エルフのようなエル子さんはエルフでは無いらしい 短編編集版

クロウクロウ

エルフ耳のエル子さん

 朝の慌ただしい時間の中、わたしは半分眠ったままトーストをモソモソと頬張る。

 食事が終わるころに、ようやく目が覚めてきた。


 テレビを見ると時間がけっこうすぎていて、もう天気予報が始まっていた。

「そろそろ準備をしないと」

 せかされるように身支度をする。


 お母さんがアイロンを掛けてくれたシャツを着て、まだ新しい制服を袖を通す。

 廊下にある大きな鏡で確認をしながら髪を整えると、色付きのリップクリームを唇につけた。



 わたしの名前は霜沢しもざわ綾子あやこ、高校一年生でちょっと人とは違う特徴があったりする。

 それは人様より耳が長い。


「耳が長いのは、ほんの少しだけですよ~」と言い切りたいけど、こうして鏡で確認して見るとかなーり長い。

 その耳の長さはゲームとかお話などに出てくるエルフのよう。


 外出すると、この耳はイヤでも目立ってしまう。

 一時期、この耳を髪で隠せないかと、いろいろと試したがダメでした。

 もし隠そうとするなら、超特大のアフロヘアーにでもしないと無理だと思う。


 普通のアフロなどではダメです、超特大のヤツでないとダメなのです。

 なぜそう言い切れるのか。

 ……やりました。

 ええ、じっさいにアフロをやってみたことがあるんです。


 あれは中学1年の頃、あの当時のわたしは何を考えていたのか、お年玉を握りしめ、町一番と言われるパーマ屋にいきました。

 店に入ってから、およそ2時間後。かなり立派なアフロヘアーのわたしがそこにはおりました。


 そして立派なアフロから飛び出る、エルフ耳。

 わたしの耳はアフロごときで隠せるほどヤワではないのです。


 この事はわたしにとっての黒歴史となりました。

 ……消したい。できるなら、あの時の記憶を消し去りたい。



 鏡の中のわたしとにらめっこをしていたら、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

 友達が迎えにきた。わたしは鞄を手に取ると、「いってきますー」と言って外へ飛び出す。


 外にはいつもの友人が二人、待っていてくれた。


 一人は男の子、福島ふくしま大久たく、通称タッくん。名前が『たく』だからあだ名はタッくん。わかりやすい。


 タッくんはわたしよりちょっと勉強が出来る。

 まあ、わたしを基準にすると学校の7割くらいがこの『わたしより勉強が出来る』というカテゴリーにはいってしまうけど、そこは気にしない。



 もう一人は女の子、米川よねかわさき、みんなには『ヨネちゃん』と呼ばれている。

 名字が『よねかわ』だから、ヨネちゃん、やはりわかりやすい。

 黒髪のロングの美人さんで、男子からは人気があるっぽい。

 性格は、ちょっとおっとりとしている。



 そしてわたし、霜沢しもざわ綾子あやこはみんなからなんと呼ばれているか。あだ名は『エル子』。

 あやのだから、普通は『あやちん』『あやぴょん』とかじゃなかろうか?

 なぜ、名前を無視してエル子とか付けるんだろう?

