3-7 カメラの前で見せる顔

『な、なあ。さすがに遅くない? 芙雪』


 パソコンのスピーカーからヒロの怯えた声が聞こえてくる。


『うん。 ちょっと俺、様子見に行ってくる』


 ハルがいかにも心配そうな顔をして、公園を出て行く。


 私とハルは学校のパソコンルームで、先日撮って昨日公開した動画を見直していた。夏休み中、この部屋は文化祭の準備の関係でパソコンを使いたい生徒が多いことを考慮して解放されているわけだけれど、私もハルもこんな感じで準備の合間に効率良くサボっている。


 動画はこの後、ハルも戻ってこないという展開になるが、私のスマホにだけヒロを公園に残して橋のほうに来てくれという内容のメッセージがハルから送られてくる。ヒロに何か仕掛けたいという意図はわかるんだけど、それなら私にも説明してくれ……と内心思いつつ、「私も見てくるから、ヒロは公園に待機して二人がもし戻ってきたら教えて」と適当なことを言って公園を出る。


 動画には、『ハルたちは何をやりたいんだ……』という困惑した私の声が入っていた。

 歩いていくと、人通りのまったくない橋の上にハルと芙雪が立っていて、私を手招きしていた。


『何、何?』

『今からヒロ呼び出して驚かすから』

『ハル、それならちゃんと事前に説明してよ』

『さっちゃんがもう少し隠し事が上手いタイプならね~』


 私の不満そうな表情はカメラで撮ってはいない。代わりに楽しそうなハルと芙雪くんの顔が映っている。

 彼らは私に白くて大きい布を手渡してきた。


『端っこに隠れてて、ヒロが来たらこれ被って飛び出すから』

『何これ』

『オバケだよ』


 よく見ると、布には目と口らしき模様が描かれていて手を出せるように穴も空いている。被れば絵本にでも出てきそうなお化けっぽくなるようになっている。


『こんなの出てきても全然怖くない』

『キュートですよね』

『でもヒロならこれでも叫んで逃げそうじゃん』


 とりあえず三人でそれを被って隠れてから、私のスマホから「助けて、早く来て」とだけ書いたメッセージを送る。

 しばらく待っているところはカットしたからすぐにヒロの姿が見えてくる。

 ある程度近づいたところでハルの合図とともに布を被った私たちは飛び出した。

 私たちに気がついたヒロが一瞬固まった後、声にならない悲鳴とともに背を向けて走り出した。

 ハルと芙雪くんはそのまま追いかけ続け、普段から体力のない私はすぐにバテて走るのをやめ、後ろからカメラで彼らを撮る。結局ハルがすぐにヒロに追いついて、ヒロが慌てて転んでいるところはハルのスマホのカメラの映像を使わせてもらった。

 喧嘩はできてもオバケは怖いのかとハルたちにからかわれているヒロのシーンで動画は終わり、前に私が作った明るいBGMのエンディング動画に画面が変わるのを、私は難しい顔で見つめた。


 特にいつもと変わらないハルちゃんねるの動画だ。カメラは私のものとハルのスマホの二つで撮ったから撮りたいところはしっかり撮れた。でも、ほんの少しの違和感がぬぐえない。あのときは大丈夫だと思ったけれど、やっぱりハルの元気がちょっぴり空回りしている感じがする。

 けれど私はその考えを飛ばすように笑顔とともにとなりのハルを見た。


「よくさ、心霊ネタの動画を出したら幽霊の声が入ってた! とか言って話題になるユーチューバーが多いけど、この動画、なーんもなかったね」

「あー、あるある。俺もそういうの期待してたんだけどなあ。ドッキリ動画にしたのが悪かったのかな。それとも全員霊感がまったくない体質とか」


 残念そうに笑うハルが、そう言いながら最後にふうっとため息をついた。


「……さっちゃん、ごめん」

「え? 何が?」


 突然空気が重くなったことに気づかないふりをして、笑ったまま聞き返す。


「この動画、俺、ちょっと元気ないでしょ。よく見てる人にはわかるみたいで、今日のハル元気ないねってコメントにも書き込まれてた」

「ああ、うん。元気ないかなとは思ったけど。でも、私でも誰でも毎日元気なわけじゃないし、気分が落ち込んでるときや体調が悪いときだってあるし。だからそういう日もあるよ」

