第63話 パパの使命感

昼も夜も文治郎のお手製ゼリーをちゅーちゅー丸飲みしたチョロ正宗。

本人は薬を回避したつもりだが、ゼリーを完食したので効いているはずだ。


「もう!パパったら、今日こそお薬飲んで」

「嫌にゃ」

プイっとするチビ正宗が可愛い。


「でも、おじさんは美哉に比べて軽症じゃないか」

「そうにゃ。だからお薬はいらないにゃ。文治郎はいいことを言うにゃ」

薬を飲まない理由があると偉そうに言い張りつつ、ゴロゴロと美哉に甘える正宗。

小さくなってから、ずっと美哉に抱っこされている。


「それにしても…おじさん可愛いな」

「そうなの。可愛くて無理強い出来ないというか…。可愛くて可愛くて」

「パパも美哉ちゃんのことが大好きにゃあ。もっと甘やかしても良いにゃ。ゴロゴロゴロ…」


チビ正宗にメロメロな文治郎は、暇さえあれば美哉に抱っこで甘える文治郎を撮影している。動画フォルダがチビ正宗でいっぱいだ。もちろん小さい美哉も撮りまくった。


「もし今、換毛期を迎えたらおじさんも楽だろうな」

「ハハハ、そうだねー」


「…。」

「…。」

真剣な表情で目を合わせる美哉と文治郎。


「俺、エアコンの設定温度を上げてくる」

「パパ、もう一枚だけ羽織ろうね」

そんなに急いで抜けることは無いだろうが、

あとでブラッシングしようと思う美哉だった。



「美哉ちゃん、文治郎、今日のお昼はオムライスが食べたいにゃ」

「油っぽいけど大丈夫?」

「大丈夫にゃ。きっともう治るにゃ」


確かに美哉と比べて、苦しそうではないし全体的に症状が軽い。


「じゃあお昼は私がオムライスを作るね」

「ありがとうにゃ」

さっそく美哉がキッチンで調理を始める。


「文治郎」

「何? おじさん」

「抱っこにゃ。美哉ちゃんがオムライスを作る様子を見たいにゃ」

文治郎に向かって両手を伸ばすチビ正宗。


「おじさんが可愛くて辛い…」

「照れるにゃ」

こんなに可愛いのに正宗自身は通常営業だ。


チビ正宗を抱き上げてキッチンで美哉の調理を見守る。



「美味しいにゃ。食べたかった味にゃ」

先日まで美哉が使っていた子供用のカトラリーで、もりもり食べる。確かに回復は近そうだ。


今日のゼリーも練乳ミルクゼリーだ。濃い目のミルクティーに入れて薬っぽさを誤魔化してある。


「喉越しが最高にゃ」

薬だと気づかず最後まで騙されていてくれそうだ。今日も何も疑わずに丸飲みしている。


治っても真相は秘密にする予定だ。また病気になった時に再び騙されて貰わないと困るから。


食後、ブランケットに包まれて美哉のお膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしていると、回復の予兆がきた。


「にゃ!」

「パパ?」

「大丈夫にゃ、にゃにゃ!」


少年漫画で急に筋肉ムキムキになって服が破けるような勢いで成長し、着ていた服の縫い目がバリバリっと裂けた。


「にゃあ…ブランケットを羽織ってて良かったにゃ」

「パパ!」

「美哉ちゃん」

美哉が正宗に抱きつく。

「心配かけたにゃ。もう大丈夫にゃ」

ゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶ正宗。

「文治郎もありがとうにゃ」

「良かった、おじさん」



*******


3人で再び通院し、医師から太鼓判を押されて、普通の生活に戻った。


「良かったにゃ。どうしても今日中に良くなりたかったにゃ」

「どうして?」

「明日は月曜日なのに美哉ちゃんがパパのために学校に行かないって言い出すかもって不安だったにゃ」

「学校よりパパが大事だよ!」

美哉が怒り出す。


「怒らないで欲しいにゃ。もうすぐ学年末試験だから心配だったにゃ…」

「パパったら。…試験よりもパパの方が大事だよ」

「美哉ちゃん!」

正宗が美哉を抱きしめてゴロゴロと喉を鳴らす。


そこまでの使命感があるならば薬を飲んでくれよ…と、声に出さないけれど強く思う文治郎だった。


*******


「小児インフルエンザって流行ってるんだって?」

「うん、大人しか掛からない病気だから私は初めてかかったんだ」


正宗が撮影した写真を由香に見せる。小さな美哉が文治郎に抱っこされている。

「これ! 本当に先週の美哉!?」

「うん。記憶もバッチリあるんだけど、子供の身体に精神が引きずられるの。注射とお薬が嫌で嫌で駄々をこねて逃げ回っちゃった」

「いやーん、小さい美哉が可愛い」


「これが週末のパパ」

「はうっ…おじさんが可愛くてヤバい」

「ね! パパが可愛いよね!」

「この可愛いパパがお薬を嫌がってね」

「そこは美哉と同じなんだ」

「獣人は味覚が発達してるから…」

ちょっと恥ずかしそうだ。


「日曜日には食欲も戻ってオムライスを食べたがったの。私が作ってたら、作るところを見たいって言って文ちゃんに抱っこをせがんでね。小さなパパを抱っこした文ちゃんが横で手伝ってくれて…」

「……なんか小さな子供を持つ若い夫婦みたい」


ボンっと美哉の顔が真っ赤になる。

「も、もう! やだな由香ったらー」

満更でもないようだ。



側で聞いていた太一が動揺していないことに鉄平だけが気づいていた。新しい恋でもすれば、より魅力的に成長するだろう。

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