2-11 四人のハルちゃんねる

 数日後。家のインターホンが鳴ったのが聞こえて、私は玄関に走った。誰が来たのかはわかっている。

 勢いよくドアを開けると、予想通りハルとヒロが立っていた。


「待ってたよー。どうぞあがって。あれ、芙雪くんは? わ、うわ、なになになに!?」


 どやどやと二人が中に入ってきて勢いに戸惑っていると、ハルが私の背中を押しながら早口で言った。


「芙雪、もうすぐ来るから。そのまえにサプライズの準備だよ」

「さ、さぷ……?」

「とりあえずさっちゃんはカメラ回す準備して! 俺も自分のもう一台用意するから」


 そう言うハルの後ろでは、ヒロが自分の家から持ってきたらしい大皿に山盛りにされたたこ焼きを抱えている。


「ヒロ、それは一体なに」

「芙雪に食わす激辛たこ焼き。あいつ、前に好きな食べ物訊いたらたこ焼きって言ってたから」

「はあ?」


 待って待って待って。今日って芙雪くんがメンバー加入するのをお知らせする真面目な動画を撮るだけじゃなかったの!? 激辛たこ焼き必要ですか!?

 よくわからないままカメラを準備して、どうやら何かサプライズというかドッキリみたいなことをやろうとしているということはわかった。


「さっちゃんごめんね~。さっきヒロと話してて急に思いついたから言うの忘れてて」

「いや、全然いいけど。てかそのたこ焼きはどこから調達したの」

「俺ん家でデスソース混ぜながら焼いた。まだ焼きたてだよ。一個食べる?」


 ほい、と口に放り込まれ、拒否する間もなく受け入れてつい咀嚼してしまう。


「……!? ん~~!?んんんんん!!」


 これはやばい。口の中が大火事だ。痛い。こんなもの食べさせられたら死んでしまう。私ももう死ぬ。みんな、さようなら。


「わ~っ、さっちゃん!?」


 確認で自分のカメラを回していたハルが、意識が遠くなりぶっ倒れかけている私に慌ててかけよって水を飲ませてくれた。こんな私の部屋でバタバタしていたら、リビングにいるお母さんも何事かと思うだろうなあ……。

 そんな騒ぎも収まった頃に、再びインターホンが鳴った。


「あ、来たっぽい?」


 ヒロが私とハルを見た。


「うん、だぶん。スマホにも着きましたってメッセージ入ってる」

「じゃあ俺、出てくる」


 ヒロはさっさと部屋を出ていく。


「かはっ、ごほごほ……」

「さっちゃん、死なないで!」

「かろうじて生きてる……私はどうすればいいの?」


 ハルの指示を仰ぐと、彼は小声で「カメラ回して待機して、芙雪が部屋に入ってきたらそのまま撮っててほしい」と言ってきた。


 私は準備済みだったカメラを手に持ち、録画開始ボタンを押した。確認するようにハルを見る。ハルはオッケーというように頷いた。ハルが持参したカメラは私の勉強机の上に置かれて固定されている。ハルはその隣りに置かれていたたこ焼きの皿を手に取る。


「そんで、俺は芙雪が部屋に入ってきたら、メンバー加入おめでとう~!って叫びながらたこ焼きを芙雪の口に突っ込む。さっちゃんもおめでとうコール一緒に言うの、よろしくね」

「う、うん。なんか雑な計画だね」

「ま、そこは編集の腕の見せ所でしょ。よろしく頼んだ」


 私に全頼みですか……。

 半目の私などお構いなしに、ハルはさらにどこから出してきたのかパーティー用のクラッカーを私に手渡してくる。これ、引くの? 手にカメラ持ってるからクラッカーは引けないよ!

