第三章-a
第26話【2010年9月15日-01】
2010年9月15日
アタシ……水瀬遥香の運命は、思えばこの時から始まっていたのかもしれません。
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「……あ、ヤバイ、忘れた」
アタシはお昼休みの給食時にパンを頬張りながら、そう呟きました。
何を忘れたのかと言うと、学校の宿題です。それも、プリントとかそういう簡単に出来る奴じゃなくて、結構大変な宿題です。
そう――小学生の天敵、作文。
なぜこれを今思い出したかというと、このお昼休みが終わった五時間目の授業が国語の授業な上、授業参観だという事だけを楽しみにしていたのですが、結果として提出する為の作文には一切手を付けていない所か、原稿用紙を机に入れっぱなしだったという事を、今まさに机の中でぐしゃっとした紙を見つけた結果思い出しただけなのです。
「マズい……ママぶち切れちゃうよ……っ、今日のご飯がかかってるのにぃ……っ」
アタシのママは料理上手で、その日の機嫌によって献立の内容が変わってきます。(なお後々知ることになりますが、今日の晩御飯は中華料理の満開全席みたいな奴でした)
なので下手な事をしてしまうと、今日の晩御飯だけじゃなくて明日の朝ごはんも大変な事になってしまうかもしれません。(なお後々知ることになりますが、明日の朝ごはんは卵をふんだんに利用した卵料理尽くしでした)
皆よりも早いスピードで給食を無理矢理口に詰め込み、噛み終わるより前に手を合わせて「ふぉちふぉーふぁまふぇふぃふぁっ」とご馳走様でしたの挨拶をし、トレイや食器を片づけ、すぐに作文へ取り掛かります。とは言っても気付くのが遅かったので、あと十分ほどでお昼休みが終わってしまうのですが。
「えっと……でもテキトーするとそれはそれでママ怒っちゃいそうだしなぁ……うん、本気で手を抜いてマジでやろう!」
自分でも一体何を言ってるんだ感はありますが、気にしている暇はありません。原稿用紙に鉛筆を走らせます。
一人、また一人、時には二人と、次々に授業参観に参加するべく、おめかしをしたクラスメイトのお父さんお母さんたちがやってきます。
「遥香ーっ! ちゃんと見てるからねーっ! 他のジャリ共全員ぶっ倒せるような作文書いただろうねぇ!?」
「ママ!? ジャリ共って古すぎるし他の人のお子さんで遥香の友達だし作文でどう倒せっていうのさ!? ホントごめんなさいごめんなさいっ!」
いつの間にかママと、パパも来てます。
喧嘩上等他人を気にしない唯我独尊ママと、そんなママの尻拭い担当パパという組み合わせは周りのお母さんたちにウケていましたが、アタシはそれどころじゃありません。
冷や汗ダラダラと流しつつ、何とか書き終えました。もし誤字脱字あっても「子供の間違いだもの許して先生」とハートマーク付きで謝れば許してくれることでしょう。いつもはもっと真面目にやってますし、今日くらいは……うん。
そんなこんなで授業参観が始まります。
順々に読まれていく作文を聞きながら、アタシはちょっと思ったことがあります。
ここまで、皆色んな夢を語ってきましたが、この中でその夢に辿り着く事が出来る子は、いったいどれくらいいるんでしょう。
十割……は流石に無いとしても、きっと一割くらいは夢を叶えるんでしょうか。それとも、夢を叶える事が出来ずに、大人になっていくんでしょうか。
ちょっと、それが怖いと感じてしまいます。
「……水瀬さん? 水瀬さん!」
「、え、はいっ!」
「次、貴女の番よ? 緊張しちゃった?」
「あ、えっとぉ……その、え、えへへへ」
いつの間にかアタシの順番が来ていたみたいです。皆キャハハと無邪気な声を上げてくれますが、そんな事より多大な殺気を放つママの事をどうにかしてほしい。
と、そんな事を考えていたら、本当に緊張してきました。
高鳴る鼓動を抑えつつ、けれどそれでも抑えきる事が出来なかったから、チラリと後ろを見据えます。
ちょっとだけ、アタシを睨んでいましたが、アタシが視線を送るとニッと笑みを浮かべて、サムズアップしてくれる、随分とおめかししてるママ。
ママと同じくサムズアップをしながら、けれど優しい笑顔を向けてくれた、スーツ姿のパパ。
二人の笑顔と、そのサムズアップが、どこか嬉しかったのかもしれません。
一秒だけ、先生に心中謝りながら、それでも一秒だけを使って、二人に向けたサムズアップ。
前を向き、深呼吸を一つ――目を開けて、読み上げます。
「アタシの将来の夢は、まだ決まっていません。
警察官、弁護士、お医者さんと、色々人を助けるお仕事はありますが、どんなお仕事を選んだとしても、それはきっと、どこかで誰かの為になると、信じています。
なので、もし何になりたいか、どうなりたいかを決めるとしたら、きっと『素敵な大人』です。
パパは毎日毎日、頑張ってお仕事をしています。このお仕事は私にとってよくわからない、システム管理というお仕事みたいですが、きっと、そのお仕事によって、誰かのお仕事や生活をお手伝いしているんだと思います。
ママは毎日毎日、いっぱい料理を作ってくれて、アタシともいっぱい遊んでくれます。それはアタシを笑顔にしてくれる、すごいお仕事です。本当にいつもありがとう、ママ。
そんな二人と一緒にいるから、アタシはずっと、誰かの為に行動が出来る『素敵な大人』に憧れています。
パパとママみたいに、アタシもいつか、自分の子供や誰かの子供に『素敵な大人』だと言われるようになりたいです」
読み終わり、アタシはペコリと後ろを向いてお辞儀をした後、ニッコリと笑いかけます。
パパはちょっと涙ぐんでましたけど、けど笑いながら手を振って、口パクで「百点満点」と褒めてくれました。
ママは――大変でした。
「むぎゅ」
あ、ちなみに今のはパパがママに首絞められて出た声です。
「ねぇねぇ聞きました!? 聞きました今の!? アレウチの娘なんすよッ!! ウチの自慢の娘なんすよッ!!」
「ま、ママ……っ、首、しま、絞まる……っ」
「パパ良かったねぇアンタ、何してるか分かんないけどきっと誰かの役に立つ仕事だってさ! 今日夜勤だけどねッ! でもそうだねぇ、それもきっと誰かの生活を助ける仕事なんだろうねぇ、今日夜勤だけどねッ!」
「きゅぅ……っ」
ちなみに今のはもっと首絞められて意識を飛ばしたパパの声です。
「イヤホントいい子に育ちましたよ、まぁアタシの娘だしね、そうなるのも分かってましたけど、コイツの遺伝子入っちゃってるから心配だったんすよねぇ! 奥さん、分かります?」
「え、あー、その」
「分かってくれますよねぇ! ちなみに奥さんどの子のお母さん? あ、あそこの? へー」
「ママッ! 授業参観で他の子のママとかパパに迷惑だから静かにしてっ!!」
アタシの叫び声で目を覚ましたパパが、ママの口を塞いで各方面に謝り(ママに肘打ちでお腹をゴスゴス殴られながら)、何とか事なきを得ましたが、あのままママが放置されていたら、授業参観は大失敗で終わったのかもしれません。
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