第132話 各国の準備と最悪の報告

 グラフィエルがランシェス王と会食していた頃、各国では出兵の準備が着々と進んでいた。

 だが、急な出兵なのは変わりなく、万全とはほど遠かった。



「陛下、やはり物資も兵も足りません」


「予定より、どの程度落ちる?」


 場所はオーディール竜王国の会議室。

 その中で王は、大臣からの報告を聞いていた。


「想定の半分が限界かと。神竜騎士様のご命令とは言え、流石にこればかりはどうにもなりません。幸いなのは、士気が非常に高い事ですが」


「数の不利は、士気向上で誤魔化すしかあるまい。招集された兵達には、こう伝えよ。『我らは精鋭なのだ! 神竜騎士様に恥じぬ戦いを見せよ!』とな」


「承知いたしました。指揮官は、どうされますか?」


「第2軍団長をあたらせよ。第1軍団長は防衛に。第3軍団長は、傭兵国への牽制だ」


「再編成の急務は、第2だけでよろしいですか?」


「……よかろう。第1からも防衛に影響が出ない人数ならば認める。それと、今回は余も打って出る」


「それは! ……かしこまりました。政務は王太子殿下を中心に回します」


 オーディール王の決断に、異を唱えずに従う大臣。

 大臣は知っていた。

 こうなった王は止められぬ――と。

 ならば大臣が成すべきことは、ただ一つ。

 国を混乱さぬ事と、王が無事に帰って来れるように万全を期すだけ。

 オーディール王の信が厚い大臣は奔走する。

 だが凶報は、人知れずやってくるのであった。




 セフィッド神聖国。

 その母体である教会は、慌ただしかった。

 神聖騎士様と戦場を共に出来る栄誉に、誰も彼もが参戦したがった。

 当然だが、教皇の胃は痛むばかりであった。

 しかし、弱音を吐くわけにもいかず、枢機卿を含め、全員が昼夜問わずに奔走していた。


「聖騎士団の派遣は2大隊迄です。本国の防衛と傭兵国への牽制は忘れない様に」


「物資はどうなっておる!? 出立? 今直ぐ出来るわけがないだろうが!」


「どの大隊を回すのですか? 第1大隊は、本国の守りからは外せませんが?」


「神聖騎士様からの、初の要請なのだ! 手より体を動かせ!」


 会議室ではなく、各印が関係各所で動きながら怒号を飛ばし合う。

 その光景は異様で、良くない事の前触れにも見えるが、彼らは皆、嬉しそうだった。

 そんな様子を、教皇であるヴァルケノズは見て、こう思った。


(普段は牽制し合い、手を取り合う事のない人間までもが動き、助け合いますか。帝国内乱に参戦と言うのは好ましくはないですが、この連携は好ましいですね)


 そんなことを考えて、つい手を止めてしまう教皇ヴァルケノズ。

 そしてそれを見つけ、苦言を述べる枢機卿。


「教皇猊下! 何サボってるんですか!? 手が足りないのです! ちゃんと働いてください」


「自分、教皇なんですけど?」


 思わず素で返す教皇ヴァルケノズ。

 だが、枢機卿は関係ないとばかりに話す。


「教皇様ならサボらないで頂きたい! 他の者への示しがつきません!」


 再度怒られる教皇ヴァルケノズ。

 彼は理不尽だと思いながらも仕事に戻る。

 なんとか準備を整え終え、いざ出陣! と言う所で、まさか事態が動くとは、神の気まぐれさに泣きたくなったのであった。




 フェリック皇国。

 こちらの国でも、出兵の準備に追われていた。

 今回の作戦は時間が勝負だと皇王は考えていた。

 それは正解である。

 但し、それが成せるかは、また別の話だ。


「再編成はいらん。ダンジョン事件で動かした部隊を、そのまま流用しろ! ダグレストへの牽制も忘れるなよ。そこの奴! 何を休んでいる!」


「陛下、物資が間に合いません!」


「かき集めれられるだけで良い! 残りは竜族に運んでもらえ!」


「それでは、借りを作ってしまうことに!」


「今回の作戦は、貸し借りがどうのという話ではない! 既に借りている状況だ! 今更、一つ二つ増えたところで変わらん! 寧ろ相手は、貸しているとすら思っておらんのだから、余計な心配をする前に、動かんか!」


