第2話 美哉と文治郎

「パパ! 落ち着いて!!」

美哉が正宗に抱きつく。

「ふにゃあ!」

「パパ!」


日頃から正宗の抜け毛に悩まされてきた。抜け毛対策に、これは便利だ! と買ったお掃除ロボットのルンバとブラーバ。便利だがケットシーの本能を刺激する憎い奴でもある。今日も正宗がルンバを捕まえようとして美哉が止めている。


「ごめんごめん、ちょっと夢中になっちゃったにゃあ」

「パパは出来るだけ見ないようにしてね」

「気をつけるにゃあ」


分かったと言いながら視界の端でルンバの動きをキャッチする正宗。


── うずうず……。


「パパ!」

びくりと正宗の身体が反応する。

「ごめんにゃあ」


獲物っぽい動きをみると、勝手に体が反応し捕まえようとするので正宗は出来るだけルンバを見ないようにしている。ルンバとブラーバの操作は美哉の担当だ。



「今日もパパが危なかった……」

「仕方ないよ、おじさんの本能だろ?」

「そうなんだけど……。あんまり暴れるとぶんちゃんの家に響くでしょ?」

文治郎の家は美哉と正宗の家の真下だ。


「ウチは平気。気にすんな」

美哉が息子の文治郎と結婚してくれたら良いなぁ…と夢見る文治郎の両親は正宗&美哉に好意的だ。

「いつもごめん、ありがとう」

「いいって。今日も帰りは待ち合わせな。帰ったらうちで宿題やろ」

「うん。」


文治郎の両親は共働きの美容師だ。2人で駅前の美容院を経営している。平日は昼13時から夜22時までの営業で、土日は午前10時から。仕事帰りに立ち寄れるサロンとして人気だが夜遅いため文治郎の両親は朝が弱い。正宗が朝にドタバタしていても平気で寝ている。


「あ、忘れてた。これお弁当ね」

「サンキュー」

共働きで夜遅く朝に弱い文治郎の両親に代わって、文治郎の分のお弁当も正宗が作っている。


ケットシーは猫に近い。猫は夜行性で夕方から夜、早朝にかけて活動的になる。

ケットシーは人にも近いので夜はちゃんと眠るが朝に強い。(ここが猫寄り)

早起きは得意なのでお弁当も毎朝しっかり作る。ついでに文治郎のお弁当も作っている。


「今日はそぼろ弁当だよ」

「昼が楽しみだな!」



*******

美哉と文治郎が幼稚園の頃、幼稚園の運動会で文治郎が1人ぼっちで出来合いのお弁当を広げる姿を見た正宗が『シャー!』と叫んで尻尾を膨らませた。


当時サロンを開いたばかりで、ろくに休みも取らず顔色の悪い文治郎の両親が、妻を亡くしたばかりの正宗を気遣ってなにかと声をかけてくれていた。

あまりにもヨロヨロな2人に、逆に心配になったが、2人は大丈夫と繰り返すばかり。まあ夫婦2人で支え合ってるなら…と見過ごしていたが大丈夫ではなかった。


その日も幼稚園児の文治郎に出来合いのお弁当を持たせて1人で運動会に送り出していた。

周りがみんな家族でお弁当を広げる中、ひとりぼっちの文治郎をわっしょいと回収し、正宗と美哉と文治郎の3人で正宗の手作り弁当を食べた。


正宗が張り切って早朝から作ったお弁当は超豪華だった。少食な美哉が食べる20倍くらいの量と品数を作った。

それは文治郎が生まれて初めて見て食べたご馳走だった。


それ以来、学校の行事はいつも一緒。毎日のお弁当は文治郎の分も。それが正宗の当たり前になった。美哉と仲の良い文治郎にやきもちは焼くが可愛がってもいる。複雑なパパ心だ。



「そういえば髪が昨日とちょっと違うね」

「昨日の夜、母ちゃんにやられた」

「似合ってるよ」

「…サンキュ」


文治郎はイケメンだ。

美容師の両親がかっこ悪くなる事を許さないので、髪が伸びてもっさりしてくる前に強制的に整えられる。両親の勧めで小さな頃からサッカーを始めて、高校でもサッカー部だ。両親が思い描いた通りモテ系部活でレギュラーだ。


背の高いサッカー部のレギュラー、(家庭の事情で)身嗜みも常に完璧。モテ要素満載だ。

ちょいちょい告白されるがもちろん断っている。


「……またモテちゃうね」

「俺は美哉一筋だから」

「えへへ。」

美哉の尻尾が嬉しそうに揺れる。


朝から美哉と文治郎が甘酸っぱい雰囲気なことに、正宗は気付いていない。

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