 ええ、わかってますエルフだからエル子でしょうね。全てはこの耳のせいですとも。



「おはようエル子」

 タッくんが相変わらず無愛想にあいさつをしてきた。


「エル子ちゃんおはよう」

 タッくんとはまるで違い、微笑みを浮かべながらヨネちゃんがあいさつをしてくる。

 さすがモテる女子、モテない男子とは大違いだ。


「おはよう。じゃあ行こうか」


 わたしもあいさつをすると、いつも通り学校へ向けて歩き出す。




 学校に行きながら、ゆるーい会話をする。


「昨日の夜、あのアニメみたか?」

 タッくんが話を振ってきた。


「見た見たキュプロス島戦記でしょ」

 さすがヨネちゃん『あのアニメ』だけで分かったらしい。

 昨日に放送されたアニメは2~3本あり、わたしはどれのことだか分からなかった。


 ちなみにキュプロス島戦記とは、いわいる剣と魔法のファンタジーの世界で、暗黒に覆われた島。キュプロス島を冒険するお話だ。


 戦士の主人公と、ヒロインの美しいエルフ、その他大勢で島を冒険する。

 行く先々には、ゴブリンがいたり、巨人がいたり、ドラゴンがいたり、敵のモンスターと戦うアニメだ。



 タッくんはこの手のファンタジー作品が大好きだ。少し熱っぽく語る。

「昨日のヒロインの魔法。すごかったよな?」


「うん。複数の竜巻を起こして敵を倒していたよね。

 たしかあの魔法は『風の精霊魔法テンペスト』、魔法強度は10段階のうち第7ランク目で、コスト250、ダメージは1700くらい。

 でも敵のアークワイバーンは風属性だから、本当なら属性相性の良い、炎系の魔法を打つべきだったよね」

 さすがヨネちゃん、なぜかやたらと詳しい。


「ああ、うん、そ、そうだな」

 反応からして、どうやらタッくんはそこまでは詳しくないようだ。

 でもこの会話の流れだと、きっと次はわたしに話題を振ってくるぞ!


「エル子も精霊魔法つかってみろよ。エルフだったら魔法を使えるはずだろ?」


 きた! やはりきた! そう来ると思っていた。

 エルフといえば当然、わたしに話しを振らざる終えないだろう。


「まあ、わたしはエルフだから、精霊魔法のひとつでも使えますよ。

 でもどうしようかな~。

 攻撃魔法とか使ったら、この辺りが大惨事になっちゃうし」


「そういうのはいいから、やってみせてくれ」


 タッくんが面倒くさそうに言った。わたしの扱い方が雑だ。ちょっとイラッときた。

 さて、どうしてくれようか。攻撃魔法でも打ち込んでやろうか。


 少し考えていたら、斜め後ろの方から声をかけられる。


「エル子お姉ちゃん、おはよう」「おはようございます」


 声をかけてきたのは、近所の小学生のゴローとソウタだ。

 実はわたしは小学生にもエルフのお姉ちゃんとして人気者だ。


 人懐っこいゴローがわたしにネタを振る。

「お姉ちゃん、昨日のアニメみた?」


「見た見た」


「あの魔法つかってみてよ」


 ここはわたしのボケどころ。もとい見せどころ。


「そこまで言われちゃしょうがないな。

 盟友シルフよ。なんたらかんたらで、えい!」


 本当はもっとカッコイイ呪文を唱えていたが、わたしの記憶力だとこれが限界だ。

 セリフとともに、手を大きく振るうと、ノリの良い小学生は、


「すごい風だー」「うわー、やられたー」


 おそらく竜巻に巻き込まれたシーンを想像しているのだろう

 ゆっくりとクルクルと回りながら飛ばされた振りをする。


 わたしの魔法によって吹き飛ばされると、どうやら満足したもよう。


「じゃあねー」「またー」


「またね」


 挨拶をかわして、それぞれの学校の方へ別れていく。



 このやり取りを、ややあきれた感じでタッくんが見ていた。

 そこでわたしはターゲットを切り替える。


「ふふふ、次はタッくんの番だよ。

、わたしの魔法をくらうと、クルクルと回りながら吹っ飛ばなければならないわ」


「いや、オレはいい。やらなくていい」


 それまで部外者ぶがいしゃ気取りだったタッくんが焦り出す。

 わたしは片手を上げてジリジリと追い詰める。


 どうやらタッくんは、あのリアクションを死んでも取りたくないらしい。

 本気で困った顔をしていたら、ヨネちゃんがわたしらの仲裁に入った。


「ちょっと待って、エル子ちゃん。

 魔法文化未発達の世界で、現地人の前で無闇に魔法を使うと、

 『魔法規約132条、第3項』にひっかかって、大変な目にあうよ」


「ええぇ、それはイヤだな。しょうがないからやめておこう」


「ふう、助かった」


 なんとか丸く収まった。

 リアクションを取らなくてよくなったタッくんが本気で安心していた。

 しかしヨネちゃんのボケの方向性がいまいち分からない。



 