 皇王の怒号が飛ぶ。

 50代とは思えぬ姿だ。

 元から若く見られる皇王なので、今の姿も相成り、この場にいる者は「本当に初老なのか!?」と疑いたくなってしまう。

 勿論、口には出さないが…。


「陛下、防衛は近衛大隊で良いのですか?」


「一つの大隊を別けろ。半数は強行軍に。残りの半分の内、3分の1を防衛側に回し、残りは牽制部隊だ」


 フェリックの軍は首都防衛が近衛大隊。

 それとは別に4つの軍があり、二つの大隊は帝国とダグレストの国境線沿いの砦に駐留している。

 残る軍が機動大隊として運用されているのだが、その一つを思い切って分割させ、戦力の増強としたのだ。

 勿論、機動大隊はこの様な時の訓練も受けている。

 なので、問題無く軍事行動が可能になる。

 指揮権は吸収した側が上に立つので、吸収された側は副官か参謀となる事も了承済みだった。


「用意が出来たなら待機だ。物資の運搬は迅速に行わせるんだ。良いな? 時間をかけるなよ?」


「残る物資は、何処へと運び入れますか?」


「王城の庭に運んでおくんだ。腐りやすい物は入れるなよ?」


「承知しました」


「ディライズをここに!」


 皇王は皇太子である自身の息子を呼ぶ。

 ほどなくして、姿を見せるディライズであったが……。


「遅い! 時間との勝負時は、走ってこぬか!」


「父上、いつか頭から血が吹き出ますよ?」


「なら、さっさと来ぬか!」


 悪びれた様子もなく、軽口を言う皇太子ディライズ。

 そのディライズは、幾つかの予想を立てていた。

 そして、その予想は的中する。


「総大将として、強行軍に同道せよ。拒否は認めん」


「武勲ですか?」


「勝ち戦なのだ。多少の危険はあるだろうが、お前の武勲にはなるだろう」


「リーゼが頭なのでは?」


「同盟軍のな。同盟ではない、フェリックの武勲だ。他国からの干渉は無いし、させん」


「同盟としての手柄はリーゼが。自分は皇太子としての地位を上げるのですか」


「我が甥が、良からぬ動きを見せている。お前の地位を向上させた後、証拠を見つけて潰す。弟も大人しくしておれば良いものを!」


「帝国の二の舞は御免ですしね」


「分かっているのなら良い。1時間で準備を終えて、大隊に合流するのだ」


「承知いたしました。陛下」


 フェリック皇国は、一早く準備を終わらせた。

 その連絡を受けたグラフィエルが、先取りしていた国境沿いまでゲートを繋げ、軍を送る。

 フェリック軍の目標は、西側反乱軍の牽制と白竜族の里に向かう部隊を止める事。

 故にグラフィエルの作戦を、本人に了承を取ってから修正させ、一早く動き出す。

 しかし接敵まで3日という所で事態は動く。

 これが吉と出るのか? 凶と出るのか?

 それは誰にも分からなかった。





 レラフォード神樹国は軍を持たない。

 故に後方支援を主として準備を進めていた。

 しかし、軍は持たないが、とある種族との繋がりがあった。

 亜人族である。

 レラフォード代表は彼らと連絡を取り、早急に会合を始めた。


「急で申し訳ない。だが、悪くはない話を持ってきました」


「ある程度は、ナイーファ様から連絡を受けている。で、本当なのであろうな?」


「皇女殿下様は、自身が出来うる範囲では動いてくださると約束していました。しかし各国は、新たな火種を好んでいません。それは我らも同じ。国の再建は諦めて頂きたい」


「そんなもの、後でどうにでも……」


「その時は、我らも敵になります。当然ですが帝国は元より、ランシェス、神聖国、竜王国、フェリックも敵となるでしょう。そして、安住の地は永遠に失われるでしょうね」


「…………お主すらも、敵に回ると言うのか?」


「回ります。確実に。恐らく、亜人同士での戦争にもなりかねない火種になるでしょう」


「そこまでか……。とりあえず、これ以上の亜人奴隷は作られないと見て良いのだな?」


「反乱軍が鎮圧されたなら、恐らくは。帝国にも働きかけて貰える人物もおりますし、その者が伝えれば、亜人開放は無理でも、被害の拡大は防げます」


「最良ではないが、最悪は免れるか。わかった。その条件を全て飲み、締結するように、各部族へ伝えよう」


 胸を撫で下ろすレラフォード代表。

 しかし、もう一つの本題が残っている。

 果たして、動くのか?

 どちらへ転ぶにせよ、伝えねば始まらない。


「もう一つ。獣人が挙兵しましたが、ご存じですか?」


「知っておる。ナイーファ様から聞いたからな。虎は……災難としか言えぬが」


「もし、虎族を救う手立てがあるとしたら、乗りますか? 当然ですが、危険は伴いますし、最悪は死ぬかもしれませんが」


「……聞くだけ聞こう」


「有志だけで構いません。亜人側にも、この同盟軍に参加してもらいたいのです」


「正気か?」


「精霊王様曰く『一つの目標や目的に、共に目指し、動いたのなら、仲間意識が芽生える可能性がある』と仰っていました。そして、配属される先は、各国の精鋭を纏めた完全なる同盟軍にして独立部隊です。人数は少ないですが、確実に亜人の事を分かって頂く機会ではないかと、私は思います」


「人数は……多くない方が、好ましいと言う事か」


「ええ。それに、亜人族には他に、やって頂きたい事があります」


「……獣人軍からの、人質救出か?」


「隠密性に優れた亜人は、いますでしょう? 仮にも国だったのですから」


「食えぬ女よ。わかった。それはこっちでやろう。代わりと言っては何だが」


「人質が居なければ、従う理由もないでしょう。我らと一戦交える前に抜けて貰えるのであれば、それまでの行動は不問にするそうです。これも各国が同意していますよ」


「用意周到な事だな。それで、ナイーファ様とファリジア様はどうするのか聞いているのだろう?」


「どちらかは、軍と共に行動するでしょう。もしかしたら、二人一緒かもしれませんが、詳しくは聞いていませんよ」


「お主、わざと確認しなかったな? どこまでも食えぬ女だ」


 そう言って溜息を吐く老亜人。

 元は国を担う大臣だった者の末裔で、国が滅んだ後も教育されてきた人物であった。

 国は無くとも、教育を施された人物は切れ者である。

 そう考えたレラフォード代表の考えは間違っていない。

 たった一つの事を除いて……。


(最悪は政略結婚させて、幾つかの実権は握らなければ。しかし、レラフォードが言う精霊王とやらは信ずるに値するのか?)


