4-2 文化祭は波乱のはじまり(かもしれない)

 ヒロや芙雪くんにもばっちり宣伝をして、そんなこんなで週末の土曜日。


「二年三組、和風喫茶やってまーすっ。白玉パフェや抹茶ラテなどいかがですかー!」


 私は衣装に身を包んだ紗綾と一緒に、生徒や来校者で賑わう廊下を手作りの看板を掲げて闊歩していた。

 紗綾は着付けや動きやすさの問題で本物の和服を着るわけにもいかず、衣装班が上手く作ってくれた脱ぎ着しやすいあずき色の小袖と袴風のスカートにフリルつきの白エプロンという出で立ちだ。

 私はいつも通りのポニーテールに制服。

 紗綾が楽しそうにふふっと笑った。


「着たときはちょっと恥ずかしかったけど、なんだか平気になってきたかも」

「よく見たら今日はみんなこんな感じだもんね」


 言っているそばから、着ぐるみのでっかいクマがチラシをばらまきながら私たちの横をすり抜けていく。一年一組、マジックショー……? クマ関係なくないか?

 そのままうろうろと歩き回って自分たちの教室の前まで戻ってくると、他のクラスの同級生が私たちを見つけて駆け寄ってきた。


「紗綾も可愛い~! 写真撮っていい?」


 スマホを取り出す彼女に、紗綾は笑顔で頷いた。


「いいよ。てか一緒に撮ろうよ」

「やったあ! てか亜紀羅も一緒に、」

「わ、私はいいよ。大丈夫」


 ひやりとしつつ首と手を横に振る。カメラは、無理。私の顔色が悪くなったのを察した紗綾が、さりげなくスマホを私に差し出してくれた。


「じゃあ亜紀羅はうちら撮ってよ」

「お、おっけー」


 慌ててスマホを受け取り、カメラ係に徹する。ああ、この役回り落ち着く……。


「あとで写真送るね」

「うん、ありがと! 亜紀羅もまたね! うちのクラス占い屋やってるから良かったら来てね!」


 その子が手を振りながら嵐のように去っていってしまったのを見送り、紗綾がふう、と息をついた。


「大丈夫?」

「うん。助かった」

「大変だよね。最初さ、入学したときのクラス写真撮影のとき、覚えてる? 隣ですっごい青い顔してる亜紀羅見たときは驚いたわ」

「覚えてる。初めて紗綾が話しかけてくれたときだもん」


 大丈夫? って背中に手を添えてくれたんだ。今みたいに、優しい声で。

 お互いに、懐かしくなって頬が緩む。でも、紗綾はちょっとだけ寂しそうにつぶやいた。


「無理してほしくはないけど、少し寂しいかも。こういうときに亜紀羅と写真が撮れないのは」

「……」

「いつかさ、いつか。亜紀羅が本当に大丈夫になったら、二人でプリ撮りたい。これ、私の夢だから。覚えといて」

「……わかった」


 私だって寂しい。大好きな友達との思い出を、残していけないことが。

 いつか平気になる日が来るだろうか。そうしたら、紗綾と一緒に飛び切りの笑顔でスマホの容量がぱんぱんになるくらいに写真を撮って、それからいつか……編集だけじゃなくて……。

 だけどまだ、ハルちゃんねるの動画に映る自分を思い浮かべると背中に悪寒が走る。


「紗綾、ごめんね」


 ぎゅっと手を握ると、力強く握り返される。


「なんにも謝ることなんかないよ。私の大好きな亜紀羅をこんなふうにしちゃった奴らが悪いんだぞ~!」

「うう~、私も紗綾大好きだぞ~!」


 廊下のど真ん中で抱き合っている私たちは、おそらくかなり、目立っていた。



 教室の入口の横には、数日前に完成した宣伝用のCMがテレビで繰り返し流れている。私が作った十五秒程度の短い映像だ。

 出演したいと申し出てくれたクラスメイトの男女数人に衣装姿で「和風喫茶へようこそ!」と笑顔で台詞を言ってもらって、出す予定のメニューの紹介をちょこっと入れている。わざわざ学校備品のテレビを借りて教室まで運んできているクラスは少なく、その映像は思っていたよりも人目を引いている。


「ただいまー。宣伝してきましたよー」


 元気よく教室の中に入っていく紗綾の声が耳に入る。テレビから目を離して私も彼女の後を追った。

 教室に二つあるドアのうち手前のほうから中に入ると、机をいくつかくっつけて上にテーブルクロスをかけただけの簡単なテーブルはお客さんでそこそこ埋まっていた。まあまあ繁盛しているってところか。

