書類か?
「これは何だ?」
「こちらですか? ……ああ。これは書類ではありません。年始パーティーで立ち寄る貴族家のリストですね」
「え? なんで? 我が家で開くんだろ?」
「開きますよ。年始パーティーですが、順番があるんですよ」
聞くと、パーティーを開く貴族家はとても多い。
当然だが、だだ被りするのだが、そこに内務省が絡むらしい。
年始パーティーの最初は王家と決まっており、そこから午前と午後に別れてパーティーが開催されるのだが、その王家の年始パーティーの時に何時頃に開くのかが通達されるそうだ。
つまり、貴族家の年始パーティーは5日からと言う事だ。
「店、開いてるんじゃね?」
「お店は開いていますが、食材とか無いですよ? 平民ですら、1週間分は今日買い込むのですから」
「流通が止まっているからか?」
「はい。流通の再開は5日からです。王家直轄地から順に搬入されるので、貴族は2週間分ほど買い込みます」
「平民から搾取しない為か」
「それもありますが、貴族がお金を使わないと経済が回りにくくなりますから」
「なるほど?」
最後が引っ掛かったが、とりあえずスルー。
色々忙しかったのと、情報過多でお腹一杯なのだ。
話の続きは後日聞こう。
そして、年が明け、新年を迎えた。
「皆の者、昨年もご苦労であった。今年も邁進してくれ。では、乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
現在、王城で年始パーティーが開催されている。
新年3日間はのんびりとイチャイチャしながら過ごしていたとだけ言っておく。
内容は聞くな!話したら、羞恥で死にそうになるから!
「クロノアス卿?」
「失礼。少し考え事をしていました」
「相変わらず、商売熱心ですな。商務閥にも手を貸して欲しいものですが」
「あはは……。機会があれば――と言う事で」
「おう! クロノアス卿」
「軍務卿、明けましておめでとうございます」
「ああ。おめでとう。楽しんでるか?」
「ぼちぼちですかね」
「そうか。婚約者達は来れなくて残念だったな」
「彼女達にも役割がありますから」
実は、ミリア、ラナ、リーゼ、ミナの4人は、自国の年始パーティーに参加中だ。
俺がランシェスにのみ出ると風聞が悪いので、代理人としても参加してくれたのだ。
まだ式を挙げておらず、降嫁もしていないので、自国の王女として参加しなければいけなかったのだが、ついでに代理人も引き受けてくれたのだ。
尤も、間に合うなら来て欲しいとは言われているが……。
「卿も大変よな」
「財務卿」
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「陛下も仰っていたが、何処かに分裂できる魔法は無いのかと思うよ」
「あれば自分も使っていますよ」
「そうれはそうだな。卿も忙しい身だしな」
「本当に忙しいですからね。どうしてこうなったのか……」
親しい貴族達と談笑し、夜まで続く年始パーティーであったが、陛下への挨拶の後、許可を貰って会場を後にする。
向かう先は、婚約者達に代理人を頼んだ各パーティ会場だ。
「陛下、あけましておめでとうございます」
「クロノアス卿か。おめでとう。今年も頼むぞ」
「は。それでですね……一つご相談が」
「婚約者達の事であろう? 余に挨拶も済ませたのだから、好きに動くが良い」
「ありがとうございます」
「うむ。他貴族達が何か言うであろうが、気にする必要はない。むしろ、他国の貴族と婚姻したら、次は我が身ぞ!と言っておくのでな」
「陛下に感謝を」
「うむ。では、行ってくるが良い」
「はい。ですが陛下、私も言い訳は考えてあるので、こちらはどうでしょうか?」
俺は自分の言い訳を陛下に伝える。
それを聞いた陛下はニヤリと笑い、俺の言い分を採用してくれた。
そっちの方が都合が良かったらしい。
尚、俺の良い訳であるが、その内容は次の通りだ。
『同盟盟主として、他国のパーティーにも参加しないといけない』
これを聞いた時、陛下も何かを考え付いたらしく、後は任せておけと言われた。
同盟を盾にして、何かを言うつもりだなと思いながら、ミリアが参加しているパーティーへと向かう。
1時間程参加して次の会場へ。
とりあえず、首脳陣への挨拶は必ずして、時間の許す限りの滞在をして向かう。
竜王国、神樹国、皇国、帝国と順に回る。
そして、家路につく頃には各国のパーティーがお開きとなる時間になり、ゲートを開いて婚約者達を出迎える。
そして、翌日からは貴族達の新年パーティーが始まる。
我が家の開催は6日目午後。
開催までの間は、招待された貴族家の中から親交のある順に回って行く。
滞在時間も親交に関係しているので、仲の良い貴族家程、滞在時間が長くなる。
慣習的にそうなっているので、我が家のパーティにはそれほど長くいないはず……。
そう思っていたのだが、現実は違っていた。
「クロノアス卿、来たぞ」
「ようこそ、軍務卿。時間の許す限り、楽しんで言って下さい」