 学校に着くと、しばらくして、いつもどおり授業が始まる。

 授業は数学と理科と国語と英語がちょっと難しい。

 頭をひねりながら、一生懸命ノートを写していると、あっという間にお昼になった。


 いつものようにタッくんとヨネちゃんの三人で、ランチをしながら会話をする。


「次の授業は古文だね。わたし、あの授業はいつも眠くなる」


「ああ、エル子はだいたい寝てるよな」


 タッくんが痛いところを突いてきた。


「そうよ『食後にすぐ寝ると、牛になる』と言うわ、気をつけてね」


 さらにヨネちゃんが謎の追い打ちを掛けてきた。

 ちくしょう、こうなりゃ開き直ってやる。


「うぐぐ、寝るのはわたしが悪いんじゃない、授業の内容が悪んです。

 だいたい古文なんて大人になっても使わないじゃん。

 古文で会話しているところなんて、見たことないでしょ」


「たしかに、それはないな~」


「そうね。『つれづれなるままに、日くらし』とか、日常的に言わないわね」


 タッくんだけではなく、ヨネちゃんも同意してくれた。そうだ、古文なんて要らないんだ。

 調子に乗ったわたしはさらに調子に乗る。


「でしょでしょ、だいたい『つれづれなる』て何よ、意味わからないじゃない」


「『することがなく手持ち無沙汰である、所在ない』っていう意味ですわ」


「あっ、そういう意味だったんだ……」


 ヨネちゃんは優等生だ、とても勉強が出来る。

 だが、タッくんはそこまで勉強は出来ない。とくに国語系は苦手だったハズだ。

 現に今も『古文の話をオレに振るな』というオーラを出している。


 だからあえて話しを振る。


「タッくんはどう思う。古文なんて要らないでしょ?