 紗綾の声を聞きつけてか、教室の後方三分の一程度を幕で囲った、私たち三組生徒の準備用スペースから廣田さんが姿を現した。


「ちょ、帰ってくるなら裏スペース直結の後ろのドアから入ってよ。こっち一応お客さんフロアだからね?」

「へいへい。で、私らとりあえず休憩していい?」


 まったく反省の気がなさそうな紗綾に廣田さんはため息をついた。


「どうぞ、宣伝お疲れ。……あ、そうだ澤さん。お友達来てたよ、もう喋った?」

「お友達……?」


 廣田さんの目線を追うと、窓際のテーブルにうちのクラスの数人の女子が集まって黄色い声を上げている。よく見ると、その席に座っているのはヒロと芙雪くんだった。


「あの二人何やってんの……」


 なんであんなに女の子はべらせてんだ。私のとなりで紗綾がほお~と感心してでもいるかのような顔をする。


「あれがヒロくんとフユキくんの実物かあ。二人とも画面で見るよりもイケメンだね? モテますなあ」

「……そうですなあ」


 紗綾と二人でじろじろとその様子を眺めていると、眉を下げて困り果てた表情をした芙雪くんと目が合った。


「さ、さっちゃんさあ~ん……」


 弱々しく私を呼ぶ声に、片手を挙げて歩み寄る。


「ちょっとー。他のお客さんもいるのでお静かにー」

「あっ、亜紀羅ちゃん」


 集まっていたうちの一人が私を見てぱちぱちと瞬きする。その横にいてヒロたちに熱心に話しかけていた数人が、今度は私に対して騒ぎ始めた。


「だって、ヒロくんイケメンじゃない? すっごい怖い不良らしいって噂あったけど全然怖くないし逆にかっこいいじゃん! こんな幼なじみいるの羨ましいんだけど!」

「フユキくんも可愛いし! 本物見れて超嬉しいっ」

「てかさハルちゃんねるって大垣も含めて顔面偏差値高くない? 亜紀羅ちゃんも可愛いんだから動画出なよ~」

「ヒロくん、彼女いるの? あ、もしかして亜紀羅と付き合ってたりする?」

「フユキくん、ねえねえ、一緒に写真撮ってもらっていいですか?」


 矢継ぎ早に展開される質問やら何やらに私は目を白黒させて黙り込んだ。いつの間にか私の背後にくっついていた紗綾がポンポンと手を叩く。


「はいはい、みんな。落ち着いて~。あっちで廣田さんが怖い顔してるよ。あんまし騒ぐと迷惑になるから解散!」

「えー、もうちょっと喋りたい……」

「そんなこと言わずに、もう十分喋ったでしょ。シフト入ってる人もいるんじゃないの? ほれ、行った行った」

「うー、まあ二人も亜紀羅ちゃんと喋りたいだろうし、しゃあないかー」

「でも会えてラッキーだったねー」

「写メ撮らせていただきたかった……」


 紗綾に追い払われて、みんな渋々といった様子で散っていく。こういうときの紗綾って委員会活動での影響か、統率しなれていて頼もしい。


「ありがと、紗綾」


 両手を合わせて感謝ポーズを作る。ヒロと芙雪くんも、疲労を滲ませたため息をもらした。


「高校では基本、男としかつるまないから、なんかすごいグイグイ来られて疲れた……」

「僕も、最近マシになったとはいえ学校ではコミュ障極めてるんで、あんなにたくさんの人に囲まれたら怖いです……」

「せっかく来てくれたのにごめん」


 私が謝るとヒロが若干拗ねた顔で私を睨んだ。


「そうだよ。せっかく来てやったのにお前、いないしさ。代わりに知らない子ばっか話しかけてくるし。何なん、この有名人扱いされる騒ぎは?」

「いやあ、何なんだろう……」

「あれ、三人とも知らない?」


 ヒロとも芙雪くんとも初対面のはずの紗綾がするりと会話に入り込んできた。


「知らないって何が?」

「ハルちゃんねるって、女子のあいだで人気だしけっこう話題になってるんだよ。元々大垣くんは校内でモテてるからファンがいたし、ヒロくんとフユキくんも、それぞれかっこいい、可愛いって人気あるし。誰推しー? とかいうアイドルみたいな感じで応援してる子たちも見たことあるよ」

「ふうん」


 普段あんまり私にハルちゃんねるのことについて話しかけてくる生徒っていないから、そんなに人気だとは思っていなかった。でも確かに、言われてみれば三人とも女の子に好かれそうな顔をしている。

