死刑

アール

死刑

「判決、…………………………死刑」


裁判長の下したその判決は、静まり返っていた裁判所内に大きく響いていた。


だが、傍聴席にいた人々達は内心驚きもしなかっただろう。


なぜならこの世界は死刑という言葉で溢れているのだから…………。













近未来。


人口の爆発的増加は止まることを知らなかった。


年々の地球人口を表した折れ線グラフは、常に右肩上がりである。


そしてその傾き具合は日々増していっていた。


人口が増えるのだから、それに伴って犯罪率も爆発的に増加の傾向にあった。


だからこそ、

「犯罪者に対する刑罰を厳しくすれば犯罪率も低下するのではないか」


「死刑の基準をもっと引き下げよう」


という意見があちこちから飛び出し、とうとうこの世界は死刑で溢れてしまった。


殺人はもちろん死刑。


詐欺犯罪も死刑。


強盗も死刑。


窃盗も死刑…………。






もちろん異議を唱えるものは何人もいた。


「流石にこれは極端だ」


「やり過ぎだ」


「冤罪が起こってしまった場合、どうするのだ」


しかしこの近未来の捜査力では冤罪などまず起こらないだろうし、これまで右肩上がりだった犯罪率が今や低下の一途を辿っている、この事実を政府が突きつければ騒ぎ立てていた人々はすぐに口を閉じてしまった。







そして話は裁判所に戻る。


先程発表された死刑の判決を受け、被告人であるその男はフゥッと小さな息を吐くと、ゆっくりとうなだれた。


普通、死刑判決を受けた被告人は納得出来ず、その場で暴れたりして、もがくものだがこの男は違った。


彼にはもう、失うものがなかったからだ。


今更、死刑判決を受けたところで死んだ彼の心からは、なんの感情も湧き上がらなかった。


彼はとある大企業に勤める真面目なサラリーマンだった。


妻と二人仲良くマイホームで生活し、苦労もあったがとても幸せだった。


そう、あの事件が起こるまでは。


彼が仕事を早めに終わらせ、帰宅すると玄関には血を流して横たわる妻の死体があった。


そして近くには刃物を持った4人の男達が立っている。


男は一瞬のうちに今の状況を把握することができた。


妻は運悪く、自宅に忍び込んでいた泥棒グループと鉢合わせしてしまい、口封じに殺されたのだ。


何かドス黒く、メラメラと燃えるものが彼の心の底から湧き上がってきた。


そしてその正体がであると男が気づいた時、全ては終わっていた。


男がハッとして我に帰ると、そこには妻と同じように血を流して倒れる3人の死体があった。


そしてそこから今に至るまではあっという間のことである。


警察がやってきて男は逮捕。


やがて留置所で男は、逃げたもう一人の泥棒グループの生き残りの男が捕まったことを知らされた。


男は弁護士を立てて正当防衛を主張したが、いとも簡単に却下された。


正当防衛といえど、相手を3人も殺したのだ。


それはもう正当防衛ではなく、ただの殺人である。


そう裁判所は結論を下したのだ。


そしてたった今、彼は死刑判決を受けた。


「何か言いたい事はあるかね?」


裁判長がそう彼に向かって言葉をかける。


彼はゆっくりと顔を上げた。


「ええ。

私はこの判決を受け入れ、絞首刑に処される事とします。

だが出来る事なら、その執行時期は少し待っていただきたい。

私の妻を殺したあの男の執行が行われたという知らせをこの耳で聞きたいのです。

そうじゃないと私は死んでも死に切れない……」


それは男の最後の願いだった。


そしてそれが叶えられる自信もあった。


宗教上の理由などで、死刑の執行日を自由にさせてもらえた死刑囚の前例はこれまでいくつもある。


……あの男があの世に行ったという知らせがあるまで死んでたまるものか。


ところがそんな彼の言葉を、裁判長は哀れむ目をしながらゆっくりと首を横に振った。


「残念だが、それは出来ない」


「……なんだと。

しかし前例があるじゃないか……」


「そうじゃない。

確かに死刑執行日は、きちんとした理由があれば死刑囚の希望通りに調整する事が出来る。

ところが君の場合、問題はそこじゃないのだよ」


「一体どういう事なのだ……」


男は訳が分からないと言った様子で裁判長に食ってかかる。


そんな彼を裁判長は同情の表情で見つめ続け、そして最後にこう言った。







「……残念ながら、ヤツは死刑にならない。

調べた結果、まだ17歳だったのだ。

こんな死刑に溢れた恐ろしい世界でも、少年法という希望の光はある。

彼はまだ更生できると法律で判断されたのだ……」







「……そんな。

そんなのくそくらえだ…………。

おい、離せ。離してくれ。

俺がヤツを殺してやる。頼むから離してくれ。

俺が妻の仇をうってやるんだ……………………」







そう言って彼は暴れたが、屈強な係員の力の前ではどうしようもなかった。


彼はそう叫び続けながら、ゆっくりと裁判所の奥へ引きずられていく。






その姿はまるで死刑判決を受けた他の犯罪者の姿と重なったように、裁判長には見えた。






















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