幕間 輿入れ準備・リリィ、ティア、リア、シア編

「皆さんが来られる迄、もう少しですか」


 婚約者全員が輿入れの為に実家へと戻って半月ほど経ちますが、何人かは厄介事を片付けているみたいですね。

 それにしても、ナユさんは帰省初日から大変だった様です。

 わざわざ私に連絡をしてくる位ですし……。

 厄介事が片付いた後はのんびりしているようですが、無事に解決して何よりですね。


「ミリアさんも面倒な事になっているようですし、他の方々も面倒な事に巻き込まれていそうですね」


 独り言を呟いた後、メイドが声を掛けて来ました。

 どうやら、今日の主役方が到着したようです。


「姫様、直ぐにこちらへお連れしても?」


「お願いしますね」


「かしこまりました」


 1人のメイドが案内する為に立ち去って行き、残りのメイド達が素早くお茶会の用意を整えます。

 私はその光景を見てから、立って皆さんを待ちます。

 所謂お出迎えですね。

 しかし、習慣とは怖いものです。

 格式のあるお茶会やパーティーなどは、立ってお出迎えがマナーですが、気心の知れた相手や私的なものでしたら、椅子に座ってお出迎えでも良いのに、いつも通りにしてしまうのですから。


(まぁ、私的なお茶会はティア位しかおりませんでしたが)


 そんな風に考えていると、メイドが皆さんを案内してきました。

 私はいつも通りに振舞い、スカートの端を掴んで優雅に挨拶をします。


「皆様、ごきげんよう」


「ごきげんよう、リリィ」


「本日はお招き頂き、ありがとうございます。リリィ姫」


「ありがとうございますです、リリィおねーちゃん」


「はい。では、堅苦しいのはここまでにしましょうか」


 私の声と共に全員が席に着き、メイドがお茶を入れ始めます。

 全員のカップに紅茶が注がれ、一口飲んだ後に全員が一息吐いてから、話を始まます。


「いつもはドレスなんて着ないから動きづらいし、汚したら駄目だから緊張するよ」


「確かに、リアさんは普段から動きやすい格好ですよね」


「そうなんだよ、ティア。だから凄く大変だったりする」


「その割には、きちんと出来ていたではありませんか」


「まぁ、一応は貴族の娘だからね。と言うかリリィ、何気に酷いよね?」


「ちゃんと出来たら、褒めないといけないのです。リリィおねーちゃん」


「シア、それは流石に恥ずかしいから」


「さて。リアさん弄りはここまでにして、本題に入りましょうか」


「やっぱり弄ってたんだね……」


 リアさんが何か文句を言いたそうですが、文句は後で聞く事にして、本題に入ります。

 まずは、皆さんの輿入れ準備の状況ですね。


「それで、皆さんの方はどの程度まで輿入れの準備は終わりましたか?」


「私の方は問題無く終わったわね」


「僕の方は……まだ終わらなそうなんだよね」


「あう……シアもまだです」


「そうですか……実は、私も終わって無いんですよね」


 私を含めた四人の中で、問題無く終わっているのがティアだけと言うのは、言っては何ですが意外でした。

 私の予想では、自分以外は終わっていると思っていましたからね。

 しかし、リアさんとシアちゃんは何で終わっていないのでしょうか?ティアも不思議そうに首を傾げていますので、聞いておきましょう。


「リアさん、シアちゃん、差し支えなければ、聞いても良いですか?」


「私も聞きたいな」


 私達の質問にリアさんとシアちゃんはお互いに顔を見合わせてから、共にため息を吐きました。

 これは……厄介事ですかね?