 彼の疑念は尤もだ。

 だが、彼は後にその考えを過ちだと認めることになる。

 こうして、亜人、妖精族も動くのだが、動き出そうとした時には、事態が深刻化するとは予想できていなかった。





 帝国皇帝ドグラギルは事態の収拾に動く。

 だがここに来て、ジルニオラの居場所が突如としてわからなくなっていた。

 情報が錯綜する中、どれが真実かを見極めようとする。

 しかし、情報量があまりにも多かった。

 中には、スタンピードを起こした魔物の軍勢内に居ると言う報告まで上がってくる始末。

 それは無いと切り捨てたが、ドグラギルはあらゆる可能性を捨てはしなかった。


(もし、飛空船と同じ古代文明期の何かがあれば、不可能ではない? しかしそうなると、ジルニオラは一人で動いているのか?)


 肝心な情報が少ない中、あらゆる可能性を模索する皇帝。

 そして、皇帝の補佐をする一人の人物。

 現皇太子ガザライズは、父である皇帝に一つの疑問点を投げかける。


「父上。何故これほどまでに、情報が錯綜しているのでしょう?」


「わからん。が、幾つかの予想は立てられる」


「欺瞞工作ですか?」


「それもだが、転移陣の使える者がいれば、話は変わってくる」


 ハッ! とガザライズは気付く。

 予め転移陣を構築していれば、移動は簡単に行える。

 だとすれば、上がってきている情報はどれも真実と言う事になりかねない。

 しかし皇帝は、それは無いと踏んでいた。


(転移陣が使える者は、極少数だ。軍からの裏切者共の中に、その者達の名前は無い。となると、在野の人間か? いや、冒険者は無いだろう。可能性としては傭兵だが、情報を見るにそれもないだろう。となれば……)


 皇帝が出した答えは3つ。

 古代文明期の魔道具関連、影武者、欺瞞工作。

 この3つに絞られた。

 そしてこの答えは、正解ではあったと同時に不正解であった。


 皇帝が考えたのは、このどれかであったのだ。

 だが現実は、何とも無情である。

 それは次の報告で明らかになった。


「報告! 東の反乱軍と交戦状態に入りました! そこに首謀者であるジルニオラと思われる人物を発見しましたが、同時期に西側にもいたと言う情報が上がっています!」


「なんだと?」


「緊急報告です! 北の皇帝派貴族の領地が、魔物によって蹂躙されました! 人的被害は、前もって避難していたので極少数ですが、その他の被害は甚大! 農作物は根こそぎやられた模様! そして、その魔物の中にジルニオラを見たとの報告が!」


「どういうことだ!?」


 皇帝は思わず立ち上がって叫ぶ。

 そして、自らの答えの愚かさに気付いた。


(まさか!? 儂が出した答えを全てやっていたと言うのか? だが、それだけの人員と資金をどうやって用意した? それに魔道具もだ。末端価格でも、とんでもない金額になるはずだ!)


 皇帝ドグラギルは状況の悪さを数段階上方修正する。

 しかし、その判断は既に遅かった。


「報告! 東の反乱軍と交戦! 結果、我が軍は敗退! 現在は追撃を受け、帝都に後退中との事です!」


「ばかな……こちらの軍勢は、反乱軍の1,5倍だぞ?」


「古代文明期の魔道具を使用した模様! 反乱軍は……ほぼ無傷です!」


 意を決して話した兵士の言葉に、絶句する城内。

 更に兵士の話は続く。


「殿は第2部隊の大隊長が……ですが、奮戦するも戦死したそうです」


「どれくらい、戻って来られる?」


「古代魔道具は破壊したそうです。ですが、軍は半分以下かと」


「西側の報告は?」


「接敵はしていませんが、兵力を考えるならば戻した方が賢明でしょう。後は……援軍を信じて籠城しか」


 近衛兵が申し訳なさそうに答える。

 皇帝は決断を強いられたのだ。

 強行するか、籠城するか。


 強行した場合、確かに勝機が無い事はない。

 だが、決して高くない確率だ。

 失敗する可能性の方が高い。

 では籠城した場合は?

 こちらは、援軍が絶対条件となってしまう。

 籠城した後に、援軍が望めずに打って出れば、敗北は必須。

 どちらも博打であった。


 打って出るか? 引き籠るか?

 生き残るための究極の二択。

 皇帝が出した答えは……。


 そしてこの答えが、帝国の運命を決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る