6-2 憂鬱の理由
「……ちゃん、さっちゃん!」
名前を呼ばれて顔を上げると、ハルが心配そうに私をのぞき込んでいた。
ハルの家の、ハルの部屋だ。
いつも通りの休日の午後。
ローテーブルに肘をついて隣に座るハルに、私は慌てて目の焦点を合わせる。
「ご、ごめん。考え事してた。何?」
「今、芙雪の試合始まったっぽいけど……」
「あ、ほんと?」
見ると、テーブルの上に開いた状態で置かれたノートパソコンに、YouTubeの画面が出ていた。
芙雪くんが今日出場しているゲームの練習試合の配信が始まっていた。この試合の主催者であるゲーマーの一人が持っているチャンネルで試合の状況を流してくれるらしい。
本当はヒロも入れて三人で観戦しようと話していたのだけれど、志紋くんが本格的にヒロのお母さんを説得してくれることになったから、今日の彼は家でおばさんと志紋くんと話し合いだ。
「さっちゃん顔色暗かったよ。志紋さんと踊る動画のこと、考えてた?」
「あー……うん」
ごまかしてもしょうがない。決まり悪く笑ってうなずいた。
ヒロが事務所に所属できるように志紋くんがおばさんを説得できて一段落したら、私は志紋くんと一曲踊って動画を撮る。
つまり、踊り手として復帰する、ということ。
「断っても良かったんじゃない? そんなことで怒るような人じゃないんでしょ、志紋さんだって」
「そりゃ、志紋くんは怒らないよ。だから私が自分で決めて、自分で憂鬱になってる、だけ」
嫌ならやらなければいいのに。そう思うとばかみたいだけど。でも。
ちょうどいいと思った。どうせ、もう一度踊れないかと一人で曲も選んだりしていたのだ。ヒロがベランダから部屋に入ってきて心配してくれた夜を思い出す。
これで私がちゃんとカメラの前で踊れたら……ハルちゃんねるの動画にだって映れるかもしれない。みんなと一緒に、COCのサイトにも、写真を載せられるかもしれない。
私が変わるきっかけにこれを利用できるのならば。
「自分で、やってみようって思ったから。頑張ってみる」
彼は私が踊れなくなった経緯を知らない。だからあんなに無邪気に残酷な提案をしてきた。
別に知ってもらわなくてもいいと思う。
心の片隅で、志紋くんはそういうのわかってくれないんじゃないかと、あきらめている自分がいる。
明るいところしか見えていない人だから。
「でも、無理しないでね」
「わかった。……ずっと踊ってなかったから身体なまってるだろうし、準備しないとな~」
冗談めかした口調で言うと、やっとハルは心配そうな顔をやめて微笑んでくれた。
ありがとう、ハル。だけど私は、できれば踊りたい。ううん、できればっていうか絶対かも。
どんなカメラの前でも平気になりたい。
そんな話をしているうちに、パソコンの画面では試合が進行している。
以前から芙雪くんがよく彼のチャンネルで実況配信をしていたFPSゲーム。
ソロでプレイするモードもあるけれど、今回は四人でチームを組む団体戦モードらしい。
ゲーム内でランダムに選ばれる建物の中に三チーム計十二人が配置され、建物内を自由に移動しながら敵チームのプレイヤーと打ち合う。
最後に一人でもいいから生き残ったチームが勝ち。
予選で勝った一チームが勝ち上がり、その勝ち上がったチーム同士でまたゲーム開始、というのを繰り返して、だんだんとチーム数が減っていく。
最終的に残った三チームで決勝戦を行い、そこで勝った一チームが一位になる、というシステムだ。
今、芙雪くんが出ているのは予選の二試合目。一試合目は彼は補欠待機だった。
生放送の画面は上空視点からプレイヤー全員の立ち位置を表示したり、誰か一人のプレイヤーの視点を映し出したりと忙しく変化している。
画面の端っこの表示を見ると、芙雪くんのチームは一人すでに倒されて三人になっていた。芙雪くん自身……Tonoは、まだ生き残っている。
「このゲーム、したことある?」
「ない。さっちゃんは?」
「ヒロが持ってたから一回だけやってみたことある。難しくてすぐ負けて終わった」
「へー」
二人でぼんやりと試合が進むのを眺める。
ぱっと画面が切り替わり、Tono視点になった。
何の変哲もない、アパートみたいな形のビルの中をTonoは走ったり、部屋の中に入って隠れたりを繰り返している。
敵がいないか慎重になりながら動いているのだろう。
少しどきどきしながら見守っていると、Tonoが足を踏み入れた小部屋に、プレイヤーが一人先に入っていた。
「あっ」
「わっ……」
思わずハルと一緒に声を出してしまう。
けれど、私たちがそうして息を呑んでいるあいだに二人は撃ち合いになり、あっという間にTonoが相手を倒してしまった。
「ひやっとした……」
「うん。でもよくわかんないあいだに芙雪くん勝っちゃったね」
「芙雪、プロゲーマーになるかな……」
「どうだろ。ハルちゃんねる、やめるって言われたら寂しいけど」
「うん……本人はなるべくやめたくないって言ってた」
画面はそれから少しTonoの視点を追いかけた後は、また別のプレイヤーの画面に移ってしまった。
そのまま試合の経過を見守っていると、度々Tonoが敵を打ち倒すところが画面に映る。そのプレイは素早く、的確。
なんだか不思議な気分だった。嬉しいような、寂しいような。
いつだったかハルは芙雪くんに「強くなるまで守る」と言った。それは私も同じ気持ちだった。
彼がもういじめられないように。嫌な思いをしないように。何かあったら助けようと思っていた。
今でもそれは変わらないけれど、私がそんな心配しなくたっていいのかもしれない。
芙雪くんはゲームの世界だとこんなにも強い。プロと一緒に戦えるくらいに。私たちに出会うよりも前から、ずっと強かったんだ。
ちゃんと彼は彼の強みを持っていて、彼を認めてくれる人がいて。
こうして、期待されたらその期待にしっかり応えて。
彼は、守られるような存在じゃない。
「さっちゃん?」
ハルに肩を叩かれて、いつの間にかうつむきかけていた顔を上げる。
「さっきもぼーっとしてたし、調子悪い?」
「あ、う、うん。ただ……ずっと試合見てたら……」
「あっ、画面酔いしちゃった? こういうFPSってじっと見てるとしんどくなる人いるもんね……水、取ってこようか」
「……ありがとう。でも大丈夫。少し画面見るのやめたら直ると思うから」
私は三角座りした膝の間に顔を埋めた。
画面酔いもしているかもしれない。だけど、それだけじゃなくて、見ているのがつらくなった。
やっぱり何もない、それどころか足を引っ張っているのは私だけだ。
ハルたちの……これからのハルちゃんねるのために、踊らないと。
COCのサイトに、みんなと一緒に写真を載せないと。
芙雪くんが今後メンバーを脱けるのか、続けるのかもわからない。
でもどっちにしろ、ハルちゃんねるはこれからCOCに入って大きく変わっていくだろう。しっかり、しなきゃ。
あれがいやだ、これができないって、わがままばっかり言っていたらだめだ。
早く、みんなと同じ場所へ行かないと。
みんなに、置いていかれないように、しないと。
試合は芙雪くんのチームが勝ち、その後も次の試合へと続いた。
芙雪くんのチームは決勝戦までいったけれど、優勝はできなかった。
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