第11話

日向ひなたー」

「ん?」

「まだ帰んねーの?」

教室にはいちごと俺以外、誰も残っていない。

昼間に浅野が言っていたように、定時制があるから早めに教室を出る生徒が多く、だらだらしていると見回りの教師にも注意される。

と言っても、まだ一時間以上の余裕はあるのだが。

「この後、水瀬みなせの相談に乗らなきゃならなくてな」

休み時間に女子トイレ、ではなく、放課後の教室になったが。

「その水瀬はー?」

例によって、ポップキャンディをくわえながら気怠けだるげに言う。

「生徒会の仕事を片付けるまで、ちょっと待ってくれってさ」

「ふーん、まー、日向は相談しやすいからなー」

「は? 俺は頼りにならんだろ」

「相談って、解決目的じゃなくて、聞いてもらうことが目的だったりするじゃん」

そういうものか。

でもそれって、俺が女子みたいだから話しやすいというだけでは?

「それに、あおいにとっては間違いなく頼りになる兄ちゃんだろ」

……やっぱり、苺はいいヤツだな。

女装した俺を、笑ったり小バカにしたり気持ち悪がったりせず、ちゃんと理解して、ちゃんと応援してくれる。

「それにしても……くく」

ん?

「……いつかやると思ってたけど、あは、ホントに女装するって……ぷぷっ、あはは、マジでウケんだけどー!」

めっちゃわろてるやん!?

い、いや、変に気を使われるよりも、こうやって笑い飛ばしてくれた方が清々しいってもんだ。

「チョー決まってたし!」

パシパシ!

背中を叩くな。

「カワイーし!」

パシパシ!