「それじゃあ、シアから話すのです」


「お願いします」


「シアの輿入れ準備には、色々な家庭教師も同時に雇用していく段取りだったのですが、何人かの家庭教師が決まっていないのです」


「どのような家庭教師を探しているの?」


「ダンス、料理、座学、行儀作法、教養なのですが、雇用できたのが料理と座学だけなのです」


「ダンス、行儀作法、教養が見付かって無い訳ね。見事に貴族絡みばかりだねぇ」


「どこかの貴族家の妨害なのかしら?」


「侯爵家に妨害? どこの命知らずなのさ」


 ティアの言う事は理に適っていますがいますが、リアさんの言う通り、侯爵家を妨害するなど命知らずですね。

 ただ、同爵位家と伯爵家辺りなら出来なくもないですが、デメリットが多過ぎます。

 単純に人材不足……は考えられませんね。

 そうなると、ドバイクス侯爵家の探し方に問題がある可能性がありますが、歴史ある貴族家にそんな可能性があるのか?と言う疑問が生まれてしまいますね。

 もう少し、話を聞かないといけません。


「シアちゃん、ドバイクス卿はどのように探してる聞いていますか?」


「聞いているのです、リリィおねーちゃん。中立派でも王族派寄りか王族派の中から探していると言っていたのです」


「そうですか……ありがとうございます、シアちゃん」


 なるほど……わざわざシアちゃんに伝えたと言う事は、そう言う事ですか。

 私が一人で納得していると、三人が説明してねって顔をしました。

 結構簡単な理由なんですがね。


「リリィ、一人で納得してないで、説明して」


「お二方も聞きたいのですか?」


「聞きたい」


「聞きたいのです」


「わかりました」


 私は三人に対して説明を始めます。

 話を聞き終えた三人は、なるほど!と言う顔をしていましたね。

 そして、その内容ですが……


「普通、親が子供にどんな探し方をしてるかは言いません。ティアとリアさんも聞いた事はないでしょう?」


「そうね。私は聞いてないわね」


「僕もティアに同じ」


「ですが、シアさんはドバイクス卿から聞かされていました。では、何故聞かされたのでしょうか? それが答です」


「…………ああ! そう言う事ね!」


「どういう事?」


「シアもわからないのです」


「ティアはわかったようなので、代わりに説明して頂きましょうか」


「良いわよ。二人共、これはね、シアちゃんの父親であるドバイクス卿が、秘密裏にメッセージを届けたの」


「……ああ、そう言う事ね」


「さっぱりなのです」


「簡単に言うとね、シアちゃんを通して、秘密裏にリリィに、ひいては王家に助けを求めたんだよ」


 最後にリアさんがシアちゃんに説明をして、それにティアも頷いていますね。

 でも、それだけでは50点です。

 この話には、もう一つ裏があるのですから。


「二人共正解ですが、詰めが甘いですね。いえ、実際は半分正解と言う所でしょうか」


「どういう事かしら?」


「僕も納得がいかないね」


「け、喧嘩は駄目なのです」


「喧嘩じゃないから安心してね。で、リリィ、説明して」


 二人共せっかちですね。

 私は紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと説明します。


「簡単な事ですよ。妨害者がいます……と、遠回しに教えてくれているんですよ。それと、わざわざシアちゃんに言伝を頼み、このお茶会に合わせて来た……と言う事は?」


「裏切者がいる……と?」


「可能性ですね。調査はした方が良いのでは? と、伝えてきているのですよ。だから、シアちゃんにはどの派閥で探したかだけを教えて言伝したんですよ」


「……先入観を排除させる為ね」


「正解です、ティア。そして、私の輿入れが終わっていない理由でもあります」


「そこまで酷いの?」


「『新興貴族家に降嫁は王家の歴史を汚す!』とか『王家はクロノアス家に乗っ取られるぞ!』とか、雀達が騒いで妨害してますね。中には、こちらに知られぬ様に商人を追い返したりとか」


「商人を追い返すとか……一体、どこのバカよ」


 ティアの言う通り、本当にバカですよね。

 商人は貴族の顏をほとんど覚えていますのに。

 特に本物の貴族とされる男爵位以上の貴族は間違いなく知っているでしょう。

 そして、王宮の雀達は子爵位以上ですから、間違いなくどこの貴族家かはわかっているので、商人ギルドへ報告されているでしょうね。

 何処の雀かは知りませんが、間違いなく商人を敵に回したでしょうから、大店おおだなはその貴族を無視するでしょう。

 彼ら商人にも面子があるでしょうし。

 御用商人はこれから苦労するでしょうね。


(それに、各ギルドは王家が絡む内容に関しては、報告義務がありますからね。なんでバレないと思ったのか……)


