2-9 強くなる方法
久しぶりに会う芙雪くんは、初めて会ったときほどではないけれど、どこか私たちに遠慮しているような元気のなさだった。
「いらっしゃい、みんな座って座ってー。オレンジジュースあるよ、飲む?」
部屋にお邪魔している私たちに、ハルがてきぱきとグラスに入ったジュースを配ってくれる。冷えたグラスが指を冷たくする。
「あの、話って……」
床に三角座りした芙雪くんが、ジュースを受け取りながらハルを見上げた。私は自分が話すわけでもないのに口の中が乾いていることに気付き、ジュースをひとくち飲んだ。
ハルが芙雪くんの前に座る。
「うん。あのさ、芙雪。単刀直入に言うよ。今までも何回か俺らの動画に出てくれたけど、これからは正式にハルちゃんねるに入って、一緒に動画を作らない?」
「あ……えっと……」
芙雪くんの目が迷うように動いた。歯切れが悪い様子に、私は口を開いた。
「このあいだのこと、気にしてる?」
「……そりゃあ、する、します。僕のせいで先輩たちみんな巻き込んだし。すみませんでした」
頭を下げる芙雪くんを見て、ヒロがふうっと息を吐いた。
「そのことは気にしてないから、誘ってる」
説明とか説得とかが得意ではないヒロのストレートな言葉にも、芙雪くんは静かに首を横に振った。
「でも、ハルさんたちは動画撮って顔を出してるから、揉め事とかトラブルは少ないほうがいいじゃないですか。いつどこでファンの人たちに見られてるか分からないし、僕みたいなのが迷惑かけちゃいけないなって……。だから正式にメンバーになることも、今までみたいに動画に出させてもらうのも、やめます」
「芙雪くん……」
私は唾を飲み込んだ。目の前でうつむく芙雪くんという人間がとても小さな存在に見えた。まるで少し前の私だ。彼のように拳で殴られたことはないけれど、言葉でなら何度も殴られた。私が何も言えないのをいいことに、ネット上で、何度も何度も何度も……
「弱くて、殴られるままでいいと思う?」
自然とうつむきかけていた顔を私は上げた。鋭くそう言ったハルは、芙雪くんを射貫くように見つめていた。
「えっと……」
怯んだように固まる芙雪くんに、ハルは続きの言葉を放つ。
「俺なら、殴られたら逃げる。誰も知り合いがいない遠くへ行くね。芙雪はどうする? 殴られっぱなし? いつまでもヒロに守ってもらう? でも俺らに迷惑かけたくないなら、ヒロに守ってもらうのもやめる? それでまた弱いまま殴られ続ける?」
「……」
「これからどうするかは芙雪の自由だってわかってる。けど、選択肢の一つとしてさ。俺らを利用して強くなってみない?」
「どういうこと、ですか」
「動画の世界で、強くなるんだよ。芙雪はもともと何も悪くないしいいヤツだし、後ろ暗いところなんか何もない。そんな芙雪を殴ったりパシったりするヤツが最低なんだよ。俺らでハルちゃんねるをもっと大きくしてユーチューバ-として有名になるんだ。そんで芙雪に誰も手を出せないようにしてやる。もし芙雪をいじめるようなヤツが出てきたらそいつは、あのハルちゃんねるの芙雪をいじめるなんてどうかしてるって世界中の芙雪のファンから責められるんだ」
熱を帯びた目で語るハルに、芙雪くんもヒロも目を見開いて黙っている。私は遠慮がちにハルの肩をつついた。
「は、ハル……大丈夫? ちょっと芙雪くん引いてるよ」
私の一声でハルははっといつもの毒のない顔に戻った。
「あーっと、ごめん。なんというか……私情が入っちゃったかな。でも、その……芙雪がいて迷惑だとはちっとも思ってないし、何より俺は、この四人で活動してみたい。きっと絶対、楽しいから」
「つーか、俺がいる時点で迷惑も何もないから、中学時代に補導されまくってるこの俺がいる時点でな」
なぜ二回言う。しかも自慢げに。あんたこそハルちゃんねるに迷惑かけないように喧嘩沙汰をどうにかできないのか。
じとーっとヒロを睨んでいると、芙雪くんが気の抜けたような笑いを漏らした。
「よくわかんないですけど、僕は迷惑じゃないんです……ね?」
「だから、そー言ってんじゃん」
ヒロの言葉に続いて私も大きく首を縦に振った。芙雪くんと目が合う。彼は小さく独り言のようにつぶやいた。
「僕、変われますかね」
変わるということが具体的に何を指しているのかは、言われなくてもみんななんとなくわかった。強く、明るく、良い方向に。いじめられない芙雪くんに。
「変われるよ。俺は、YouTube始めて変わったよ。さっちゃんやヒロと仲間になって、もっと変わったよ。明るい自分になれたし、楽しくなった。だから……」
ハルの力強い瞳に私たちの視線は吸い寄せられる。ハルには不思議な魅力がある。彼が言うなら少しくらい信じてもいいかもしれない。彼についていけば何か変わるかもしれない。そう思わせてくれる何かがある。
彼のこのパワーみたいなものに私は引き寄せられて、もう一度動画投稿に関わることにしたんだ。
「だから、一緒にやろうよ」
なんでもないその一言は、日だまりのように私たちを包む。芙雪くんに向けられた言葉なのに、私やヒロをも改めて誘っているように感じた。
芙雪くんが、まだ少し不安そうな、でもほっとしているような表情で「よろしくお願いします」と答えるのを、私は静かに見守った。
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