第65話 春休みの旅行

美哉と正宗の家族旅行は毎年、春休みだ。


一般的に家族旅行といえば夏休みだが、夏は正宗が引きこもりになるので春休みがちょうど良い。美哉にとっても宿題もなく、伸び伸びと旅行を楽しむことが出来るタイミングなのだ。


「美哉ちゃん、今年の春休みの旅行は京都に行くにゃ」

「何かあるの?」

「去年は北海道だったし、その前は北陸だったにゃ。そういえば京都はまだ行って無かったと気づいたにゃ。それに春は、あちこちで特別に公開されるお庭とかがあるにゃ」

「それは素敵だねえ」

「まだ寒いから湯豆腐も美味しいにゃ」

「良いねえ、京都で湯豆腐。楽しみだなあ」



文治郎は、いつも春休みは両親のサロンを手伝っているが、今年の春休みは予備校に通うようだ。

「いよいよ3年で受験だし。きっちり合格して来年の今頃は教習所に通っていたいな」

「頑張ってね」

「予定通りなら、来年は美哉の予備校の送り迎えは車だな」

「にゃ! 頑張るにゃ、文治郎」

美哉の安全に繋がると知り、応援に力が増す正宗。



そして京都にやってきた。


「京都も寒いにゃ」

「春はすぐそこなのにね」

「まずはホテルにチェックインして荷物を置いて身軽になるにゃ。そしたらお昼を食べるにゃ」


こじんまりとした和モダンなホテルのツインを取った。インテリアが可愛くて美哉が大喜びだ。喜ぶ美哉の写真を撮りながらホテルに確認したらブログ掲載オッケーだったので、あとで紹介するつもりだ。もちろん美哉の写真はブログに載せない。ブログで顔出しするのは正宗だけだ。



荷物を置いて向かったのは、ホテルの近くのうどん屋だ。フロントスタッフお薦めのお店だから楽しみだ。

「冷えるから、あんかけにしようかな」

「僕はカレーうどんにするにゃ」

お薦めなだけあって美味しかった。いきなり大満足だ。


「夜は夜間拝観に行くから、昼間は美哉ちゃんが行きたがっていた伏見稲荷に行くにゃ」

伏見稲荷大社は、全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮で、朱塗りの社殿や千本鳥居が写真映えで有名だ。


「スニーカーに履き替えたにゃ?」

「うん。楽ちんだよ」


伏見稲荷の境内はとても広い。

稲荷山全体が信仰の対象となっており、標高200メートル超え、一周約4キロの山を歩き回るので歩きにくい靴はNGだ。

ご利益のあるお社や見どころをまわる“お山めぐり”を楽しむなら絶対にスニーカーが良い。


「凄いねパパ」

「これは江戸時代以降の流行らしいにゃ。願いごとが「通るように」とか、「通った」というお礼をこめて、鳥居を奉納する習慣が広まったそうにゃ」

「割と最近の話なんだねえ」

「美哉ちゃん、写真を撮るにゃ。その鳥居は美哉ちゃんに似合うにゃ」


正宗と美哉は4時間かけて伏見稲荷を歩き回って堪能した。


「キツネの像も可愛いかったね!」

「美哉ちゃんの方が可愛いにゃ! 疲れたから、稲荷茶寮でひと休みにゃ。お稲荷さん”モチーフのパフェを食べるにゃ」


和パフェを注文したら、抹茶アイスに赤い鳥居が刺さっていた。“五穀豊穣”にちなんだ和パフェだそうだ。


「美哉ちゃん、この後は予約しておいた聞香体験に参加して、夜は湯豆腐を食べて夜間拝観にゃ」

「全部楽しみだね。」

聞香体験は、香の歴史や聞香の作法などのお話を聞いて組香を体験できるコースだ。


「明日は手描京友禅の工房でハンカチ染体験にゃ。今日はたくさん歩いたから、遅めに起きてゆっくりするにゃ」

「うん、明後日は奈良だっけ?」


「そうにゃ! この旅行のメインにゃ!」

正宗の顔が真剣だ。

「国宝、金地螺鈿毛抜形太刀(きんじらでんけぬきがたたち)が目的にゃ。この黄金の太刀には、スズメを捕まえる猫がアニメーションのように表現された猫雀(ねこすずめ)と呼ばれる文様があるにゃ。猫の国宝にゃ!」


猫扱いされると怒るのに、猫の国宝には誇りを感じるらしい。


「グッズも楽しみだね!」

「手ぬぐい、トートバッグ、クリアファイル、ポストカード、マスキングテープ…素晴らしいランナップにゃ…奈良といえば猫にゃ!」

「トートバッグは文ちゃんのお土産に買おうよ、学校とか塾のサブバッグにちょうど良いよ」


うっとりと、国宝な猫の話題で盛り上がるケットシーの親子を、周囲の観光客がニコニコ顔で見守っていた。奈良といえば鹿だろうと野暮なことを言う者はいなかった。

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