2 四人のチャンネル。

2-1 さっちゃん爆誕

 私は撮影と編集がメインで、動画には映らない。

 大垣くんとヒロと三人でユーチューバ-としてやっていくにあたって、私はそういう希望を出した。


「なんで?」

「顔を出したくないから。アッキだって気づかれたくない。動画撮ってて声が入っちゃうことはかまわないけど、顔出ししてがっつり出るのはやだ」


 私の返答に大垣くんは「なるほどね」と納得した。踊ってみたをやっていたときに顔をさらしていたから、そのときの私を知っている人が動画を見ればすぐに同一人物だと気づくだろう。私はもうアッキには戻りたくなかった。……それから、彼には言わないけれど動画には出られないのだ、どうしても。


「澤さんがそうしたいなら、そうしよう。でも、たまには俺にも編集させてね。奈津田くんは顔出してもいいんだよね?」

「うん、いい。あ、でも俺、兄ちゃんが芸能人だから、似てるって言ってくる人がいるかもしんない。そんときは適当にはぐらかしといて」

「そ、そうなの? ちなみに誰か聞いても?」

「夏田シモン」

「あ、あ~、そうなんだ! 言われてみれば似てるよね。了解、はぐらかすんだね」


 大垣くんが驚き半分納得半分という感じで大きくうなずいた。久しぶりに聞く名前に胸の奥がちくりと痛む。

 私はもちろん、彼が芸能人の夏田シモンの弟であることは知っている。本名は奈津田志紋。ヒロの幼なじみであるということは、彼の幼なじみでもあるというわけで。


 私を踊ってみたの世界に引き込み、勝手に有名になって、気がついたら手の届かないような遠くの世界に行ってしまった。ルックスが良いからモデルとして活動しているほかに、バラエティ番組でも見かけるし、最近は舞台俳優としても活躍しているみたいだ。

 しかし有名になった現在でも踊ってみたの動画を定期的にアップしている踊ってみたの界隈ではカリスマと呼ばれる踊り手。今は連絡すら取っていないけれど、かつては私も彼と一緒に踊って動画を撮っていた。私が彼の動画を編集したこともある。大垣くんも私を知っているのだから、踊り手としての彼ももちろん知っているだろう。


 けれど大垣くんは夏田シモンについてはそれ以上何も言ってこなかった。私も彼については好きとも嫌いともいえない微妙な感情があるから、あまり話題にしてほしくなかったし、ちょっと助かる。


「でもさ、二人とも名前どうする? 俺は本名そのまんまでハルってニックネームで動画に出てるけど。澤さんも顔出しはしないとはいえちゃんとメンバーなわけだし、アッキっていう名前を出さないなら代わりに何か考える?」

「あー、そっか。どうしよう。ヒロはどうする?」


 ニックネーム、というか、ネット上でのハンドルネームや芸能人ならば芸名、小説家や漫画家ならペンネーム、といったようなものだ。この先どれくらい長く彼らと共に動画を投稿するかはわからないけど、第二の名前みたいなもの。

 それなのにヒロは、ぼりぼりと間抜けに頭を掻く。


「亜紀羅もヒロって呼んでるし、もう俺はヒロでいいよ。亜紀羅も適当でよくない? えーと、アッキは名前からだったし、今度は苗字の澤からとって、さっちゃんとか」

「えー、適当だなあ。……でも、まあいっか」


 案外、名前なんてそんなものかもしれない。大垣くんが、ぽんと手を叩いた。


「じゃあ、今日から俺のことは二人ともハルって呼んでね。で、奈津田くんはヒロ、澤さんはさっちゃん。オーケー?」


 私とヒロはうなずいた。その後、真面目な顔から一転、ヒロがからかうような口調で私の肩をつつく。


「よろしく、さっちゃーん」

「うるさい」

「痛いっ! 乱暴……」


 今まで亜紀羅って呼んでたくせに、からかうな。脇腹に肘で攻撃する。

 そんなこんなで私は澤亜紀羅でもなくアッキでもない新しい「さっちゃん」になった。

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