 黙ってヒロと芙雪くんの顔を眺めていると、ヒロが困ったように頭を掻いた。


「さっちゃんも、可愛い。だからそう落ち込むな」

「いや、落ち込んでないですけど……?」


 どういう勘違いだ。じとっとした目でヒロを睨んでいると、今度は芙雪くんが戸惑ったような声音でつぶやいた。


「最近、クラスの女子が話しかけてくれたりして優しいんですけど、それも顔が可愛いからですかね……なんか友達になったっていうよりもいじられてる感じだなというのは薄々察してたんですけど……はあ……」

「ああ……それはなんつーか、ドンマイ」

「ヒロさんも否定してくれないんですね」


 なんとなく顔の話は一段落ついたかな、と思って話題を変える。


「そういえば二人とも、ハルのクラスにはもう行ったの? あんなに私の和風喫茶プッシュを無視してハルんとこ行こうとしてたくせに」

「いや、まだ。劇の開演時間まで時間あるから暇つぶしにさっちゃんのとこに行こうって話に芙雪となって」

「暇つぶし!? 失礼極まりないね!?」

「一組の劇のこと? 何だっけ、アニメオタクの部屋でフィギュアたちが戦争するミュージカルだって噂で聞いたけど」


 紗綾がふふっと笑うから、こっちまで吹き出しそうになる。


「それだけじゃどんな話か想像つかないよね。じゃあヒロと芙雪くん、私も一緒に行っていい? 今から自由時間なんだ」

「おー。行こ行こ。……えーと、紗綾、さん? も来ます?」

「あ、一緒に行っていいの? ぜひぜひ」

「じゃ、四人で行こうか。ヒロたちがその抹茶ラテ飲み終わったら……」

「さっちゃん! いる!?」


 突然の大声に、私は思わず話すのをやめた。一瞬、部屋の中がシンと静まる。

 振り向いて声がしたほう、背後に目をやると、入口にハルが立っていた。よほど急いで走ってきたのか、息が上がっている。

 彼は私と目が合うと、つかつかとこちらに近づいてきた。


「ひ、ヒロと芙雪も、来てたんだ。ちょうど、良かった……」

「ハル……? どした?」


 ぜえぜえと息を吐きながら鋭い目付きで私たちを見るハルにびびっていると、ハルがふうっと大きく息をついてから改めて口を開く。


「えっと、大変なんだ。何から話せばいいのかわかんないんだけど、とにかく大変で、さっき俺のクラスに来たんだよ! 俺一人だとどうすればいいのかわかんない!」


 早口で慌てたようにまくしたてるハルの腕を、ヒロが掴んで揺さぶる。


「落ち着け。何が大変なんだ? 何が来たって?」

「え、えっと、あの……」


 私たちだけじゃない、紗綾や教室にいる人たちの視線も注目する中、ハルが何か言おうとしたところで、ドアに人影が現れた。

 ふっと吸い寄せられるようにその人物に目がいく。

 赤く染めた派手な髪に黒いキャップを被った長身のその男性は、私たちに顔を向けると、ゆっくりと歩いて近づいてきた。


 なんとなく静かになった教室で、誰もが彼を目線で追う。なぜか見てしまうような謎のオーラを持っている。

 ただただぼんやりと見入っていると、その人は私たちのすぐそばまでやって来て立ち止まった。

 そして、私のとなりでぱくぱくと口を動かしているハルに向かって柔らかく微笑みかけた。


「声をかけたら急に走っていなくなるし、びっくりしたよ。ハルくん」


 ハスキーな声とともに、その人がサングラスを外す。そこに現れた顔に、私はまさかと目を見開いた。


「突然、失礼。君たち、ヒロくんとフユキくんだね。それから……もしかして君はさっちゃんかな?」


 話しかけられた紗綾が、ぶんぶんと首を横に振り、硬い仕草で手を私の方に向けた。


「い、いえ、彼女です」

「おっと、そうなのか。ごめんごめん。動画だと声だけで顔はわからなかったものでね。初めまして。ハルちゃんねるの皆さん。君たちに会うために今日、東京から来ました。僕は、あ……」


 その人が名乗ろうとする前に、静かだった周囲が正気を取り戻したのか急にどよめき出した。


「あ、あ、アルクだー!!」

「うそっ、本物!?」

「なんでいんの? なんで?」


 私もヒロも芙雪くんもまだ状況が飲み込めずに固まっているのに、周囲は今起こっていることを迅速に理解して、大声で騒ぎ出す。ハルは相変わらずあわあわと震えている。


 国内で人気・収入ともにナンバーワンのトップユーチューバー、アルクが目の前にいる。


「うわ、どうしよう。こんなに騒ぎになると思ってなかった。僕ってそんなに目立つかな……」


 苦笑いを浮かべる彼の、子どものように戸惑った表情が、やけに印象的だった。

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