「楽しむのは良いんだがよう……」
「あ、やっぱり軍務卿もそう思いますか?」
「こりゃ異常だな」
軍務卿が異常だと言った理由。
実は、我が家のパーティだがキャパオーバーしかけているのだ。
冬なので、外ではなく室内で行われているのだが、会場としている部屋では収まりきらなくなり、急遽、別の部屋を会場にもしたのだが、それでもキャパオーバー仕掛けている状況であった。
「よっぽど、クロノアス卿とお近づきになりたいんだろうな」
「財務卿にもそう言われました」
「ザイーブも来てたのか」
「今もいますよ。確か、あの辺りに」
「どれどれ……お! 本当にいたわ。それじゃ、ザイーブの所に行くかな」
「案内しましょうか?」
「堅苦しいのは性に合わんからな。自分で行くさ」
「わかりました」
そしてまた、来賓を出迎えに戻る。
と、そこへ一台の馬車が。
今度は誰だろうか?なんて考えていると、とんでもない人物が来訪してきて、思わずフリーズしかけた。
来訪してきた人物、それはまさかの陛下夫妻であった。
しかも、正妃、側妃、表立って分かっている妾の全員を連れてである。
これには、他の貴族達も驚いていた。
「陛下、王妃殿下、わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「うむ。中々に盛り上がっておるの」
「はい。かなり想定外でした」
「なるほど。確かに、リリィが言っていた通り、自覚が足りんの」
「足りませんか……」
「まぁ、今から身に着けて行けばよい。それよりも中に案内してくれ。寒くて行かん」
「これは失礼いたしました。不肖、当主グラフィエルがご案内させて頂きます」
「うむ」
陛下のご降臨により、ざわつく貴族達。
陛下が貴族家へ訪問するなど、ほとんどないからだ。
例外は大臣職をしている貴族達位か?
それでも、陛下と正妃くらいで、側妃や妾迄と言うのは異例と言える。
「お父様、お母様」
「リリィか。クロノアス卿の助けになっておるようで安心したわ」
「ええ。今後も、クロノアス卿を支えて行きなさい」
「はい!」
まさかの大物登場に焦ったが、話はこれだけでは終わらなかった。
と言うか、つくづく運が無いと思う出来事が起こってしまう。
「きゃぁぁぁ!!」
「誰か! 警護を呼べ!」
「貴様! そこで止まれ!」
何やら外が騒がしい。
陛下が来訪されているのに、これはマズいな。
「陛下、外の様子を見てきます。 ウォルド! ゼロ! ツクヨ! 陛下達の護衛に着け!!」
「了解しました」
「任せろ!」
「ゼロ、あんたねぇ……。こっちは任せて」
なんかワクワクしてるゼロはツクヨに任せて、俺は騒ぎのあった方へと向かう。
騒ぎの中心には一人の男が刃物を持って振り回していた。
「クロノアスを出せ! 殺してやる!」
男をよく見ると……誰だ?
『マスターが横領の罪で解雇した男です。取り調べの後、釈放されたようですが、憲兵では留置しておく犯罪では無かったのでしょう』
ああ、あの男ね。
つうか、ただの逆恨みじゃん。
今回は殺意マシマシみたいだし、殺人未遂と貴族法で鉱山送り確定だな。
証人に陛下が居るのは反則級のチートだよな。
ホント、この男は運が無いな。
「俺ならここだぞ」
「クロノアス!」
考え事を済ませてから姿を見せる。
こいつ、目が血走ってるな。
「殺してやる!」
「殺される謂われは無いな。お前が横領してたのが悪いんだろうが」
「うるさい!」
「事実を告げたら現実逃避か? ここまでことをしたんだ。死ぬ覚悟は持ってきたんだろうな?」
貴族の家に押し入ったのだから、この場で処刑されても文句は言われない。
正確に言えば、刃物を所持し、殺意を持って貴族家に押し入った場合のみ、その貴族家に処罰方法が委ねられたりする。
但し、敷地内のみと言う制限は設けられているが。
「死ね! 死ね! しねぇぇ!」
適当に刃物を振るう元職員。
適当に振って、自分に近づけないようにしているので、ここは一つ魔法で対抗するとしよう。
「
「か、身体が!」
魔法を発動すると、顔だけを残して氷漬けになる元職員。
騒ぎを聞きつけたミリア達もやって来たので、ミリアに一つ頼みごとをする。
「ミリア、悪いんだけど」
「薬物の疑いですか。調べますね」
「あの氷はそう簡単に溶けないから、安心して調べちゃって」
こうしてミリアが調べた結果、元職員からは多種多様な薬物の反応が検知された。
調べた後は魔法で除去し、取り調べへ。
まぁどうせ、何も覚えていないんだろうけど。
「災難だな」
「全くです」
「余が証人となろう」
「ありがとうございます」
こうして、色々とあった年始パーティーは幕を閉じた。
後日、色んな貴族家のパーティーに参加し、いつも通りの嫁押し付け話があちらこちらであり、精神的に疲労した。
来年も同じことがあるのかと思うと、憂鬱でならんわ……。
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