「今度プリクラ──」

「全然清々しくねーわっ!」

「あん?」

「いや、まあ笑われたりするのはいいんだけどさ、誰にも口外するなよ」

「SNSにアップしたくなるレベルだけどなー」

「ヤメロ!」

「つーかさぁ、あたしが誰かに言うとでも思ってるワケ? めっちゃ心外なんだけど」

笑うと子供の頃の可愛さが顔をのぞかせるのに、真顔になるとヤンキーなんだよなぁ。

でも、言葉遣いや見た目はともかく、中身は全く変わっていない。

割と姉御肌で面倒見がいい。

「逆に聞くけど、俺がお前を疑ってると思うのか?」

「……三回まわってワンと言えば信じてやるよ」

「なんでだよ!? 今お互い信じ合ってるって話に向かうところでしょ!?」

「まあ、そうだな。実際、日向はシスコンだし」

「シスコン関係ねーだろ! つーかシスコンちゃうわ!」

「日向がシスコンじゃなかったら、いったい誰がシスコンなんだよ」

「いつから俺はシスコンの総元締みたいになってんだよ!」

「日向の行動原理は全て葵に基づいている」

「あ? 言っておくが、葵の宿題を手伝ってやったことすら無いからな」

「それは葵の方が頭がいいからじゃん?」

ぐ……。

寧ろ手伝ってもらってたのは俺だった。

「中一まで一緒に風呂に入ってたが、身体を洗ってやったことも無い」

「中一まで一緒に入ってることが問題だろ!?」

「でもなぁ、双子だしなぁ」

「双子は関係ねーよ! 中一つったら胸も膨らんで……葵は、随分と遅かったかな」

「お前、貧乳とか言うなよ」

「言ってねーだろ!」

「あいつ、貧乳をめっちゃ気にしてるんだからな」

「そ、そうなのか?」

「貧乳のひの字を出すだけでアウトだ」

「日常会話が成り立たねーだろ!」

「まあ……それはともかく、サンキュ」

「は? 何がだよ」

「苺のことははなっから信じてる。けど、だからこそありがたいなって」

「……別に礼を言われるようなことじゃ」

「また四人で遊びたいな」

俺がそう呟くと、何故か苺は苦笑した。

苺と話すのは楽しい。

もしかしたら、俺といちばんウマが合うんじゃないかと思ったりする。

でも、苺のその苦笑は、もう子供じゃ無いんだとでも言いたげで、それが少し残念だった。


「待たせてごめん!」

苺が帰ってしばらくして、水瀬は律儀に、いや、生徒会副会長のくせに廊下を走って戻ってきた。

「ああ、いま来たとこ」

「何のための嘘!?」

全日制で一番の美少女は、走って髪が乱れても、汗をかいても、驚いても美少女だ。

でも、学校一とは言わず敢えて全日制でと付け加える俺は、たぶんスミちゃんが一番だと思っているんだろう。

「何か失礼なこと考えてない?」

ただ、頭の良さは雲泥の差がある。

スミちゃんバカだけど、水瀬は勉強に限らずあらゆる面でけている。

「失礼どころか、全日制で一番の美少女だと思ってたところだ」

う、なぜ睨むのか。

そして、なぜ睨むと美しさが増すのか。

「ヒナちゃんって、結構イジワルよね」

「なんで!?」

「浅野君と席を替わったこともそうだし、今の褒め言葉も対応に困るし、昼休みの会話だって的確に探りを入れてくるし」

「いや、席は本当に嫌なら元に戻すし、褒め言葉は素直に喜んでおけばいいんだよ。昼休みのあれは、探りっていうか、水瀬の席が石上さんの席だったなぁと思って──え!?」

なんだこれ?

これがあの、強い意思を感じさせる眼差まなざしで、男子相手にも物じせずに突っ掛かっていく水瀬か?

石上さんの名前を出した途端とたん、唇をモゴモゴさせて顔は真っ赤っか、指はモジモジと毛先をいじり、視線は弱気に斜め下をさまよう。

ザコキャラじゃねーか。

「い、今、失礼なこと……考えてない?」

くそっ、攻撃力はザコに成り下がったが防御力は限界値超えだ。

こんな可愛い生き物を攻撃できるとは思えん。

もはや水瀬が石上さんを好きなことは明白だが、ここはひとつ応援しておいてやろう。

「頑張れよ」

「お、おざなり過ぎる!」

贅沢なヤツだ。

「それに、事情も経緯も説明不足すぎる!」

「あ、いや、妹は双子なんだよ」

「……双子?」

「だから同じ学年で、席はそこ」

俺は苺の席、つまり石上さんの前の席を指差す。

「妹さん、か、可愛い?」

そこが気になるのか。

やっぱり女の子なんだな。

「当たり前だ」

「だ、だよね。ヒナちゃんの妹だもんね……」

「だが聞いて驚くな、俺が座っているこの席には、神前菫かんざきすみれという学校一の美少女がいる」

あれ?

俺、物理攻撃は出来ないけど、精神的攻撃してるな。

「き、聞かされてない!」

知らんがな!

石上さんがいちいちお前に、俺の斜め前には学校一の美少女が座っててさぁ、とか言うのかよ!

あー、でも、今の水瀬を見てると、スミちゃんの学校一の座も危ういよなぁ。

「まあ俺の主観だから」

「何よ、その中途半端な慰め」

水瀬もジト目をするんだ、と思って苦笑する。

その苦笑に気付いてキッと目ヂカラが強まるのは水瀬らしいけど。

「主観でいいなら、もっと突っ込んだ慰めしようか」

「ど、どうぞ。でも、慰めになってないと承知しないわ」

水瀬の虚勢は可愛らしい。

だからというわけでは無いけれど、俺は正直に感じていることを伝えよう。

「俺は直接的に石上さんを知らないけど、妹から聞いた話や、彼の見た感じからすると、お前とお似合いだと思う」

「そ、そう?」

「なんていうか、応援したくなる感じだ。どうだ? 慰めになってるか?」

「よ、よろしい」

……喜怒哀楽のはっきりしたヤツだ。

だけどまあこの笑顔を見たら、やっぱり応援したくなるよなぁ。

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