第五章 7-2


 それからまた世代を重ねていったが、一向に仇敵が再来する兆しはなく、募るばかりであった焦燥がいつしか安寧へと変わり始めた頃、その事件は起きた。ホーリーデイ家創設以来、初となる男児が誕生したのである。


 父親の出身は六大諸侯の一つコトミナ家、大臣おおおみを多数輩出してきた文官の家柄である。そのせいか、私には堅すぎて面白味のない男のようにも感じられたが、彼女とは随分と気が合うようであった。


 彼女は理知的な性格で、何よりも無駄なことを嫌い、御幸への陪従も出立前に断念したほどである。或いは、最初からそのつもりなどなかったのかも知れない。


 かと言って、私との仲が悪いのかというとそうでもない。むしろ、如何いかに私の力を世のために使うべきかと、日頃からそんなことばかりを考えており、よく二人して災害や貧困にあえぐ地域を訪れては、魔法による救済を試行錯誤したものだった。普段は没表情で喜怒哀楽に乏しかった彼女が、邸宅での別れの際には人目もはばからず号泣したのは、ちょっと反則だと思う。


 その二人の間に男児が生まれた。まだ、それが空の天人の生まれ変わりだと決まった訳ではない。少なくとも物心が付き、自らの意思で行動するようになるまでは、注意深く観察する必要があるだろう。


 しかし、この吉報が届いた瞬間、私は自分でも意外に思うほど、激しい憎悪の炎に身を焦がれるのを感じていた。周っては降りゆく星霜せいそう胡蝶邯鄲ヴィニャーナの魔法効果が、私から復讐心を奪っているのではないかという懸念があった。


 それにも拘らず、本当の私はこれほどまでに猛っていたのだ。是か非かなど、今さら論じる必要もない。私は私のためだけに、会稽かいけいを遂げることとしよう。


 私はその子の成長を待った。仇敵が健やかに育つように心を砕いた。まるで母親である彼女のように、日に日に大きくなっていく姿に胸が躍った。


 そして、誕生から五年が経ち、そろそろ最初の出会いを果たすべきかと考えていた頃、唐突にその子は死んだ。それは事故でも病気でもなく、空の力によるものだった。


 自らの力を制御することが出来ず、周辺のマイナから魔力を奪い続けた結果、逆に生命力を吸い尽くされてしまったのだ。大人であれば虚脱感や意識混濁で済むものも、まだ幼い身体には致命的となったのだろう。


 屈折した理由であったとはいえ、切望した存在の喪失は少なからぬ動揺を私に与えた。しかし、それ以上に衝撃を受けたのは、我が子を失い、狂ったように取り乱して泣き叫ぶ、彼女の悲痛な慟哭どうこくだった。


 私は何をしようとしていたのか。もし、あの子が無事に成長していたら、私が彼女をこのようにしてしまったのか。私は今に至るまで、自身の渇望かつぼうに疑問を抱かずにきた。それこそが疑問であることに気付きもしなかったのだ。


 その後、彼女は悲しみに明け暮れる日々を過ごしていたが、不器用ながらも献身的な夫の支えもあり、次第に心の平穏を取り戻していき、やがてはまた新しい命を授かった。それは彼女に似て利発そうな女の子であった。


 そして、五歳になった娘を心配そうに見守る彼女の前に私は現れた。彼女は安堵の表情で私を迎え入れてくれたが、あの日の慟哭が耳を離れるまでには随分と時間を要した。

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