幕間 グラフィエルのいない日々 2

 ナユは教会の治療院で治療の手伝いをしていた

 彼女が使う治癒魔法は、神々の系譜を除けば、世界で1位とも呼ばれるくらいになっている

 まぁそれも、ラフィの教えがあってこそではあったが


「次の方、どうぞー」


 治療助手の人が患者を呼び、男性が入ってくる

 男性は腕を骨折しており、仕事に支障が出ていると告げた

 触診してから、患部の状態を確認する

 確認する魔法は、ラフィに教えて貰った方法だ


『超音波…は理解しにくいから、水面の波紋を思い浮かべて、波紋が広がって行く過程で、途中で何か異常が無いか調べるんだ』


 理解は出来たけど、修得するまでが大変だった

 修得してからは、患部の発見率が段違いにもなった

 そうなると、今度は治癒魔法の威力が怪しくなった


『魔力を大量に使えば、身体全体に高治癒が出来るけど、直ぐに魔力が枯渇するからなぁ。改善方法になるかはわからないけど、身体全体じゃなく、患部のみに高治癒をかければ良いんじゃないかな?状態が酷くても、集中して治癒できるから、更に強くかける事も出来るし、魔力の節約にもなるよ』


 ラフィの言う事は尤もだと思った

 でも、いざ実践すると、凄く大変だったのを今でも思い出す

 ラフィの方法だと、魔力制御が大変だった

 何度も練習して、何度も失敗して、成功した時はラフィに思わず抱き着いて喜んでしまった


 ラフィのおかげで、スキルに高魔力制御が出てきたのは、思わぬ副産物だった

 今はこうして、一人でも多くの患者を診る事が出来る


(もう大丈夫そう)


 治癒魔法を止めて、患者さんに声を掛ける


「どうですか?違和感とかありませんか?」


「……はい。以前よりも好調なくらいです」


「それは良かった。違和感があったら、直ぐに来てくださいね」


「はい。ありがとうございました」


 患者さんが部屋を出ると同時に、お昼の鐘が鳴る

 もうそんな時間なんだ


「ナユルさん、休憩に入りましょうか」


「そうですね。急患もいませんし、お昼にしましょう」


 お昼を食べたら、また診療に移る

 私は、ラフィが教えてくれた治癒で多くの人を癒そう

 ラフィに恥じない生き方をしよう

 そしていつか、治療なら私に頼って欲しいな




 ◇ ◇ ◇ ◇


 ドバイクス侯爵家

 かの貴族家は、ランシェス建国当初から続く古い家柄である

 政略結婚などを幾重にも繰り返し、叙勲され、今の地位を築き上げた

 そんな侯爵家の娘であるノスシアもまた、幼いながらもその事を理解していた


(どんな方が婚約者になるんだろう?)


 不安はあった

 だが、侯爵家に生まれた以上、運命からは逃れられない

 しかし、彼女の運命は一人の少年によって変わる


 グラフィエル・フィン・クロノアス


 家は伯爵家で3男

 数々の功績を上げ、同じ侯爵家にまで上り詰めた人

 お父様からお話をされた時は、どんな怖い方なのかと思いました

 実際に会ってみると、グラフィエル様の周りが輝いて見えたのです

 私は、自分のスキルの意味を少しだけしか理解してませんでしたが、グラフィエル様と出会って、色々な事を教わりました


 私は、グラフィエル様の事が直ぐに好きになりました

 でも…グラフィエル様には、既に何人も婚約者がいました

 私は生まれて初めて嫉妬しました

 その嫉妬は、いろんな方にご迷惑をかけてしまいました


 グラフィエル様…いいえ、ラフィ様はその事に怒らず、私の間違いを正してくれました

 そして、私しか使えない魔法も教えてくださいました

 今日も私は、その魔法を訓練しています


「えーと、こうして、こうやって…あ」


 ドガァァァン


「な、な、何事だ!?」


「ご、ごめんなさい!」


 魔法の制御に失敗して、お屋敷の壁に大きな穴が空いてしまいました

 轟音に驚いたお父様とお母様、それに家臣たちが揃って出てきます


「シア!あなたは大丈夫なの!?」


「はい、お母様。シアは大丈夫です……」


「魔法の訓練か。しかしこれはまた…」


「ごめんなさい、お父様……」


 失敗した時は、言い訳せず素直に謝ります

 シアはラフィ様に相応しい淑女になるために頑張るのですから

 でも、お母様のお小言は怖いのです…




 ◇ ◇ ◇ ◇


 私の名はルテリーゼ

 ラフィ様の婚約者であり、フェリック皇国の第9王女

 ラフィ様の婚約者達の中では、現状ですが一番遅い婚約者になります


 ラフィ様との婚約は、端から見れば完璧な政略結婚です

 ただそれは、他人から見ての物ですが

 私は、ラフィ様のお話を聞いて、直ぐに恋をしました


 遠目から見ても、どこか可愛らしくて保護欲を刺激されます

 それと同時に、とても強く、芯の通ったお方だと感じました


 お父様からお話が合った時、私はこう言われました


『あの女狐の事だ。勝算ありきだろう。お前はクロノアス家に嫁に行くと思うが、隙あらば乗っ取って来い』と


 お父様の言いたい事はわかりますが、あのランシェス王妃がその程度の企みに気付かない物でしょうか?