 私がため息を吐くと、リアさんが同情しながら話しかけてきました。

 話の内容は、ある意味似ている内容でしたね。


「リリィも苦労してるんだねぇ。まぁ、こっちも似たような感じだけど」


「あら? リアさんも妨害を?」


「そうだね。ただ、こっちは嫉妬でされてるけど。後は面子?」


「何となく察しました。本当にバカが多いです。嫌になりますよ」


 リアさんのお話は、零細貴族家に良くある話ですね。

 騎士爵や準男爵家の娘が伯爵家以上に嫁ぐ時に良く起こる問題です。

 相手側の言い分で話すなら、分不相応って感じでしょうか。

 ただ、決めるのは当人同士なんですよね。

 そして、この問題が貴族家の一夫多妻制を一夫一妻にさせてるから、大問題なのです。


 そもそも、貴族は跡取り問題があります。

 順当に男児が産まれたならば問題はないですが、女児ばかりだと婿入りさせて、跡取りは孫にする、なんてことも珍しくない状況です。

 いえ、まだ孫に継がせられるなら良い方でしょうか。

 中には子供が出来ず、養子を取ったり、下手をすればお家断絶なんてこともあるのですから。


 そして、その状況を加速させてるのが、本物の貴族と呼ばれる貴族達。

 当人同士が決めて結婚したにも関わらず、側室が正妻より爵位が上だと、正妻の交代なんてものを要求するから始末が悪いのです。

 結果、行き遅れの貴族令嬢が量産されていくのですから、始末に負えません。

 そして、行き遅れた令嬢達がまた邪魔をするという、負の連鎖。

 後妻でも良いから、嫁がせれば良いのにと思ってしまう程です。

 まぁ、彼女ら行き遅れ令嬢は一部の経済効果に貢献しているので、まだ救いはあるだけマシですかね。


「聞いてるだけで、お腹が一杯ね。リリィ、どうするの?」


「シアさんの方は、ドバイクス卿に手紙を書きましょう。後日、王城に来てもらい、こちらで紹介するしか無いですね」


「リアの方は?」


「対処法はいくつかありますが、その前に確認が必要ですね」


「何の確認かな?」


「法衣騎士爵家や法衣準男爵家には御用商人がいない家もあります。リアさんのご実家はどうなのですか?」


「僕の所はいるね。ただ、どの商人と取引があるかまではわからないけど」


「でしたら、三通の紹介状を用意しましょう。その中から、取引の無い相手と取引して下さい」


「その意図は?」


「既に取引のある相手なら妨害されているでしょうから、妨害されている可能性の少ない商会に頼むんです」


「紹介先は?」


「王家の政商の中でも力の強い商会を一つ。ティアの政商の中からも同じ商会を一つ。そして最後は……スペランザ商会です」


「全部ダメなら?」


「繋がりから、取引実績の無い商会を紹介していく形になりますね」


「それでもダメなら?」


「商人ギルドに介入して貰いますが、そこまではいきませんよ。だから安心して下さい」


 リアさんって意外と心配性なんですね。

 いえ、最悪の想定をしているのでしょうか?そうだとしたら、半分は冒険者と言う職業病でしょうかね。

 まぁ、私への妨害は新規の政商に対してだけですから、本気を出せば直ぐに終わるのですけどね。

 そして紅茶を一口飲み、焼き菓子に手を伸ばした所でメイドが耳打ちしてきました。


「(姫様、王妃様がいらっしゃいました)」


「こちらへ」


 私の言葉に対し、一礼してから離れていくメイドをリアさんとシアちゃんはどうかしたのかと見ていますね。

 ティアは……誰が来たのか、ある程度は予測がついてる顔をしています。

 しかも、十中八九当たりを付けてもいますね。

 その考えは多分正解です。

 そして、メイドが案内してきた人物を見て、リアさんもシアちゃんも驚いています。

 慌てて礼をしようとするところがちょっと可愛いですね。


「お母様、どうされたのですか?」


「少し話をしにね。ほら、貴方達も座りなさい。今は私的なお茶会なのですから」


 お母様の言葉を聞いて席に座り直りますが、リアさんは緊張し過ぎではないでしょうか?シアちゃんは……あ、凄く緊張してますね。

 ティアも少し緊張はしてますが、まぁ大丈夫でしょう。


「緊張はしなくて良いですよ。私は輿入れに何か問題が無いか聞きに来ただけですから」


 そう言ってから、メイドが素早く入れた紅茶を一口飲むお母様。

 威厳があり過ぎて、誰も何も言えないですね、これは。

 仕方が無いので、私が伝える事にしましょう。


「お母様、今、その事で話し合っていたのですが……」


 私は先程話し合った内容をお母様に伝えます。

 話を聞き終わったお母様は……お母様、焼き菓子を食べながら聞かないでください。

 威厳も何もありませんから……。


「ティアさん以外は大変みたいね。ドバイクス卿の言伝は陛下に伝えておきましょう。家庭教師の手配もこちらで受け持っておきます」


「リアさんの方はどうするのですか? お母様」


 リアさんの件を聞いた瞬間、お母様がニヤリと笑いました。

 扇も広げずに……。


(あ、これはヤバい時の顏です)


 この顔をした時のお母様は容赦が無い事を私は知っています。

 どうやら、雀が勝手に返した商人の件をかなり怒っているんでしょうね。

 触らぬお母様に祟りなしです。

 私は静観しておきましょう。


「ティオール卿には、私から話をしておきましょう。今日も王城に居ますからね。リアさんは何も心配はいらないですよ」


「は、はい」


 その後、お母様は何気ない話をして去って行きました。

 まるで嵐の様でしたね。


 そして後日、一羽の雀が降爵となりました。

 代わりに、リアさんの実家が陞爵して子爵に。

 三階級陞爵はやり過ぎだと思うのですが、単なる入れ替えと見せしめなのでしょうね。

 お母様を怒らせると本気で怖いです。


 この一件以降、妨害が嘘の様になくなりました。

 強権と言えば強権なのでしょうが、陛下であるお父様もご立腹だったのでしょう。

 皆さん、保身に入った様で何よりです。

 降爵になった貴族家は自業自得なので仕方ないですね。

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