第五章 7-3


 それから先も稀にホーリーデイ家には男の子が生まれ、そして夭折ようせつしていった。いつしか男児の早世そうせいは家伝となり、忌むべき凶兆と見做みなされるようになった。


 私もまた、知らぬ内に女児の誕生を望んでいる自分に気が付いた。これ以上、共に過ごした大切な人たちの悲しむ姿は見たくなかったのだ。


 私の大好きなお姉ちゃんの子孫たち。彼女たちの存在が、私の心の空白を埋めてくれていた。私も彼女たちにいつまでも幸せでいてほしいと願っていた。


 遺志の希薄化、耽溺たんできたるあぐみ、しかしそれが悪と誰に決め付けられよう。むしろ頑なに初志に取り憑かれ、愛すべき者たちに悖徳はいとくすることの方が悪ではないのか。


 そのような迷いが生じ始めた頃、私は彼女と出会った。ホーリーデイ家にぎたるもの、天人地姫に比肩する才、お姉ちゃんの力を色濃く受け継いだ彼女は、私の話を理解し、私の歴史を肯定し、私に助力を申し出てくれた。


 そんな彼女の存在は今でも鮮烈に脳裏に焼き付いている。ヌーナ大陸最高峰の魔術師、知勇兼備の彼女であれば、或いは私と同じ時を歩めた、歩んでくれたかも知れなかった。


 しかし、程なくして彼女は私の元から去ってしまう。その別れの瞬間だけがどうしても思い出せず、まるで幻であったかのように記憶にポッカリとあなが空いてしまっていた。


 まさしく無の有であったのだが、その事実が逆説的に天啓ともいえる閃きを私にもたらしてくれた。もしやその方法であれば、死に逝く運命の子らを救うことが出来るかも知れない。


 だが、運命とは望まぬときには来て、望んだときには来ないものだ。その御多分に洩れず、以来、男児が誕生することは無かった。


 そして、また安息の日々が流れていく。出会いと別れが繰り返され、心の機微は平坦となり、穏やかな微睡みに包まれていく。やがて、私の中にある考えが占めるようになった。もう、私がここにいる意味は無いのではないか。


 ホーリーデイ家の彼女たちは、世代を経るごとに逞しくなっている。決して魔法や武芸の才がという訳ではない。彼女たちは智慧ちえを磨き、したたかに生きることを身に付けた。最早、私がいなくとも一族を維持することが出来るだろう。


 しかし、オノゴロでのマイナの吸収と発現、このお姉ちゃんとの約束だけは守らねばならない。あの地に高純度のマイナが満ちるとき、天人は復活を果たすという。


 もっとも、それが本当に悪いことなのかは分からない。人は確かに天人の支配を脱したけれど、支配者が同じ人に代わっただけとも思える。現にヌーナの人々はその変化に気付いてすらいない。


 しかし、今さら答えを探すには、私はもう疲れ果てていた。如何いかに不老不死の肉体であろうとも、如何に胡蝶邯鄲ヴィニャーナが精神を転成させようとも、流石さすがに五百年は永きに過ぎた。


 私の命はいつまで保つのか、或いはいつ死ねるのか、それは分からない。ただ、私はマイナを吸い取り、無害な魔法へと変える仕組み、自らをそのためだけの機構として概念化する手段…真の封禅の儀の研究に着手し、ついには確立させていた。


 こうして、私は決意した。うに嘆きは過去のもの、旧き姫は地に還り、無窮むきゅうにお仕舞いを告げるのだ。次の御幸を今生こんじょうの思い出として、私はオノゴロの地で永遠の眠りに就くとしよう。


 そして、私にとって最後と決めた彼女が生まれてきた。その名はクラウディアナ=レイ=ホーリーデイ、現在のホーリーデイ家当主である。

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