 お父様は、娘には甘く、息子には厳しい方でしたから、心配で言ってるのは分かるのですけど


 そんなお父様の願いも虚しく、私は、ラフィ様の力になるために日々奮闘中です

 ラフィ様の婚約者の方々は、その一角の才能でラフィ様を支えています


 こう言ってはラフィ様に失礼なのですが、ラフィ様は何処か抜けていると思います

 特に貴族関係の事には興味がまるでありません

 私の知る貴族とは、如何にして相手の足を引っ張り、自身の家を発展させるかしか考えてないと思っていました

 ラフィ様やその周囲の方々を見ていると、そのような考えなど馬鹿らしいとさえ思います

 そこがきっと、ラフィ様の魅力なのでは考えています


 そのような事を考えながら馬車に揺られ、本日向かうのは、ランシェス王国が一般開放している図書館です

 他の皆様は、戦闘訓練もしていますが、私には出来ません

 それは私のスキルに起因します


 私が持つスキル【大図書館】は、全ての戦闘力を引き換えにして、膨大な知識を貯蔵できます

 私は正直、このスキルが嫌いでした

 他の兄姉は、修練すればするだけ、新しい何かを得られます

 でも私には、このスキルのおかげで出来ませんでした

 そんな中、ラフィ様が私に言ってくれました


『大図書館か…凄いな。リーゼはきっと、その膨大な知識を生かせれるんだろうな』


 私には福音のように聞こえました

 ただ知識を無駄に貯蔵するスキルだと思っていたからです

 わたしはそれから、ラフィ様に色々聞きながら【大図書館】について学びました


 このスキルについて分かったのは


 貯蔵出来る知識量は魔力に依存する事

 知識の引き出しは自由

 記憶も貯蔵可能

 知識を最適化して活用可能

 交渉、説明などの効果が上がる


 他にも細々とした内容はありますが、大まかに分けるとこの5つでした

 それからの私は、貪欲に知識を漁りました

 あ、勿論ですが、ラフィ様や皆さんとの交流はしっかりと行っていますよ


「ふう…」


 ランシェス王立図書館でスキルを使いながら、知識の貯蔵と自身の想いを再度確認します


「私は戦場には立てない。私は足手まといになる。私は守られてばかりの存在……」


 私の変わらない悪いところを言葉に出します

 でも、だとしても!と心の中で叫びます

 これは私の決意です


「私は、後方での指揮と支援を出来る様になろう。怪我はナユさんとラフィ様が何とかしてくれる。前衛はリアさんとヴェルグさんがいます。ラフィ様が自由に動けるように指揮を取り、皆で無事に帰って来れるようにしないと」


 遠距離にはリリィさんとティアさんがいますし、後方の護衛ならばミリアさんとラナさんでやれるはず

 シアちゃんはまだ幼いから、戦場に立たせないようにしないと


「大丈夫。私は出来る。皆が一緒よ」


 人前では、決して見せない弱さを少しだけ出します

 弱さを見せない私を、ラフィ様はどう思っているのでしょうか?

 面倒な女?可愛げが無い?いえ、ラフィ様の事ですからそれとなく気付いているのかも


 ここで私は、何故かお父様が小さい時に言ってくれた言葉を思い出していました


『リーゼ、お前は俺の文の方を過分に引き継いでいる。文武の文の純粋な後継者はリーゼだと、俺は確信している。だからリーゼは、迷わずに進みなさい。それがきっと、最良になるだろう』


 そうだ!私が皆で幸せに暮らせるように、最良の手を打ち続ければ良いんだ

 もしかしたら、間違ってしまうかもしれない

 でも、きっと皆が助けてくれる

 私は迷わず、自信を持って、皆の為に動こう


「以前の私なら、考えなかったな…」


 きっと、この場所が温かくて居心地が良いのだろうな

 そして私は頭を振り、ひたすら書物を読み漁る

 これが自分に出来る事だと信じて




 ◇ ◇ ◇ ◇


 ヴェルグは考える

 夜の帳が降り、皆が寝静まってから


 ボクの存在意義は何だろう?

 ボクが本当にしたい事は?


 邪な考えが浮かぶことも多々ある

 しかし、実行に移す気は無い

 ここはとても居心地が良い

 生まれて初めて、友達が出来たんだと思う

 でも、皆がライバルでもある


「ラフィ…」


 窓の外を見ながら考えていたヴェルグは、自分でも気付かぬ内に想い人の名前を口にしていた

 ハッ!と気付いて、顔を赤く染める

 頭を振ってから、別の事を考える

 そう、クソ親父の事だ


「多分、そう遠くない内にぶつかるよね。クソ親父の味方になる事は無いけど…」


 そう呟いてから、どうしても消す事の出来ない懸念事項を考える

 それは、クソ親父からの干渉で、自分の意思とは関係なく、敵対してしまう可能性

 いくら神喰の鎖から脱したとしても、創造主の鎖から脱しているのかは、本人でも分からなかった


「万が一の時は…いや、これは酷だよねぇ……」


 いくら考えても答えは出ない

 しかし同時に、とある確信もあった


「ラフィなら、きっとどうにかして解決してくれるよね」


 その言葉の後、ヴェルグはベッドに潜り寝息を立てる

 自信が想像した、最悪の未来から逃げる様に

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