第35話【2018年9月18日-05】
『まだ警戒を解かぬようにしましょう、弥生』
「分かってる――それより、さっき人影というか、何か人っぽい物が先に見えたの」
先へ進んでいくと、そこには横たわる何か人のような物が。
それは、レックスに全身を引き裂かれ、食い殺された、水色の制服を着こんだ中年男性だった死体。恐らくは水道会社か貯水施設管理の人間だろう。体の半分を水で浸していたから血の匂いなどは流れてしまっている。
ハエが集り、その傷口は膿んでいる。だが調べないわけにはいかぬと軽く死体に触れ、体温や傷口の状況を確かめた上で、リチャードは「死後三日……っていう所かな?」とウェストへ問いかける。
『水に浸っていた事も合わせると分かりづらいですが、死体の状況から推察するにそうでしょうね。貯水施設をレックスが根城にしているのか、それともこちらにははぐれた数体がいただけなのか』
「何にせよ調べないと」
死体を連れていくわけにはいかないと先に進み、日の光が差し込む貯水施設へ。最近は雨も少なく、貯水施設にはほとんど水がない状況だったから、その観察は容易い。
「それより、さっきの通信が出来ない状況の方が気になるね」
『スマートフォンは衛星通信も含め通話不可能、オマケに私と弥生の間に繋がるパスも、変身時以外では通じなくなっていました』
「レックスがそうした妨害電波を発信できるようにも進化してるっていう事?」
『考えたくはありませんが、そういう事になるかもしれません』
そうなると、レックスは人間よりも圧倒的に高度な進化を遂げていることになってしまう。しかし現状、レックスに関与する組織や存在が確認できていない所から推察すると、レックスがそうした進化を遂げたという事しか考えられないのだ。
「こっち側は何もないね。やっぱりさっきの数体は、群れから離れた一部だけだったのかも」
『一度私の向かおうとしていた、冬海市へと繋がる道へと行きましょう。もし冬海市が現在レックスの狩場となっているのならば、その状況を把握しないといけません』
「そうだね、行こう」
しかし焦っても仕方ない。ゆっくり来た道を戻りながら、警戒だけは怠らずに先へ進む。
「もしもの話だけれど、レックスがそうした、通信妨害だったり群れを作ったり、そもそもこうして地下施設とかを通って私たちの監視を掻い潜ってるとすれば、どういう危険性が考えられると思う?」
『幾つかありますが、まず一番懸念しなければいけない事は、弥生と同意見でしょうね』
頷きつつも、言葉にする。
「一斉襲撃だね」
『現状秋音市は、レックスを一体から数体相手にする事を想定した防衛体制を採用しております。コレは勿論、レックスへ対抗できる魔法少女の存在が、四九には弥生しかいない事が要因となります』
「もしドルイドの調査結果が正しくて、繁殖や通信妨害、監視システムを掻い潜るような知恵をレックスがつけてるとすれば、長期戦になっても面倒になる。私一人ではその内、数の利で押し負ける事となる。どちらにしても最悪のパターンだ」
『せめて常人がレックスに対抗できる装備の開発が進めばよいのですが、現状でレックスに有効な火器は、それこそ対物ライフル程の大口径でなければなりません』
「レックスの数と、防衛体制の構築が間に合うかがカギ、って事だね。後で笹部さんに報告をお願い。――そろそろ、中継地点だ」
道は真っすぐ、冬海市の海水処理施設へと繋がっているわけではない。そこからゴミなどを処理する中継地点が存在し、今マジカル・リチャードは、開けたその空間に視線をやった。
「……最悪だ」
『ええ、最悪ですね』
現在彼女がいる場所は、中継地点の上階。そこからザーッと水が下りていき、ゴミなどを排除して海水処理施設へと向かっていく仕組みになっているのだが、下りずにその場で見下ろして、現状を確認したのだ。
その中継地点には、ひしめく様に多くのレックスが。
数はもう数えきれない。見渡しただけでも数百は存在するだろうその数を見据えて、表情をしかめたリチャードは、地図を広げてウェストへ問いかける。
「ここを爆破しちゃって、レックスを一斉処理って出来ないかな?」
『過激ですね。できなくはないでしょうが、しかしその準備をするまでに移動をする可能性もあります。なんにせよ、一度変身解除しましょう』
言葉通り、今マジカル・リチャードから弥生とウェストに分離、変身を解除し、二人でスマートフォンにて写真を収めていき、来た道を戻る。
「あんな数のレックスが一斉に秋音市へ侵攻を開始したら、取り返しがつかない。多少強引な手を使ってでも数を減らさなきゃ」
「しかしまだ、他の調査結果と照らし合わさねば、正確な作戦を立案できません。ひとまずは外へと出て、笹部さんと連絡を取りましょう」
と、そう言っていた傍から、ウェストの持つスマートフォンに通話が入る。歩きながら電話を取ると『ウェストか?』という笹部蓮司の声が入り「はい」と短く返事をする。
『こっちはもぬけの殻だった。そっちはどうだ?』
「最悪です。レックスが数えきれないほどの大群でひしめいておりました。あの数がこのまま一斉に進行を開始すれば、秋音市は壊滅します」
『こちらドルイドだけど、ちょっといいかな?』
蓮司のスマートフォンを奪ったのか、僅かに風を切るようなノイズが聞こえたと同時に、ドルイドの声が。
『数えきれないほどの大群と言ったね。正確な数はわからない感じ?』
「あの真っ黒くろすけが一面にひしめいていて数を数える事が出来るものは、それこそ人間ではありません。マジカリング・デバイスである私でも、正確な数を確認することは困難でした」
『それ、ボクにとっては朗報だけど、君たち四九、というより人間からしたらマズい状況だと思うよ』
「何を」
ドルイドの言いたいことが理解できず、首を傾げたウェストだったが、彼はウェストの言葉を最後まで聞く事無く遮り、自分の言葉を続ける。
『今四九が調べた場所の報告を聞いてる限り、ボクが調べてた場所はほとんど引き払った後だった。恐らくなんだけど君たちの調べた調節池に、念体は集結しているんだと思う。でもレックスは元々群れる性質が無い存在なのに、そうして群れる所か集結してる』
「何が、言いたいのですか?」
ウェストには、ドルイドが言いたいことは分かっていた。
しかし、問わねばならぬと思ったからこそ問いただし、彼は僅かな笑い声と共に、彼女の考えた通りの答えを、言い放つ。
『もう一斉襲撃の準備を整えてるんだよ。後数日もしない内に、レックスの侵攻が始まるよ』
言いたいことは分かっていたし、問わねばならない事も分かってはいたが、しかし聞きたい事というわけでもない。
ため息を共に、弥生とウェストはひとまず笹部たちとの合流を果たす為、夕方に差し掛かる秋音公園へと、姿を出した。
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