 いっしょに寝ようよ~」


「いや、オレいつも古文の時間はコッソリ数学の勉強やってるから寝てる暇ないわ」


 くそう。たしかにタッくんの数学の成績は良い。


「そうだ、エル子も古文の時間に、別のもっと役に立つ勉強でもしたらどうだ」


 タッくんが正論を言ってきた。

 やばい、なんとか二人を言いくるめなければならない。


「ほら、四則演算と日本語さえ話せれば、成績が悪くても平気。勉強しなくても生きていけるよ」


 勢いで学生の本分である『勉強』を全否定してしまった。

 わたしの発言を聞いてタッくんはやや渋い顔をした後、何かを思いついたらしくネタを振ってきた。


「そうだな。エル子にとって役立つのは、エルフ語くらいだろうな」


 きた、定番のネタが来た。わたしはそれに答えなければならない。

「そうね。エルフ語の練習は必要よね。日常的に使うし」


「じゃあ、エル子は古文の時間をエルフ語の勉強にあてるという事で決まりだな」


 そういうと、タッくんはスマフォを取り出し、なにやらWebページを私らに見せた。


「ほれ、読んでみろ」


「???」


 画面にはアルファベットでは無い文字。インド辺りで使うような見たことのない文字が並んでいる。


「なにこれ? 何語? 英語じゃなさそうだけど」


「エルフ語だよ」


「えっ、エルフ語って実際にあるの!!!」


「あるよ、ほらこれがエルフ語講座のページ」


 そういって他のページも見せてくれた。


 アホだ、わたしより遙かにアホゥがいた。こんなの作ってどうするんだ。

 エルフなんて存在しないのに。


「いやいやいや、何これ、おかしいでしょ?」


「じゃあ、このページのURLを送っとくよ。勉強頑張れよ」


 タッくんがドヤ顔でURLを送りつけてきた。ムカつく。


「頑張ってね。エルフ語はきっと役に立つわ」

 ヨネちゃんまで悪乗りしてきた。


 ああ、わかりましたよ。

 ちゃんと勉強する気はないけれど、次の時間くらいはエルフ語の勉強をやってやりますよ。




 古文の授業が始まる。

 開始して5分。

 ……飽きた、飽きてしまった。


 なんてこの授業は退屈なんだ。しょうがないのでわたしは先ほどタッくんから送られてきた『エルフ語講座』のページをスマフォで開く。


 そしてページを眺めるのだが。うーん、なんだろうこれ、全く覚えられない。

 英語でさえ覚えの悪いわたしがこんなものを覚えられるハズが無い。


 単語がまるで呪文のようだ。これをどうしてくれようか……

 そうだ! 呪文っぽく単語を並べてみよう。


 わたしはノートにエルフ語を書き出す。


バラン』『お願いファスタ』『応じるダムベス


 おお、それっぽい。

 エルフはよく召喚魔法を使う。この呪文を唱えればきっと神様を呼び出せるハズ……


 さて、このエルフ語の書き写しで、わたしの集中力は切れてしまった。

 使いどころのない古文と、さらに使いどころのないエルフ語。そんでもって昼過ぎの満腹感。

 抵抗する暇も無くあっという間にわたしは眠ってしまった。



 眠りから覚めると、わたしは変な場所に居た。

 雲一つ無い青い空が広がり、地面は白い光につつまれて、それが見渡す限り続く不思議な場所。


 これは現実ではありえない、おそらく夢の中なのだろう。

 周りを見渡すと、美しい女神様のような人がいた。


 女神様はわたしに向かって話しかけてくる。


「どうしましたか、人の子?よ」


「あなた様は誰でしょうか?」

 

「私はエルフの神です、願いを叶える為に此処に呼び出されました、人の子?よ」


 おおぅ、あのエルフ語での召喚がどうやら成功したらしい。すごいぞわたし。


「何か願いなのですか。人の子?よ」


「……願いを叶える前に、ちょっと良いですか。

 わたしの事をなぜ疑問形で訪ねてくるのですか?」


「あなたは見た目がエルフですが、この世界にエルフは居ないはず。

 ですから、おそらくあなたは人間なのでしょう?」


「……ああ、はい。私は人間ですよ。エルフではないですよ」


「そうですよね。ええ、そうだと思いました。よかった間違っていなくて」


 神様にもこの耳の事で突っ込まれた。

 まさか神様でも人間とエルフとの違いが分からないとは……



 さて、願い事を叶えてくれると言われても、どうしてくれようか……

 ……そうだ、この耳を治して貰うというのはどうだろう。


「女神様、この耳を普通の人間の耳に治して貰えますか?」


「良いでしょう、その願いを叶えましょう。ちなみにクーリング・オフ期間は8日ですよ」


 そう言うと、わたしは光に包まれる。

 ああ、これは完全に夢だな。神様がクーリング・オフとかいうはずが無い。


 わたしは夢の中で意識を失った。




 目が覚めると、わたしはベッドで寝ていた。


「えっ、どうゆうこと? 授業中だったハズなのに……」


 スマフォで日時を確認すると、どうやら今日の朝に戻されたらしい。

 先ほどの女神様が出ていた夢を思い出す。


「まさかね……」


 とりあえず耳を触ってみたりする。

 あれ、あれれ、いつもと違う。普通の人のようだ。


 わたしは跳ね起きると、玄関の廊下の鏡へと飛ぶように目指した。

 鏡に到着すると、自分の耳を確認する。するとなんと普通の耳だ。

 マジマジと眺めるのだが、どこからどうみても普通の人の耳だ。


 鏡の前で、あれこれと確認をしていたら、母さんが通りかかった。


「あんた、何やってるの?」


「母さん、耳が。耳を見て!」


「何も変なことは無いけど、どうかしたの?」


 おお、変じゃないんだ。いつものわたしに取ってはとても変だけど、変じゃないんだ。


 これはアレだ。この世界ではわたしは人間の耳なんだ。

 あれ? それだとわたしは今まで人間じゃないみたいだな。

 イヤイヤ、わたしは普通の人間ですよ。

 でもそうすると今までのエルフ耳もふつうの人間の耳という事になるのかな?


