第39話【2018年9月18日-09】

(弥生ちゃんはさ、アタシっていう友達の事を、大切に思ってくれてるだけなんだよ)



 ふざけるなよ、と。


声に叫び返したかった。


けれど、声はどこから放たれているわけでもない。それに返答をした所で、意味も無いのだ。



(ふざけてなんかないよ。……弥生ちゃんは、アタシっていう友達が出来たことを、本気で喜んだんだ。


 空っぽだった自分の人生に、初めてできた友達。


一緒に戦った、大切な友達だったんだから、守りたいと思うのは当然でしょう?)



それがふざけていると言うのだ。


なるほど、確かに友情は美しい。


けれど、そうした感情は、生きてこそ謳歌できるものだ。


死なんて悲しい事だけで、死によって救われるものなんか何もなくて、生きているからこそ感じる事の出来る、それが感情だ。


なのに、何故その感情に殉じる事が出来るのか。


それが、遥香にはわからない。



(弥生ちゃんには、戦いしかなかったんだもん。


 お父さんもお母さんもいて、学校に行けば友達もいたアタシとは違って、弥生ちゃんは戦いっていう場所にしか、自分がいなかった。


 ……ううん、違う。違うね、コレは)



そう、違うんだ。


自分の居場所なんていうのは、自分で見つけ出せるものだ。


学校なんか行かなくったっていい、友達なんか作らなくてもいい。


生きる居場所は自分がココと定めた場所の事であり、誰から与えられるものでもない。


まして、弥生には生き方を強制する親もいない。居場所を押し付ける大人もいなかった。


そうして与えられた道以外を歩む選択肢はあったのだ。


それを選べなかった弥生が未熟だっただけだ。



(でもそうした事を、弥生ちゃんは知らなかった。きっと誰も、居場所を選ぶ権利が自分自身に与えられてるなんて事を、教えてくれる人がいなかったんだろうね。


 もし居たとしても――そうして教えてくれた言葉の意味を、弥生ちゃんが理解できるかどうか、それはあの子次第だから)



確かに言葉は万能じゃない。


人という存在が完璧じゃないから、口にした言葉の意図を正確に伝える事も、伝えられた言葉を理解する事も、必ずしも正しい意味を持っているとは限らない。


だから人は時に拳を握り、相手を傷つけることだってある。


それが人間という存在の愚かしさだ。



(でも貴女には、あの子に幾らでも言葉を投げる事が出来るでしょう?


 色々間違えてしまったかもしれない。過ちを犯してしまったかもしれない。


けれど、そうした経験をして、人は大人になっていくんでしょう?)



今更何を言えというのだ。


遥香は正しい生き方を選べなかった。


弥生は自分の居場所を見失った。


そんな二者が互いに顔を合わせて何かを言おうとした所で、何を言って何を伝えて、何に想いを馳せればいいと言うのだ。



(ねぇ、いつまでそうしていじけているつもり?)



 ――うるさい。



(ううん、言わないと。貴女は正義の味方をしていたつもりだったの?)



 ――そうだったじゃん。アタシは、皆のいるこの世界を守らないとって、変身をしていたじゃんか。


――でも。



(そうだね、守るべき世界には、小さなアタシには分からない位の絶望っていうものが、満ち溢れていた。


 貴女は自分が正義の味方だと、正しい者の味方だと、大切な、皆を守る魔法少女なんだって、戦った。


魔法少女としての自分が必要じゃなくなっても、いつか自分の目指す、理想の自分が、今度は別の方法で、誰かを守る正義の味方になると、信じてた)



 ――分かってんなら聞かないでよ。もうアタシには、そんな正義を振りかざす権利なんてないんだ。



(貴方が守りたいと思ったのは、目標そのものなんかじゃない。


 ただ自分を、そんな絶望から救ってくれる、大切な人達を守りたいと願ったんだ。

願ったから、そうなりたいと目標にしたんでしょう?)



 ――アタシが、守りたかったのは。



(お父さん、お母さん、生まれてくるはずの妹、そして、弥生ちゃん。


 お父さんと、お母さんは、守れなかった。


お母さんの、お腹の中で生まれる事を望まれた妹も、救う事は出来なかった。


けれど、まだ、守れるものが、あるじゃない。


目指すべき先の未来なんかじゃなくて、もっともっと、身近なモノ)



 ――そうだ、アタシは、正義の味方になりたいから、なろうとしたんじゃない。



(……ねえ、教えて)



 ――大切な人を守りたいから、正義の味方に、なりたかったんだ。



(未来のアタシは、どんな素敵なアタシになっているのかな……?)



 頭の中で聞こえていた声が、遥香の頬を、撫でた気がした。


撫でてきた手は小さくて、握れば折れてしまいそうなほど繊細な手。



その小さな手で、戦っていたんだ。


その小さな手で、守りたいものを守ってきたんだ。



目標なんか関係なく、ただ守りたいという願いを抱いたから。



もう、声は聞こえない。


聞こえる必要も無い。



ただ、遥香は前を向き、ヘリコプターの開閉レバーを、乱雑に開けた。




「過去を、変える事なんて、出来ない。


 けど、大切な、本当に大切な、今を生きる人たちを、守る事は、出来る――ッ!」




 揺れる機内、吹き荒れる風のノイズが耳を犯すようだった。


蓮司の叫び声だけが少し聞こえてくるけれど、何と言っているかも定かではない。


そんな状況で、遥香はただその軽い身を――落とした。



「遥香さんっ!!」



 続けて身を投げ出したベネットが、空中で髪の毛を乱しながら遥香と手を繋いだ。


それだけでパスが繋がり、二人は風の音やヘリの音に惑わされる事無く、会話が出来る。


 それが何だか嬉しかったから、二人は手を繋いだだけで、フフと笑みを浮かべ、遥香は涙を流し、ベネットは髪の毛を押さえた。


 涙は風に煽られて空へ舞うけれど。


 二人はただ、墜ちていくだけ。

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