3-5 うわさ

 試食で我を忘れてしまったとはいえ(メニュー予定のミニ白玉パフェ超おいしかった)、やっぱりハルのことは気になって、私は帰りがけに一組の教室を覗いてみた。

 うちのクラスとのじゃんけんに負けた一組は教室劇をすることになったらしく、台詞の練習をしている人や大道具を作っている人が残っている。

 ハルの姿は……見当たらない。ハルは何の担当なんだろう。


「そこの君、何か用だろうか?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、一組の文化祭実行委員、小坂くんが怖い顔をして立っていた。


「君は三組の……。偵察かな? 言っておくが、そっちが何をしようとも最優秀賞は我がクラスだよ」


 クラス別企画の最優秀賞を狙ってると勘違いされているみたいだ。三組はそんなに対抗意識を燃やしてるわけではないんだけどな。


「あの、偵察じゃないです……。ハル、大垣くん、今日来てる?」

「大垣? いや、今日は体調が悪いらしくて休みだよ。彼、本当は演出担当だから役者の練習に付き合ってもらわないと困るのだが。おっと、敵に情報を与えすぎたかな」

「だから敵じゃないんだけど……とりあえずありがとう。お邪魔しました」


 私はお礼を言ってその場を離れた。下駄箱に向かって歩きながら、バッグからスマホを取り出す。ハルの体調も心配だけど、そもそもその噂っていうのを確認してない。それが気になって私はハルの名前を入れて検索をかけた。

 下駄箱前の階段に人気がないのを確かめて、段に腰掛けてから検索結果を見る。

 確かに聞いた通り、「高校生YouTuberハルの過去とは!?」といったようなタイトルのまとめサイトが数個出てきた。


「えーっと……」


 適当なサイトに入って中身を見てみる。



『現在人気を伸ばしつつある高校生四人組YouTuberグループ「ハルちゃんねる」のリーダーであるハル。爽やかな印象と動画内での男子高校生らしい明るいトークがファンの人気を集めている。しかし彼と小中学校時代の同級生だったと名乗る、一部の視聴者が投稿したSNSの内容によると、中学時代は今の明るさが嘘のように暗い性格で、いじめの標的にされていたという……』



「……」


 私は何とも言えない気分になって、最後まで読まないままサイトを閉じた。

 ハルが私たちに話そうとしない、高校入学以前の話だ。見てよかったのだろうか。

 嫌な感じのざらざらとした気分が胸の奥に張り付く。ハルはこのサイト、見ただろうか。ヒロや芙雪くんは、このこと知ってるのかな。


「とりあえず……帰ろ」


 考えるのをやめて、誰に聞かせるわけでもなく呟いて、階段から立ち上がった。





「あ、さっちゃん」


 マンションの部屋の前でごそごそとバッグから鍵を取り出していると、横からヒロの声がした。

 顔を上げれば、いつになくぼさぼさ頭のヒロが、重そうなリュックを背負ってぼーっと立っていた。


「な、なんでそんな寝起きみたいな髪なの? どこ行ってたわけ?」

「塾の自習室で昼寝して起きたらこうなってた」

「勉強してなかったってばれたらヒロのお母さん、怒りそう……」

「んー、ばれないっしょ」


 眠そうな声でそう返事して、ヒロは玄関の鍵を開けて中に入っていこうとした。そこで私は今日学校であったことを思い出し、慌ててヒロを引き留める。


「ね、ねえ、ヒロっ。あのさー……」

「何?」


 何て言おうか。考えていると、ヒロは困ったように玄関のドアをそっと閉めて三歩ほど歩き、私に近づいた。


「なんか困り事?」

「困り事っていうか、ハルのことなんだけど」

「あー……もしかして、前にいじめられてたとかいう、あれ?」


 言い当てられて私は心臓が跳ね上がったけれど、ヒロは表情ひとつ変えずに私を見つめている。


「私、その話今日知ってびっくりして。最近ネットとか全然見てなかったから」

「まあさっちゃんは、見てないだろうなとは思ってたけど。夏休み入ったあたりからちらほらと話題に上ってたよ。動画のコメント欄に書きこまれたり、ハルちゃんねるのSNSにも、ハルくんの噂って本当なんですかー、みたいなリプがたまに来てる。相手にしないようにしてるけど」

「なんか、ごめんね。私もメンバーなのにコメント欄ちゃんと見てなかった。SNSの管理も任せっきりだし。だから今日まで気づかなかったんだ……」


 二週間くらい前からということか。全然知らなかった。少しショックで、出てきた声が想像以上にしょんぼりしたものになってしまった。

 うつむきかけていた頭に、ぽんと暖かい手が乗せられる。聞こえてきたのは、いつになく優しい言葉だった。


「そんなもの、見なくていい。コメント欄もお前が見なくたって、俺やハルが評判良かったかどうか確認してる。今SNS管理してるのは俺だから、そういうのに対応するのも俺。お前は楽しく動画撮って、編集してりゃいーよ」

「いやでもさ、」


 そんなに甘えてちゃいけないような。言いよどんでいると、パッとヒロの手が離れた。


「いいっつったらいいんだよ。あと、今はハルにこの話題振るのはやめよう。いろいろ書き込まれてることは知ってるだろうけど、俺らは下手に気遣うよりも気にしてないふりしてやるほうがいいよ」

「わ、わかった」

「じゃあな」

「ままま待って」

「何」


 奈津田家のほうに戻りかけたヒロが、再び面倒そうに振り向く。


「えーと、ありがとう」


 ヒロはちょっとだけ私と目を合わすと、首のあたりを掻きながら小さくうなずいて、何も言わずに帰っていった。

 ヒロが首とか頭とかを掻いてるときは照れてるときだ。

 彼はなんだかんだでやっぱり、優しい。

 もう一度動画の世界に戻ってきたとはいえ私は弱いままで、守られてるんだ、結局。少しずつ前に進んでいる芙雪くんと違って、私は立ち止まっている。

 なるべくコメントやSNSを見ることを避けて、画面に映ることすらできない、弱い私。

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