 混乱してると、母さんから

「早くご飯を食べなさい」

 と叱られた。寝ぼけてるとでも思われたのだろう。


 まあ、いいや。今日から私は普通の人間なんだ。


 食事を済まし、制服を着て、準備を終えると、タッくんとヨネちゃんが来るまで鏡をのぞき込む。

 何度確認しても、普通の耳のわたしがそこにいる。顔が自然とニヤけてしまう。


 母さんが少し心配そうな顔をしていたが、気にしないでおこう。


 しばらくすると、チャイムが鳴った。

「行ってきます」と声を掛けてわたしは玄関から表へと飛び出す。



 外に出ると、いつもと変わらない二人が待っていた。


「おはよう、タッくん、よねちゃん」


「朝から機嫌がいいな、あやこ」


「何か良いことでもあったの、あやこちゃん」


 あやこ、あやこ、どこかで聞いた名前だな。でも誰だろう?

「……あやこさんという方は、どちらにおりますか?」


「だっ、大丈夫かオマエ」

 タッくんが本気で心配した顔をした。


 あっ、霜沢しもざわ綾子あやこのあやこか、わたしの本名じゃないか。

 久しぶりに名前で呼ばれたので、自分だとは気がつかなかった。

 いつも『エル子』としか呼ばれていなかったからなぁ。


「あっ、はい。あやこはわたしでしたね」


「大丈夫? 具合が悪いようなら、お休みしたらどうかしら」


 ヨネちゃんも心の底から心配している。


「大丈夫、大丈夫、ちょっと慣れてないだけだから」


 そう言うと、二人はとても不思議そうな顔をした。


「さあ、行こう。遅刻しちゃうよ」


 わたしは二人の背中を押してごまかす。

 早くこの環境になれないと……




 いつも通りに3人で学校へ向かう。


 するとタッくんが、こう話し出した。

「昨日の夜、あのアニメみたか?」


 それにヨネちゃんが答える。

「見た見たキュプロス島戦記でしょ」


 どこかで聞いたような会話だ……

 そうそう、今朝やっていたやり取りだ。

 確かこの後、ヒロインのエルフの話になって、その流れでわたしに話しが振られるハズ。


 タッくんが話しを続ける。


「昨日のヒロインのエルフの魔法は凄かったな」


「ええ、かっこよかったわね」

 ヨネちゃんが答えた。


 さて、次はわたしに話しが振られる訳ですよ。

 エルフはわたしの持ちネタの一つですからね。


「あやこも見たか?」


 さあ、きた。タッくんが話しを振ってきた。


「うん、みたよ」


「面白かったか?」


「面白かったよ」


「そうだよな。来週が楽しみだ」


 ……えっ、もう会話は終わり?

『エルフだから精霊魔法使え』とか、そういう無茶ぶりは無いの?


 ……これでコミュニケーションが終わって良いのだろうか?

 いや、良いはずがない。

 この後に、小学生のゴローとソウタから精霊魔法を催促されるハズだ。

 その時にわたしの見せ場が訪れる!


