6 笑顔。
6-1 意外な味方
「志紋……くん?」
志紋くんだと頭ではわかっているのに信じ切れなくて、名前を口に出して確認してしまう。
目の前の彼は、にこりと微笑んで手を振ってきた。
「うん。久しぶり。元気だった? なんだかんだで忙しくて連絡できなかったけど」
「う、うん。えーっと……」
なんで突然帰ってきたの?
そう尋ねる前に、志紋くんが口を開いた。
「なんか、母さんから志大を家に連れ戻すの手伝ってくれって連絡来たんだよ。今母さんと話してたんだけど、あいつ家帰ってきてないんだってね」
ということは、おばさん、志紋くんに連絡したんだ。ずっと喧嘩状態だと思ってたけど和解したのかな。
「……おばさんと仲直りしたの?」
志紋くんは、んーと曖昧な返事をした。
「なんかもう、ここまで来たらあきらめられちゃったって感じかな。まだちょっと怒ってるっぽい。でも、とにかく今は志大をどうにかしたいみたいでさ。でもあいつ、俺の連絡がっつり無視してんだよね。アッキは志大がどこに行ったのか知ってるの?」
「……え、あ、いや……志紋くん、ヒロを見つけたら連れ戻すの?」
おばさんの味方をして、ヒロの事務所所属に反対するのだろうか。
もしそうなら、志紋くんとはいえ、あんまり居場所も教えたくないような……。
言いよどんでいる私を見て、志紋くんはにやりと笑った。
「母さんは志大がよくわからない事務所と契約しようとしてるとか、大学受験がどうのとか否定的なことをたくさん言ってきたけど、とりあえず志大本人からも話を聞いて判断するかな。で、その態度だと知ってるんだ? どこにいるの? 会わせてよ」
「……」
そりゃあ、あんな中途半端な返事をしたら知ってると答えてるようなものか。言わなきゃだめか。
じとっと志紋くんを見ると、爽やかな笑みを向けられた。
「大丈夫。俺だって母さんにやりたいこと反対されて家を出たんだよ? ちゃんと話を聞いて、危ないことに首を突っ込んでるわけじゃないなら俺も応援する。助けになってやるよ」
「……わかった。ヒロ、私とヒロ共通の友達の家にいるよ」
とりあえず、ヒロには志紋くんが来たと連絡しなければ。
スマホを取り出してヒロの連絡先を開けた。
*
「わ、わあ……本物の夏田シモンさんだ……はじめまして、ヒロ……志大くんと仲良くさせてもらってます、大垣晴です……」
ハルの家の玄関。
あの後すぐにヒロに連絡して、次の日に私が志紋くんをハルの家に案内することになった。ちょうど今日が土曜日で学校がなくて良かった。ゆっくり話し合うことができる。
ハルと志紋くんを見比べると、明らかに緊張しているハルに比べて志紋くんは昨日と変わらない余裕で落ち着いた笑顔だ。
「どうも、初めまして。志大がご迷惑おかけしているみたいで。ごめんね」
「いやいや、とんでもないです」
「ていうかヒロは?」
私が二人の会話の間に入り込んで気になっていたことを訊くと、ハルは廊下の奥を指差した。
「いるんだけど、半分寝てる。ヒロって朝、弱いよね」
連れていかれたのはハルの部屋じゃなくて客間用の和室だった。
そこで、ヒロはだらりとあぐらをかいて眠たそうに目をこすっていた。
「あー……さっちゃん、兄貴」
「よ。志大、久しぶり」
志紋くんがヒロの目の前に座ると、ヒロはほんの少し鬱陶しそうに顔を歪めた。
「兄貴、母さんに言われて来たの?」
「まあ、そうだけど、どっちかっつーとお前の味方かな。昨日、アッキから詳しい話は聞いたよ。すごいじゃん。COCからのスカウトだろ」
「知ってるんですか、COC」
ハルが私のそばに座り、目を丸くして志紋くんを見る。確かにユーチューバーの活動に興味がなければあまり聞かない名前の会社だ。
志紋くんもそんなに興味はないだろうし知らないかと思っていたけれど。
「あそこ、動画投稿者全般に支援してる事務所だろ。俺の知り合いの踊り手も何人か所属してるから。アッキたちも知ってるところだと……花林糖とか」