「ありがと。でも、そういうんじゃないってわかってるでしょ。みんな言わないでいてくれるけど、俺の中学時代のこと、話題にされてるじゃん」

「……」


 私は何も言えず、黙った。ハルが、何かを話そうとしてくれている。


「……俺の過去を噂してる人たちが、俺を見てどう思うだろうって思って。楽しそうに笑ってたらいじめられてたくせにって思われるかもしれない。逆に笑わなければ、例の噂のせいで落ち込んでるのかって思われるかもしれない。そんなこと考えてたら、カメラの前でどんな顔すればいいのかわかんなくなってきて」


 ハルが言った意味は私にもわかる。私も同じ経験をしたことがあった。私が笑顔で踊っていたら、それについて何か書き込む人がいる。無表情で踊っていても、それについて書き込む人がいる。じゃあ自分はどんな顔をしていればいいのか。そんなことをぐるぐると考えた時期があったけれど、動画に映ることがなくなった今は私には関係のない悩みだ。

 けれど、ハルにとっては大事な悩み。ハルちゃんねるはハルが作ったもので、ハルが一番たくさん顔を出しているチャンネルなのだから。

 だからそんな困ったような笑顔、しないでほしい。ハルがハルらしく、もとのように明るく笑ってくれるには、どうすればいいんだろう。せめてカメラの前じゃなくても、今だけ。私に対してだけでも。


「ハル、」


 黙り込んでパソコンの画面を見つめていたハルが私を見た。悩んだあげく、私はいつもよりほんの少しすぼまった肩をぽんと叩いてやる。


「どんな顔しててもハルはハルだから、好きな顔してればいいと思うよ。楽しいことしてるなら笑えばいいし、心の底から楽しめないなら無理して笑わなくてもいいし。誰が何を言ったって、どんなハルでも私はハルの友達でハルが好きってことには変わりないからね。私だけじゃなくて、みんなもね」

「……ありがと」


 ハルは元気がないながらにも、少しほっとしたような微笑を見せた。私も少しだけ安心した気分になる。何も解決はしていないけれど。


「大垣、いるかー?」


 突然、パソコンルームのドアが開けられる。部屋の中に入ってきた小坂くんが、ハルの姿を捉えてつかつかとこちらにやって来た。


「こんなところにいたのか、探したぞ我がクラスの演出家。そろそろ劇の練習が始まるから戻ってくれ」

「はーい。……さっちゃん、俺のいじめのこと、ちゃんと動画にして説明したいと思ってるから、また三人に相談させて」

「えっ、動画!? 大丈夫なの?」

「うん。そうしたらコメントやSNSの書き込みも少しは収まると思うから。じゃあ、また。小坂、教室戻ればいいんだよね?」

「ああ」


 ハルはすっくと立ち上がると、駆けるようにしてパソコンルームを出ていってしまった。

 ゆっくりとハルの後を追って出て行こうとする小坂くんの背中に、私は思わず声をかけた。


「あ、あのっ」

「……何か?」


 ゆっくりと振り向く彼に、私は言葉を探しながら尋ねた。


「ハル、元気ですか?」

「今、一緒にいたんだからわかるだろう」


 小坂くんが眉根を寄せる。

 言葉を探しすぎて変なことを聞いてしまった。私は慌てて両手をぶんぶんと振った。


「それはそうなんだけど! えーっと……一組で元気にやってますか? 仲良くやってますか?」


 いじめのことは、学年中で噂になった。クラスメイトもきっと知っている。そのことで何か言われたりしていないだろうか。そして何か言われたとしたら、それを気にしたりして元気をなくしていないだろうか。

二人でいるときに彼がクラスでどんな感じかなんてわからないし、そういうことを、ハルに直接確かめる勇気もない。

 小坂くんが私をじっと数秒見つめると、ふいに表情をゆるめた。


「君が例の噂のことを気にしているのなら、心配は無用だよ。我がクラスの者たちは自分の目で見たものを一番に信じる。大垣晴という男がどんな過去を背負っていようとも、皆、今の彼を愛しているよ」


 心配は無用、か。そうだよね。今しがた出ていったハルの目を思い出す。いじめについての動画を出そうと思うと言った彼の瞳には、怖いものなんて何もなさそうな光があった。

 昔のハルはいじめられていたかも知れない。そのときのことを私は何も知らないけれど、少なくともここにいるハルは明るくて優しくて、人気者の大垣晴なんだ。


「あの、もうひとつ聞いてもいいですか」

「なんだい?」

「よくわかんないんですけど……その喋り方って、疲れません?」

「……」


 無言でドアをぴしゃりと閉められた。

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