第38話【2018年9月18日-08】
今、リチャードの背後より襲い掛かる数体のレックスに気付いた彼女が、M134機関銃を放棄した。
手に彼女が使用する銃を握り、そのトリガーを引いた瞬間、放たれた光弾は枝分かれしてレックスを貫こうとするも、貫けたのは四体中二体。
彼女のハンドガンから放たれる熱射式誘導弾頭は、分散すれば分散する程威力が低下する他、放たれる銃弾の制御も難しくなる。数体程度ならばなんとか制御も、殺しきる威力も発揮できるが、しかし動き回るレックス、それも四方八方からリチャードを殺そうと、自らの存在が消滅する事を恐れぬ存在が襲い掛かってくる状況で、冷静に制御等出来る筈もない。
「……アタシを、作戦に参加させない理由は、なに?」
「早い話、君は囮なんだよ」
「囮?」
「言っただろう? 念体はまず君たち魔法少女を殺すために行動を開始していると。
念体が何故、どのように君たちの存在を感知しているかは分かっていないのだけれど、あの子たちは君たちを倒す為に思考回路を作り出し、さらには魔法少女同士における通信機能や、それどころかスマートフォンや通信機などに使われる電波通信の遮断を行う妨害電波すら発する事が出来るように、進化を果たした。
つまり現在の念体は、そうした電波を発しているマジカリング・デバイスであるベネットと、その使用者である水瀬遥香の場所を特定する機能を有しているのではないか、と仮定した」
そういえば、と遥香は思考を回す。
八年ぶりに出現したレックスと相対した時、奴らは遥香を狙っていた。
さらには何時も、レックスの出現に際して弥生が駆け付けるスピードも、八年前よりも早いと今考えれば分かる。
それは全て、弥生や遥香がレックスに遭ったわけではなく、レックスが弥生や遥香を殺す為に向かってきていたというわけだ。
「……なるほどね。だからベネットとアタシを、秋音市から遠ざけたって事か。遠ざかったアタシとベネットを殺す為に、追いかけてくるかもしれないと踏んだから」
「その通り。如月弥生が殺された後は冬海市にある自衛隊駐屯基地で君を下す手筈らしいよ。そこでは既に念体を迎え撃つ為の準備も整えている」
「もし期待外れで秋音市へ向かってったとしたらどうすんのさ?」
「……その時は、君に戦って欲しいと思っているが、無理強いはしない」
力なく呟く蓮司の言葉に、遥香もただ、押し黙る事しか出来ない。
ただ、下方を見下ろし、かつては共に戦ったこともある少女に――
如月弥生に、視線を向けた。
彼女は今、懸命に戦っている。
それは彼女が生き残る為じゃない。
――何の為に、彼女は命を懸けて、戦うのか。
「……弥生ちゃんは、どうしてアタシをこうして遠ざける事に、同意したの?
あの子、アタシと一緒に戦いたいって、言ってくれなかったの?
そりゃ、アタシはもう、戦いたくなんか無いけど……そんだけピンチなら、人の命が、アタシの住んでる街が危険なら、仕方ないかなとも思ったのに」
「遥香さん」
ベネットが、今遥香の肩を抱き、隣に腰かけながら、耳元で語り掛ける。
「遥香さんはもう、聞いているじゃないですか。何で弥生さんが、遥香さんを戦わせたくないか」
そうだ、遥香は既に聞いている。
弥生の気持ちを。
『私が何より守りたいのは貴女なの。貴女の幸せなの。貴女の人生なの。他には何もいらない。お金だって、これからの生活だって、戸籍だって、何もかも投げ出せというなら、私は命だって投げ出すわ。
レックスがまた現れた時、貴女と共に戦えるかもしれないって考え、私はとても嬉しかった。だから貴女と再会した時は本当にガッカリしたけれど、貴女の傷ついた心を覗き見れて、そんな気持ちは吹き飛んだ。
むしろ、貴女を私が守らなきゃと思えたから。
私は今、とても嬉しいわ。貴女が、私の様な、死ぬことに前向きになった女になっていなくて。貴女を守ることの出来る力が私にあって、その為に力を振るえる。それが何よりも幸せなの』
弥生は遥香を守りたいという願いしか、今は有していないのだ。
自分の命などどうでもいいと、ただ遥香がこれから生きていてくれるだけで嬉しいと、既にその言葉は、想いは、言葉にして、遥香の胸にも、届いている。
かつて、今は亡き父は言った。
『会話をする事で、初めて分かり合う最初の一歩に至れるんだから』と。
弥生はそうして、言葉にして、会話として、分かり合う為に言葉とした。
それに対して、遥香は自分の想いを、願いを、口にしなかった。
なのに、遥香がどうしたいか、なんて伝わる筈もない。
けれど、遥香は認めたくなかったのだ。
「何で弥生ちゃんはそうまでしてアタシを守ってくれんのさ……っ!
この八年、あの子の事を思い出したことはあっても、これから先、会う事も無いかもしれない、それでもいいなんて思ってたアタシの事を、あの子はずっと、考えてくれてたんでしょ?
こんな化粧に塗れて、生きる事すら億劫に感じて、将来なんか、未来なんか見据えてもいないアタシの事を、どうして、どうして弥生ちゃんは……っ!」
誰も答える事なんかない。
その問いには、弥生にしか答えれぬのだから。
この場にいる、如月弥生以外の人間が、答えられるはずもない。
(――本当に分からないの?)
けれど、そんな遥香に、誰かが語り掛けた気がした。
その声が、どこから放たれたか、誰の言葉なのか、それを不思議と遥香は気にしなかった。
ただその声に耳を、意識を傾けるだけの事。
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