「花林糖さん!?」
思わずヒロと顔を見合わせる。志紋くんの、彼女……だった人。
結局、あの事件の後に二人は別れてしまった。
なんとなく私たちの雰囲気がしんみりとしてしまったのを感じとったのか、志紋くんが明るく首を振る。
「花林糖とは今も普通に友人として仲良いからさ。ただ、まあいろいろとあったから活動続けるなら大きな組織に守ってもらったほうがやりやすいと思ったんだろうね。彼女、自分でCOCと交渉していつの間にか正式に所属してたよ」
「そうだったんだ。気づかなかった」
スカウトされてから、何度もCOCの公式サイトを見たけれど、なぜか目に入ってこなかった。
「古くから活動してる踊り手の活動ホームってYouTubeよりもニコ動じゃん。花林糖もそうだし、所属してる投稿者の中でも目立たないから気づかなかったんじゃないかな」
確かに、YouTube以外の動画投稿サイトで活動していると、人気だとしても少し知名度は落ちるかもしれない。それでも事務所に所属しているということは花林糖さんの今の活動がちゃんと認められているのだろう。
花林糖さんが今も活動を続けていると知って、ほっとした。
もしかしたら、やめてしまっているかもしれないと思った。私みたいに。
「で、母さんはCOCのこともよく知らないから、どんな会社なんだって怪しんでるわけよ」
志紋くんの言葉に、あ~、と私とハルは顔を見合わせた。
「ヒロ、東さんがうちらの親に説明するって面談の機会作ってくれたときに、お母さん呼ばなかったから……」
「おばさんにちゃんと言って事務所来てもらえば、東さんがうまーく説得してくれたかもよ。怪しくないのもわかっただっろうし」
「そんなん言ったって、事務所連れてく前に断固反対されてついて来てくれないと思ったんだよ。頭かたすぎババアだから」
「ババアとか言うなって。小学生か」
唇を尖らすヒロを、志紋くんが呆れた目で見てため息をついた。
「とりあえず、俺が母さんを説得してみるよ」
「ほんとに!?」
「ああ。上手くいくかは保障できないけどな」
にっこりと笑う志紋くん。ヒロがほんの少し肩の力を抜いたのがわかった。
志紋くんが味方になってくれたら心強い気がする。
一度家出したとはいえ、彼はちゃんと芸能活動をしながら大学に通ってしっかり勉強したし、今も業界で仕事をし自立して稼いでもいる。少なくともヒロよりはおばさんの信頼もあるだろう。
「兄貴が言ってくれんなら、助かるわ」
「ありがとうございます」
「志紋くん、ありがとう」
感謝の言葉を述べる私たちに、志紋くんはうんうんとうなずいて、再び口を開いた。
「それにしてもアッキ、予想外なかたちで動画投稿、再開したね」
「あ……そう、かな」
「そうだよ。名前変えてるし、踊ってみた系じゃないし。もう踊んないの?」
なんとなく、嫌な予感がした。同じことを思ったのかヒロが表情をゆがめながら口を開こうとしたのが見えたけれど、それよりも先に志紋くんが、私を見て言った。
「久々にさ、また一緒に踊ろうよ。俺が引っ越してなんとなく疎遠になってたけど、アッキも受験終わってとっくに高校生だもんな。コンビ復活させない?」
また踊る。それは撮影するってことだろうか。心なしか呼吸が浅くなる。
でも、私はあのときその気がなかったとはいえ言った。受験が終わったら戻ってくるって。
本当は思っている。またカメラの前に立てるようになれないかなって。
期待、している。実はやってみたら大丈夫なんじゃないか……って。
「おい、兄貴。亜紀羅は、」
「ヒロ、大丈夫」
何か言おうとしてくれるヒロに首を横に振って見せる。私は志紋くんに向かってニコリと笑みを作った。
「そうだね。いつ、踊る?」
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