 そんなことをしているうちに、ヒロが芙雪くんを連れて戻ってきてドアが開く。


「はい。入って」

「お、お邪魔しまー……!?」


 ヒロに背中を押されて部屋に入ってきた芙雪くんに、さっそくハルが突撃する。


「芙雪! メンバー加入おめでとうー!」


 ハルの声に合わせてヒロが後ろからクラッカーを鳴らす。ヒロも準備してたんだ、それ。私も少しくらい手ぶれしてもいいかと思って自分のクラッカーのヒモを引いた。派手な音とともにカラフルな紙テープが飛び出した。

 火薬の匂いがほのかにただよう部屋の中で、ハルが「お祝いのたこ焼きだよ!」と笑顔で芙雪くんの口にまだ熱いたこ焼きを突っ込んでいる。

 芙雪くんは突然のことに困惑しているうえに、たこ焼きは熱いしサイズも大きいし、まともに話すことができないまま何か言おうとしている。しかも激辛だということに気づいたらしくて、途中から涙目で悶絶し始めた。からいよね……。

 さっき被害に遭った身として同情の思いもあり、ミネラルウォーターのペットボトルを芙雪くんに渡した。




 その後、たこ焼き騒ぎが落ち着いてから四人でメンバーが増えたことをちゃんと話した動画も撮って、私が編集して一週間ほど後にアップしたその動画は、再生回数が一万回くらいに伸びた。普段が八千回前後だから、いつもよりも多い。

 家族も寝静まって外からも何も音がしない静かな深夜に、なんとなくスマホでその動画を再生する。電気を消した小さな部屋の中に、明るい画面の光が眩しく輝く。私はベッドに仰向けに寝転んでその画面をじっと見つめた。

 指をスクロールしてコメント欄を見れば、コメント数もいつもより多い。だいたいは、芙雪くんがメンバーに加入したことを喜ぶ声だ。だけど、私は心臓が妙に跳ね上がるのを感じながら、震える指でスクロールを続ける。

 ……やっぱり、あった。


〝最初のハル一人だった頃のほうが良かった〟

〝メンバー増やしすぎじゃね?〟


 ハルだけでやっていた動画に短期間で三人ものメンバーが加わったのだ。ずっと前からハルの動画を見ていた人たちの一部からは、批判のコメントも絶対にあると思っていた。

 胸の奥が痛む感覚を抑え込んで、私は画面を指で流していく。

 仕方がない。すべての人が私たちの行動を手放しで応援してくれるわけではないことくらい、わかっている。

 好意の声があれば、その逆の声もある。まだこんなの、優しいほうだ。ネットで活動していればもっとひどいことを書きこまれることだってある。キモい、うざい、死ね、さっさとやめろ……。

 私はスマホを枕元に投げ出して、ぎゅっと目を瞑った。

 大丈夫、こんなちょっとしたコメントなんか気にするな。私は今度は一人じゃない。何を言われても今度は負けない。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 何かのおまじないのように同じ言葉を繰り返していると、ふいにスマホが振動した。

 浅くなっていた呼吸が、ひゅっと一瞬止まる。

 画面を見ると、ヒロからのメッセージだった。

 ベッドから起き上がってベランダに出ると、となりのベランダに眠そうなヒロがいた。


「なんでそんな怖い顔してんの」

「え……?」


 言われて、自分の顔がこわばっていたことに気づく。私は両手で頬を引っ張ってみながら首を横に振った。


「別に、何もないけど。てか、何? 外出てきてって……」


 ヒロは晴れた夜空を見上げて指差した。


「あの月。なんかすごくない? かっこいい」


 彼が指を指す先には、赤い色の満月が輝いていた。心なしかサイズも普段より大きいきがして、少し不気味だ。かっこいい……かどうかは大いに疑問。


「確かに珍しい色だね。で?」

「ん?」

「なんか他に話があるんじゃないの?」

「は? ないけど」

「はい?」


 目を丸くするヒロに対して私も同じくらいかそれ以上に目を丸くする。


「じゃあ、わざわざ呼び出したのって。この月すごいねって、そんだけのこと?」

「うん」


 なんだ、それ。一気に肩の力が抜けていく。

 私の無言の脱力を感じ取ったのか、ヒロはふてくされたように私から目をそらした。


「いーじゃん、見てほしかったんだから。それとも大事な話がないと連絡したらいけないわけ?」

「いやいや、そういうんじゃないけどさあ」


 笑って否定しながら、もう一度月を見上げる。

 いつの間にか浅い呼吸も動悸も収まっていた。

 ほら、大丈夫だ。今の私にはヒロがいる。明日、学校に行けばハルもいる。次に動画を撮るときには芙雪くんもいる。だから、きっと。今度は長く続けていける。

 私はもうコメントなんか見ない。見なければ……気にしなければ、いいんだよね……?

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