 しばらくすると、わたしの計画通りゴローとソウタがやってきて、挨拶をしてくる。


「あやこお姉ちゃん、おはよう」「おはようございます」


「……あっ、おはよう」


 少し遅れてわたしは挨拶を返す。

 ヤバい、本名をよばれても即座に反応できなかった。


 ちょっと反応が遅れたわたしを不思議そうにのぞき込む小学生ふたり。

 なんとか笑ってごまかした。


 たしかこの後にエルフネタを振られるハズ。

 そう思って身構えていたら。


「あやこ姉ちゃん、また遊んでね」「また遊んで下さい」


「そ、そうね。また遊ぼうね~」


 わたしは手を振り、何事も無く小学生ふたりと別れた。


 ふ、振られなかった。ふつうの挨拶で終わってしまった。

 そうか、わたしの耳はもうエルフの耳では無くなっているんだった。

 エルフネタはもう振られるハズが無かったんだ。



 しかし、こんな普通の挨拶や会話を、交わすだけで良かったんだろうか?

 ……そういや『普通の会話』ってなんだろう?

 こんな物足りないやりとりで良いんだだろうか?


 あれほど振られるとウザいと思っていたエルフネタだが、いざ振られないとなると、とてもさみしい。今後はこの状況に慣れていかないといけないのかな……


「どうしよう……」


 思わず独り言としてつぶやいてしまう。


「できるなら元に戻りたい。クーリングオフしたい……」


 そう言った瞬間、わたしは光につつまれた。



 光につつまれたと思った次の瞬間、わたしはまた不思議な空間に居た。

 青い空、光る白い地面の続く場所、願い事を叶えてもらった場所だ。。


 そして周りを見渡すと、エルフの女神様がいる。

 エルフの女神様はやさしくわたしに話しかけてくれる。


「どうでした、普通の耳になった感想は」


「あっ、はい。すごい普通でした」


 なんて感想を言っているんだわたし。

 まあ、その発言は本心で、間違ってはいないけれど。


「どうです、このまま普通の耳のまま生きていきますか?」


「すいません、願いを叶えてもらって申し訳ないのですが。

 わたしには普通の耳は向いていませんでした!」


 わたしは、照れ隠しで笑う。


「そうでしたか。

 そうですね。あなたにはあの耳が似合ってますよ」


 女神様はどこまでも優しい。わたしのわがままにも何一つ不快感を示さない。


「わたしをエルフにしてくれますか?」


 わたしは決心をした。

 なんだかんだで、生まれてからずっとエルフ耳だった。

 これからもこの耳でなんとかなるだろう。


「はい、エルフにですね。わかりました」


 そう確認をすると、女神様は呪文のようなモノを唱える。


「はい。これであなたはエルフ耳の人間から、エルフになりました」


「えっ! 人間でなく、エルフですか……」


「そうです、これからがんばってくださいね」


「ちょっとまってください。わたしは耳だけエルフで中身は人間で……」


 わたしはまた光に包まれ、気が遠くなる。

 薄れゆく意識の中で変な機械的な声が聞こえた。


ジョブ職業をエルフにチェンジ』

『精霊魔法 LV1が使えるようになりました』

『召喚魔法 LV1が使えるようになりました』

『スキル、インフラビジョン熱を見る視力が使えるようになりました』


「いやいや、エルフはジョブじゃなく、種族でしょうが」


 そう突っ込みを入れつつ、わたしは完全に意識がなくなった。




「……子、エル子、」


 タッくんがわたしの肩を揺すって起こそうとしている。


「ふがぁ」

 女子としては完全にダメな声を上げて、わたしは眠りから起きた。


「おまえ大丈夫か? もう古文の授業終わったぞ」

 タッくんがあきれ顔でわたしを見ている。

 わたしはまだ夢から抜け出せず、ちょっとボーッとしていた。


「変な夢をみていたよ」

 ボソッとつぶやく。


「どんな夢だったの?」

 ヨネちゃんがで聞いてきた。


「ええと、エルフの神様が出てきて願いを叶えて貰う夢かな」

 わたしは自分の耳にそっと手を添える。

