第4話
翌日、地区大会決勝戦。
私は初めて変装もせず、堂々とスタンドの真ん中に陣取った。
スタメンが発表されたが、そこに彼の名前はなかった。
「やっぱり即効性の浣腸タイプにしとけば良かったかな……」
今更そう思っても後の祭り。私はランナーコーチとして声を張り上げる彼を目で追いながら、試合の行方を見守った。
そして迎えた九回裏、ツーアウト二塁。一打同点のチャンス。
ここで彼はコーチャーズボックスを離れ、ベンチに戻った。
「もしかして……?」
監督が審判に代打を告げ、バットを持った彼が颯爽とベンチから出てきた。今大会、初めての出場だ。
「スイングできるくらいには回復したのかな? だったら良いんだけど……」
このチャンスで彼がランナーを迎え入れることができれば同点、優勝への望みが繋がる。もし打ち取られてしまえば、彼の中学野球生活は終わりを告げる。
彼はバッターボックスに入る前、私のほうを見て、何かを呟いた。
そして、ピッチャーの投じた初球を振り抜くと、甲高い金属音を響かせた打球はレフトスタンドへ飛び込んだ。逆転サヨナラホームランだっ!
ああ、やっぱりあの薬は本物だった!
やったぞコンドロイチン!!
凄いぞコンドロイチン!!!
優勝の歓喜の輪の中で、私に向けてガッツポーズをした彼。私はそれを見届け、球場を後にした。
☆ ☆ ☆
彼の活躍で試合に勝った喜びと、胸に去来する少し複雑な思いを抱えながら、私は歩いて帰路に就いた。
あの魔法の薬が効いて、彼の肘が奇跡的に回復したのは確かなようだ。
彼の様子を見るに、きっと惚れ薬の成分も本物なのだろう。
でも、それって……。
☆ ☆ ☆
「遥香ちゃん! 待ってくれ!」
背後から彼の声が聞こえた。
振り向くと、ユニフォーム姿のままの彼が、私に向かって駆け寄ってきた。
「英太君……」
「今日は観に来てくれてありがとう。君のお陰で優勝できたよ」
「……おめでとう。カッコ良かったよ!」
彼は少し照れた笑顔を見せた後、口を真一文字に結び、何かを決意したような表情に変わった。
「遥香ちゃん。実は俺、君のことが……」
「待って!」
私は彼の言葉を遮り、俯いて首を振った。
確かにあの薬の効果は凄い。でも、これじゃダメなんだ。これはフェアじゃない。薬の効果で好きになってもらったところで、それは私のチカラじゃない。もしここで彼の告白を受け入れてしまったら、私は一生、『変な薬で彼を騙した卑怯者』の看板を背負って生きていくことになってしまうんだ。
私は覚悟を決めて、全てを打ち明けることにした。
☆ ☆ ☆
「私、英太君に謝らなければいけないことがあるの。実は、あのエナジードリンクは……」
「ああ、あれ? ごめん、飲んでないんだ」
「……ゑっ?」
「いやあ、試合の直前に飲もうと思って冷蔵庫に入れてたら、弟が勝手に飲んじまったんだよね……。アイツめ、人の大切なものに手を付けやがって」
「じゃ、じゃあ、薬が効いたんじゃなくて!? あ、いやその……」
「薬? 何のこと? ああ、君の応援っていう特効薬は抜群に効いたよ、あはは」
「そっか……、良かった……」
私はお腹の底から安堵した。私の不埒なドーピング作戦は未遂に終わり、彼の心は純潔を保ったのだ。
ん……?
と、いうことは……?
「改めてもう一度言うよ。遥香ちゃん、君は今まで試合の度に来てくれてたよね? いつも奇妙な変装してたけど……」
バ レ て た !
「他の誰かを応援してるのかな、だとしたら悔しいなと思ってたんだけど、昨日確信した。君は俺を見に来てくれてたんだよね?」
「うん……」
私がおずおずと頷くと、彼は白い歯を見せて微笑んだ。そうだ、この爽やかな笑顔にやられたんだっけ。
私もつられて笑顔になった。心の準備はできた。
「ずっと俺を応援してくれてありがとう。君が俺を見ていたように、実は俺も君を見ていたんだ。自信が無くてなかなか言えなかったけど……、俺は君が好きだ。俺の彼女になってくれないか?」
「……はいっ!」
この夏空のように晴々とした気持ちで、私は元気よく答えた。
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