 相変わらずのエルフ耳がそこにはあった。


「願い事ってなんです?」

 ヨネちゃんがのぞき込むように問いかける。


「ないしょ」


「教えろよ、どうせ大したこと無いんだろ」

 タッくんがぶっきらぼうに聞いてきた。


「大したこと無いんで、おしえません~」


「ケチだなエル子は」


 たっくんがふてくされたような仏頂面をしてきた。


 わたしはその子供のような顔をみて、楽しくなってきた。自然と笑顔が出てしまう。

 それにつられて二人も笑顔になる。



 何気ない会話をしていたらチャイムが鳴る。

 チャイムに催促されるよう、わたしらは各々の席へと戻っていく。


 次の授業は地理だ。わたしは地理も苦手なのだ。

 地理はほぼ、暗記のみで構成されていて、しかも役に立たない事が多い。

 こんな事なら、まだエルフ語か魔法でも覚えた方が役に立ちそうだ。


「……キュプロス島戦記の魔法でも覚えるか」


 わたしは教科書の影に隠れて、スマフォで検索を掛ける。すると、いままで使われてきた魔法一覧と詳細なセリフをまとめたページがあった。

 ヒマな人もいるものだ。わたしはそれをノートに写して覚える。


 そして、その日の授業は終わり、わたしらは学校から解放された。



 帰り道もタッくんとヨネちゃんといっしょだ。

 歩きながら普段と変わらない会話をする。


「ちょっといいか。帰りに本屋に寄りたいんだけど」

 タッくんが寄り道に誘う。


「いいけど、なにか目的があるの?」


「たしか今日はキュプロス島戦記 7巻の発売日ですわ」

 ヨネちゃんが核心を突く。さすが、タッくんの単純な目的ごときは、簡単に分かるようだ。


「うわさによると、今回もヒロインが大活躍するらしいぞ」


「へー、ヒロインのエルフが大活躍ねぇ」


「ああ、エル子と違って美人で聡明そうめいだからな」


「なんですと」

 ちょっとカチンときた。ここは覚え立てのあのネタを出さざる終えない。


「そんな事を言ったら、わたしの魔法の餌食にするぞ。

 わたしの魔法を食らったら、今朝の小学生のようなリアクションを取らなければならないんだぞ」


 わたしは左手を上げ、呪文を唱える構えをする。


「や、やめろ。オレはリアクションを取らないからな」


 タッくんが焦り始めた。

 だが、いやがらせのために、わたしは構わず魔法を詠唱する。


「盟友シルフよ。空と風を愛す我が願いを聞きたまえ。

 眼前に我ら自由を阻む敵手アリ。打ち砕くべく御力を与え土塊を砕き野に返せ!」


「うわぁ」


 と小さな声を出し、よろめき、タッくんはやられた振りをしてくれた。

 弱い、そのリアクションは弱すぎるぞタッくん。

 やるなら、もっとちゃんと取ってくれないと。


 しかし、たしか夢の最後の方で精霊魔法が使えるようになったとか聞えた気がしたけど、やっぱり気のせいか。何かが起こるかとちょっと期待していたんだけど、まあ現実はこんなもんだ。


 少し恥ずかしがっていたタッくんが、ようやく立ち直り、わたしらは再び本屋に向かって歩き始めようとした時だ。なんの前触れもなく突風が吹き、ヨネちゃんのスカートがめくれた。


「きゃあ」


「うぉ」

 タッくんはそれを真正面でみていた。パンツをもろに見て、顔が真っ赤に染まっていく。


「もしかしてさっきのエル子の魔法かな?」


 照れ隠しにタッくんが露骨に話題をそらそうとする。


「いえ、『風の精霊魔法テンペスト』の呪文が成功すれば、街は大惨事になるはずよ。

 魔法に必要なレベルは7だったはずだから、エル子ちゃんの魔法強度が足りなくて不発に終わったのかもしれないわ」


 ヨネちゃんが何やら謎の解析を入れた。パンツをみられて気が動転しているのかもしれない。


「そ、そうかもね」

 しかし、いやいや、まさかね……

 あの突風は、ただの偶然だよね。


 しばらくすると、三人はいつもと変わらず再び歩き出す。

 どこまでも雲の無い空がつづく、青い空の日の出来事だった。

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